追想 坂浪さん、いけません! 4

 ペコ――スマートフォンの通知に目をやると、そこには『なぎさ』の文字が。

 私は、お風呂上がりで濡れた髪を乾かす暇も惜しんで、スマートフォンに指を滑らしました。


『よかったね、みんなと友達になったんだ?』


 鈴代さんからの返信のメッセージに――そうなんです!――と頭の中で答えました。ええ、普通ならこんな時は独り言でも言うところでしょう。ですが口下手な私は、一人の時でもそうそう独り言は言いません。


『そうなんです!』

『佳苗さんも、朋美さんも自然に接してくださって』

『当たり前のことなのかもしれませんが、私はとても嬉しくて』


 三村さんも、姫野さんも――最初、そう書きかけて消しました。そして、ただそれだけのことが嬉しくて、次々と二人だけのコミュニティにメッセージを送ってしまいました。ただ、すぐには返事がなく、ちょっと調子に乗り過ぎたかなと反省していた頃に――


『当り前じゃないと思うんだ。二人とも、仲良くなりたいから話しかけてくれたんだと思う』


 ああ!――なんだか鈴代さんのその言葉がありがたくて、ベッドの上でスマートフォンを前に、両手を合わせて拝んでしまいました。


 そこからは、怒涛のフリック入力で次々にメッセージを送ってしまいましたが、鈴代さんもすぐに返事をよこして下さいますのでどんどんメッセージが流れて行きます。去年まではスマートフォンで文字を入力するにも手間取っていましたが、鈴代さんと小説の事を話すようになってからフリック入力もかなり速くなりました。ただ――


『それで鈴代さんの小説読みながらちょっと漏らしちゃったんですよね!』


 ――ああああああああ!


 送信を押した後で思わず書いてしまった内容に気が付き、頭が真っ白に……。


 ――やってしまいました! つい調子に乗って!


 私は上げ調子になるとついついやらかしてしまうのです。


 ――バカだ! 坂浪香はバカ! バカバカバカバカ! アー!


 ベッドに突っ伏して呻きながらそんなことを頭の中で考えていると――


 ペコ――鈴代さんからの『審判』のメッセージが……。


 おそるおそるスマートフォンを手に取ると……。


『私もあるから同じだね』


 ――おおう。鈴代さん、貴女は女神か!


 私はスマートフォンを前に屈みこみ、祈りを捧げておりました。喩え嘘だとしても、それは優しい嘘。私としては、泣きたいくらいの想いを包み込んでくれる嘘なのですよ。


『なんの小説でしたか?』


 そう送るのが精一杯でした。だけど香、これは良い判断! これなら普段の会話に繋がって行けるはずです。


『小説じゃなくてその、太一くん』


 ――え?


 瀬川くんで漏らした? 何か素敵な愛の言葉を囁いてくれたのでしょうか? まさか、瀬川くんが脅してきたからびっくりしたなんてことは考え難いですし……。


『瀬川くんからどんな言葉を貰ったのです?』

『言葉じゃなくてその、小刻みにつかれたみたいな』


 ――つかれた? 疲れた? つつかれた?


 瀬川くんにくすぐられたのでしょうか?


『瀬川くんに悪戯されたような?』

『うん、そうかも。そしたら太一くんが「今、電気が流れたみたいにビリビリってならなかった?」って』


 ――うん。うん?


『「なんにも?」って言ったんだけど、本当はちょっと漏れてたみたいなの』

『そしたら、太一くんも気持ちよかったらしくて、また同じようにしてきたの』

『こっちもまた同じようになって、ちょっと漏らす度に「電気が流れたみたい」って』


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょおお!?」


 ――えっ、鈴代さん。この会話はもしかしてエッチな話になっているのですか!?


 鈴代さん、ときどきこんな感じで瀬川くんとのエッチの話をするのが好きみたいなんですけど……なんですけどぉ! とんでもない未知の情報、深淵の情報が目の前のコミュニティに映し出されていました。私は思わずその場で、鈴代さんがうっかり他のコミュニティに間違えて書き込んだりしていないかチェックしたくらいでした。


 ――漏らすのが電気ビリビリ!? え、なんで? いったい何がどうして……。


 そういえば鈴代さん、以前、短編の中で――電気ビリビリ――みたいな話を書いておられました。当時は何の話なのか全く分からなくて、鈴代さんも変な空想するんですね――みたいに微笑ましく思っていたのですが……。


 私はその短編を開くと、速読しました。

 文中に出てくる鈴代語――鈴代さん独自のふわっとした、おそらくは隠語――を解読しながら、先程までの話と付き合わせていくと――


 鈴代さんは瀬川くんとはいつも向かい合わせなので、つまりこれは鈴代さんが瀬川くんに覆い被さって、下から激しく××されると、止まった途端に電気ビリビリ――つまり漏らしてしまってってことですかぁ!?


 ペコ――そんな想像に浸っていると通知音で現実に引き戻されます。


『変かな?』

『いいえ、いいえ! 以前拝読しました短編を少し読み返していたのです』


『あれね。うん、あれそうだよ』

『理解が深まりました』


『そんなわけだから、たぶん大きくなってもお漏らしは変じゃないと思う』


 ――そそそそそそそうですよね!


『そうですよね。安心しました』


「でも鈴代さん、他所では話さない方がいいですよそれ……」


 とりあえず、未知との遭遇に頭がぐるぐるしっぱなしでしたので、髪だけ乾かして今日はもう寝ることにしました。







--

 ヤバいっす!


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僕の彼女は押しに弱い 短編集 あんぜ @anze

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