第58話 暗黒竜事件の裏側
「ところでレイナードくんとマフレナは、カオスオーダーという組織を知っているか?」
家に遊びに来たアリアは、紅茶を飲みながらそう話題を切り出した。
俺とマフレナは顔を見合わせ、そして首をかしげる。
「聞いたことありませんね」
「俺も。どういう組織なの?」
「一言で表すと、悪の魔法結社だな。生け贄を必要とする危険な魔法の研究をしたり。魂に直接作用して強い快感を与える麻薬を流通させたり。肉体を何倍にも強化する代わりに寿命を大きく縮める薬を作ったり……」
「ろくでもない連中だ」
「うむ。何年も前からそいつらは王都の裏社会で勢力を伸ばしている。手がつけられなくなる前に潰そうと、衛兵や魔法庁が調査を進めている」
「もしかして、その調査に協力しろってこと? マフレナの知識は役立つかもしれないけど、俺はどうだろう? ただ敵を倒すだけってなら自信あるけど」
「いや。もうすでに組織の全容をほぼ掴んだし、悪事の証拠もかなりそろった。あとは拠点や構成員の家に一斉に踏み込んで、一人も逃さず捕まえるだけだ。いつ決行するべきかタイミングを計っていた。更に情報を集めるべきという慎重論が主流だったが……先日の異臭事件で、みんなの覚悟が決まった」
「異臭事件?」
「先日、王都のとある屋敷から異臭がすると通報があった。そこは子爵の家だった。衛兵が踏み込むと、子爵の死体が横たわっていた。その子爵は独り身で、使用人を雇っている様子もない。貴族なのに一人暮らしだ。かつては魔法庁に勤めていて、
「暗黒竜を召喚……迷惑な話だけど、有能ではあったんだろうね」
一ヶ月ほど前のヴァルミリオン祭。
その最中に王都を襲った暗黒竜はドラゴンの中でもひときわ強い種族で、一歩間違えれば王都は焼け野原になっていただろう。
そんなものを召喚したというだけで、技量的には尊敬に値する。俺は最近、氷の精霊を召喚する練習をしているから、召喚魔法の難しさは少しばかり分かっているつもりだ。暗黒竜を呼び出すなんて、はたしてどんな技を使えばいいのやら。
「有能だった。しかし詰めが甘いらしい。暗黒竜を召喚する研究は完成していたのに、コントロールする方法は穴だらけだった。だから暗黒竜は王都を狙わずにマフレナと森で戦ったり、王都に来てもすぐ逃げ帰ったりと、妙な動きをしていたわけだ」
「なるほどね。それにしても子爵はどうして死んだんだろう? 暗黒竜を暴れさせる計画が失敗したから自害したのかな?」
「いや。検視の結果、刃物で誰かに殺された形跡があったという。家の外まで異臭がしていたくらいだから死体の損傷は激しく、いつ死んだのかはハッキリ分からない。だがヴァルミリオン祭の前後と思われる。その時期に、子爵の家に入っていく女性がいたという目撃情報があった。普段は誰も近づかないから目立ったらしい。その女性の特徴は、レイナードくんの義理の母君と合致していた」
「俺の義理の母……カミラか。そういえば暗黒竜は最後にカミラの声で喋っていたなぁ」
点と点のあいだに、うっすらと繋がりが見えてきた。
「カミラと暗黒竜にどういう関係があったかは調査中だ。まあ子爵もカミラも死亡しているから、このまま迷宮入りかもしれないが」
迷宮入りのほうがいいかもしれない。
俺からすれば、義理の母の名誉がこれ以上どうなろうと知ったことじゃない。しかしアンディは悲しむだろう。あいつはもう十分に傷ついた。カミラのことはこのまま忘れて、前向きに生きて欲しい。
「しかし絶対に解決すべき問題もある。いくら子爵が優秀だったとはいえ、一人で暗黒竜を召喚するに至ったのではない」
アリアがそう発言すると、マフレナはホッと安心したように息を吐いた。
「そうですよね。暗黒竜を召喚する魔法を自力で作り出せる人が『それなりに優秀』程度の評価しか受けてないなんておかしいですからね」
マフレナも召喚魔法の難しさを知っている。
自分よりもはるかに短命な人間が、たった一人で暗黒竜の召喚なんて複雑な魔法を完成さたというだけでもショックだろう。ましてその人間が『それなり』の評価しかされていなかったら、じゃあ自分はなんなのかと思えてくる。
「子爵の家を捜査して分かった。彼はカオスオーダーに所属していた。衛兵は以前から子爵をマークしていた。暗黒竜の召喚魔法は、カオスオーダーが組織ぐるみで完成させたんだ」
「へえ。そこまでいくと、もはや国家転覆を狙ってるとみなしていいんじゃない?」
「その通りだ。子爵が怪しいと分かっていたのに、暗黒竜の事件を止められなかった。慎重すぎたんだ。カオスオーダーは一気に潰す。私は本拠地への突入部隊に参加する」
「なるほど。俺たちも一緒に本拠地に突入しろってことだね」
「腕が鳴ります」
俺とマフレナは気合いを込めた声を出す。
ところが。
「いや。二人には別のことを頼みたい」
せっかく気合いが溢れていたところに冷や水を浴びせられた。
「なんで俺とマフレナは仲間はずれなの?」
「私とレイナード様は貴重な戦力だと思いますが!?」
「まあまあ、落ち着け。私の話を聞いてくれ。それを聞いた上で一緒に本拠地に行きたいというなら止めはしない」
身を乗り出していた俺とマフレナは、ひとまずソファーに体を戻した。
アリアはティーカップをテーブルに置いてから、再び口を開く。
「二人には、幹部の屋敷を襲撃して、その幹部を捕らえて欲しいんだ。そいつは危険な魔法に手を染めているだけでなく、カオスオーダーに多額の資金を提供している。そしてカオスオーダーが生み出した魔法を使って、国王を……つまり私の父を倒して、自分が国王に成り代わろうとしているらしい」
「国王に成り代わる? ただ強いだけじゃ、そんなことできないと思うんだけど」
「本人はできると信じ切っているらしい。そいつは少しばかり王家の血を引いている。だから玉座に手が届くと妄想を膨らませてしまったのだろうな。愚かな話だ」
王家の血を引く、愚か者。
俺の脳裏に、一人の脂ぎった男が浮かんできた。
「そいつってもしかして公爵だったりする?」
「その通り。名はモーリス・ウォリナー公爵。つい先日、レイナードくんから湖畔を買い取り、マフレナと真竜ヴェルミリオンを奪おうと企んだ、あの男だよ。痛めつけ足りないかと思ってな。合法的に憂さ晴らししてくれ。捕らえろと言ったが、重要なのは逃がさないことだ。生きていれば情報を引き出せるが……激しく抵抗されたら、どういう風にしてくれても構わない」
やっぱりあいつだったか。
悪巧みしてそうな奴だと思っていたけど、まさか犯罪組織に所属していたなんて。
「そういうことなら望むところだよ。ちゃんと生きたまま捕まえるさ。俺は拷問が苦手だけど、王宮はプロを雇ってるんでしょ? ひと思いに殺すより、プロに任せたほうがいいに決まってる。公爵には拷問の生き地獄に落ちて、有益な情報を提供していただきたいね」
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