(4)

 メイヴィスは、アーチボルドの言を真に受けたわけではなかったが、オーウェンを惚れさせる一歩として、なにか行動せずにはいられない心境だった。


 アーチボルドとああでもないこうでもないと、侃々諤々に議論を交わしながら、“ぬい”作りを進めた。鏡とにらめっこして、似ている似ていないとときに喧嘩にも似たやり取りを経て――ふたりの“ぬい”はついに完成した。


 そして完成の喜びに打ち震える暇もなく――メイヴィスとアーチボルド……とそのお付きのひと、三人がいるサロンに、他でもないセラフィーナが踏み込んできたのだった。


「殿下っ! これはどういうことですのっ?!」

「なっ、セラフィーナ?! どうしてここに……」

「どうもこうもありませんわ! 殿下が、ち、近ごろなにやらサロンにこもっていると耳にして……!」


 メイヴィスは「まずい」と思ったが、今の状態で口を開けば余計に場がこじれる予感がして、賢明にも黙っていた。


 しかし、セラフィーナから遅れて、あわてた様子のオーウェンもサロンにやってきたので、メイヴィスは目を白黒させる。


「誤解だセラフィーナ、私はただ」


 オーウェンが気まずげな、それでいて気づかわしげな視線をメイヴィスに送る。


 一方、そんなオーウェンとメイヴィスを気にかける余裕は、アーチボルドとセラフィーナにはないらしく、両者強張った顔で対峙している。


 そんな中、アーチボルドは手にしていた、たったつい先ほど完成したばかりの“ぬい”を、セラフィーナに突き出す。


「私はただ――“ぬい”を作っていただけだ! やましいことなどなにもない!!!」


 ――いや、お付きのひとがいたとは言えど、女子生徒と密会していた事実は動かせないし、殿下がやましく感じていなくともセラフィーナ様が疑いを持つのは当たり前では……。


 メイヴィスはまだおどろきに固まったまま、しかし冷静にそんなツッコミを入れる。もちろん、心の中での話だ。口に出せばややこしいことになるのは目に見えていた。


「殿下……でもその“ぬい”は――」

「もちろんセラフィーナ、君に贈るものだ」

「で、でも――」

「私の愛が信じられないと言うのか? ならば何度でも言うぞ。セラフィーナ、私が愛しているのは君だけだ。この“ぬい”に誓って、私は君しか愛していない……」


 アーチボルドの口説き文句は、メイヴィスにはまったく魅力的には聞こえなかった。これまでに散々格好良くないところを見てきたせいかもしれない。実際、メイヴィスはともかくも、アーチボルドがその思いを届けたいと願っていたセラフィーナには、てきめんだったのだから。


「ああ殿下……貴方の愛を疑ったわたくしを許してください」

「ふっ……嫉妬したのか? そんなところも愛している」

「殿下……」

「セラフィーナ……」


 ――バ、バカップル……!


 メイヴィスは開いた口が塞がらないとはこのことかと思った。唖然として思わずふたりを見つめるメイヴィスだったが、アーチボルドとセラフィーナは完全に自分たちふたりきりの世界に入り込んでおり、ちょっとやそっとのことではこちらの声など気づかなさそうだった。


「……メイヴィス、おふたりは仲直りできたみたいだし、僕たちはここで……」

「う、うん……」


 見ているだけで溶けそうな熱い視線を交わし合うアーチボルドとセラフィーナをサロンに残し、メイヴィスはオーウェンに促されるまま部屋の外に出て、中庭へと向かった。


「――ねえ、どうしてセラフィーナ様の“ぬい”を作ったの?」


 アーチボルドとセラフィーナの熱気にあてられ、脱力したメイヴィスは、そのままにベンチで隣に座るオーウェンへ、そんな質問をした。すべての発端とも言える、オーウェンが作ったセラフィーナの“ぬい”は、サロンのテーブルに置いてきてしまったので、この場にはない。


 オーウェンは眉を下げて、困った顔を作る。メイヴィスは、そんなオーウェンの態度に少しだけ腹を立てた。


婚約者わたしに内緒で女の子と会っていたなんてありえない」

「ごめん……」

「わたし以外の“ぬい”も作ってるし……」

「ごめんね……」

「わたしのことなんてどうでもいいんだ」

「そ、そんなことないよ!」


 メイヴィスは、自分が面倒くさい女になっている自覚はあったものの、婚約者という立場である以上、オーウェンの行動を責める権利はあると思っていた。


 しかしあわてた様子で、どんどん眉を下げて半泣きになって行くオーウェンを見て、多少留飲を下げた。惚れたほうが負けだとか、惚れた弱味とはよく言ったもので、彼の行動に腹を立てても、結局好きだという気持ちがあるから、本気で責め立てられはしないのだ。


「……言い訳してもいいよ。セラフィーナ様に口止めされてたんでしょう?」

「……そうだけど。でも、君に内緒で女性と会っていたのは真実だし。あ、もちろんセラフィーナ様とふたりきりじゃなくて、妃殿下も同席していたから……ってこれじゃあ完全に言い訳になってるな……」


 どうやら、今回の一件にはアーチボルドの母親で、現王妃もかかわっていたらしい。なおさら、木っ端貴族令嬢である自分に秘密を漏らすなどということはできないだろうなとメイヴィスは理解した。


「セラフィーナ様の“ぬい”を作るつもりはなかったんだ。でも、その……セラフィーナ様が存外手芸ごとが苦手というか……なかなか上手く完成形が想像できなかったみたいで……」

「それで、お手本を作ったんだ?」

「本当に! それだけで他意はないんだ……本当に……」


 オーウェンに対し、メイヴィスは「ふーん」と気がないような返事をする。


 アーチボルドの鈍感さや尊大さをちょっとは分け与えて欲しいと思うていどには、オーウェンは繊細で気弱だったので、メイヴィスの態度にもう泣きそうだ。


「……怒ってないよ」


 だから、メイヴィスは折れてあげることにした。


 なんだかんだ、困っているひとがいたら放っておけなくて、打算もなくためらいもなく手を差し伸べられるオーウェンの、そういうところをメイヴィスは好きになったのだ。


「いや、怒ってるよね……? 当たり前だよね……」

「本当にもう怒ってないよ。だから、はい」

「――え、これって」


 メイヴィスは、気恥ずかしい気持ちを隠して、オーウェンに自分を模した“ぬい”を差し出す。オーウェンはそれを見て、目をしばたたかせた。


「オーウェンみたいに上手くできなかったけど」

「――そんなことない! すごく可愛いよ。……この子、貰ってもいいの?」

「うん……大事にしてね」

「絶対する! あ――もちろん、メイヴィスのことも大事にするって、決めてるから……!」


 またあわてた様子で、弁明するかのような勢いのオーウェンに、メイヴィスはくすりと微笑みをこぼした。


 そして“ぬい”の顔を、オーウェンの無防備な唇にくっつける。


「知ってる」


 またたく間に耳まで朱色に染まるオーウェンの顔を見ながら、今度こそメイヴィスは屈託なく破顔していた。

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誤解の味は甘酸っぱい やなぎ怜 @8nagi_0

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