その名前は、甘い鳴き声のようで。私は、その帰りをいつまでも待っている。

 今、ここに存在しているということは、生きている何よりの証左であり、地球だの南極だのなんてことは些事に過ぎないので、匙を投げるがごとくぽーんと放り投げておきましょう。それよりも、ピーとハーの微笑ましいやり取りこそ、いつまでも眺めていたいものですねぇ。
 ひょんなことから生まれた火星ペンギン。生まれは地球でも、それこそ投げられた匙に(まるで投石機のように)弾かれるようにして、火星にたどりついたのかもしれません。
 ピーとの会話を楽しみつつも、ハーはその懐にそっと不安も忍ばせて。これからの出来事がすべからく夢というのであれば、それはもう夢じゃなくて「現実」で。これは何も、夢のない話、ということではなく、夢は叶ってしまった瞬間から「現実」に置き換わるという何物にも代えがたいハッピーな出来事なのですということを言いたいのです。
 ハーの複雑な胸中とは裏腹に、期待に胸を膨らませて群れを探すピー。いっそ胸中を素直に吐露出来たら、どれだけ楽だろうと思わずにはいられません。沈殿するこころ。
 そんな中、ついに発見した第一火星ペンギン。羽をぱたぱたさせて、大喜びのピーと、その様子を見て、ちくちくと胸を刺す痛みに耐えるハー。いくらもふもふの体毛に覆われていようとも、こころだけはむき出しなのですから。
 不意に、本音をぽろっと漏らすハー。ピーには上手く伝わらず……もやもやとした気持ちがどんどんと膨らんでいきますね……。
 過去の輝かしいピーの姿。悠然と泳ぐその様は、ハーにとっては誇りそのもので。そんな昔話に花を咲かせながら、夜は更けていき。二人の夜にも素敵な花が添えられて。
 ついに、火星ペンギンの群れを発見したハーとピー。それはつまり、旅の終わりで、ピーとの別れで。ハーの涙ながらの訴えも、ピーの決意の前には揺らがず。涙で目の前が揺らぐハーにはとても辛い現実なのだろうと思いました。
 魚をありがとう。それは別れの言葉にしては、あまりにも塩辛い。幸せという海水に長く浸っていたからなのか、余計にしょっぱく感じるのかもしれません。勿論、海水はペンギンにとっては快適な環境そのものなので、二人にとっても最適な塩分濃度だったのでしょうけれど、ここにきてそれが閾値を超えたような衝撃が……。
 明かされる火星ペンギンの真実。門を通じて、火星に保育所を構え、雛を育てるためのプロセスを構築。謎に包まれた、火星ペンギンはその実、自身を大量の泡で包むことによって、泡沫の夢ととれるような所業を、現実としてしまっていたとは……。その技術力……ただただ脱帽です。
 火星ペンギンたちは換羽を終え、成鳥に。その新たな「門」出を祝福するかのように開く、「門」。そして、ピーは好奇心の向こう側へと……。夢と希望をそのお腹に詰め込んで。
 虚無感に苛まれ、月日が流れ。部屋の花瓶に生けたスイートピーの花が、ピーへの手向けの花のようで、それは一輪であろうと、花束であろうと真に真心のこもったピーへの気持ちの表れなのでしょぅね。あるいは、あの時素直にお祝いできなかった自身の贖罪も含むのかもしれません。
 ピンクのスイートピーの花言葉は「繊細」「優美」「恋の愉しみ」。やはり、ハーはピーとの思い出に浸りたかったのかもしれません。
 これは無粋な想像ですが、赤いスイートピーの花言葉は「門出」「さようなら」。ハーが、赤ではなくピンクのスイートピーを選んだ理由はこんなところにもあるのかなと思ったりしました。
 南極地点上に開かれた門から降り立ったペンギン。ファーストペンギンの名を冠するにふさわしい、その全通ペンギンの向かう先はもちろん。
 ピンクのスイートピーが飾られた、あの部屋で待つあの人のもとへ。
 紫のスイートピー片手に颯爽と、あるいは飄々と、現れるのでしょう。
 なぜ紫のスイートピーかって? 紫のスイートピーの花言葉は
「永遠の喜び」だからです。