第70話 底辺冒険者の生活、底辺冒険者の決意

城塞都市に於けるスタンピード騒ぎから二週間、街は未だ多くの商人が素材の加工や搬出と賑わっているものの、冒険者たちの生活は通常のものに戻りつつあった。


「「「教官、本日もよろしくお願いします」」」


「よし、それじゃ今日は構えから行くぞ!

棍棒を握れ」

「「「はい!!」」」


だがそんな中でも変化は確実に起こる。

多くのテイマーや後衛冒険者と呼ばれる者たちが自分たちにあった武器を手に、複数人でチームを組み活動する姿が見られるようになったのである。


「よう、知ってるか?テイマーどもが結構な数の魔物を納品してる話」

「あぁ、聞いた聞いた。何でも共同でマジックバッグを購入して使い回してるって奴だろう?

昼前の組と昼過ぎの組に分かれて一つのマジックバッグを使う事で効率よく納品してるとか、考えたよな~。

資金を出し合う者が増えればそれだけ早く購入の目処が立つ、

頭金が多ければギルドの融資も受けれるかもしれないしな」


「だよな、支払いの確約が取れるんなら審査も緩くなるって奴だろう?あいつらスタンピードの時にかなり活躍したからな、俺たちがバテてる時も狩場の掃除に奔走してたらしいし、そこで信頼を得たって感じか?

働きもんだね~」


「それに空いた時間はギルドの訓練場で武術教官の訓練を受けてるんだろう?

深部とかに行ってオーガなんかを相手にするのは難しいだろうけどよ、稼ぎ的には銀級上位に食い込んで来るんじゃねえのか?」


「だよな~、こりゃうかうかしてられねえな、俺らも頑張らないと」


城塞都市の冒険者は自ら望んで危険地帯であるこの場に留まり続ける猛者である。他人を妬み嫉妬するくらいなら自分がそれを越えてやる、足の引っ張り合いなど弱者の戯言、そんな考えが通用する程魔の森は甘くないという事を知り尽くした者たちである。

城塞都市において弱いとされるテイマーや後衛冒険者たちの頑張りは、他の冒険者たちのやる気を大いに刺激する事となるのであった。

そして今日も冒険者たちは森に出掛ける。己が命を賭けた戦い、それこそが自身の冒険なのだと信じて。



「シャベル、塀の高さはこれくらいでいいのか?」

街壁の南側に広がる草原地帯では、多くの男たちが一人の冒険者の指示の下作業を行っていた。


「そうだな、想定する魔獣がホーンラビットやワイルドボアと言ったものなら腰の高さより上程度で十分だろう。これがグラスウルフとなると不安が残るが、それこそ護衛の冒険者にでもどうにかしてもらう方が現実的じゃないのか?

ここは魔の森だからな、そんな場所で畑を耕すなんて無謀な事をするのに完全な安全なんてありえないからな。

まずは周囲の溝堀り、それからレンガを積み上げて行く方が建設的だ。レンガ作りはうちの従魔たちが行う、皆は溝掘りに集中してくれ」


「「「了解した、気合入れて行くぞ~!」」」

畑予定の叢は予め火魔法使いにより燃やされ焼け野原になっており、そこをフォレストビッグワームたちが耕す事で周囲とは明らかに違った土地となっていた。

更に溝堀り予定の畑外周はフォレストビッグワームたちによって土が柔らかくされている為、作業は思いのほか順調に進むこととなるのであった。


「粘土を塗り付けてレンガを積み上げて行き、最後に生活魔法<ブロック>で全体を固める。堀部分のレンガ積み上げが終わったら地上部分と言った感じで作業を分ける事、その方が丈夫な壁を作る事が出来る。

分からない事があったら聞いてくれ。

護衛の冒険者は警戒を行っているフォレストビッグワームが反応したら声を上げて欲しい。魔獣の種類までは分からないが何かが接近してきているはずだ。

ここは城塞都市だ、街壁沿いだからって気を抜くなよ?」

「「「応!!」」」


城塞都市における癒し草の栽培は、ここゲルバスの価値を大きく高めるかもしれない一つの試みであった。

その栽培施設建設に、既に実績を残している金級冒険者シャベルが抜擢されることは半ば必然であった。冒険者と街の住民が共同で作業を行う中、シャベルは街のごみ集積場に溜まったビッグワームの排泄物を畑に撒いて行った。

癒し草栽培の試みは、街のごみを資源に変える試みでもある。

ビッグワームたちのごみ処理能力はその成長と共に加速する。魔力濃度の濃い土地で育ち、日々大量の餌と魔力水を与えられた彼らは大蛇と呼んでも差し支えのない程に大きく育ち、日々与えられるごみを順調にフンへと変えて行くのであった。



「こんにちは、買取をお願いします」

冒険者が依頼中に仕留めた獲物は、基本的に冒険者の物となる。それは無論街壁の外側で作業をしていたシャベルにも規定されており、フォレストビッグワームたちが倒した複数体のホーンラビットやマッドボアを手にしたシャベルは、それをクラック精肉店へと持ち込むのであった。


「いらっしゃい、ってシャベルさんじゃないですか。

最近は城塞都市から頼まれた癒し草の畑作りが忙しいって言ってませんでしたっけ?」


「いや~、そうなんですがやはり街門の外は魔獣蔓延る魔の森ですから、作業中に何度か魔獣の襲撃がありまして。

そこまで数があると言う訳でもないんですが、これはその時の獲物の取り分ですね。

畑の方はもう暫く掛かりそうなので、本格的な納品は先になりそうですが」

そう言い頭を掻くシャベル、そんな彼の態度に“この人は金級冒険者になっても変わらないな”と笑顔になる男性店員。


「ところでその後彼らはどうですか?すっかり大きくなったと聞いていますが?」

「あぁ、そうですね、ご覧になって行かれますか?あいつらも喜ぶと思いますんで」


「それじゃ先に査定を行っちゃいますね」と獲物の買取手続きを行った男性店員は、支払いの終わったシャベルを店裏の食品廃棄物集積場へと案内するのだった。


“モゾモゾ、モゾモゾモゾモゾ”

そこには破棄処分された魔獣の内臓や骨の入った樽に頭を突っ込んで食事を行う二匹のビッグワームの姿が。

そんな彼らに気が付いた付き添いのフォレストビッグワームの春と冬が“俺らも行っていいっすか?”と言った感じにシャベルの顔を覗き込む。


「あぁ、分かったよ、行っておいで。彼らの邪魔をしちゃ駄目だよ?」

“やった~、お肉だ~”


嬉しそうに樽に向かって走って行く家族の姿に、仕方のない連中だと呆れた顔になるシャベル。

近付く二体の魔獣に一度頭を上げたビッグワームたちは、まるでそれを歓迎するかのように場所を開けると、再び樽に頭を突っ込むのであった。


「本当に大きくなりましたよね。“肉丸”君と“骨丸”君でしたっけ?あれだけ大きければ食品廃棄物の処理が相当進むんじゃないんですか?」

「そうですね、通常の廃棄量でしたらかなりの部分を食べてくれるかと。ただやはり二体だと心もとないですかね、本当は四体と行きたいところですが、そうなると飼育スペースが。あの大きさですからやたらなところに置く訳にもいきませんので。


それにスライムたちもいますからね、お蔭様で大分匂い問題が解決出来ましたよ。

お店の終了時間に合わせて解体室に放って置けば翌朝までに落とし切れてない汚れもキレイにしてくれますからね、店長も大喜びですよ」


男性店員は「かわいい連中です」と言って胸を張る。

そんな彼の姿は最下層魔物とされるビッグワームとスライムたちが認められた証拠。

シャベルはまるで自身の家族が褒められた気持ちになり、自然と笑顔になるのであった。


城塞都市におけるごみ処理の為の最下層魔物飼育の試みは確実に成果を上げつつあった。飼育担当者による魔力水の供給は最下層魔物たちを着実に成長させ、そのごみ処理能力も格段に向上していった。

その試みにおいてシャベルのこれ迄の飼育経験とそれに基づく助言が、大いに活かされたことは言うまでもないだろう。



「金級冒険者シャベル、貴殿のこれまでの業績はここ城塞都市ゲルバスの諸問題を解決に導くばかりでなく街の発展に大きく寄与するものである。

よってここに名誉市民勲章を授与するものである」


それはゲルバスの監督官官邸で行われた式典であった。

その場には商業ギルド、薬師ギルド、冒険者ギルドの各ギルド長をはじめ、城塞都市の市民代表や商店会の代表など城塞都市を代表する錚々たる顔ぶれが集まっていた。

それは言い換えれば、シャベルが成し遂げた数々の業績がそれだけの重みを持っている事の証左でもあった。


「シャベル殿、失礼とは思うが貴殿の提案したごみ処理施設構想、この一事だけではここまでの評価は出なかったであろう。

だがそれに続く癒し草の栽培方法の確立、そしてごみ処理の廃棄物であるビッグワームの排泄物を癒し草栽培に生かす方策は見事の一言。

シャベル殿はそれを実験農場という形で証明して見せた。


貴殿の行いはこれまで冒険者ギルド、薬師ギルド、商業ギルドと言った各ギルドが試み失敗して来た事、諦めてしまった事を覆す偉業であった。

これは国を上げて表彰すべき事柄であると思っていただきたい。

我々城塞都市ゲルバスはこの試みを産業に繋げる事を誓おう。

貴殿に依頼して作っていただいた南街壁の癒し草畑はその第一歩、いずれはポーション生産の一大拠点と呼ばれることを目指すつもりだ。

期待していて欲しい」


城塞都市監督官から告げられた言葉は、シャベルの心に大きな自信を齎す事となった。

スコッピー男爵家に引き取られ授けの儀を受ける迄の六年間、シャベルは己を殺しただ殺されない為に、生き延びる為だけに必死に足掻き続けた。


その姿は持ち得る者達にはさぞ滑稽に映った事だろう。無能の烙印を押され、蔑まれても、今日もまた朝日が拝める事に感謝し日々生き続けた。

だがそんな生活はシャベルにある価値観を植え付ける。“自分は無能であり誰よりも劣っている”と。

その思いは授けの儀においてテイマーの外れスキル<魔物の友>を授かった事により、決定的なものとなる。

これ迄無能なりにもスコッピー男爵家の一員として認められよう、家族と呼ばれようと努力を重ねて来たシャベルにとって、旅立ちの儀を持って放逐する事が決定した事は救いであり、これ迄の自身の全てを否定する残酷な宣言でもあった。


シャベルは思う、自分は誰にも必要とされない無能者であると。であるのなら誰にも迷惑を掛けないようにひっそりと生きて行こうと。

シャベルは荒ぶらない、シャベルは怒らない、自身が底辺であり何者よりも劣っているが故に。

自身に振り掛かる理不尽な行いも、それが自身の命を奪わんとするものでない限り、理不尽とは思えない。

自己肯定感の欠如、それがシャベルと言う人間を作り上げる基となった。


そんな彼に家族が出来た。それはシャベルにとって人生観を大きく変える程の衝撃であった。

無私の好意、ただ共にありたい。

スキルの強制力により結ばれていると思っていたビッグワームたちとの心の繋がりが、そうではないと彼らにより否定された。その事は、シャベルに生きる喜びを芽生えさせるに十分な出来事であった。

家族との楽しい日々、それはシャベルに人の素晴らしさに目を向ける切っ掛けをくれた、人との関わりを作る心の余裕をくれた、人々の為に何かを行うと言う行動を与えてくれた。


シャベルの献身、己の利益を求めない行動、人々がそう称賛する数々の業績はシャベルにとっては何でもない事であった。

己の分を弁えるシャベルにとって、持ちきれない功績などどうでもよかった。

シャベルにとって重要なのは家族と共に楽しく暮らすこと、その為には多くの提案もするし献身的な行いもする。

シャベルにとって家族足る従魔との日々が全てであった。


「何か表彰されちゃった」

家に帰り天多に雫、日向にフォレストビッグワームたちの前で名誉市民勲章を翳すシャベルに、従魔たちは称賛の感情を送ると共に、我が事のように喜ぶのであった。

それは家族第一主義のシャベルにとっては何よりもの賛辞であり、家族を喜ばす事が出来たと言う一事がこの栄誉を受けた事の何よりもの報酬であった。


「それとこれは褒美だって、時間停止機能付き中型マジックバッグ。

知らなかったんだけど、一個までだったらマジックバッグの中にマジックバッグが仕舞えるんだって。

あって邪魔にならないだろう?ってウインクされちゃった。

ゲルバスの監督官様ってお茶目だよね」


シャベルは思う、城塞都市ゲルバスはとても良い街であったと。

これ迄訪れた街の中で最も過ごし易い街であったと。

だがこの街は冒険者の最前線、多くの冒険者が命を賭け戦いに身を投じる街、家族を常に危険に曝す街。

スタンピードはシャベルにとって初めての命懸けの戦場であった。ギリギリ生き残れたと言ってもいい状況であった。あの状況で家族の誰かが失われたらと思うと、今でも身体が震える。

冒険者ギルドが金級冒険者として評価してくれたことは有り難くもあり、嬉しい事でもあった。それは自身が評価されたのではなく家族の働きが評価されたと知っているから。

だがそれは金級冒険者としての責任も生むもの、家族を危険にいざなう甘い罠。


「潮時かもしれないな」

この街で自身の出来る事、やるべき事は全て終わった。この勲章はその証。


「皆、聞いて欲しいんだ」

シャベルは次の一歩を歩み出す決心をするのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る