第43話番外編  アルフォンスの誤算

 母は俺が物心ついた時には王宮で随分肩身の狭い思いをさせられていた。

 学園在学中に父である国王陛下が婚約者以外に想いを寄せた母、しかし爵位の低い令嬢であった母は正妃として迎えられることはなく、側妃として何とかその立場を守った。

 しかし正妃に兄である王太子が産まれる、その数年後俺が産まれる。

 俺は第二王子として育てられるはずだった、その翌年弟となる第三王子のカインが陛下と正妃の間に産まれると正妃の子というだけで、王位継承権二位をカインが与えられ俺は第二王子でありながら継承権三位とされてしまった。

 歳の離れた兄はまだしも、俺は矢鱈とカインと比較されることが多々あった。

 それは年齢が上がるほど増えていった。

 

 そんなある日母に連れられて婚約者と会うことになった。

 寸分の隙すらないカテーシーを披露したマルグリッドの目は、何かと比較されるうちに俺を見下げるように見るカインの目と同じに見えた。

 母がマルグリッドに媚びるような声色で話すのも気に入らない。

 公爵家の令嬢といえどもたかが貴族の娘、俺は王子なのだから媚びへつらうならばマルグリッドの方だろう。

 俺は不満を不機嫌に変えてマルグリッドに態度で表した。

 「では、大変申し訳ありませんが少しお時間いただきます、軽食をご用意しておりますのでごゆるりと」

 立場をようやく理解したのだろうマルグリッドが下がり、俺はやってやったと笑っていた。


 その後、母が何かを言っていたが俺は気分を良くしていたのもあり帰りの馬車でいつの間にか眠っていた。


 それから暫くして再度公爵家に連れて行かれた。

 しかも態々俺が足を運んだにも関わらず、マルグリッドはあろうことか妹を俺の接待役につけたらしい。

 俺は不敬が過ぎると妹に命じてマルグリッドを呼び出した。

 ようやく姿を見せたマルグリッドを折角俺が正してやっているのに、マルグリッドは表情を変えることもなく立ち上がった。

 「これ以上ここにいて第二王子殿下のご機嫌を害するのはよろしくないようですので、私は下がらせていただきます」

 「ふん!身の程を弁えているようだな!まぁ貴様がそこまで言うなら……」

 「では!失礼します!」

 そう言って戻っていった。

 その後何度か妹が王宮に来ていたらしいが俺は相手にしなかった。

 用があるならマルグリッドが来るべきだろう、礼儀すら知らないのか。


 王宮が主催するガーデンパーティーで久しぶりにマルグリッドを見かけた。

 俺に挨拶するでもなく、数人の男子を周囲に侍らす姿に俺の堪忍袋の尾が切れた。

 マルグリッドの前に俺から姿を表して咎めると、母が慌てて駆けつけて来た。

 ガーデンパーティーの会場から俺だけが王宮に戻されてしまい、母から失礼なことをするなと叱られマルグリッドに俺から話しかけてはいけないと言われた。

 大体挨拶をしに来ないマルグリッドが悪いのであろう、何故俺が怒られるのか訳がわからない。


 学園に入学する頃になると、俺はカインと比較されるだけではなくランドール公爵家のユリウスという奴とも比較されるようになった。

 たかが公爵家の次男、何故比べられなければならないのか。

 不満が溜まっていく。

 同じ年齢らしいが、公爵家を継げない次男だからこそ必死に座学をしなければならないのだろう、学園の首席に名を連ねたと聞いたが、そうでもしなければ将来的に不安なだけだ。

 そもそも王子の俺を支える貴族どもが勉強をすればいい。

 それなのに、母だけではなく父も兄も俺をソイツと比較しながら頑張るべきだと叱責する。

 

 面倒なことに学園入学式での挨拶を首席であるということでユリウスがすることになったらしい、王族である俺が入学するというのにたかが公爵家次男が挨拶するなど、他の生徒に失礼ではないか。

 そう何度も抗議したからだろう、入学式の挨拶で新入生代表を努めるのは俺となった。

 当たり前だ。


 学園の門を抜けた先にマルグリッドの姿が見えた。

 相変わらず周囲に男を侍らせる姿に怒りが湧き出てくる。

 マルグリッドに不用意に近づくことは禁止されているが、この距離でなら近づいたとは言わないだろう。

 俺はマルグリッドを呼び止めその散々な態度を嗜めたが、しゃしゃり出て来たユリウスに遅刻するからと校舎に向かうように促されてしまった、ひりつく俺を側近たちがEクラスへと連れていく。

 これも不満だ、王子である俺が入学するのに何故Aクラスではないのか。

 入試の成績で割り振られたらしいが、そんなもの関係はないだろう。


 「貴様らは幸運だぞ!この俺と学友になれるのだからな!その幸運に感謝しせいぜい励が良い!」

 立派に入学式の挨拶を済ませる。

 俺に激励されたのだから皆存分に励むべきだ、将来上に立つ俺のために。


 それから二年、マルグリッドと直接顔を合わせる場面はなくなっていた。

 そもそもAクラスとは校舎も違う、さらに王子である俺とは違い暇があるのであろうマルグリッドやユリウスその一派は生徒会に入っていた。

 俺は王子としての執務がいつあるかもわからないため、学園に拘束される生徒会など出来るわけがない。

 それに皆が俺のために働くべきで俺が生徒会で他の凡人どもを世話するのはおかしいだろう。


 春にあるオリエンテーションが終わった頃、Eクラスに編入生がやってきた。

 クララという男爵令嬢は幼い顔付きで女子生徒は顔に似合わない豊満な胸を揺らせて俺を見て瞳を輝かせた。

 「流石アルフォンス殿下!」

 「知りませんでした、すごいですね、王子さまは何でもご存知なのですね」

 「うわぁ、やっぱり王子さまですね、センスが私なんかと全然違います!」

 「そうなんですね!」

 彼女は俺の言葉を素直に受け取り、常に称賛を送る。

 彼女と話す心地よさは何にも代え難いものとなるのに時間はかからなかった。

 そんな愛らしく控えめなクララの表情が翳ることが増えた。

 気になった俺が尋ねれば、どうやらマルグリッドから稚拙な嫌がらせを受けているらしい。

 嫉妬にかられ、編入したばかりのクララに冷たく当たるなどあってはならないだろう。

 側近どもの静止を振り切り俺はマルグリッドに注意を促した。

 相も変わらず男を侍らせるマルグリッドは反省の色すら見えなかったが。


 一学期の期末試験の後、俺は補習となった。

 公務もあるため座学が少しばかり疎かになっていたのだろうとクララは俺に付き合って補習を受けるという、優しいクララは相変わらずマルグリッドから嫌がらせをされているらしく俺はEクラスの皆に訴えクララを守ることにした。

 爵位を嵩に来てクララを虐めるマルグリッドにクラスの者たちも思うところがあるようで、彼らは従順に俺の指示に従いマルグリッドの暴挙を広めていった。


 夏が終わり秋になると闘技大会が始まった。

 俺は得意の武術部門の対戦に出ることにした。

 「アルさま、危ないですよ?」

 俺の身を案じ止めるクララに少しばかり見栄を張りたくなった。

 「アルさまの一回戦の相手はガレインさまなのですね、アルさまの側近なのだからアルさまが勝てるようにするのが当然なのに」

 そう言って控室を飛び出したクララは一回戦までに戻っては来なかった。

 きっとマルグリッドに何かされたんだろう、ガレインをのしてから助けに行かなければ。

 そう思っていたのに、ガレインに反撃されて俺は一回戦敗退となった。

 間の悪いことに今日の闘技大会を父と正妃、母が観に来ていた。

 父からの叱責を覚悟していたが何も言われることはなかった。

 

 冬になると王宮が主催する年末の夜会が開かれる。

 男爵家はあまり経済状況が良くないらしい、デビュタントに着るドレスが買えないと嘆くクララに俺はドレスを買い与えた。

 ドレスに合うよう俺の色を使った宝石の飾りも贈った。

 カインが婚約発表をするとかで、父や正妃の機嫌が良いのが気に食わない。

 俺はクララをパートナーとして華々しくクララのデビュタントを飾ることにした。

 夜会で俺のファーストダンスをクララが務めればいい、他の連中も二度続けて踊っているんだ、俺とクララもそうするべきだろう。

 そう思い、クララを夜会に連れて行きダンスを踊る。

 充分に注目が集まり、俺とクララは会場の視線を集めた。

 カインの婚約より皆俺の話をしているはず、そう思っていたのに。

 俺は厳しい叱責を受け、学園に行かず王宮にて謹慎させられてしまった。

 クララはどうしているだろう、一人でマルグリッドに立ち向かわなければならないはず、か弱い彼女は泣いているのではないだろうか。

 俺は不安で仕方なかった。


 三ヶ月ぶりにあったクララに俺は卒業パーティーで着るドレスを持って男爵家を訪れた。

 クララは大変喜んでくれていた。

 学園での話を聞けば矢張りマルグリッドからかなり悪質な虐めをうけていたようだ、俺はクララを守るためひとつの決心をして卒業パーティーに出た。


 「マルグリッド•アルダイム!貴様との婚約を破棄する!」

 会場で相変わらず男を連れたマルグリッドにそう宣言した。

 だが、そこから予想外のことを知らされた。 

 「マルグリッド•アルダイム公爵令嬢は私ユリウス•ランドール•ブロッサム伯爵の婚約者です、十歳の頃から」

 ユリウスがマルグリッドの腰に手を回してそう告げる。

 何を言っている?

 マルグリッドは俺の婚約者だろう。

 よくよく見ればマルグリッドのドレスも飾りもユリウスの色を纏っている、それにユリウスの正装はマルグリッドと揃いになっている。

 どういうことだ?と唖然としていれば、カインに指示された王宮の騎士たちに拘束されてしまった。


 

 一ヶ月ほど部屋に監禁されていた俺は父に呼ばれて謁見室に居た。

 「マルグリッド嬢がお前の婚約者だったことは一度もない」

 そう父に告げられても俺は信じられなかった。

 「あの時婚約者に会うと連れて行かれて」

 「その時にマルグリッド嬢ではなく妹のマリエンヌ嬢が候補となったのだ、それも数ヶ月もしないうちにお前の酷い態度でマリエンヌ嬢から辞退されているがな」

 マルグリッドは婚約者ではない?ならクララを嫉妬で虐めたというのは?

 いやクララはどうしているんだ?

 一ヶ月、クララに会っていない。

 「父上、クララは……」

 「あの女はあまりに多くの罪を重ねていた、アルダイム公爵家ランドール公爵家だけではない、他の貴族たちからも訴えが起きている」

 「待ってください!クララは何も……」

 冷ややかな父の視線に言葉を続けられない。

 「アルフォンス、お前への処置は塔への無期限幽閉とする」

 「は?」

 「連れていけ」

 ガチャガチャと鎧の音がする、騎士二人が俺を両脇から拘束した。

 「ち、父上!父上!話を聞いてください!」

 「お前の母も離宮への隔離が決まっている、全てお前のせいだ」

 「父上!」

 背を向けた父はもう俺に振り返りはしなかった。

 

 塔の中でクララが北の果てにある修道院に送られたと聞かされた。

 母は離宮で病に伏せったらしい。

 俺はマルグリッドとユリウスの婚姻を知らされた。

 「マルグリッドの婚約者はずっとユリウスだったのか……俺は何を勘違いしていたのだろう」

 答えるものもない塔の狭く光の入らない部屋で答えのない「もし」を一人考える。

 あの時こうしていれば、と。

 いつから間違ったのかどこから間違ったのか、二度と出ることのない塔の中で一人ずっと後悔だけが頭を占めていた。

 

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【完結】大阪のおばちゃん乙女ゲームの悪役令嬢に転生する 竜胆 @rindorituka

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