第71話 流れ旅をする者、それもまた冒険者

「こんにちはシャベルさん、買取ですか?今日は何本でしょう」

職員たちが忙しなく働く薬師ギルド受付ホール、その一角の買取カウンターで買取職員から声を掛けられたシャベルは、首を横に振ってから言葉を返す。


「こんにちは、いつもお世話になっています。今日は買取ではなくギルド長にお話があったんですが、ついこちらに足が向いてしまって。

すみませんがどなたかギルド長に取り次ぎをお願い出来ないでしょうか?」

シャベルの言葉に訝しむも「それなら私が」とギルド長執務室に向かう買取職員。

待つこと暫し、受付ホールに戻って来た買取職員に呼ばれ、シャベルはギルド長執務室へと入って行くのであった。


「やぁシャベル君、この前の名誉市民勲章の授与式以来かな?

あれからも精力的に活動している事は聞き及んでいるよ。

まぁ立ち話もなんだ、座ってくれ」


薬師ギルドギルド長レザリア・ビッセンは、薬師ギルドゲルバス支部ばかりでなく、城塞都市に対し多大な貢献をした目の前の職外薬師の来訪に相好を崩す。

癒し草の人工栽培は薬師ギルドの長年の夢であった。各ギルド支部やギルド本部においても何度か試みられた挑戦ではあったものの、栽培技術として良い結果に繋がる事など無かったのである。


「これまで我々薬師ギルドは安全な場所で癒し草を栽培するにはどうしたらよいのかと言った視点で研究を進めて来た。

魔力水を掛ける事で癒し草を枯らす事なく育成出来る事は分かってはいたんだ、だがそれはあくまで枯らさないと言う範疇であり決して栽培と言った規模でのものではなかったんだ。

だがシャベル君が齎した癒し草栽培法は正に逆転の発想、癒し草の栽培に適した場所で安全に栽培すると言ったもの。であるのならそこに肥料を与えれば?

私はこれまで多くの癒し草を見て来たがあれほど生き生きと育った癒し草の群生地など見た事がない。良品質どころか最高品質のポーションも簡単に作れるようになるとは、これはある意味革命的な出来事と言ってもいい。

うちの所属調薬師にハイポーションを作らせたんだがね、全て良品質、本人は感動に声を上げていた程だったよ。

シャベル君が作ってくれた南街壁沿いの癒し草畑は薬師ギルドと城塞都市の共同で確りと管理して行く事を誓うよ」


やや興奮気味に話すレザリアギルド長の様子に、改めて癒し草畑を作って良かったと思うシャベル。

切っ掛けはほんの気まぐれ、“魔の森で野菜を育てたらよく育つのでは?”と言った好奇心からではあったが、結果街の人が喜び家族が喜ぶ“癒し草畑”が出来上がった事は、シャベルの自信に繋がる出来事となったのである。


「レザリアギルド長、その言葉有難く受け取らせて頂きます。

俺の行いが城塞都市ゲルバスの為になる。そして今後の街の発展に繋がると言うのなら尚の事やって良かったと思えますので。

それで今日ですがこちらをお持ちしたんです」


“コトッ”

それは一本の大型ポーション瓶、その中には透き通った蜂蜜色をした何かが詰められている。


「これは俺が作りました蜂蜜を使った食べ物となります。

ギルド長も御存じだと思いますが、この前のスタンピードの際、俺は東門北側の部隊を任された。そのメンバーはテイマー職の者と後衛職と呼ばれる者たち、決して強いとは言えない者たちでした。

そこで俺は人員を幾つかの班に分け複数人で一体の魔物を倒す様に、また倒した魔物を別動隊が回収すると言う流れを作り出した。

この試みはある意味上手く作用し北側部隊からは重傷者を出す事なくスタンピードを乗り切る事が出来ました。

これはその時に活躍した体力回復薬とも呼べる代物です。

まぁ職外薬師の俺が口にしても信憑性に欠けると思いますので、こちらの鑑定士に一度見て貰えないでしょうか?」


シャベルの提案は驚くべきものであった。体力回復薬、その様なものがあればどれ程多くの冒険者が助かるのか。

食材による体力回復効果は昔から知られてはいた。だがそうした効果の高い物は高級食材と呼ばれ、冒険者がおいそれと手を出せない代物となっていたのである。


“コンコンコン”

「失礼します。ギルド長、お呼びとの事ですが一体どういったご用件でしょうか?」


「グレイス、忙しいところ済まない。ちょっとこのポーション瓶の中身を鑑定して貰いたくてね、お願い出来るかな?」

扉を叩き入室して来たのは、グレイスと呼ばれる鑑定士。グレイスは何の事だと訝しみながらも、ギルド長の指示に従い鑑定を行うのだった。


「ギルド長、これ中々凄いですよ。この城塞都市では最も必要とされるんじゃないでしょうか。

こちらが鑑定結果になります」


レザリアギルド長はグレイスが差し出した鑑定用紙に目を向け、驚きに声を上げる。


<鑑定>

名前:蜂蜜スライムゼリー

詳細:乾燥スライムを蜂蜜入りの魔力水で煮た物。魔力回復効果あり、体力回復も期待出来る。

製作者:シャベル


「レザリアギルド長、こちらがこの蜂蜜スライムゼリーのレシピになります。作り方は非常に簡単ですが、スライムを煮込む際の魔力水の濃度が重要となります。魔力の込め方が弱いとあまり効果が望めませんので。

スタンピードに限らず、城塞都市での活動は体力勝負、魔力量勝負といったところがありますんで。その回復が手頃に行えるのなら冒険者の生存率もグンと上がると思うんです。

本当は商業ギルドに料理のレシピとしての登録も考えたんですよ、この蜂蜜スライムゼリーは単純に美味しいですから。

でもそれだと正しい作り方が失われてしまう気がして。魔力体力回復薬としてのレシピを登録したうえで、派生的に料理として広まってくれた方が安全かと思いまして」


確りと考えられたプラン、城塞都市の新しい名物ともなり得る蜂蜜スライムゼリー。だがその前に本来の役割である回復薬としてのイメージを確立しようと言うシャベルの提案に、唯々頷くレザリアギルド長。


「なるほど、よく分かりました。それでは薬師ギルドゲルバス支部として正式にレシピ登録を受け付けましょう。

登録料は銀貨五枚となります。以降このレシピの使用料がシャベル君のギルド口座に振り込まれる事になると思うから期待していてくれ。

それと一つ味見をさせて貰っていいかな?商業ギルドに料理としてレシピ登録をしようと思ったほどの味というのが気になってね」

「それでしたらこちらをどうぞ。その蜂蜜スライムゼリーは差し上げますので」


シャベルはそう言うと腰のマジックポーチから小鉢とスプーンを取り出し、瓶の中からゼリーをよそってギルド長と鑑定士に差し出すのであった。


「「旨い、何だこれ?身体の中から力が漲って来る」」

口腔に広がる蜂蜜の優しい甘み、身体の中から全身に広がる魔力の感覚。まるでポーションを飲んだ時の様なそんな感じに、思わず声を上げる二人。


「出来れば最初は薬師ギルドから売り出して貰えると助かります。レシピも実際に作って見せれば変におかしなことにもならないかと。

本当に簡単なんです、魔力水に蜂蜜を溶かしそれを鍋に掛けて気泡が出始めたところで乾燥スライムの欠片を入れて煮込むだけですから。

ただこの魔力水の濃度と火加減が問題でして、強火だと美味しくない上に回復効果も薄い、煮立たない程度でじっくり煮込むのがコツです。

そう言った事もそのレシピには書いてありますんで、薬師ギルドで何度か作ってみて一番いい方法を見つけてもらえると助かります」


そう言い頭を下げるシャベル。だがシャベルの提案は薬師ギルドに新しい商品を加えると言うもの、これを了承しないギルド関係者はいないだろう。


「頭を上げてくれシャベル君、君は本当に色んなものを城塞都市に齎してくれる。この画期的な回復薬はちゃんと薬師ギルドゲルバス支部で管理させてもらうよ。

でも何だってこれ程のものを?秘匿しておけばシャベル君の武器の一つにもなったものを」


レザリアギルド長の疑問は尤もなもの、冒険者は秘密の一つや二つ、奥の手の一つや二つは持っているもの。

この蜂蜜スライムゼリーは確実にシャベル独自の武器になる、それ程のものなのだから。


「実はそろそろ城塞都市を離れようと思いまして。

色々お世話になり金級冒険者にまでしていただいたのにこんな事を言うのは心苦しいのですが、やはりこの街は私には厳しいのですよ。

城塞都市における金級冒険者の役割、それは最前線の更に先、深部と呼ばれる場所での魔物討伐です。

行っては見たんですよ、オークにオーガ、一度はミノタウロスに襲われたこともありました。流石にあの時は死ぬかと思いましたが従魔たちが庇ってくれたお陰で事なきを得ましたが。

その中で感じた事は俺は弱いと言う事でした。深部では俺の存在は完全にお荷物なんです、従魔たちにとって俺を庇いながら強敵と戦う事は負担でしかないんですよ。


この蜂蜜スライムゼリーのレシピ公開は、そんな弱い俺からのせめてもの感謝の気持ちです。

この街の冒険者は本当に気持ちのいい者ばかりでしたから。彼らに少しでも恩が返せたらと思いまして。

薬師ギルドでの蜂蜜スライムゼリー作製の件、よろしくお願いします」


シャベルはそこまで語ると再び頭を下げ、レザリアギルド長に今後の事を頼むのであった。



「シャベルさん、城塞都市を出られるんですね」

薬師ギルドでのレシピ登録手続きを終えたシャベルは、帰り際に世話になった買取職員の下へと足を向けていた。


「色々とお世話になりました、本当にありがとうございました。

それと例の件、ダンジョン都市に行ったら試してみたいと思います。

次の目的地はダンジョン都市にしようと思っているので」

“コトッ、コトッ”


シャベルはそう言うと、買取カウンターに蜂蜜スライムゼリーの詰まった大型ポーション瓶と蜂蜜の中型瓶を取り出すのであった。


「これはほんのお礼です。こっちの瓶はさっきレシピ登録をした蜂蜜スライムゼリー、それでこっちはその材料の蜂蜜ですね。

作り方は簡単です、是非作ってみてください。

それでは俺はこれで」


買取職員に笑顔を向けその場を後にするシャベル。買取職員はそんなシャベルの背中を見詰め、“どうかご無事で、良い旅を”と祈るのであった。


「ねぇねぇ、あなたシャベルさんに何を貰ったのよ?」

話し掛けて来たのは親しい受付嬢。


「何かシャベルさんがレシピ登録をした蜂蜜スライムゼリーですって。レシピ登録をしたってくらいだから何かの薬効があるんだろうけど、そこは聞いてないのよね。

これ、どうしようかしら?」


「ん?それ蜂蜜スライムゼリーじゃないか、何だお前シャベルさんから頂いたのか?羨ましい。

良かったら一つ分けてくれないか?」

そこに声を掛けたのは薬師ギルド所属鑑定士グレイスであった。


「グレイスさんはこれがどう言ったものか知ってるんですか?私貰ったのはいいんですが、シャベルさんに薬効とか聞くの忘れてしまって」


「あぁ、そう言う事か。多分シャベルさんは単純に美味しいからって理由で渡したんだと思うぞ?

効果は魔力の回復と体力の回復だな。どれくらいの回復効果があるのかは検証が必要だが、少なくともシャベルさんが作った物は確りと回復効果を実感出来る程のものだったな。

使用する魔力水の魔力濃度がどうのと言ってたか、詳しくはレシピを購入して検証してくれ。

そうそう、何でもギルドから売り出すって話が出てるから作製に携われば作り方を教えてもらえると思うぞ?後でギルド長に聞いてみるといい。

それよりも一つくれ」


そう言い強請るように手を差し出すグレイス。

貰った蜂蜜スライムゼリーを頬張ると、嬉しそうにその場を後にするのだった。


「・・・ねぇ、私にも一つ頂戴」

「私にもくれるんでしょうね?」

買取職員に群がる受付嬢たち。仕方がないと皆で分け、口に運ぶ。


「「「甘~い、凄い美味しいんですけど!?」」」

もっと頂戴と催促するもそれほど数がある訳も無く。


「私、ギルド長に言って蜂蜜スライムゼリーの作製班に入れてもらうわ」

「あっ、私も行く!」

「あ~、ズルい、私を置いて行かないでよ~!」


その後レザリアギルド長が執務室に押し寄せる受付嬢に困惑する事になるのだが、それは致し方のない事なのであった。

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