第57話 契約
「剣聖セオドリック……いえ、今はレイナードという名前ですね。あなたがマフレナの過去を見ている間、私もあなたの過去を見ました。あなたがどういう人間か、多少は分かりました。あなたは前世も今世も、自由を求めているのですね。だから前世で両親が止めるのも聞かず、剣士になるために故郷を飛び出した。そのくせ責任感もある。だから周りの期待に応えてしまい、剣聖の役割に殉じて、死にました」
「その通り」
「だから今世こそ、自由になりたいと願っていますね。自由になりたいくせに実力を隠すつもりはない。なぜなら、あなたのいう自由とは、力を隠して誰からも注目をあびずに平穏に生きることではありません。そんな平穏を心から求めているなら、前世で故郷を飛び出したりしなかったはず。英雄として担がれるのが嫌なだけで、あなたは剣が好きだし、戦うのも好きです」
「そう。だから国が俺を利用しようとしたら、その国から離れる。たとえその国が滅びようともね。いや、もちろん一国民として戦うこともあるよ。程度の問題だ。俺が望まぬ戦いを強要してきたら、俺はその国と戦う。俺にはその力がある。前世では遠慮してしまった。もう遠慮はしない」
「あなたの自由とはつまり『土地と家を買って、女をはべらせ、気にくわない奴を力でねじ伏せる自由』なのですね」
「そういう風に要約されるとチンピラみたいだけど、改めて考えると否定できないなぁ」
「あなたは力ずくで他人から全てを奪い取れるほどの力を持っています。なのに現状、その程度で済んでいる。根本が善人なのですね。マフレナがあなたを好きになった理由が、ようやく分かった気がします。あなたが転生し、マフレナと再会したのは喜ばしいことです。いいでしょう。私はあなたと契約します。私の力を使ってマフレナを守ってください」
契約。
グラツィアがそう宣言すると同時に、俺とグラツィアの間に
「私の力を召喚獣として呼び出せるかは、あなたの力量次第です。まあ、あなたなら心配いらないでしょう。湖のそばで幾度か練習すれば、すぐにできるはずです。ところで――」
グラツィアが突然、声のトーンを低くした。
「マフレナがあたなに想いを告げ、両思いになり、体を重ねる。それ自体は喜ばしいことです。が、なんなのですか、あれは。まるで獣……いえ、あんな真似をする獣はいません。獣に失礼です。私はマフレナが小さな子供だった頃から見守ってきました。マフレナが夜になるたび、あのような目に合うなんて看過できません。少しは欲を押さえなさい」
「……最近は、俺だって少しは押さえてるんだよ」
「あなたの少しが本当に少しなので言っているのです。昔のマフレナはあのような行為に興味がなかったのです。それが前世のあなたと出会ってからおかしくなって……私の前で勝手に妄想を語って勝手に恥ずかしがって、ここに来てくれなくなりました。全てあなたのせいです」
「それは……悪いことをしたとは思ってないけど、俺に責任があるのは確かだ。謝るよ。ごめん。マフレナが来なくて寂しかったんだね」
「は? 私は精霊です。人の尺度で考えないでください。寂しくなどありません」
「いや。なんで意地をはるんだよ。寂しくなかったら俺に怒る理由もないし」
「怒ってなどいません。私は精霊なので。感情とかないので」
「……もしかして、寂しいって思っちゃったのを恥ずかしがってる?」
「は、恥ずかしくなどありません! 人の子よ。契約の儀を終えたのですから、立ち去りなさい!」
グラツィアは冷気を放ってきた。寒っ!
「分かった分かった。君は恥ずかしがっても怒ってもない。立ち去るよ」
俺は風邪を引く前に洞窟から逃げ出した。
外も雪景色だけど、氷の精霊の怒りを浴びるよりは遙かにマシだ。
「マフレナ。どこにいるの?」
俺は彼女を探しながら洞窟の周りを歩く。
さっき見せてもらった過去の光景を思い出しながら。
この雪の下に、まだ村の残骸が残っているのだろうか。
「マフレナ。無事に契約完了したよ」
やっと見つけた。
彼女は石の前に建っていた。無数に立ち並ぶ、石のプレート。
墓だ。
村のエルフたちの墓。
「レイナード様。契約完了、おめでとうございます。彼女はへそ曲がりなところがあるので、実は失敗するかもと心配していました」
マフレナは振り返って笑顔を見せてくれた。
頬には涙の跡があった。さすがに、それを指摘するほど野暮じゃない。
「ねえ、マフレナ。俺の回復魔法で、村の建物だけは蘇らせることができるかもしれない。どうする?」
もちろん死人は帰ってこない。
以前、魔物で試した。死んだ直後なら、蘇生させられた。けれど死んでから時間が経つにつれて成功率が下がり、一日も経つと確実に失敗した。おそらく魂が死体から離れてしまうからだと思う。
けれど建物だけでも再生できたら、思い出に浸れる――。
「やめてください、レイナード様。私はお墓参りに来たのです。お墓は長居する場所ではありません。村が蘇ったら、私はここから動けなくなるかもしれません」
「そうか……ごめん」
マフレナはあの記憶を乗り越えたんだ。俺の軽率なお節介は、邪魔にしかならない。
「ふふ、冗談です。私はレイナード様の隣にいます。もし死者が蘇っても、レイナード様と一緒に、あの湖畔の屋敷に帰りますから。そんな顔をしないでください。さあ、行きましょう。ヴェルミリオンが森の外で待っています」
と、マフレナは俺の手を握った。
けれど。
「駄目だよ、マフレナ。帰る前に、祠に行ってグラツィアに顔を見せるんだ」
「レイナード様。私はもうこの場所に未練など……」
「澄まし顔で格好よく語っても無駄だよ。グラツィアの前でえっちな妄想を語ったのが恥ずかしいのは分かるけど。あんなにマフレナを大切に思ってくれているんだから、たまには会ってあげなきゃかわいそうだ」
「はっ!? グラツィアはそんなところまでレイナード様に見せたんですか!? ぬおおおおおおおっグラツィアァァァァッ! なにしてくれてるんですかぁぁぁぁっ!」
マフレナは雄叫びをあげながら洞窟に入っていった。
やれやれ。
積もる話があるだろうし、剣の稽古でもして暇つぶしするか。
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