後日譚

第1話 二学期最初の席替え

 二学期が始まるとすぐに席替えがあった。僕としてはこのままの席が良かったけれど、そうはいかないようだ。ただ、席順を決めるくじが引かれた後も、皆すぐに席を移動しようとはせず、座席表を囲んで駆け引きが行われていた。


黒葛川つづらがわくん、長谷はせくんの隣、変わってもらえない?」

「大村くん、こっちの席とトレードしてあげよっか?」

田代たしろ、太一の隣、代わって~ん?」

七虹香なじかちゃんの頼みでも、教壇の真ん前は無理……」

星川ほしかわはベタベタするの嫌うから……」

「(……黒板が見づらいから代わって貰ってもいいかな)」

宮地みやじぃ、私と席、代わってくんない? いい? ありがと」

「う~む、僕は別に構わないが、本当にいいのか? 後ろの席は勉強に身が入らないぞ?」

「いいのいいの。長谷くんの隣の方がやる気出るもん」

「いいよ。隣が相馬そうまくんだもんね」


 こんなことになっているのは、始業式の日に長瀬さんがクラスのタブーの撤廃を言い出したことが原因。クラスの中の恋人持ちが増えたことで、クラス内でのイチャイチャ禁止が撤廃されたような形になった。


「これじゃあくじ引きにする意味無いんじゃないのか? そもそも席替えはクラスの中であまり喋らない相手とも信頼関係を築くためにだなあ――」


 椅子に座ってHRホームルームの様子を眺めていた担任がボヤく。


「先生? 嫉妬されるとこっちも勉強に身が入りませんから、付き合ってる者同士、一緒にしておいた方がまだいいですよ」

「そうかあ?」


 祐里ゆうりが尤もらしいことを言うが担任の反応はいまひとつ。


「ハイハイ、皆、さっさと決めて移動!」


 副委員長の星川さんが発破をかけると、みんな席の移動を始めた。

 僕はと言うと、窓側から二列目、前から三番目の席へ。そして渚の席は窓側の一番前の席だった。


「えっ、何これ? くじ引きの操作でもしてるの?」


 僕の前は奥村さん、その左隣は新崎さん、その後ろ、つまり僕の左隣は山咲さんだった。彼女らは大抵いつも、昼休みは窓際の席で集まって食事を取っている。特に今居るこの辺りに集まりやすい傾向があると思う。


「瀬川くん、あなた私たちをいったい何だと思っているのかしら?」

「……うちの高校の裏社会を牛耳っている?」


 プッ――と吹き出す奥村さん。


「言うようになったわね、瀬川くん」

「なられましたね」


 新崎さんと山咲さんが不敵な笑みを向ける。


「太一さん、私と席を代わって貰っても宜しいですか?」

「えっ、あっ、いいですよ……」


 まあ、渚と近くなるから奥村さんと変わるのは問題ない……はず。


「なんで百合にはその反応なのよ。本当に何もなかったのよね?」

「渚が居るのに何があるっていうんだよ」

「えぇえー? あぁんなことしといてシラ切るんだァ?」


 右隣りの列の一番前の席の七虹香が揶揄ってくる。


「七虹香に揶揄われるようなことは何もしてない」

「百合、こんなこと言ってるんだけど? バラしちゃう?」

「ダメよ、私たちだけの秘密だもの」


「おく……百合さんも何かあったみたいに言うのはやめてください」

「太一、お前女子に囲まれて人気者だな……」


「田代、うちのクラスは女子の方がずっと多いんだからな……」


 そう言いつつ、右隣の田代に別れを告げて奥村さんと席を代わった。


「おお、奥村さん! 田代です、二カ月間末永くよろしく!」

「そう、よろしく……」

「あら、珍しく百合が塩対応じゃないわね」――と新崎さんは言うが……。


「いや、どう見ても塩対応だろ……」



 さて、こんな様子を見て渚はどうかというと、こちらを見てにこりとするだけ。奥村さんどころか、僕が女子と少々話そうが平気な顔をしている。


「太一の隣じゃないけど渚も隣じゃないし、ここでもいっか。ね~太一」


 七虹香は僕の事を諦めたんじゃなかったのかよと思うが……あれ? これって魔のトライアングルなんではなかろうかと今、気が付いた。渚、七虹香、奥村さんに三方を囲まれている。ただ、幸いなことに前は男子。雪村だ。ちなみに右隣りは滝川さん。僕は雪村の背中をつつく。


「雪村、よろしく。雪村が居てくれて助かったよ」


 雪村とはそこまで親しくないが、唯一の救いの手のように感じる。感じたのだけど……。


「僕は女子に囲まれてヘラヘラしてるチャラ男は好きじゃないんで」


 なんか腹立つので雪村にはしばらく話しかけないことにした。



 ◇◇◇◇◇



「じゃあ、後は文化祭の出し物だな。こっちは今年から飲食店の出店ができるようになるからな。電気調理器は屋内で出せるが揚げ物は禁止。ガスコンロは運動場で担任の指導の下で出店できる。まだ準備は先の話だから来週木曜のLHRまでに考えておいてくれ」


 は~い――と皆が返事をして七時間目のLHRを終えた。


「また演劇やろうよ!」


 早速、やる気のある連中が騒ぎだす。去年が大成功だったからな。クラスの演劇部部員も当然、その話に乗っかる。


「二年になったんだからメイド喫茶だるぉ!?」


 当然のように田代が対立案を出す。去年も上のクラスが出したメイド喫茶に山崎と行ってたな。いや、メイド喫茶はいいけど田代、小鳥遊さんが居るのにそんな提案してていいのかよ……。


 演劇を推してる連中はそのまま放課後、どこかに集まって相談すると話していた。

 そして田代は田代で、山崎や祐里たちと集まって相談するんだそうだ。何でそこまで拘るのかよくわからない。おまけに祐里だ。嫌な予感しかしない……。僕も誘われたけど、文芸部へ顔を出すので断った。



 ◇◇◇◇◇



 文芸部のある北校舎へ向かう渡り廊下で渚と二人。相馬とノノちゃんは部の顧問の先生の所へ寄っていた。七虹香はサボりなのか、僕たちに気を使ったのかは知らない。


 LHRの時間からあまり喋らない渚だったけど、怒っている様子はなかった。どちらかというと、ニコニコと楽しそうにしている。


「どうかした? 渚」


「どうして?」


 そう言って不思議そうな顔をする。そんな顔をされるとこっちも困る。


「――太一くんは、私のメイド姿見たい?」


「えっ? う~ん」


 不意に投げかけられた質問に考え込んでしまう。

 渚はというと、別に僕が黙ってしまっても気にせず歩いている。会話が止まってしまうことなんて、元来人見知りな僕たちの間では珍しくない。お互い、すぐに言葉にはできないことだって多いから、返事が返ってくることだけ覚えていればちゃんと間は持つ。


「――渚がメイド喫茶でメイド服を着るってことは、接客相手は僕じゃない。誰か知らない男に『ご主人様』なんて言ったり、ケチャップでハート書いたり、一緒にツーショット取ったりは嫌かも。渚は僕の自慢だけど、誰かに見せびらかしたいわけじゃないから」


「はい、わかってます。――でも、そじゃなくて、単純に太一くんに聞いてみたかったの。私のメイド姿見たい?」


「一度は見てみたいかな」


 渚は唇を噛んで、込み上げる笑いを抑えていた。

 何かまた、おかしなことを考えているんだろうとだけ思った。







 

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僕の彼女は押しに弱い 短編集 あんぜ @anze

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