第4話

「さて、どうしたものかな」

 そう呟くと、二階堂はサヨリがはずしたメガネをかけ直した。


 外にいる巨大な目玉は、相変わらずこちらをギョロギョロと見ている。サヨリが自分に気づいたことが嬉しかったようで、先ほどよりも生霊がまとっている瘴気しょうきの力が強まっていた。


「これを使うといい」


 喫茶店のマスターである船岡がやってきて、コップに入った水を差し出した。

 その水は喫茶店の裏手にある井戸から汲み上げたもので、神棚に供えていた水だった。生霊のような邪を祓うには、このくらいがちょうどいいのだ。


「ありがとうございます」

 二階堂は船岡に礼を告げると、そのコップを手に取った。


 清らかな水は、邪を洗い流してくれる。しかも、この水は神棚に祀られている氏神様の力を分けてもらったものである。


 席を立ち上がった二階堂は、コップを手にして喫茶店の扉を開けた。目の前にはあの生霊がこちらをじっと見ている。


「俺にはお前の姿が見えている。悪いことは言わん。去れ」

「おごぶふぁおうえまおうがおうびうえ」

 生霊は言葉にならない言葉を口にする。


「話にならないのであれば、祓うだけだぞ」

 二階堂がそう生霊に言うと、生霊が形を変えて目玉だけでなく顔の形を作り出し、巨大で不気味な女の形となった。


「オマエハナンナンダ」

「ただの探偵さ」


「ナゼジャマヲスルノダ」

「彼女が俺の依頼人になったからだよ。あんたが俺の依頼人になれば、あんたのことも救ってやれなくはない」


「バカニスルナッ!」

 巨大な女の顔の生霊は大声で叫ぶとその瘴気を強くした。


「交渉決裂だな」

 二階堂はそう言って、コップの中に入っていた水をその生霊の顔に向かって掛けた。


「ナニヲスル!」

「お前を祓ってやるのさ。知らないようだから、教えておいてやる。生霊っていうのは、祓われると自分のところに跳ね返ってくるもんなんだ。どこの誰に入れ知恵されたのかは知らないけれど、手遅れにならないうちにやめるんだな」

 清められた水のせいで、苦しみながらその姿を消そうとしている生霊に対して二階堂はいう。


「もう一度だけ言う。俺の依頼人になれよ。あんたを救ってやれる」

 それだけ言うと、二階堂は消えていく生霊に背を向けて店内へと戻った。


 二階堂の一連の行動は何も見えていない人からすると、喫茶店から出た二階堂がコップの水を道路に撒いただけにしか見えなかっただろう。


「消えたのですか?」

 恐る恐るといった様子でサヨリが二階堂に尋ねる。


 見ての通りだよ。そう言いかけて、サヨリには見えないのだと思い直し、二階堂は無言で頷いた。


「あの人、可哀想な人だった」

 ヒナコが二階堂をじっと見て言う。


「大丈夫だ。じきに連絡が来るさ」

 二階堂はヒナコにそう言うと笑ってみせた。

 そんな二階堂の様子をサヨリは不思議そうな顔をして見ている。


「そういえば、さっきマネージャーの容姿がなんでわかったんですか」

「ああ、そのことか。あなたから連絡があった時に、俺のところに来たんだよ。あなたのことをよろしくと」

「え……」

 二階堂の言葉にサヨリの目から大粒の涙が零れ落ちる。

 そんなサヨリの隣には、彼女のマネージャーが優しい笑みを浮かべて立っていた。



 その数日後、二階堂の電話が鳴った。

 それは例の生霊を飛ばしてきた女だった。連絡先はサヨリから聞いたらしい。


「わかった。じゃあ、喫茶店で待ち合わせよう」

 二階堂はそう言って電話を切った。

 そんな二階堂の姿をヒヨリは嬉しそうな顔で見ている。


「なんだよ?」

「先生、またお仕事?」

「そうだ」

「バイトじゃないよね?」

「ああ、そうだ。一緒に行くか、ヒナコ」

「うん」

 二階堂とヒナコは出掛ける支度をして、きょうも喫茶店へと向かうのだった。



 《了》

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眼鏡の探偵・二階堂《生霊退治》 大隅 スミヲ @smee

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