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お試し公開

 今日は私の誕生日だったりします。
 夜はエチゴビールをいただく予定で朝から切り干し大根を煮ています。
 
 さて、現在の連載作品とは別に以前から捏ね回していた作品の一話を書いたのですが、これ連載まで持っていけるかどうかとうんうん唸っているので、迷うくらいならば少しだけ公開してみようかと。
 書き出して迷いながらお蔵入りはよくやるのですが、一話書いてみて私は楽しいがどうだろうと。
 まあ色っぽい話は全くなくなるのでそこもなぁとか。
 そんな迷いながら書いてみている第一話です。
 読み切りにするか連載にするか…悩みますね。



四つ辻の小さなBARの二代目


1
 抹茶オレンジ

 関西地方のとある住宅街、四つの小径が交わる角にそのバーはある。
 長い塀が続く小径は街灯も少なく、夜十時を過ぎれば行き交う人も居ない。
 開店は二十三時、閉店は明け方というバーには様々な事情を抱えたモノたちがドアを潜る。
 カランカランと乾いたドアベルが音を奏で、今宵も最初の客が顔を覗かせた。

 「前のマスターも酒の選び方が上手かったが、流石に孫だねぇ月花ちゃんの選ぶ酒もなかなか旨いよ」
 つるりと毛のない頭を撫でた小柄な爺が好好爺の風情を醸しながら出された酒を旨そうに口に含む。
 「ありがとうございます、ぬっさんにそう言われると自信になりますね」
 白いブラウスに黒のカマーベスト、黒いスラックスの上には腰から身につけるミドルエプロンを着た年若い女性が愛くるしい笑みを浮かべる。
 夜明月花は二十七歳の誕生日に子供の頃に亡くなった祖父が経営していたバーを引き継いだ。
 小ぢんまりとしたバーはカウンターが七席だけの小さな店だ。
 引き継いだ店の再オープンに近所から苦情でもあるかと心配したが、逆に夜は暗い車すら通らない十字路に灯りがつくだけでも安心だと笑われた。
 今日一番の客である通称「ぬっさん」は祖父の頃からの常連客で、月花がバーを引き継ぐと聞き一番喜んで開店日から足げく通ってくれている。
 ぬっさんが好むのは果実酒、それも濃い果実感をより好む。
 今日の酒は奈良に本社のある果実酒が有名な酒造の「あらごしみかん」。
 「みかんを丸々齧るような瑞々しさに、アルコールの辛味がいいねえ」
 ホクホクと喉を潤すぬっさんに笑顔を返して月花はグラスを拭いている。
 カラン
 小さな音を立てて顔をぬっと覗かせたのは、先日ふらりと立ち寄ってから通い始めたホストのお兄さん。
 痛ましい程にブリーチで傷んだ金髪を整髪料で固めたお兄さんがフラフラとした足取りでカウンター席に座る。
 「いらっしゃい高瀬さん、随分お疲れですね」
 キンと冷えた水を出しながらおかっぱに切り揃えた髪を揺らして月花が苦笑いを浮かべる。
 出された水を飲み干した高瀬が「はぁ」と長い息を吐いた。
 「もうさぁ、聞いてよ月花ちゃん」
 半べそをかいて話す高瀬はもうかなり酒が回っているようだった。
 宥める月花とグダる高瀬をチラッと見ていたぬっさんが席を移動して高瀬の隣に座り直す。
 「お兄さん、随分と呑んだようだねえ」
 「はぁ、今日は店の人気ホストが上客に随分シャンパンを入れさせてさ、客の指名が無かった俺に一気飲みをさ」
 「おやおや、荒っぽい飲み方だねえ」
 ぬっさんに声をかけられた高瀬は、いつの間にか愚痴の矛先を月花からぬっさんに変えていた。
 ぬっさんにウインクをされて月花は苦笑と共に口パクで礼を言う。
 「さて、と」
 随分と呑んだ高瀬にノンアルコールのカクテルを準備する。
 湯呑み茶碗に抹茶と蜂蜜、湯を入れてかき混ぜる。
 レシピに寄っては泡立てることもあるが、今日は飲みやすい方が良いだろうと大きめのグラスに氷を入れた。
 そこへゆっくりと抹茶を注ぐ。
 半分程注いだらオレンジジュースをゆっくり流し込んでいく。
 緑と橙色のコントラストがグラスに浮かび上がり、ほうと高瀬とぬっさんの視線がグラスに集まる。
 輪切りにしたライムをグラスに差して完成したノンアルコールカクテルを高瀬に出した。
 「うわっサッパリしてて旨い!」
 ぬっさんにはオレンジジュースをあらごしみかんに変えてカクテルをカウンターに置く。
 くるりとマドラーで混ぜたぬっさんがグラスを傾ける。
 「青臭いかと思ったが、こりゃあ抹茶の苦味とみかんの爽やかさでスッキリ飲めるな」
 「なんか優しい味がするぅ」
 ぐでんぐでんの高瀬が両手でグラスを持ってヘラヘラと笑う。
 暫く談笑しているうちにチラホラ客が増えてきた。
 ウトウトと舟を漕ぐ高瀬を肩にひょいと担いだぬっさんが、二人分の代金をカウンターに置いて立ち上がった。
 「こいつぁ、儂が送ってくよ」
 片手を上げて器用にドアを開けて店を出るぬっさんを、カウンターに座る客が苦笑いで見送る。
 「ぬらりひょんの旦那は相変わらず人間が好きだねえ」
 クツクツ笑うこれまた小さな爺は俗に言う子泣き爺だ。
 ここは四辻にある小さなバー。
 元は祖父が始めた四辻のバーは、孫娘が引き継ぎ二代目を名乗る。
 あらゆる道が交差するバーに集まる客は此方の世界と彼方の世界、人も人ならざるモノも様々な事情を抱えたモノが集う。
 今夜も二代目マスターは一代目に良く似た笑みを浮かべグラスを磨く。

1件のコメント

  • こういうお話も好きです!
    楽しんで書いていただければ読み手である私も幸せになれます。
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