第56話 そして現在に至る

 ふと景色が暗転した。

 場所はまた祠。同じ場所だ。しかしマフレナの背が少しだけ伸びている。


 数年後……いやエルフの成長は人間より緩やかだ。十数年か、もっと経ったのかもしれない。

 マフレナは祠の前で座って、なにか呟いていた。


「グラツィア。私、人間の世界で一人で頑張って生きてきました。人間が魔族をここに連れてきたからこんなことになったのに……ほかにエルフの村があればそこに混ぜてもらいますけど、なかなか見つかりません」


 また時間が進む。マフレナの髪が長くなっている。


「人間の中には、エルフを捕まえて売り飛ばそうとする奴らがいるんですよ。だからフードで耳を隠さなきゃ……いえ、返り討ちにすればいいんですけどね。耳を隠してもバレるときはバレるんで……私、もう何人殺したか分かんなくなりました。いいんですけどね。人間を殺したからって、私が心を痛める必要ありませんし……」


 心を痛める必要はない。

 そう呟いたマフレナは、自分の心まで殺したかのような顔をしていた。


 前世の俺、剣聖セオドリックが生まれるよりも更に昔。

 奴隷の扱いは、どこの国も今よりずっと雑だったという。

 エルフを白昼堂々捕まえて奴隷市に持っていっても、後ろ指を指されなかった時代。

 そんな時代に、正体を隠して一人で生きていくなんて。想像しただけで気が滅入る。


「この前、変な人間に会いました」


 と、呟いたマフレナは、俺が見慣れている姿まで成長していた。


「仕事の最中、ずっと私を守ってくれたんです。私、自分ではかなり強くなったと思っていて、全部一人でやったほうが早いと思っていました。誰かと共闘なんて足手まといなだけだと……なのに、その人に守ってもらったら、とても戦いやすかったんです。魔物の数は多かったのに、驚くほど楽な戦いでした。おまけに私の耳を……格好いいとか言うんです。ああいう人間もいるんですね……」


「また、あの人間と一緒に仕事をしました。楽させてもらったお礼に食事に誘ったら……断られました。いいんですけどね、別に。殿方を食事に誘うのは初めてで、勇気を振り絞ったのに無駄になったとか、そんなのいいんですけどね」


「あのセオドリックとかいう剣聖! 私が作ったサンドイッチまで拒否したんですが!? どういう精神構造してるんですかね!」


 ここでようやくグラツィアが返答するシーンになる。


「……マフレナ。私は精霊です。人の子の恋愛には疎いのですが……それでもエルフたちの言葉をここで聞いてきたので、多少は知っています。その上で言わせてください。そのセオドリックとかいう剣聖、かなりのクソ野郎です。もう関わるのはよしなさい」


 精霊にクソ野郎って言われた。凄いショックだ。


「嫌です」


「なぜですか? ここに来るたびに愚痴を並べているではありませんか」


「……だって……好きになっちゃったんです」


 マフレナは頬も耳も真っ赤にし、小さな声で呟く。


「人の子が考えることは分かりません。しかし人間の社会で生きていかなければならないマフレナが、人間を好きになれたのは、よいことかも知れませんね。それでも、そのセオドリックという男はどうかと思いますが……」


 精霊グラツィアの俺に対する評価、いくらなんでも低すぎでは?


「どうとでも言ってください。私はなんとかしてセオドリック様に恩返しをするんです」


「恩返し、ですか。それが終わったら気持ちを伝えるのですか?」


「気持ちを……伝える?」


「どうして不思議そうな顔をするのですか? セオドリックを好きなのでしょう?」


「え! セオドリック様に好きって伝えるってことですか!? そんなことしたら私がセオドリック様を好きなのがバレちゃうじゃないですか恥ずかしい!」


「は?」


「知ってますか人間って凄くえっちなんですよ。私、本を沢山読んで勉強したので詳しいんです。エルフでは思いつかないような色んな方法でえっちするんですよ。野外でするとか、複数でするとか、縛ったりとか……私とセオドリック様が両思いになったら、やっぱりそういうことしちゃうんですかね!? やだ恥ずかしい心の準備がまだできてません! でもセオドリック様が私を激しく求めてきたら応えるのもやぶさかではないというか望むところというかエルフと人間の間にハーフエルフって本当にできるんですかね? あれってやはり伝説にすぎないのかもしれませんが子供ができなくても気持ちよければそれでいいですよね! ああセオドリック様にメチャクチャ激しくされたい! でも優しくもされたいし! 縛って監禁されて放置されるのもいいですね! 逆に私が上になるってのもいいですね! きゃーきゃーきゃー……はっ!? 私はグラツィアの前でなにを語ってるんでしょうか!? え、やだ恥ずかしすぎる! あああああああっっっお願いしますグラツィア今のは全て忘れてくださいぃぃぃぃぃぃんぎゃぁぁぁぁぁああああ顔から火が出るぅぅぅぅぅぅぅッッッ!」


「マフレナが……壊れた……?」


 過去回想が終わる。

 俺は現代の祠に戻ってきた。


「それ以来、マフレナは私の前に姿を見せることはありませんでした」


 嘘だろ。そんな馬鹿な理由で。

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