追想 相馬BSS

第6話 文化祭 後半 の後の相馬視点の話です。

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「相馬くんも相馬くん! あなたはいったい何なのよ!」


 さっきまでマイクを握って――私の恋はどこにある――だとかなんとか熱唱してたと思ったら、突然こっちに振ってきた新崎さん。


「新崎さん、落ち着いて。俺が何したって――」

「あ・な・た・は!」――ビシッと指さされ――「女子の心を弄ぶのが趣味なの!?」


「ちょっと待った。どうしてそうなる!?」

「あなた、クラスの女子に好意を持たれてるって分かっていて言ってるわよね?」


「長瀬さんと滝川さんだよね?」

「もっといっぱいいるでしょ。私とか!」


「新崎さんはさっき瀬川が好きって――」

「ちょっと前までは相馬くん! あなただったのよ!」


「そう……いや、そんなことも言われたような……」


 確かに新崎さんには以前、付き合わないかと言われたけれど……。正直な所、俺は女子が苦手。特に新崎さんのように何と言うか圧の強い女子なんかは特に。理由は俺の家庭環境が大きいと思う。


 俺の家庭は両親の他、姉が二人いる。姉はどちらも外では猫を被っていて大人しいフリしてるくせに家では遠慮がない。学校の事――特に女子との事――をしつこく聞いてくる、部屋に勝手に入る、服装や髪型、仕草にまで注文を付けてくる、人使いが荒い、とにかく俺を玩具のように扱ってくる。加えて父は帰りが遅いのもあって家に居る母も止めてくれないどころか姉二人に混ざってくる。さらにさらに、近所に住む従妹までこれに加わる。


 俺はそういう我の強い女子にうんざりしていた。


「とにかく! 相馬くんが女子を弄ぶような態度で女子に接するから、みんな勘違いしちゃったのよ」

「そんなに酷かったかな?」


「酷いわよ。話しかけると甘い笑顔で――何かな?――とか首を傾げてるんじゃないわよ!」

「ああ、いやそれは……」


 実のところ、女子は怒らせると面倒というのを姉二人と従妹から学習していた。だから極力、怒らせないように柔らかい態度で接していたのが悪かったのだろうか。


「それから! いちいちポーズがカッコいいのよ。壁にもたれ掛かって腕組みして居たり、片足をクロスさせてたり壁に足ついてたり」

「それも何と言うか……」


 常に女子に見られている緊張から、視線が気になって自然体では居られないんだよ。例えば瀬川だ。瀬川もおそらく女子と話すのは苦手。だけど普段は割と自然体でいる。あまり他人の視線を気にしていないんだと思う。


「ダンスの時だって自信満々にリードして皆を誘惑して!」

「ちょっ、ちょっと待って。それは……」


 六月の体育祭、確かに俺はフォークダンスで一念発起し頑張った。だけどそれは片思いの相手、鈴代渚さんとしっかり手を握って踊りたかったからだ。ただ、それが周りにバレるのは避けたかった。だから女子全員としっかり手を握って踊っただけだ。それがそんな風に思われていたなんて……ただ確かに、あの頃からやたらとクラスの女子が話しかけてくるようになった気がするし、カラオケにも誘われるようになった。


「鈴代さんが好きなら思わせぶりな態度を取ってないで告白しろ!」



 鈴代さん――彼女は夏休み明け、急に印象が変わった。瀬川と話していた田代は、男ができて夏休みデビューしたに違いないという。そんなまさか――そう思って見た彼女からは滲み出る自信のようなものが確かに見て取れた。親友の渋谷さんと会話する声もいくらか以前より大きい。そして彼女は夏休みの間、一度も文芸部に顔を出さなかった。そのことが気分を重くさせていたが、まさかその相手が瀬川だったなんて……。


 瀬川 太一――彼は高校に進学して新しくできた最初の友達。俺と同じく背が高く、いくらかのんびりとした印象の落ち着ける男だったため仲良くなった。入学当時、鈴代さんが文芸部に入ることを話していたのが耳に入ったが、文芸部は今まで全く興味が無かったのもあって一人で入るには気が引けたし、旧友で入りそうなやつも居なかった。そこで声を掛けたのが瀬川だった。



「俺だってさ! 新崎の言う通り告白したかったよ! 瀬川とくっつく前に! けど、勇気が無かったんだ…………一学期の俺を殴ってやりたいよ!」


 急に荒げた声に目を丸くする新崎。が――。


「私は告白したわよ! あなたにみたいにみっともなくないわ!」


「新崎に…………俺の何がわかるってんだよ!」


「わかるわけないでしょ! 相馬は自分のこと全然話さないんだから!」


「俺は! 俺は女子と話すのが苦手なんだよ!!」


「へっ!? 何それ? 普通に話してるじゃないのよ」


「俺は……俺は姉さんが二人居て、どっちも我が強いんだよ。おまけに従妹まで同じで! 新崎みたいに圧が強いのは苦手なんだよ!」


「何それ、どういう冗談? だいたい私の圧が強いって何よ!」


「強いだろ! 何か知らないけど常に威圧的で!」


「そ、相馬の女たらしに比べたらかわいいもんでしょ!」


「いいや違うね!」


「タイプじゃないならハッキリ言え!」


 新崎と、カラオケのテーブルを挟んで鼻先が触れそうな勢いで怒鳴り合っていた。

 お互い、肩で息をするほどで涙さえ滲ませていたが、新崎の言葉に言葉を失い、ソファーに腰を落とす。


「……俺が好きなのは大人しい子なんだよ」


「ああ、だから鈴代さん」


 新崎は顔にかかった髪を払う。


「――だけど残念ね! あの娘は変わるわよ! 女の色香が身についてきたもの。瀬川くんが変えたのね、きっと!」


「それを言うなよ……瀬川のビキニのパンツ思い出しちゃうだろ……」


 俺は思わず顔を覆っていた。正直、考えたくない。瀬川がいいやつだけに余計……。


「えっ、瀬川くんってビキニなの?」

「そうだよ。しかも黒だし、結構……目立つし……」


 いっつも瀬川の上向いてるんだとは流石に新崎の前では口に出せなかった。


「そうなんだ……」


 ゴクリと唾を呑むかのような新崎。

 しばらく沈黙が続き、カラオケはイントロだけが流れた。


 やがて新崎が深いため息をつく。


「――どちらにしても、鈴代さんは相馬の手の中には収まってくれるとは思わないわ。あなたも見たでしょ、あの演技」

「…………」


「おまけにクラスの誰にも悟らせずに付き合ってるのよ。したたかかって言うか」

「ほんとに。それに鈴代さんはともかく、瀬川もだなんて」


「瀬川くんは彼女が居るのになんであんなに普段から自信が無いのよ、まったく!」

「どう見たって童貞卒業したようには見えなかったもんな……」


「どっ、童貞って…………相馬もそうなのよね?」

「まあね。新崎もだろ」


「私は運命の人に巡り合えるまでは大切に取ってあるのよ」

「俺も、別に煽ってくるようなやつはクラスには居ないから慌てて卒業する気はないよ」


 そう言うと、顎に手を当て首を傾げる新崎。すると唐突に――。


「私ってそんなに魅力ないかしら? 見た目には気を付けてるし、自信もあるんだけど」

「どうだろう。うちは姉さんが二人ともプロポーションいいし、新崎もいいとは思うけどそこは重要じゃないかな」


「相馬のお姉さんなら美人そうよね」

「整ってるとは思うけど?」


「なるほど、見た目じゃ決め手に欠けるわけか。それとも鈴代さんみたいに胸が無いとダメかしら」

「新崎だって別に無いわけじゃな――鈴代さんって大きい?」


「彼女、夏でもベスト着てたりするからわからないかもしれないわね。前はコソコソ着替えてたけど、結構あるわよ」

「そ、そうなんだ……」


「逃した魚は大きかったわね!」

「別にそう言うつもりじゃ……」


 そうは言ったものの、そのモヤモヤはその後の新崎との愚痴の中でも燻り続け、結構長くまで尾を引いた。具体的にはそののち、野々村さんという女の子とお試しで付き合い始め、彼女を和美と呼ぶようになる頃までは、鈴代さんを見かける度に俺は平静を装い続けなければならなかったのだった。







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 殴り合ったみたいな仲になってましたけど、さすがに殴り合ってはいませんでした!


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