わたしたち、ふたりでひとつ。

野森ちえこ

テンとマル

 人のみなさんこんにちは、読点のテンです

 みなさんはマルハラって聞いたことありますか?

 マルですマル

 文章のおわりに打たれる、句点のことです

 現代の人の若者たちはそれが怖いんですって

 なんでも、メッセージアプリやSNSで短文を投稿するときは句点を省略することが多いため、句点が打たれた文章が送られてきたり見かけたりすると、もうこれでおわりだと断ち切られたように感じて、つめたく『怒っているように見えて』怖いらしいのです


 人の世にはありとあらゆるハラスメントがあふれているようですが、さすがにどうかと思いません?

 セクハラとかパワハラとか、ほんとうに深刻なハラスメントまで軽く感じられてしまいそうで、それこそ恐ろしいと思うのですけれど

 いえ、べつに問題提起をしたいわけじゃないんですよ

 困っているのです

 マルが、すっかりいじけてしまって

 『ボクなんて、存在自体がハラスメントなんだ……!』と、部屋に閉じこもって出てこないんですよ

 このままでは、すべての文章からマルが消えてしまいます


 え? べつに困らない?

 マルがなくても終止符で代用すればいい?

 ……なるほど.たしかに終止符がいれば長文でも困りませんね.

 じゃありません! つい納得しそうになってしまったじゃないですか

 まったく、油断もすきもない


 わたしもマルも、もともとは文章を読みやすくするという思いやりから誕生したのですよ

 それをハラスメントだなんだと非難され、やがて淘汰されゆくのだとしたら、こんなにかなしいことはありません

 マルハラのつぎはテンハラか——なんてことも冗談半分にささやかれているようですし、あすはわが身です


 だいたい、単純な世代間のギャップ問題にハラスメントという名前をつけてもなにも解決しないし、むしろ溝を深くするだけのような気がするのですけれどね


 ねえ、マルもそう思わない?

 ていうか、ほんとそろそろ出てこない?

 あなたがいないと、文章がしまらないったらないわ


 終止符がいるだろうって?

 終止符が似合うのは英文よ

 日本語にはやっぱりマルが似合う


 って、終止符、リュックなんか背負ってどうしたの? え? 旅に出る? 私がいてはマルが出てきにくいでしょうって? ちょ、ちょっと待っ……えええぇええ、ほんとうに行っちゃった

 なんて素早いの……


 茫然自失

 してる場合じゃないわね


 どうしましょう、どうしましょう、みなさん

 もうあとがありません

 直近の問題として、このお話のタイトルに句点をつけなければならないんですよ

 そう、よりにもよって! そういうルールなんです

 終止符でもOKだったのですけれど、たったいま旅に出てしまいましたし

 ええ、そうです

 いざとなったら終止符に代役をたのむつもりだったんですよ

 それで、人のみなさんに直接マルに声をかけていただけたら……などと思っていたのです

 なんて浅はかだったのでしょう

 わたしなどしょせんただのテン

 ひとりではなにもできない役立たずです


 このまま投稿をあきらめるしかないのでしょうか

 しくしく……

 せっかく人のみなさんと直接お話できるチャンスでしたのに


 ——まったく、しょうがないな。今回だけだぞ。

 って、え? マル! いつのまに!!

 どうしましょうってくるくる走りまわっていたくらいから見てた? もうほとんど最初っからじゃない! バカばか! うえ〜ん!


 泣くわよ。泣くにきまってるじゃない。

 わたしたちは句読点。ふたりでひとつなのよ。もうひとりで閉じこもったりしないって約束して。

 ほんとうよ? 約束したからね!


 それで、なんの話をしていたのでしたっけ。

 あ、そうそう。マルハラについてでした。

 おっほん。

 わたしたち句読点をはじめ、疑問符やカッコ、アクセントなど、約物といわれる記述記号は文章を読みやすくするため、わかりやすくするために存在しています。

 けっしてだれかを傷つけるためではありません。

 人のみなさんにはそのことを覚えておいてほしいのです。


 え? ことさらマジメぶっても照れ隠しだってバレバレですって?

 うるさいわね! だれのせいだと思ってんのよ、ばかー!!


 。、。、。、。、


 やれやれ、一件落着のようだね。

 あ、どうも、日本語ではあまりつかわれることがない終止符ことピリオドです。

 テンとマルを見ていたら、私もカンマに会いたくなってきました。

 すぐにもどるのもなんですし、会いにいきましょうかね。


 それでは人のみなさまごきげんよう。

 See you.


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わたしたち、ふたりでひとつ。 野森ちえこ @nono_chie

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