新世界。

「僕が、組織を」

《はい、見事後任に選ばれました》


 ただ研究し、論文を書き、子育てをするだけだった僕が。


「全く面白くない冗談なんだけど」

《前任者はアナタを後任となさいました》


「それも、罰なのかな」

《どう思うかはアナタ次第ですが、断る道は存在してはおりません。幾人もの候補の中から、アナタは選ばれたのですから》


「君は、どう思う」

《今なら適任かと、偏らず悲観的に物事を見定める、楽天家には行えぬ偉業とされておりますから》


「偉業、ね」

《その辺りも、アナタがどう思うか次第、ですね》


「少なくとも、前任者は偉業と思っていた、と」

《はい、成さねばならない事、ですから》


「世界を、幸福へ導く」

《はい、その通りで御座います》


 正解を答えられてしまった事で、僕は不適格だとして断る方便を失ってしまった。


 僕はαながらも愚かで、子を得たからこそ分かる。

 もっと先、未来に更なる幸福を齎す以外、人類が滅びの道から遠ざかる事は出来無い。


 不幸を取り除き、不便を取り除き、幸福の芽を増やす。


「新薬の情報、全てを知りたい、今度こそ完成させたい」

《はい、では直ぐにご用意を》


 僕は、確かに組織に救われた。

 前任者に救われ、彼女も救われた。


 だからこそ、こうして取捨選択をし続ける事が、僕の新しい義務。




「彼女達は結ばれませんでしたが、いつまでも家族として仲良く過ごしましたとさ。はい、おしまい」


《なんでダメなの?》

「そうだねぇ、色々と理由は有るんだけど、その理由がいっぱいだからなか」


《りゆうって?》

『ふーちゃん、多分この子分かるし、話して良いよ』

「君ねぇ、最初から僕に説明させる気だったでしょ」


『だってふーちゃん口が上手いし、私もちょっと分かんないんだもん、分かるけど言葉になんないし』


「家族、夫婦だけが仲良しの形じゃないんだよ。友達とか親戚、親友とかも有る、結婚するだけが幸せになれるワケじゃないんだよ」


《しあわせにしたくても?》

「うん、そう、幸せになるのも、誰かを幸せにするのも方法は色々と有る。最初、僕としーちゃんは友達、親友になると思ってたんだけど」

『結婚して夫婦、夫夫になったんだよね』


「あぁ、それでか。同じ性別でも結婚出来るけど、それが必ず幸せになるとは限らない、性別が違っても同じ。お互いに大好きで、一緒に居られる人と一緒に居られるって分かったから、結婚した。もし結婚出来無くても嫌いじゃないよ、しーちゃんとはずっと一緒に居るつもりだったから、友達や親友としてね」


《ゆう君が好きだけど、僕も男の子だから、大変だって》

「そうだね、それは本当に大変だよ。僕は丈夫だし、変化も殆ど無かったから今でも元気だけど、人によっては生きる時間が短くなるからね」


《それはやだ》

「だよね、だからしーちゃんも凄く悩んだんだけど、僕は幸運にも長生き出来る体質だった。でももし生きる時間が短くなるって分かってたら、そうした不安が有ったらしーちゃんと僕は友達のままだったよ、お互いをとても大切に思ってるからね」


《でも、赤ちゃん5人も産んだ》

「そこは本当、運と遺伝、ひいおばあちゃん、108才まで生きたんだもん。108って特別な数字なんだよ、知ってるかな?」


《知らない》

「そっか、ココには108の神様が居るんだよ。その108って数字は無限、いっぱいって意味も有るんだよ」


《神様が、いっぱい》

「そうそう、いっぱい神様が居るから、もしかしたらゆう君か君に幸運が訪れるかも知れない。生きる時間を短くしないで済むかも知れない、でも、そうならないかも知れない」


《どうしたら良い?》

「出来る事が1つ有るけど、凄く大変だし、絶対に叶うとは限らない」


《なに?》

「勉強を頑張って、生きる時間を短くしない方法を編み出す、探し出す。そうすれば一緒に居られるし、生きる時間も短くしないで済む、かも知れない。ゆう君は誰を好きなのかな?」


《僕のこと、好きって言ってくれてるけど、ゆう君のお家は女のママだから》

『大変さを味あわせたく無いんだろうけど、子供に言うかねって感じ』

「ゆう君は大事にされてるんだね、それに君の事も心配してるからだよ、どっちの生きる時間が短くなるか分からないからね」


《ふーちゃんも分からなかったの?》

「うん、けど、何となくは分かってたと思う。少し、薄々」

『やっぱそうなんだ』


「そりゃね、アレを。まぁ、先ずはお勉強して、色々と知ってから。色んな人と関わって、いっぱい好きな所を言ってあげられる様になるのも手だよ、何処が好き?」

《あのねー、おこらないんだ、どなったりしないの。でね……》


 私の両親は、新薬、有害図書指定焚書事件を経て結婚した。

 元被害者と警官。


 一応、偶然にも再会して意気投合からの結婚、って説明されてるけど。


 多分、パパが色々と画策したんじゃないかと思ってる。

 だってさ、もう本当にラブラブで、αパワー全開で何かしたんじゃないかと思う程に好きで。


 まぁ、私はβだから普通に結婚して、普通に産んで育ててるだけなんだけど。

 何でかウチの子が隔世遺伝でαで、そのゆう君もαで。


 どう言えば良いのか、否定も過度な肯定もしないって、凄い難しくてママに投げた。


 まぁ、ママは元αのΩなんだけど。

 中身が本当、Ωらしいし。


 苦労をしっかり伝えられるのって、やっぱり苦労した本人かなって。


『ありがとう、ママ』


「久し振り、その呼び方」

『だって皆がふーちゃんって呼ぶから、その方が良いのかと思って』


「どっちでも良いよ、君を産んだ事に変わりは無いんだし」


『幸せ?』

「そりゃね、確かに色々と有ったけど、コレで良いと思えてるし。今でもそう思ってるよ」


『産まれ変わったら何が良い?』


「次は、妊娠し易いΣかなぁ、治験の結果が良いから」

『そうなんだ、お疲れ様』


「けどねぇ、本当に良いのかなって」

『なんで?』


「また、元に戻るのが不安なんだよね、カビ無しの時代に戻ったら人が減るんだし」

『時代じゃない?大変だったんでしょ?戦争とか災害とか、事件も凄く多かったって』


「事件の中身にもよるんだよねぇ」

『あー、パパ忙しいもんね』


 特効薬が有るのに、未だにΩを狙うαとか、逆にαに執着する系の事件が多くて。

 Ω特区の副責任者だからって、色々と任せられちゃってるらしい。


 あんまりパパには効かないらしいんだよね、フェロモン。


 そこは本当、自制心と理性の権現って感じなのは分かるんだけど。

 多分、ママが好き過ぎて効かないんだと思う。


 居心地良いもん、ママ。


「何で君まで赤ちゃん返りしてるの?」


『出来たかも、2人目』

「え、おめでとう、いつ?」


『分かんない、今、自覚したかも』

「ちょ、病院、予約しなって」


『ママ、また通ってくれる?』

「勿論、検査薬無いの?生理の最終日はいつ?」


『眠いかも』

「お昼寝して良いから、勝手に買い出ししちゃおうか?」


『うん、任せた』

「はいはい、布団に行って。何が食べたい?」


『タンメン』

「本当にパパに似てるなぁ」


『だって、アレが野菜を1番美味しく食べられるんだもん』

「はいはい、塩味タンメンね」


『起きたら食べたい』

「パパの方が上手なんだけどねぇ」


『ママのが良いの』

「らしいねぇ」


 親子揃って似てるんだと思う、ママのタンメンが世界一だと思ってるから。




「不和さん、彼はお孫さん、ですかね」

「そうなんですよー、1番上の子の」

《祖母がいつもお世話になってます》


「いえ、僕は非常勤ですから、少し様子を見に来ただけですよ」

《骨折って、やっぱり5人も産んだからなのでは》

「もー、こけたら折れるのが骨なんだから、気にし過ぎだよ」


「骨密度は安定してますし、何かに気を取られたんですか?」

「そうなんですよ、下の子の孫が力が強くて、後ろにグイっと」


「尾てい骨ですし、既に手技も行われてますし、少し安静にしていれば直ぐに退院出来る筈ですし。もしかすれば、最長寿も夢じゃないかも知れませんね、5人も産んでらっしゃって健康そのものなんですから」

「ほら」


《他に何か出来る事って》

「お孫さんの健やかなる成長、幸福でしょうね」

「そうそう、流石先生、良く分かってらっしゃる」


「いえ、僕もまだまだだと思っていますから」

「では、お互いに精進と言う事ですかね」


「ですね、では」

「はい、ありがとうございました」

《ありがとうございました》


 こんな気持ちで、前任者も彼の様子を見に来たのだろう。

 自分の行いの正当性を肯定する為、不安を払拭する為、幸福感を味わう為に。


 彼は1つの支点、基準点、見守られるべき被験者。

 全ての数値が拮抗しつつも、バランスを崩す事無く存在している。


 全ての因子を持ち、かつ均等に権限させている存在。


 もしかすれば、彼こそが僕らの目指すべき場所なのかも知れない。

 抑えるのではなく、調和、和合。


《お疲れ様です》


 もし、人類全てが彼の様になったなら、真の平和が訪れるかも知れない。


 Σでありαであり、Ω。

 あらゆる要素を持ち、あらゆる利点を備える彼を、我々はどう呼ぶべきなのだろうか。


「報告係、君なら、どう呼ぶ」


《敢えて見た目からで、Φファイ、ですかね》

「考えていたんだろう」


《はい》

「目標を、彼を目指そうと思う」


《はい、直ぐにも資料を揃えさせて頂きます》


 けれども、ココで決定的な見落としに気付かされる事になった。

 素地、気質、特定の存在を危惧する提言を目にした。


 それこそがサイコパス論文。

 Σ化における解決されていない難点、サイコパスの存在が認識から完全に外れていた。


 まだまだだ、光を見ると直ぐに縋ろうとしてしまう。

 コレは楽になる為の罰では無い、最早、僕は偉業を担う者の端くれとなったのだから。


Φファイは、今は何人だ」

《国内では15名、サイコパスチェックはクリア済ですが。Σへ、再確認させましょうか》


「あぁ、Φファイ化は、この問題を回避出来てからだな」

《はい》


 焦り、急いで推し進める事こそ、愚の骨頂。

 成熟度が満ちる時まで、我々は維持と共に、より良い選択をし続ける事こそが使命なのだから。

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心世界~ネオ・ユニバースト~ 中谷 獏天 @2384645

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