追想 坂浪さん、いけません! 3

「やっぱ私が白とか変じゃね?」


 そう口にしたのは隣を歩いている三村さん。お腹こそ見えていますが、上はキャミソールっぽい感じのひらひらで胸が隠れていて私にはむしろ安心できます。


「とてもかわいらしいと思いますが?」


 そう口にすると三村さんはちょっぴり照れた様子で――ありがと――と言ってくださいます。


「そうそう! 佳苗はかわいいんだから自信持って!」


 姫野さんは本人に合ったオレンジ系の明るい感じの上下。上は私と同じくフリルが付いていてかわいい感じ。姫野さんはこういったフリルがお好きなようです。何しろ、私が水着を選ぶ時も――。


「――坂浪ちゃんは背が高くていいなあ。渚と並んでも見劣りしないもの」

「えっ、そうですか? あまり女らしくないので恥ずかしいです」


 意外な言葉に驚きますが、私は背が高いだけで奥村さんのように魅力的ではありません。


「坂浪は清楚系だから絶対モテるって。男が寄ってこないわけないだろ」

「そうそう、私が選んだ水着だもん、自信持ってよ!」


 先日、ちょっと肩の出た、フリルのついた水着を選んでくださったのは姫野さん。私が学校の水着と似たようなものを選ぼうとしていたところ、――ダメダメそんなんじゃ――と、派手な水着をいろいろと選んでくださいました。さすがにお腹が出るのは遠慮させていただきましたが……。



 ◇◇◇◇◇



「ギャハハハハ!」


 男子と合流した様子の文芸部の集まりから、けたたましい声が聞こえてきました。


「七虹香サン、ちょっと、やめっ、やめてって」

「いいじゃん、減るもんじゃなしー」


 そう言って西野君の背中をバンバン叩く七虹香さん。


「――あっ、かなたん見て! ほら、コイツ。すっかり文芸部に染まっちゃってるの!」


 西野君はもともと色黒の印象だったのですが、毎日のように文芸部へ顔を出していたせいか、体の方の日焼けが薄まっていました。おかげでシャツを着たみたいになってます。確かに彼の印象からするとちょっと笑ってしまいそうではありました。ただ、一年の女の子からも笑われていたので――。


「な、七虹香さん、文芸部なんだから当たり前ですよ。笑いすぎです」


 すると七虹香さんは訝しそうに私を見ます。

 私はちょっと調子に乗り過ぎたと後悔しました。が――。


「坂浪ちゃんも笑ってたくせに~、ほら、顔が笑ってる」

「わわ、私は笑ってませんよ……そんなに……」

「いいッスよ、坂浪サンが笑ってくれるならオレも文芸部で頑張った甲斐があります」


 西野君が照れた様子でそう言うと、後ろから姫野さんと、それから三村さんに肩を抱かれます。


「おうおう、惚れたかー? うちの香ちゃんはかわいいもんねー!」

たちの許可なく香に触れたら折檻だからな!」


 二人に名前呼びされるとちょっとだけ恥ずかしくもありました。


「坂浪先輩は男子に人気ありますよね。」


 そう言ってきたのは鹿住さん。


「そ、そんな、滅相もない……」


 そもそも男子と言っても文芸部でフリーなのは西野君だけ。あとは一年の北尾君も居ますが北尾君は鹿住さんといつも一緒なので実は付き合ってるのかもしれません。


「オレは真面目に坂浪さんに気に入ってもらえるよう頑張ってきたつもりですよ」

「マジで!?」

「先輩、こんな場所で告った!」

「ちょっ、先輩不意打ち過ぎる!」


「いや、今のは告ったんじゃなく、気持ちを知っていてもらいたいだけで、まだまだだから頑張ってる途中なんスよ」

「真面目か!」


「だから今のはノーカンで」

「なるか!」


 ちょ、ちょっと待ってください。一体どうしてこのような場でこんな話に!?

 突然すぎて私は立ち眩みしそうです。


「ちょっと坂浪ちゃん? 香?」

「こんな暑い砂浜でするような話じゃないな。香、海に入ってこよう」



 二人は荷物を置いて、私を波打ち際まで連れていってくださいました。

 波打ち際はそれほどではなくても、太腿くらいまで水に浸かっていくと体が冷やされ、さらに腰が浸かると思わずヒュッと息を飲みます。


「大丈夫、香?」

「えっ、あっ、はい…………朋美さん」


 初めて姫野さんの下の名前で呼ぶと、彼女はにっこり笑ってくださいました。


「香、私の名前は知ってる?」

「はい、佳苗さん」


 三村さんたちはよくお互いの名を呼び合っているので知ってましたけど、私から呼んだことはありませんでした。お互いに名前で呼び合うと、ちょっとだけ仲良くなれたような、ちょっとだけ恥ずかしいような気持ちになれました。


「いつも思うけど、水着で腰まで浸かると何かドキドキするよね」

「はい、なんだか……」

「何だか漏らしたような気分になるよな!」


 ドッキーン!――私がうっかり口に出しかけたことを三村さん――佳苗さんは言い切ったのです。


「やめてよ佳苗。漏らしたとか」


 姫野さん――朋美さんは周りに聞こえていないかきょろきょろしますが、海に入った人はみんな同じように大きな声ではしゃいでいましたので誰も気に留めていませんでした。


「でもそんな感じじゃね?」

「漏らしたことあるみたいに言うじゃない」


「そりゃ小さい頃はそのくらいあっただろ?」

「それ言う?」


「別にこの三人で気にするようなことか? じゃあ朋美は漏らしたことないのかよ」

「私は……その………………中学の時にちょびっとだけ……」


「なになに? 夜中にトイレに行けなくなったとか?」

「その……仁科先輩の演技に感動して…………」


「えっ、漏らすほど凄いの? あの先輩?」

「なんかもう凄かった。頭がぽ~っとしちゃった」


 仁科先輩とは、鈴代さんの誕生日パーティで出会ったちょっと押しの強い人です。そんなに凄い方だったんですね。鈴代さんとは幼馴染と聞きました。

 感心していると、二人がこちらを見ているのに気が付きます。


「「香~?」」


 えっ――ちょっとだけ顔が引きつります。


「わ、わたしは別にそんな……」

「私たち友達でしょぉ?」

「恥ずいこと晒し合った仲じゃね?」


「わわ、わたしはっ――」


 私は、鈴代さんの小説を読んであまりに気分が高揚した時にちょっとだけ……その……してしまったことを話しました。


「えっ、それってどういう状況?」

「渚の小説って高校ってことか?」


 佳苗さんの言葉に二人の視線が絡み合います。


 負けたわ――その言葉と共に、はは~~とひれ伏す二人。頭を海の中に突っ込んでまで!


「ちょちょ、ちょっとお二人ともずるいです!」


 ザバッ――と顔を上げ、大笑いする二人。私はちょっとだけ腹が立ったので水を掛けてやりました。


「やったな、香!」

「それっ!」


 二人にも水を掛け返され、負けじと私も子供のように水を掛けますが、二対一では押し負けてしまうので今度は二人に掴みかかります。すると二人は逃げ始め、腰くらいの水のなか、追いかけっこが始まりました。



 小説の中で、恋人たちが燥いで子供っぽい行動をする理由がよくわかりませんでした。小学生ならともかく、高校生、大学生、時には大人まで。鈴代さんの小説にもそんな場面がありました。ですから、きっとそれは何か深い意味のある暗喩なのだろうと考えていました。


 だけど今ならよくわかります。私は外の世界を知らなかったのです。他人と触れ合うことが、こんなにも馬鹿馬鹿しくて楽しいことだったなんて。きっとそんな初めての気持ちを、鈴代さんは瀬川くんと経験したのです。正に恋人たちの時間だったので――ガボー。


「香!?」

「だっ、大丈夫?」


「ぶはぁっ! ごっ、ごめんなさいっ!」


 よく前を見ずに走っていて、誰かにぶつかってしまい、一緒に海の中へ倒れ込んでしまったのです。


「うぇっ、坂浪先輩!? すみません! こいつが押すもんだから…………あっ! 優香お前逃げんな!」


 北尾君は鹿住さんを追いかけて行ってしまいました。


「へぇ~あれ、わざとかな?」

「っぽいなあ」

「ん? 何がですか?」


「さっきの一年の子、香に興味あってされたのかなって」

「北尾君ですか? 北尾君は鹿住さんと付き合ってるんじゃないんですか?」

「ないない、それは無い。私が保証する」


 佳苗さんがそこまで言い切れる理由が分かりませんが……。



「かなたん、坂浪ちゃん大丈夫だった? 皆でビーチボールで遊ぼって。罰ゲームありで!」


 七虹香さんがやってきて心配してくださいます。


「はい、もう大丈夫です。ご心配おかけしました」

「誰が罰ゲームの中身決めたんだよ」

「あたしー」


「七虹香が決めたらエロいことばっかやらされるからパス!」

「じゃあいちばんの人が決めよ!」

「あっ、渚、居ないと思ったらどこ行ってたの!」

「えっ、百合ちゃんと競争。ほら、百合ちゃん、勝ったから太一くんにおんぶしてもらってもいいよ?」

「渚、奥村さんが困ってるだろ、変なルール作らないで」

「わ、わたしは……」


「渚! それ聞いてない! なんであたし呼ばなかったし!」



 七虹香さんは朝からずっと元気でした。最初はちょっとうるさいなあなんて思ってもいましたけど、今はその元気さがちょっとだけ羨ましかったりします。あれだけ体力があったら人生楽しいだろうなあ――なんて。







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 安心安全のヤマもオチもない日常回でした!


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