追想 坂浪さん、いけません! 2

 第87話 文芸部にて 12 以降の夏休み前の坂浪さん視点の話です。

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「てゆわけ、でぇ! 文芸部でも海に行こってハナシー!」


 文芸部の二年生女子は地味な子が多い中、そのキラキラな女の子は言いました。


「いや七虹香、自分文芸部じゃなくね?」


 そう言えばそうでした! そう言う三村さんも文芸部ではないですけれど。

 七虹香なじかさんは笹島さんと言うのですが、名前で呼ばないと睨まれるので私も名前で呼んでいます。


「部長さん、私たちもう文芸部みたいなもんですよね!」

「どうかなあ。入部届出してくれたら考えてあげる」


 部長さんにそう言った姫野さんも文芸部ではないのですが、もう普通に入っちゃえばいいんじゃないかなあなんて思うんですけど、お三方。


「あれ? 朋美って何か部活してなかったっけ?」

「去年は頑張ったけど、キツいんだもん吹奏楽部。佳苗も演劇部から移る?」


 吹奏楽部はきついらしいですね。演劇部と並んで文化系の運動部と呼ばれてますし。


「演劇部、幽霊部員状態だったけどちょっと頑張ってみようかって思ってさ」

「ほんとに頑張るの?」


「ああ。ただちょっと四面楚歌なんだよなあ」

「じゃあ私が入ってあげる、演劇部。一緒なら頑張れそう?」


「マジに? 朋美、助かる」


 うん、何故か演劇部員が増えてしまいました。部長さんは演劇部に恨みがあるらしいので面白くないかと思っていたら、その間に七虹香さんが入部届を書いて出してしまっていました。おかげで部長さんが機嫌を悪くすることもなく済みます。


「あたし、もう部員だからー、海に行く提案をしまーす!」

「七虹香先輩に賛成!」

「ハイハーイ! 行きまーす」

「あたしもー」

「カレピも一緒でいいですかー?」

「私も行きます」


 一年生の女子が即答したかと思いきや、二年にも一人即答が!

 それはなんと小岩さんでした!

 えっ、小岩さん、私を置いて陽キャさんになってしまわれたのですか……?


「――小説の資料が欲しいので」


 私が心配そうに見ていたのを察せられたのか、理由を話してくれました。心配するまでもなく、小岩さんは小岩さんでした。安心です。


「坂浪ちゃんはどうする?」

「あっ、えっ、私は……学校の水着しか持ってないので……」


「じゃあ購入組ねー」

「えっ、いやっ、購入組って……」


「この後、購入組は買い物に行こうかってハナシ!」

「ええーっ!?」――話が速すぎてついていけていませんでした。

「大丈夫ですよ、先輩。女子だけで行きますから」


 この年、文芸部はかつての静かな落ち着ける文芸部から、陽キャさんの巣窟となりつつありました。一年生は皆さんちゃんと文章も書けるほうですし、最近は西野君が頑張ってることもあって文芸部としてもしっかり活動はしているのですが、どうも私にはしっくりきません。そしてついに先日、実態はともかく外見だけならば少し気弱で自信なさげな高身長男子、瀬川くんが変わってしまわれたのです。


 瀬川くんは何というか、相馬くんのような余裕のあるハンサム男子とも違いますし、西野君のようにちょっと強面の一見遊んでそうな男子とも違う、私にとっては文芸部員らしい男の子で落ち着ける存在だったのです。それでいて意外と頼もしい所もありましたし。別に恋心と言うわけではないんですよ?


 その瀬川くんが廊下でのキス事件に次いで、先週末の鈴代さんとのお泊り海水浴で何かあったらしく、なんだか余裕のある男性?――っぽくなってしまわれたのです。もちろん、鈴代さんの非公開短編がいろいろと秘めたる何かを物語ってはいるのですが、そうでなくとも瀬川くんの様子に変化が見て取れたのです。



 ◇◇◇◇◇



「つか何で奥村来てんのよー! あたしが目立たないじゃない!」


 現地の集合場所に着くと、電車で一緒になった七虹香さんが怒ってました。電車の中でもずっと喋り続けだったのに、未だあんなに元気が残ってることに驚きです。奥村さんはどうやら鈴代さんに誘われてやってきたみたいです。ただ――。


「奥村先輩! 素敵です!」

「センパイ、握手してください!」

「ご一緒できて嬉しいです!」

「でっか! 鈴代センパイよりでっか!」


 一年の皆さんには好評のようでした。いつもは一年生に人気のはずの七虹香さんは呆れ、今度は鈴代さんに文句を言っていました。


「ちょと渚ー!? なんで奥村来てんのよ!」

「えと、彼氏彼女枠かなー?」


 一応、彼氏彼女は可という話ではありましたが……。


「渚は女の子でしょーが」

「それじゃ太一くんの……」

「ちょっと渚!?」


 流石の瀬川くんも聞いてなかったみたいで慌ててました。


「寝取らせてんじゃないわよ渚!」

「まあまあ七虹香、私らも来てんだからいいじゃん。奥村くらい増えたって」


 三村さんのお陰で七虹香さんも少し落ち着きますが、どうも七虹香さんと奥村さんとは合わないようでした。



 ◇◇◇◇◇



 さて、男子と女子に分かれて更衣室へ向かいます。男子用はちょっと離れた場所にあるので、瀬川くんたちはそちらへ。私たちは女子更衣室へ。ただ、屋外の簡単な作りの更衣室でしたので、隙間から覗かれないかちょっと不安でした。しかも――。


「えっ、あれって男子じゃない?」

「男子だよね」


 女子更衣室から一人、出てきたのです。明らかに男子な人が。見間違いとかではなく、海パンひとつ穿いただけの男子。しかもどこか見覚えのある。あれは確か――。


「こーらー!! あんたどこ入ってたの!!」

「えっ、どこって更衣室……」


「そこ! 女子! 更衣室!」


 怒ってるのは成見さん――ということはつまり、あの男子は成見さんの恋人の柏木君。文芸部の柏木 雫ちゃんのお兄さんです。


「えっ、ごめん、気付かなかった……」

「気付かなかったじゃ済まないのよ、犯罪! 中で誰か見たりしなかった!?」


「いや、顔は見なかったから……」

「!!」


 成見さんは柏木君の頬をつねると、抓ったままで更衣室の向こうまで引っ張っていきました。妹の雫ちゃんはというと、呆れて放心していました。


「成見さん、強くなられましたよね……」

「坂浪ちゃん、そこ!? 女子更衣室に男が入ってたのよ!?」

「はわわわ、兄がとんだご迷惑を…………」



 ◇◇◇◇◇



「ダメダメ! 渚は太一のだから、お触り禁止! ガン見も禁止!」


 そう言って一年の女の子の前に立ち塞がるのは七虹香さん。

 七虹香さんは更衣室に入るなり素っ裸になり、あっという間に着替えられました。一年の女の子もするすると気にせず脱いでいきますが、私なんかまだ体を隠すためのバスタオルを引っ張り出した所。鈴代さんもパーテーションの角の隅っこで背中を丸めるようにして着替えられていてなんだか安心できます。


 そしてその鈴代さんへの視線を遮るようにして着替えているのがあの奥村さん。背が高いだけじゃなく体が引き締まっていて、だけど出るところはもの凄く出ていて、何かとてもありがたいものを見られた気がしました。


「ほえ~、すっご」

「えっぐ、奥村先輩えっぐい」

「私、この目は一生洗いません!」


 着替え終わった奥村さん。目が釘付けになっていたのは私だけではなかったようです。


「えっ、マジで! 見逃した! 奥村、アンコール!」


 七虹香さんは振り返って叫びますが奥村さんには睨まれます。


「渚、行きましょう。馬鹿がうつるわ」

「ムキー! 奥村! 後で脱がす!」


 奥村さんは着替え終えた鈴代さんを連れて更衣室を早々に出て行ってしまいました。


 あっ、えっ、というより皆さん着替え終わってました。今だ下着のままなのは私だけ。もたもたしていて遅くなり、置いていかれそう。焦るとちょっと尿意まで催してきて、余計に慌ててしまいます。頼りの小岩さんまで居なくなっていてちょっと涙目です。


 漸く着替え終わった私はすっかり人の入れ替わった更衣室で、ちょっと泣きそうになりながら荷物をまとめていました。


「終わった? 行こうか」


 そう言って声を掛けてくださったのは三村さん。隣には姫野さんもいます。


「えっ、待っていてくださったんですか?」

「まあねー」

「すっごいよね、奥村。私もあれは反則だと思う! 睨まれると怖いけど」


 笑う姫野さん。ちょっと恥ずかしかったのですが、お二人の優しさが身に沁みました。


「お待たせしてすみません。あの……お待たせついでにお手洗い寄ってからでも良いですか?」

「おし、じゃあ連れションと行こうか!」

「男子じゃないんだからできるわけないでしょー」


 いつもはちょっと圧の強いお二人と普通にやり取りができて、ただそれだけで幸せになれました。







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 後半へ続く!


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