追想 坂浪さん、いけません!

第64話 秘密のパーティ での坂浪さん視点の話です。

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「じゃじゃーん! ここが太一くんの部屋です!」


 ――と、鈴代さんは言うのですけど、初めて訪れる男子の部屋というものは、意外な程さっぱりしていて、幼い頃の記憶にある幼馴染の兄弟の部屋のようにスポーツ選手のポスターがあるわけでもなく、かといってまた私の部屋のように本棚で溢れているわけでもなく、ただ生活のための最低限のものと本棚がひとつ、ノートパソコン……そんなところでしょうか。


「……男子の部屋ってもうちょっとごちゃっとしたものだとばかり思ってました」


「私もそう思ってた。太一くんは引っ越しが多かったからかなって言ってた」


「……なるほど」


 確かにそう言う事なら荷物も少ない方がいいですし、付き合う友達も変われば趣味の傾向も変わってきますので、何か特定の趣味に打ち込むことは少ないのかもしれません。


「私も部屋には物をあまり置かない方だから、この部屋は落ち着くわ」


 奥村さんは学年でも有名な美人さん。背が高くてスタイルも良く、スポーツも勉強も万能で社長令嬢という話。背が高めで黒髪ロングなところが似てるだけで、私とはまるで真逆の存在でした。そんな彼女が鈴代さんと親友で、しかもこの部屋に来るのは二度目だといいます。


 ボフッ――と突然、目の前のセミダブルのベッドに倒れ込んだのは奥村さん。


「おっ、奥村さん、制服! おおお召し物に埃が付きますよ……」


 アワワワ――と、奥村さんにどう接していいのかわからないのもあって慌てる私を気にもせず、うつぶせで深呼吸をする奥村さん。


「坂浪さん、これがあののベッドだよ」


 のベッド――それは鈴代さんの小説、それも非公開作品の中に幾度となく出てくるベッド。汗にまみれ、びしょびしょになるまで二人はこの上で……。小説の中で私が憧れたベッド、それがこれなのだと。


 ボフッ――と次に倒れ込んだのは鈴代さん。スーハーと、深く息を吸い――。


「太一くんの匂いがする……」――と呟きました。


 二人は倒れ込んだまま動きませんでした。

 会話が続かなくてちょっと困っていた私。かといってベッドに倒れ込むわけにもいかなく、倒れ込んだとしても二人の間のスペースに三人、くっつくようにして倒れ込まなければいけません。


 ちょっとだけ気になった私はベッドの脇に屈み、二人と同じように顔を布団につけて深く息を吸います。


 ほんのり……くさい?――憧れていたベッドはそんな素敵な匂いなどしませんでした……。


 ひとしきり掛布団の匂いを堪能したのか、二人はベッドから降り、掛布団をめくりました。ただそこには――。


「あっ、こんなところにこんなものが! 太一くん、うっかり屋さんだね」


 パンツ! パンツです! しかもビキニ! 鈴代さんはおもむろにそのパンツを拾い上げると、まるで香水でも嗅ぐように、少し離し気味にパンツから立ち上る香りを嗅ぎました。


「太一くんの匂い……」


 いやいやいやいやいや、鈴代さん。確かに小説の中でも度々触れられる匂い。ただ、それはもっと素敵な……なんというかもう少し乙女なフレグランスかと思ってました……。このビジュアルでは、鈴代さんはまるで変態さん……。


 ただそこに――。


 スン――と顔を、傍目から二人を見るだけならまるで乙女と乙女のキスの直前のような位置取りで顔を近づけ、同じように匂いを嗅ぐ奥村さん。その表情は、それまでキリリとした秀麗さに溢れていましたが、まるでその緊張から解放されたかのように安らぎへと。


 ええ、そんなに!?


 そんな二人の異様な光景にも拘らず、私はそこに顔を近づけてみたいという衝動に駆られました。


 ふと、鈴代さんがそんな私を見て、柔らかく微笑みます。そして手渡されるパンツ。


「……こ、これを――」

『なぎさー!』


 突然、階下からの声にビクリを体を撥ねさせました。


『渚、また奥村さんを部屋に入れてないー!?』


「ど、どうしよ……坂浪さん、とりあえず隠れて!」


「……えっ、えっ!?」


 私は抵抗する間もなく二人に布団の中に入れられ、私も言われるがまま――隠れなきゃ!――って思い、掛布団を掛けられました。ただ――。


 えっ、くさっ!――布団の中は何というか、表現できない臭いでとても臭かったのです。



『また二人で部屋に入って! もうお湯が沸くからそろそろ下に居てよ』

『う、うん、わかった』

『はい……』


『ん? 何か隠してる?』

『ううん。なんにもないよ、なんにも』


『…………とにかく、もう降りてきてよ?』


 階段を下りていく足音。



「坂浪さん、ゴメンね。降りよっか」


 そう言って捲られた布団の下で、私は丸くなっていました。ただ、私は押し込められた布団の中で、何とも言えない臭いに頭がくらくらし、鈴代さんに心配されながら立ち上がりました。ちょっとお二人の匂いの趣味は理解できませんでした。



 ◇◇◇◇◇



「はぁ、楽しかった~」


 ――などとひとごちたのは、何も小説の主人公になって間を持たせるための意味のない台詞を呟きたかったわけではありません。友人の誕生日に御呼ばれしたのも小学生低学年以来でしたし、何よりあんなに大勢の、しかもほとんど知らないような人たちと楽しく会話したのは初めてでした。そのたかぶりが今だ冷めやらなかったのです。


かおり、お風呂入っちゃいなさい~」


 部屋の外から母の声がし、私は返事をしました。いつもよりずっと遅い時間なのに、ついさっきまで出かけていたこともまた新鮮でした。ブレザーを脱いだ私は鼻歌交じりでお風呂の準備をし、お手洗いに行ってから脱衣所に向かいます。


「ふん、ふ~ん、ふん~………………!?!?」


 陽気な鼻歌が止まってしまったのはその時でした。私は、脱いだブラウスとスカートを洗濯籠に放り込む前に、いつものようにポケットの中身をあらためていたのです。スカートのポケットには異物感がありました。そしてそこに入っていたのは、黒のハンカチ……などではなく、ビキニパンツでした………………。



 どどどどどどどーしよう!?


 私はとりあえず、ブラウスとスカートを着なおし、部屋まで戻るとベッドの布団の下、足元の方にパンツを隠し、ふたたび脱衣所に戻りました。ただその後、パンツをどうしたらいいか、とりあえずこういうものは洗って返す物なのか、そのままでは学校に持って行けないし包装した方がいいのか、あでも洗濯機に一緒に入れるとお母さんに見つかってしまうので手洗いの方がいいのか…………などと考えながらお風呂に浸かっていました。


 とりあえず、鈴代さんにどうしたらいいか聞いてみよう――そう思っていたお風呂上り、ちょうど鈴代さんからメッセージが。


『新作です!』


 ――そう書かれた添付ファイル。中身は短編でしたが、何やらいつものアンニュイな雰囲気と違って物凄くテンションの高い文章でした。しかもこれ、どうも先ほど別れてから家に着いた後で書かれた短編の様子。こんな短い時間に何が起こったのか。キラキラな世界が透けて見えるほど、それは幸せに満ちたお話でした。


 私は鈴代さんにお礼を言い、幸せな気分でその夜は眠ることができました。



 ◇◇◇◇◇



 お布団の間のパンツを再び発見したのは三日後でした……。私、どうも二つ以上のことを同時に考えられないと言うか、集中力はあると思うのですが別のことに気が向くと、うっかり目の前の問題をド忘れしてしまうところがあるのです……。


 三日も経過してしまって、鈴代さんに何と言い訳すればいいのか…………。


 くっさ!――とりあえず、一度洗ってしまおうと考えました。ただ、こんな時に限って雨が降って洗濯物が溜まっていたり、母が脱衣所の掃除を始めたり、お風呂場で燻煙材を焚いたりするのでこっそりお風呂場で洗うことができません。


 仕方なく私がお風呂へ入るときにお風呂場へ持ち込んで、裸のままで手洗いし、またこっそり部屋へと持ち帰ってハンカチを前後に吊って隠すようにして部屋干ししました。この時点で臭いはほぼ取れていたように思います。



 そして翌朝、まだ完全には乾燥していなかったパンツの臭いを嗅ぎ、これなら明日には学校に持って行けるかななんて思っていましたが、よくよく考えると同級生のパンツの臭いを嗅いで確認するなど、いったい私は何をやっているんだなんて頭を抱えたりしていました。



 ◇◇◇◇◇



 学校から帰った私は、部屋に干してあったパンツを取り込みました。

 そして丁寧に畳んだパンツを何となく、スッと嗅いでみました。


 まだ臭い気がする――どうしよう。もう一度洗った方がいいのか、ちゃんとした洗剤で洗う必要があるのか。うちで使ってる洗剤はジェルボールなので少量貰うわけにもいかず、かといって洗濯機に放り込むリスクは避けたい……。


 もうこのまま返そう――そう思いなおした私でした。



 ◇◇◇◇◇



 お風呂上り、何となく気になってまたパンツを引っ張り出していました。

 臭いを嗅ぐと、さっき嗅いだときよりもなんとなく気にならなくなっていました。



 ◇◇◇◇◇



 就寝前、また私はパンツを引っ張り出し、匂いを確認しました。

 これなら明日、返せそうかな――そう、この時は思っていたのです。



 ◇◇◇◇◇



 三日後、何故かパンツはまだ私の手元にありました。

 勉強机に突っ伏す私。

 そして机の上の折りたたまれたパンツ。

 何故も何も、私が鈴代さんに返さなかったのが原因です。


 なんだか……くさいのに嗅いでしまう……というか、思ったより……。


 最初よりも匂いが薄まったせいか、傍に置いていても気にならず、むしろ鈴代さんの小説を読みながら匂いを嗅ぐと、なんだか小説の中に入り込んだような気分でもあり、さりとて決して世間一般的に見て許されるべき行いでもなく、その背徳感に昂ってしまうのでした。



 ◇◇◇◇◇



「……す、鈴代さん、その……」


 私はこのままではいけないと、それからしばらくして文芸部に顔を出した鈴代さんに声をかけました。


「ん?」

「その……」


 私が周りの目を気にしてきょろきょろしていると、鈴代さんは察してくれたのか瀬川くんと距離を取って離れた席に私を座らせました。


「なぁに?」


「……あの、先日セミダブルのベッドにあったの件で……」


「っていうと?」


「パ……のアレです」


 私は両手の人差し指と親指で小さな三角形を作ります。


「ああ、うん! アレね!」


「……実はその、アレは今――」

「気に入ってくれたんだ?」


「むふぉ」


 思わず変な声が出てしまいましたが……えっ、これはつまり鈴代さん、知ってたってことですよね!? 知っていて泳がされていた? 反応を見られていた? えっ、どんな顔をすればいいんですか私!?


「ああああ、あのあのあのあの……」

「百合ちゃんにあげようかと思ってたんだけど、坂浪さんにあげるね。あっ、太一くんには内緒だよ、絶対」


「は、はい。しっかと肝に銘じて」


 思わずそう返事をしてしまいましたが、これでよかったのだろうかと自問自答しました。

 というか百合ちゃん? 奥村さんが確か百合と言いましたけど、奥村さんに瀬川くんのパンツを横流ししようとしたと言うことでしょうか?? 何か覗いてはいけない闇を覗いてしまった気分です……。



 ◇◇◇◇◇



「おかえりなさい。あら?」


 家に帰ると台所にいた母が首を傾げます。


「ただいま。……どうしたの?」

「ううん。なんでもない」


 そうは言いながら、何故か楽しそうな母。


「あっ、そうだ。香、男の子ができたなら早めに紹介してね」

「…………へ?」


「恋人よ。できたんでしょ?」

「…………え??」


「お向かいの奥さんも、香ちゃん、恋人は居るのかしら――なんて最近よく話してるわよ。案外、ようくんだったりしてね。ふふふっ」


 えっ!?……まままままさか、部屋を覗かれた!?


「あ、あの、お母さん…………部屋に鍵を付けて貰ってもいいですか…………」


「まあっ! いいわよ。今度頼んでおいてあげる」


 ムフフと笑う母にハッと気づかされ、墓穴を掘ってしまったことに気が付いたのです……。







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 やっちまったなあ!


 坂浪さんの危険なエピソードでした!

 お母さん的には男っ気の全くない娘が色づいてきて嬉しいんだと思います。


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