第59話 ウォリナー公爵邸、襲撃
カオスオーダー殲滅作戦の決行日。
まだ朝早い時間。
俺とマフレナは、衛兵たちと一緒にウォリナー公爵の屋敷を囲んでいた。
公爵は昨晩、演劇を見て帰ってきてから、一度も外出していない。確実に中にいる。
そして衛兵による包囲は何重にもなっていて、ネズミが逃げ出す隙間もない。
今なら確実に捕縛できる。
「突入!」
隊長の叫び声と共に、衛兵たちが扉を蹴破って屋敷に侵入した。
カオスオーダーに連携を取らせないため、全ての場所を同時に襲撃して制圧する。
各個撃破。
誰も逃がさない。集結させない。残党を作らせない。
屋敷の中にはカオスオーダーとは無関係な使用人たちが大勢いた。武装した兵士がいきなり入ってきたら当然、悲鳴を上げる。
それをなだめている暇はない。衛兵たちは武器で脅して跪かせ、一部屋ずつ制圧していく。
俺とマフレナは衛兵たちに先立って、二階を目指した。衛兵が事前に掴んだ情報によればそこに公爵の寝室がある。それに公爵とは前に会っているから、その気配を追うのは簡単だ。
「やあ、ウォリナー公爵。ご機嫌いかがでしょうか? 今日は招待状を持って参りました。王宮の拷問部屋……いや、尋問部屋だったかな? とにかく王宮の地下でございます。王家の血を引く公爵に相応しい場所ですから、どうかご同行を」
寝室に入ると、公爵はすでに目覚めていた。しかし応戦の準備もせず、寝間着のままオロオロと歩き回っている。
悪の組織の幹部なのだから「よく来たな諸君。相手になってやろう」くらいの台詞を吐いて欲しい。
「お、お前は湖の小僧!? あ、あれだけワシをいたぶったくせに、まだ足りないのか? 衛兵まで動かして……ワシを誰だと思っている! 王家の血を引くウォリナー公爵だぞ! ワシが玉座につく可能性だってある……そのワシに刃向かってただで済むと思っているのか!」
俺の顔を見た途端、公爵は狼狽の色を薄めて、敵意を湧き上がらせた。
いいぞ。そのくらい元気じゃないと張り合いがない。
「いいえ、あなたが玉座につく可能性は皆無です。なぜなら今日この屋敷に来た衛兵はカオスオーダー殲滅のために動いているからです。俺はその手伝いをしているだけで、全ては国王の命令です。聡明な公爵なら、その意味がお分かりでしょう」
「カオスオーダー殲滅、だと? するとワシの屋敷だけでなく、ほかの者たちも襲撃されているのか……」
公爵がうろたえた声を出しているあいだに、衛兵たちが集まってきた。
俺とマフレナをすり抜けて寝室を脱出しても、もはや廊下に隙間がない。
そして窓から飛び降りた先にも衛兵がいる。
「ええ、まあ、そうです。公爵、その仰りようだと、自分がカオスオーダーの一員と認めているように聞こえるのですが、よろしいので?」
「ば、馬鹿な! ワシはなにも知らん! 帰れ! 今なら許してやろう!」
「さっきも言いましたが、国王陛下の勅命なのです。俺たちはあなたを連れ帰る義務があります。訴えたいことがあるなら、陛下に直訴なさるがよろしいでしょう。公爵閣下の言葉なら、耳を傾けるかも?」
「ふ、ふざけるな……なにが『かも』だ! 奴は……アルバインは、ワシの言葉にまるで耳を傾けん! ワシはこの国のことを考えて進言しているのに、全て無視だ! それどころかワシを要職から遠ざけて……」
「そりゃ、家柄がいいだけの無能を抜擢していたら国が滅びるでしょう」
「誰が無能か! ワシは王家の血を引いているのだ……無能なわけがない! そんなことも分からないアルバインこそ無能だ! そうだ、ワシは愚かな王から国を救うために戦っていたのだ……決して私欲のためではない!」
王家の血があるから無能じゃないと言った舌の根の乾かぬうちに、現職の王を無能呼ばわりとは、矛盾が激しい人だ。これだけで無能と確信できる。
「公爵。カオスオーダーと無関係だったとしても、今の発言だけで国王への不敬罪……いや、王位簒奪の意思表明です。言うまでもなく重罪。連行に従わない場合、この場で死ぬことになりますが、よろしいですか?」
集まった衛兵たちが剣を構える。
アリアの父親アルバインは、国王として人気があるからな。
俺が手を下さなくても、衛兵たちが公爵をバラバラにしてしまいそうだ。
「死ぬ……? 公爵であるワシを殺すというのか! 下賤の貴様らが! 身の程知らずめ……いいだろう。ワシの真の実力を見せてくれる!」
公爵は開き直ったように笑う。
気が触れたのか?
だが、こいつはそこそこの攻撃魔法を撃てる。捨て身になれば衛兵を何人か道連れにできるかもしれない。
俺は公爵に気絶して頂くため、電撃を放った。
が、阻まれた。公爵の周りに防御結界が張り巡らされている。
「おや?」
「くく……くははははっ! 馬鹿め! 貴様如きの魔法が、今のワシに通用するものか! ワシが才能を開花させれば、これほどになるのだ! 身の程を思い知って死ぬがよい!」
公爵は周囲に魔力を放った。カーテンや窓ガラスが揺れ動き、衛兵たちは気圧されて後ずさる。
「なるほど。前に比べると飛躍的に強くなってるけど……どういう方法で一気に成長したのかな? カオスオーダーご自慢の薬でも使った?」
「薬などリスクがあるものを使うわけがないだろう! これがワシの本来の力――」
「その気配。あなた、魔族と契約しましたね?」
公爵の声を遮って、マフレナが言葉を発した。
魔族。ああ、なるほど。そういう気配だ。
前世で何度も魔族の相手をしたから、言われてみればそうと分かる。
だがマフレナは一目で見破った。さすがだ。こういう魔法的な探知は、俺なんかと段違いだ。そして魔族に対する執念は更に桁が違う。
「ほう、さすがはマフレナ・クベルカ。一流は一流を理解するか。その通り。ワシは魔族に選ばれたのだ! それほどの潜在能力を持っていたのだ! ゆえに、魔族に引き出してもらったこの力はワシの真の力!」
「愚かな……魔族は付け入りやすい心に付け入るだけです。別にあなたが一流だからとか、潜在能力があるからとか、そんな理由ではありません。あなたは魔族が好む『負の感情』を作り出す。あなたは不幸を生み出す。それだけです。いえ……あなた自身が不幸になって、あなた自身が魔族のエサになるかもしれませんね」
「ワシが魔族のエサ? 馬鹿な、ありえん。むしろワシが魔族を従えているのだ。見よ、この力を! ワシが魔族から搾取している証拠!」
公爵は分かりやすく調子に乗っていた。
これほど付け入りやすい奴はいないだろうと、魔族でなくても感じてしまう。
「さあ。貴様ら全員、ここで焼け死ぬがいい!」
公爵は高らかな声と共に、周囲一帯に炎を広げた。
広い寝室が一瞬で高熱に包まれるほどの威力。
確かに、いきなりこれだけの魔力を得たら、自分は無敵と勘違いするかもしれない。
今まで強者たちと真剣に向き合ってこなかったから、この程度で最強だと思ってしまうのだ。
「この場所では誰も死なせないよ。お前を含めてね」
俺は冷気を放って、炎を完全に打ち消す。
打ち消すだけ。
凍らせないし、それどころか部屋の温度も下げない。
完全に相殺したので、一見、公爵の炎魔法が不発に終わったように見える。
しかし違う。
俺がそういう風にコントロールしているのだ。
かなり神経を使う。けれど精霊グラツィアの力を操る練習には丁度いい。
「な、なぜだ! なぜワシの魔法が発動せん!」
「発動してるかしてないか。それさえ理解できないなんて。借り物の力でイキってるからそうなるんですよ」
マフレナは冷徹な瞳で公爵を見つめる。
それは、かつて湖畔で卑猥な言葉をかけられたからではない。俺が侮辱されたからでもないだろう。
魔族と進んで関係を持つ人間を、マフレナは許せないのだ。
公爵の足下がうねった。木製の床が変形し、まるで茨のように枝分かれして伸びる。棘のあるそれらは公爵に絡みつき、手足を縛り上げた。きつく硬く。
「い、痛いッ! やめ、ろ! くそ、なぜ炎が出ない……ワシは公爵なのに……あぎぃ! 棘が食い込む……ワシが悪かった! 謝る! だからもう許してくれぇっ!」
「誰になにを謝っているのか、なにを許して欲しいのか分かりませんね。まあ、とりあえず連行する前に、二度と魔法を使えないようにしておきましょう」
マフレナは奴隷の首輪を完全に解析している。
だから、それとよく似た術式を他人に刻むのだって簡単だ。
魔法の使用を禁ずる――。
そういう命令を公爵にした。それは言葉による縛りではなく、魔法による縛り。それに抗うというのは、魔法師マフレナに抗うということ。公爵如きには絶対にできない。
茨で体を縛られ、魔法で魔力を縛られた公爵は、衛兵の手で王宮の地下牢に連れて行かれた。
これからしばらく、拷問の日々が続く。そうであって欲しいのだが、どうやらそうはならなそうだ。
マフレナいわく。魔族と契約した者は、魔族によって殺されることが多いらしいから――。
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