第42話番外編 アレックスは婚約者が好き過ぎる
十歳で出会った婚約者の彼女はとても小さくてふわふわ甘い砂糖菓子のような子だと思った。
綺麗なカテーシーで挨拶するファルマは少し照れくさそうにしながら僕を見てはにかみながら笑っていた、そんな彼女に僕は一目惚れしたんだと思う。
大体、直前に見た同年代の女の子がマルグリッド•アルダイム嬢だったのもあるんだろう、アルダイム公爵家の才女と呼ばれていた彼女は見た目こそ儚い美少女ではあったけれど、その溢れ出す威圧感は底知れないものがあった。
それがランドール公爵家の子息ユリウス•ランドールに一目惚れしてそのまま婚約したと聞いた時は父や母の落胆よりホッとしたぐらいだった。
だから、ファルマの守りたくなるような可愛らしさは幼いながら僕をときめかせた。
そんな僕は兄が侯爵家を継ぐこともあって将来は魔法省で王国魔法師団に入るべく、日々魔法の勉強に勤しんでいた。
ファルマもまた魔法師をたくさん出す家門の娘でもあって、僕の勉強に協力的だったし、新しい魔法を覚えて見せれば大きな瞳をキラキラさせながら「アレックスさまは凄いですね」と言ってくれる、それが嬉しくて僕はますます魔法の勉強にのめり込んでいた。
ああ、そうだ。
すっかり忘れていたんだ、ファルマはただ可愛いだけじゃないってことを。
僕と一緒に魔法省に入るため僕がお披露目した魔法を次に会う時にはファルマも使えるようになっていたことを。
「馬鹿だ馬鹿だと思っていたけど、ここまでだとは……」
「すいません」
「で?いつから二人で会ってなかったって?あのファルマちゃんがあんなに怒るぐらいなのよ?はぁ、気の利かない息子でファルマちゃんに申し訳ないわ」
辛辣な母の言葉に返す言葉もない。
闘技大会でファルマがブチ切れてしまったのは全面的に僕が悪いのだろう。
何度かあったファルマからの誘いも全部断っていた。
そりゃあ怒るよな、同時に気付いた。
ファルマがあれだけの観客の前で僕に怒ったことで、学園内で実はファルマを狙っていた奴らが結構たくさん居たことに。
闘技大会後、何人かから「ファルマ嬢とは白紙になるのだろう?」と話しかけられたのだから。
当然ファルマに話しかけてくるクソ野郎どもが増えたのもそうだ。
冗談じゃない、僕がファルマとの婚約を白紙になんてするわけがない。
でも、ファルマ嬢の家からそれを告げられたら、もしファルマが本気で怒っていたのなら。
僕は慌ててファルマへ休日の誘いの手紙を送った。
「お待たせしました」
迎えに行ったフェルマン伯爵邸で玄関ロビーに出てきたファルマは外出用の淡いグリーンが差し色に使われた白いワンピース姿で現れた。
僕は今朝侯爵家の庭園から摘んで用意したブバルディアとマーガレットの花束をファルマに手渡す。
「まぁ、アレックスさまが選んでくださったんですか?嬉しい、ありがとうございます」
と、花に負けない鮮やかな笑顔を見せて受け取った花束に顔を埋める、やっぱり可愛いと思う。
多分、花に込めた意味も気付いてるんだろう、花束を作るのを母に見つかって口酸っぱく言われたし。
花言葉くらい覚えておきなさい!と怒鳴りつける母に申し訳なく思いながら用意した花は幸福な愛とか真実の愛なんて意味があるらしい。
「行こうか」
「はい」
ファルマにむけて腕を差し出せば肘あたりに手を通してファルマが僕に微笑んでいた。
フェルマン伯爵家のタウンハウスから商業区までは歩いて一時間ほど、予約したカフェでひと息ついてから観劇に向かう。
そのあとは商業区を散策、出来るだけファルマが興味ありそうな店を中心に回る。
ふと通りがかりに新しい魔道具屋が見えた。
ものすごく惹かれるが今日はファルマに合わせると決めている、後ろ髪をひかれながら通り過ぎようとするとファルマが足を止めた。
「アレックスさま、無理せず寄りましょう?」
上手く隠せたつもりが全く隠せていなかったらしい、僕はファルマに甘えて魔道具屋に入った。
「うわっこれもう実用化されてたんだ!」
新しい魔道具屋は商品も比較的新しいものを仕入れていて、見るだけでも楽しい。
「ほら!ファルマ!これ、この間発表されていたやつじゃないか?」
「そうですね」
夢中になっているうちにふと目に止まったものに気を取られた。
「ああ、かなり古い伝書魔法具ですね」
一対の蝶をモチーフにした魔道具、今でこそ文書どころか通信出来る魔道具があるけれど数十年前は数文字しか送れなかった、そんな頃の魔道具だ。
物珍しさにファルマを呼ぼうと後ろを見れば僕に付き合って退屈したのか休憩用の椅子に座りうとうとと船を漕ぐファルマの姿があった。
魔道具屋ですっかり時間を潰してしまった僕はファルマをフェルマン邸に送って行った。
門を入る直前にファルマを呼び止めると首を傾げて僕を見上げた。
「これ……」
手のひらに乗る程度の箱をファルマに渡すと僕は帰宅するため馬車止めに向かい迎えの馬車を待った。
その間に僕は魔道具屋で買った対の片方の蝶を取り出し何度か深く息を吸い、魔力を流し込んだ。
短い一文が蝶の止まる球体の中に浮かぶ。
馬車が見えて来た頃、背後からドンっと勢いよくぶつかってきた柔らかな感触にどくりと心臓が跳ね上がる。
「こういうのは狡いと思います」
小さな声はさっきまで隣で笑い声をあげていたファルマのものだ。
体に回った腕がぎゅうっと締められる。
「今度はちゃんと言ってください」
「うん」
休み明けのAクラスの教室でファルマを心配した友人たちが顛末を聞いて僕を揶揄いに囲んできたのは、ファルマなりの仕返しだったのかも知れない。
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