VS スクールシャーク

小紫-こむらさきー

PTA vs サメ

「おかーさん、明日から学級閉鎖だって」


「ええ?」


 今日はのんびりしようなんて思っていたら、子供が正午過ぎに帰ってきた。

 一昨年から小学校に通い始めた娘も、学校からのお知らせを自主的に教えてくれるくらいお姉さんになったんだなぁ……なんて感動する間もなく、突然の学級閉鎖のお知らせに驚いてしまう。


「何が流行ってるとか、先生お話してた?」


「ううん、サメが出たんだって」


「そんな……」


 娘からの話に頭を抱える。

 サメが海にしかいないというのは、遥か昔の常識だ。どこかの研究所から逃げ出したコンタミネーションシャークが様々なサメと交雑した結果、サメは空を飛び、トルネードに運ばれて街に襲来したり、宇宙へ飛び立ち衛星などを破壊したり、身体を伸縮自在に操り、水道管や下水道に潜み蛇口から出てきたりと神出鬼没な存在となったのだ。


――ティロリン


 娘には「サメが出た時は学校に近付かないこと」と伝えているときに、メッセージアプリの着信音が鳴った。

 スマホを見てみるとPTAのグループラインにPTA会長さんから連絡が来て、部長がそれに応対しているところだった。

 よりにもよって、今年サメが出ちゃうなんて……と思いながら、私はのグループをタップして開いた。

 書かれている内容はこうだ。


【お疲れさまです。本日の正午、防サメネットが破壊され、学校の水道管に数匹のスクールシャークが入り込んだようです。平日でお忙しいところ申し訳ないのですが、委員のみなさんには配られている対スクールシャーク用の銛と網を使ってスクールシャークを捕獲、または討伐してください】


 メッセージアプリでは部長さんがアンケート機能を使ってスクールシャーク討伐の為に学校に来られる人を募っているところだったが、みんな仕事があるだとか、下の子のお迎えがあるとかでこれないらしい。

 仕方がないと諦めて、私はメッセージアプリに「祖母に娘を預けてからならいけます」と返信をした。


「おかーさん気をつけてね」


「大丈夫よ。みんなで網と銛を使えばすぐに終わるから」


「それにしても今はサメの駆除もPTA頼りなんて……。ちゃんとした業者に任せちゃえばいいのにねぇ」


「仕方ないよ。今は専用グッズのおかげで素人でも比較的安全にサメを倒せるようになっちゃったから。学校側も少子化とかでお金がないんだって」


 母はコンタミネーションシャークによるサメの交雑被害に一番遭った時代に育っているから、サメへの恐怖も心配も人一倍みたいだった。

 確かに、サメはたくさん人も殺したけれど、今は防牙衣類が出回っているから多少噛まれた程度では酷いケガもしないし、全国の死傷者も年間数百人と交通事故よりも少ないくらいだ。


「夜には戻れると思うから」


 母に娘を任せて、私は学校へと向かった。

 春の陽気が気持ちよくて、サメを退治しに行かないといけないなんて憂鬱な用事がなければ小躍りしてしまいそうな天気だ。

 ふわっと花の甘くて爽やかな香りが、少し冷たい風に運ばれて漂ってくる。

 がらんとした学校の裏門は開かれていて、校舎の前にはママチャリが何台か停まっていた。


「あ! 深見ふかみさん、おつかれさまです」


 裏門に自転車を止めて、用具倉庫へ向かおうとしていたらサメ対の部長さんが人の良さそうな笑顔を浮かべながらこちらへ挨拶をしてくれた。

 お互いに大変ですね……なんていいながらザラザラした素材の防護服に袖を通す。

 温かい気温だと少しだけ蒸し暑く感じる。


「男の人たちはやっぱり早い時間には来れないって……」


「みなさんお仕事もありますしね。仕方ないですよ」


「滅多にスクールシャークなんて出ないのに今年に限って出るなんて運がないですよねー」


 集まったのは三人だった。副校長先生と、校長先生、あとは用務員さんが数人と、若い先生たちも協力してくれるらしい。

 みんなでお揃いの防護服を身に纏って、私と体育の嶋田先生、そして校長先生は銛を持ち、他のみんなはそれぞれ投網を持って学校中を四人一組になって練り歩く。


「本当にスクールシャークなんて出たんですかね」


「子供のいたずらだったりして……ね?」


「それにしても防護服って暑いですね……頭だけでも脱いじゃダメかな?」


「脱ぎたいですけどね……。サメ対の引き継ぎでも絶対に頭の防具は外さないようにって書いてあったので」


「めんどくさい決まりだよねえ」


 そんな談笑をしながら、学校内を見回り初めて一時間が経過した。

 下の階のトイレ、水道、体育館、多目的室と順々に巡りながら蛇口に防サメネットを取り付ける。これにサメが触れると特殊な波動で遺伝子が刺激され、身体の伸縮が不可能になるらしい。

 ハウスシャークやシティシャーク、スクールシャークなどの下水道や水道管を移動してくるサメたちは、この発明のおかげで駆除がとても簡単になった。

 このままネットを取り付け終わったら行政が駆除薬を撒布してくれて終わりなら楽なんだけどなー。


「深見さん! 危ない」


 ぼうっとしていた。突き飛ばされた直後に見たのは、家庭科室の洗濯機から出てきた小指の先ほどのサメがあっというまに人間の大人ほどの大きさに膨らむ姿だった。

 私を突き飛ばして助けてくれた部長さんの頭が、大きく開かれたサメの口へ入っていく。


――ガチン


 硬い音がして、サメが防護スーツに噛みついた。歯が防牙スーツに食い込んだ音だ。床に落ちた銛を広い、持ち手にあるスイッチを押した。バチバチという音がして、先端に電気が走ったのがわかる。


「私の優雅なティータイムを返せーーーーーー」


 今日はちょっといい紅茶を飲んで春休み中に大変だった自分を癒やす予定だったのに。そんな私怨が口を吐いて出る。気合いを入れながら、私は部長さんの頭に噛みついたまま動かないスクールシャークのザラザラとした身体に銛を全力で突き立てた。


「シャーーーーーク!!!」


 痛みからか鳴き声を上げたスクールシャークから、部長さんが解放された。尻餅をその場に着いた部長さんは、這いずるようにしてそこから離れていく。身体を捻ったスクールシャークの尾が大きく揺れて、家庭科室のテーブルを叩いて派手な音がした。トドメをさすためにも、私は一度銛を引き抜いてからもう一度銛を大きく振り上げた。


「深見さん!」


 背後から校長先生の声も聞こえてくる。校長先生は目玉を、私はお腹あたりを狙ってもう一度銛を突き刺した。


「シャーーーーー……ク」


 サメは力なく断末魔をあげながら、床の上で動かなくなった。

 あとから駆けつけてきてくれた体育の先生が、力尽きたスクールシャークを網で包んで校庭へ運んでくれた。

 私たちがスクールシャークと戦っている間に、校内の見回りは終わっていたらしく、サメを校庭に運んだらPTAのサメ対は帰宅してもいいことになった。


「びっくりしちゃったー! 防護服を着てなかったらって思うとゾッとするね」


「本当によかったですね。まさか洗濯機から出てくるとも思いませんでしたし」


 部長さんと帰路を共にしながらそんなことを話す。

 一見めんどくさそうな規則でも、こうして人の命を守るためにあるのだなんて当たり前のことを思い知った一日だった。


「おかーさん! サメ倒した?」


 部長さんと別れて、母の家に向かう。玄関を開けると、心細かったのか娘が小走りで迎えてくれた。

 そういえば、娘は生まれて初めてスクールシャークのせいで休校になる。それに、サメもニュースでしか見たことが無い。私だって、生きているスクールシャークを見たのははじめてだったけれど……。

 抱きついてきてお腹辺りに顔を埋めた娘の、柔らかい髪の毛を撫でながら「倒したよー」なんて戯けて話す。


「お母さん、銛でスクールシャークのことブスーッて刺したんだよ。一緒にいた人の頭にサメが噛みついてね……」


 母は渋い顔をしていたけれど、娘は目をきらきらさせて私の武勇伝を聞いてくれた。


「対サメ防護スーツを着ていたから無事だったけど、普通の服でサメと戦うのは危ないからね」


「じゃあね、わたし、もっと安全な服とかオシャレな防護服を作る人になるー」


 娘の無邪気な夢を聞きながら、私は夕食の準備をする。


――ティロリン


 メッセージアプリの通知音が鳴った。グループラインではなくて、部長さん個人からのものだった。


『そういえば、深見さんがサメを刺すときのかけ声、聞いちゃったんだ(笑) 今度、お茶しに行こ』


 メッセージを見て「私の優雅なティータイムを返せーーーーーー」と叫んだことを思い出して、急に恥ずかしくなる。

 でも、これがきっかけで良い友人になれそうな人と出会えた。PTA活動もめんどくさいことばっかりじゃないな……なんて思いながら、私は部長さんにメッセージを返した。


『聞こえてたんですね!? 恥ずかしい😭笑 はい!サメ退治おつかれ会しましょ』

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