第6話 源次郎と依頼

 気が付けば四月が終わり、五月を迎えていた。

 既にクラス内の雰囲気は新入生だった初々しさは無くなり、サイコウの生徒としての風格を醸し出していた。


 新刊が並んだ図書室に屈強な男女が雪崩れ込み、新旧含めた様々な書物がゴミと化した出来事。


 バスケ部とラグビー部の対立により、グラウンドに大きな穴を掘れた奴が勝ちとか言う謎の競技が行われたが故の地盤陥没。雨が降った後はグラウンドにプールが出来た程である。


 保健委員が暴走し、上級生をサイボーグ化させた。


 などなど、魑魅魍魎と化した日常が繰り広げられていた。人のやる事では無い。化け物とか神とか悪魔がやる所業である。探せば似た伝承とかもあるだろう。

 尖りに尖った四月だったが、それは五月にあるとある行事に対して浮き足が立っていたのだろう。浮き足どころか宇宙まで飛んで行っている勢いなのだが。


 まだ記憶に新しいミステリー研究会の存在がバレたあの日、菟道が口にした『宿泊学習』の存在である。


 宿泊学習、との言葉通り学習が本文であり、五月入って配られた旅のしおりには『自然の雄大さを感じ、地球と共に考える』がコンセプトとして書かれていた。スケールがデカ過ぎて何を言っているのか理解が及ばないが、それでも勉強が目的である。

 既に本格的な授業が始まり、優秀な生徒の為の難解な内容になっているが、難しいと言う感想よりも楽しいと言ったら感情の方が大きい。


 難しい専門用語、難解な問題の解き方、主語が謎な例文、何処の地域で使われているのか想像も付かない言語。一体全体何処で使うのか疑問が浮かぶ内容だが、それ以上に授業が面白いのだ。分かる楽しさ解ける面白さ。そして教師の個性が凄い凄い。

 初っ端化学の授業で教室を半壊させて登場したあの先生は元気なのだろうか。自己紹介をする前に白装束の珍走団に連行されて行かれたのでその先は不明である。



 そんな奇抜で面白い学校である。そこが主催する宿泊学習が面白く無い筈が無い。クリスマスを前にしてはしゃぐ子供の様になるのも仕方の無い事だろう。人に迷惑を掛けなければ良いのだ。全てはそこに通ずる。


 と、そんな楽しい行事が目と鼻の先になった今日。源次郎と夜見は随分と暗い表情をしていた。理由は一つである。


「まさか掛け時計の裏に何も無いとは…手掛かりが無くなった」


「そして私が秘密裏に行っていたパスワード総当たり作戦も失敗に終わったよ。ほら」


 そう言って何時もの空き教室、何時もの席順で夜見はパソコンの画面を源次郎に見せる。


「認証ロック…六百時間と九分。ーーー二十五日間?」


「お、流石学年六位だけの事はあるね源次郎君。ミステリー研究会の長たる私も恐れ慄いてしまう程だよ!」


「俺はお前に恐れ慄いてるけどな…」


 空いた時間で総当たりするのには源次郎としても文句は無い。寧ろ時間の有効活用だろう。失敗した際の再入力時間もある程度は許容出来る。だが、


「良くここまで成長させたな。尊敬すらして来そうだわ」


「…まぁ、その、申し訳無いとは思ってるのだけどね? こう、踏ん切りが付かなかったと言うか。ね、あるだろ源次郎君も!」


「気持ちは分からなくもないけどさぁ…でも幸いな事に俺達は手詰まりだからな」


 そう手詰まりなのだ。

 原稿用紙の透かしも先輩方が残した手掛かりも。そして菟道が言った類似した作品も。


 全てを探した。全てを試した。だけど結果は途方もない認証ロックの表示だけである。


 源次郎は天井を仰ぎ見、溜息を吐く。夜見は豊かに実った胸元からゾウが踏んでも壊れないケースを取り出す。

 一瞬源次郎は「万策尽きたから小説を書くと言う道を選んだのか」と、考えたが開かれたケースから出て来たのは万年筆ではなく、眼鏡であった。


 スッと装着した夜見を見て、


「あれ、夜見って目が悪いのか?」


 と、素直に思った事を口にした。その言葉に対し夜見はニヤリと笑う。


「残念ながら私の視力は両目ともマックス。三千大千世界すら見通す真実の眼を持っているのだよ。そこにこのパーフェクトメガネ…」


 意気揚々に語っていた夜見は急に口を閉ざした。


「どうした夜見?」


「いや、色んな設定を考えながら伊達メガネを買ったのだけど、能力説明してたら急にやる気が無くなってしまって…ミステリーだね」


「全て自己完結してるから何も感想は無いです」


 ミステリーですら無いだろう。


 それ以上に設定を考えながらメガネを買っていた事に驚愕だ。洒落ている丸ふちメガネも、そんな意図で買われるとは予想していなかっただろう。おしゃれアイテム以上に意図が摩訶不思議である。


 何時もなら…と、四月と言う僅か1ヶ月の間でクソ程の役にも立たないクズの嘘を吐かれ続けた源次郎だから分かる。普段の夜見であるなら嘘と戯言で塗り固められた持論を発表する時は毎回しっかりと念入りに嘘で固めるのだ。今回みたいに途中で辞めるなんて事は今まで1回も無かった。


 疲れているのだろう。


 乗り気であったミステリー部が残した遺産は解読出来ず行き詰まり、ヒントも手掛かりも出涸らしな状況。現状あるのは男女二人が放課後に駄弁っているだけの青春擬きである。

 源次郎も、そして恐らく夜見も三度の飯よりミステリーなのだ。青春なんてモノはハナから持ち合わせていない。


 気落ちした、やる気が削がれた表情を見せながら夜見は取り出したメガネをそっと仕舞う。ゾウが踏んでも壊れないケースだ。胸ポケットが相乗効果でより強調される。


 さて何をしようか。

 そんな空気が流れる。


 優等生である源次郎は学校から提出を求められた課題は休み時間に大体終わらせているし、夜見も恐らく終わっているだろう。図書委員の仕事は先日の新刊争奪戦によって図書館が半壊しているので工事中である。香奈の教員補助の仕事を手伝いに行っても良いが、夜見との部活動中(目を瞑ってもらっている)に一人だけ何処か行くのは不義理だし。

 部室で埃を被っているミステリー小説の掃除でもしようかなぁ、と何とか暇を埋めようと脳内を獅子奮迅の活躍でフル回転させていると携帯にメッセージが届いた。

 机の上に置いていた携帯を取り、ロックを解除させ内容を確認する。幸か不幸か。依頼が舞い込んで来た。


「菟道先生が依頼があるらしくて部室に来るってさ。ミステリー研究会なのに探偵と勘違いしてるよな」


 と、笑いながら話を振ると不機嫌そうな表情で


「また異性と連絡先を交換したのかい? 今度は教師とは。凄いね、その行動力は目を見張るものがあるよ。徳川家斉もビックリだよ」


「何で将軍と肩を並べられなきゃいけないのか甚だ疑問だが…普通に知り合いの連絡先は交換するだろ。教師なら尚更。しかもこの部活を黙認してくれてる訳なんだし」


 夜道も交換してるよな? と、確認すると


「交換してる訳ないだろ。長い付き合い、私がそんなアグレッシブに見えたのかい? ならその目は節穴だから交換した方が良いね。名医を知ってるから紹介してあげようか?」


 名医、目医だけにな。

 と、心の中で思ったが流石に口には出さない。視線がより痛々しいものに変わりそうだからだ。


「まぁ、別に人の交友関係には口を出さないけどさ。連絡先位は交換しても損はないだろ? 毎日メッセージ飛ばし合っているわけじゃないしさ」


「仲間だと思っていたのに裏切られた気分だよ…」


 若干の心の距離と、物理的な距離が遠退いた二人である。

 様々な感情を乗せた溜息を吐き、夜見は質問をする。


「で、その依頼って何なのだい? 連続殺人だとか密室殺人とかだったら嬉しいのだけど」


「だったら俺達にじゃなくて警察に相談した方が良いな。完全に学生が手を出して良い範疇じゃないだろ」


 ましてや探偵でもないのだ。

 これが高校生探偵を自称していたのなら気も楽に…はならないな。斎賀高校は頭のおかしい人間の溜まり場であるが治外法権な訳ではない。しっかりと法が生きている。創作物の様にホイホイ人が死ぬ様な環境では無いのだ。


 じゃあなにさ、と不満そうな表情を見せる。実際に現場に巻き込まれたく無いだろ、と思わず表情に出てしまう。


「いや、直接話したいとかで内容は書いてなくてな。…と、そんな話ししている間に」


 コツコツと軽快な足音が廊下から聞こえる。聞いた感じだと結構な早足で向かっている感じだ。

 扉を思いっきり開けられる。


 スラリと伸びたしなやかな脚。軽くパーマが当てられたロングヘアに、鋭い三白眼を備えた冷徹な女教師。顔には薄らと化粧が施され、見る者によっては恐怖を。はたまた新たな性癖を与えてしまいそうな原石から進化した宝石かの様な人物、菟道美咲の入室である。


 初めて見る完全体菟道に気圧される二人であるが、開口一番に放たれた一言によって現実に戻される。


「宿泊学習の為の前金が行方不明になった」


「「…へ?」」


 夜見と二人で話していたのとはまた別な警察に相談しろ案件であった。

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俺と私のミステリー研究会(未設立) 椎木結 @TSman

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