第6話


ハマグチが昏倒こんとうした路地に、キクチは1人で戻って来た。もう1人の同僚は、交番から警官を案内してこちらに向かっているので、あまり時間はない。


キクチは、うずくまるハマグチを通り過ぎ、非常階段まで行って周囲を見渡す。

彼が確認したかったのは、あの“破裂音”の発信元だった。ほどなく非常階段の下に落ちている銃を発見。心臓の鼓動が高鳴る。キクチは素早く拾い上げると、映画で観たようにベルトに差し込んだ。


それからハマグチの病院への搬送に立ち合い、警察の聴取を受けたが、その最中に銃を落とさないかとヒヤヒヤした。

だから解放された時のカタルシスたるや大きく、帰宅出来たのは深夜であったのに関わらずテンションは高かった。



キクチは弟のタカシの部屋に直行し、ノックもせずに「おい!まだ起きてるか?」と言いつつドアを開け放つ。

パソコンのモニターに見入っていたタカシは、ビクリと背筋を伸ばし、怯えたような顔を向けた。


キクチの弟、タカシは進学校に入ったものの、あまり登校せず、部屋にこもって多くの時間を過ごした。にも関わらず、テストの成績は上位を維持しており、親からも教師からも“アンタッチャブル”として扱われていた。



キクチは高揚した顔で「、なーんだ」と銃をかざして見せた。タカシの頬が強張る。知ってる。それは自分が制作して浮浪者に与えたものだった。


同じ中学校だった素行不良のアホ(名前は失念した)が浮浪者狩りをしてるのは、グループラインで情報が出回っていた。

その後、近隣の雑木林をうかがうアホを見かけ、今回の計画を思い付いたのだ。

ずっと思案していた自作銃の使いどころを遂に見つけた─と浮かれた数日前の自分を思い出す。だが、まさか手元に戻ってくるとは…。


タカシの戸惑いに気づく訳もなく、キクチはニヤニヤしながら言った。

、試し撃ちしたくねえ?」



30分後、2人は閉鎖した町工場の中に居た。

キクチの「こういうのはシチュエーションが大事だから」という主張から、同じ町内の廃工場…というより廃墟に侵入したのだった。かつて窓があった所には窓枠すら無く、天井も随所が劣化し、そこから月の明かりが差し込んでいる。


所在なさげなタカシに反して興奮気味のキクチは標的を吟味ぎんみしている─と、数メートル先にある朽ち果てた機材と機材の間の暗がりに、小さな2つの光があるのに気づいた。

それは、こちらを見つめる野良猫の眼であった。キクチが歯を見せてわらう。

標的が決まったのだ。

キクチは両手で握った銃を猫に向ける。

止めるべきか迷ったタカシが右手をキクチに伸ばした時、それが合図だったかのように破裂音が響きわたった。

その破裂音の残響に、複数の鋭い金属音が重なる。その「キンッ」とも「チュンッ」とも聞こえた音は、弾丸が硬いものに弾かれた、いわゆる“跳弾ちょうだん”した時に発する音だった。

機材に当たり跳弾した弾丸は、ビリヤードの球のように何度か軌道を変え、最終的にキクチの額めがけて飛来し、頭蓋を貫通し、後頭部から抜けた。

キクチの後頭部からが飛散する。あたりに肉と鉄錆が入り混じったような匂いが漂った。


キクチが脱力し、土下座するように地面にひれ伏した。その横でタカシが右手を前に差し出したままマネキンのように固まっている。それらを天井の穴からそそぐ月明かりが、まるでスポットライトのように照らした──。





 ─Fin─

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メリーゴーランド @tsutanai_kouta

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