第69話 底辺テイマーの仕事、それは後片付け
城塞都市ゲルバスを取り囲む魔の森で発生したスタンピードは、無事終息を迎えた。
死者三名、重軽傷者多数。これほどの規模のスタンピードであったにしては被害が少なく済んだと喜ぶべきか、死亡者が出た事を悲しむべきか。
金級冒険者パーティー“草原の風”リーダーソルトが予測した通り、今回のスタンビードはオーガキングとオークキングとが連携し引き起こした事態であり、城壁内に攻め込まれてもおかしくない状況であった事は誰の目にも明らかであった。
であるのならばこの程度の被害で済んだことは喜ぶべき事なのであろう。
冒険者ギルドよりスタンピード終息の知らせが発表されるや、街は危険が去った安心と命が助かった安堵から誰もかれもが歓声を上げ、酒場宿屋を問わず多くの冒険者が繰り出し大いに盛り上がった。
その場で語られたのはスタンピードの元凶たるオーガ本隊の進軍を押さえ、敵大将であるオーガキングを討伐した高位冒険者たちの活躍。中でもその強靭な肉体を切り裂き止めを刺した金級冒険者パーティー“草原の風”のソルトとベティーの働きは、吟遊詩人により謳い上げられ、多くの酒場で冒険者たちの喝采を浴びる事となった。
そして忘れてはならないのがオークキングを討伐した金級冒険者パーティー“ドラゴンの咆哮”と銀級冒険者パーティー“ワインの雫”の活躍。
普段お馬鹿の代名詞とも呼ばれるパーティーリーダーケスガの戦場での立ち回りや勇敢にオークキングに立ち向かう姿は、そのギャップも相まって多くの民衆を楽しませる事となった。
だが東門を守っていた冒険者たちの話題は、ある人物のものへと収束する。
「でもやっぱり俺たちの命を救ってくれたのは“蛇使い”の従魔達だろう?あれは反則だわ、あんなのと戦ったら確実に死ぬっての」
「だよな~、スライムの天多ちゃんがあんなに強いとはな~。
目の前で魔獣共がバタバタ倒れて行く姿は正直怖かったわ。
魔法職の連中が使うアロー系の魔法みたいなものだってのは分かるんだけどよ、見えねえんだもん、早過ぎて。
傷口なんて点だよ?点。
普通スタンピードの後の魔物なんかぐちゃぐちゃで商品価値なんて全然付かねえのに、今回に限ってはギルドの解体所、休みなしだってよ。
解体所の所長が“こんな状態のいい魔物を腐らすな!!”って息巻いてるんだとよ。
お陰で街の商人が興奮するする。なんたってオーガ二十体以上が完全な傷なしだぜ?どれだけの値段が付くってんだよ。
蛇使いの魔獣たち、本気で半端ないわ」
スタンピードは厄災である。街は人々を守る為冒険者たちに報酬を払い命懸けで戦わせる。だがそこから得られる利益などたかが知れており、街は常にスタンピード用の資金をプールしておく必要に迫られる。
だが今回に限ってはそれは一部訂正される事となる。
東門北側の守りを固めていた“蛇使い”シャベルの率いる部隊は、基本後衛よりのメンバーで構成されていた。つまり前衛職のように強力な攻撃力も見事な剣技も持ち合わせていない者がほとんどであった。
そこでシャベルは二人ないし三人の班を構成、棍棒による打撃で獲物を仕留めるよう指導した。
打撃により仕留められた獲物は傷み難い。回収班により次々と回収された獲物は、スタンビードの最中であるにも関わらずギルド職員により次々と解体所に運ばれ、処理されて行く事となる。
そしてシャベルの従魔達による蹂躙。
ほぼ完品と言っても良い状態の魔獣の亡骸は最高の商品として商人たちの元に届けられる事となる。
その利益は今回のスタンピード制圧に参加した全冒険者に還元され、彼らの懐を大いに温める事となるばかりでなく、街の財政に大いに貢献した。
「なぁ、聞いたか?オーガ本隊を押し留めていた銀級冒険者パーティーの“天空の城”と“雷雲の一撃”、“疾風迅雷”が金級冒険者に昇格になるって話」
「聞いた聞いた。それとケスガの馬鹿も金級に昇格するんだろう?オークキング討伐じゃ誰も文句はないけどよ、あの馬鹿が金級冒険者って大丈夫なのか?
アイツ早死にするんじゃね?」
金級冒険者への昇格、それはこれまでの実績に加え人格的に問題のないギルドを代表する者として十分と判断された者。
スタンピード制圧に多大な貢献をした彼らは、その資格が十分であると判断されたのであった。
「問題は“蛇使い”だよな」
「だよな~。貢献的には間違いなく金級冒険者の資格ありだし、従魔達も目茶苦茶強い」
「「でもあいつ、俺らと変わんない普通の冒険者なんだよな~。
へたに金級冒険者になったら、あいつ死ぬぞ?」」
彼らの注目、それは銀級冒険者シャベルがどう評価されるのか、その動向に向かうのであった。
「う~~~ん」
冒険者ギルドゲルバス支部、そのギルド長執務室ではギルド長であるバラニムが唸り声を上げていた。
「ギルド長、ここは規定通り“蛇使い”シャベルを金級冒険者に昇格すべきではないでしょうか?
彼の十体の従魔フォレストビッグワーム達は二十六体のオーガを殲滅する程の戦力です。それにスライム達と行った連携も見事だ。
今回のスタンピードの死者は全て深部の高位冒険者パーティーでのもの、東門前からは重傷者は有れど、一人の死者も出ておりません。これは今までのスタンピードを振り返ってもあり得ない功績です。
しかも最も脆弱と思われた後衛職とテイマーの寄せ集めである北側部隊に至っては重傷者すら出ていない。
全ては“蛇使い”シャベルの指揮の賜物、これを評価しない訳にはいかない」
「だが彼はこれまで冒険者ギルドでの討伐・採取依頼を一度として受けてはいない。全ては街のごみ処理の仕事のみ、これは冒険者として問題では?」
「その分大量の魔物の納品を行っているでしょう。確かに“蛇使い”は北側浅部を活動の中心とした冒険者です。ですがそれは彼の戦闘スタイルによるもの。
多くの従魔を従える彼にとって周囲に他のパーティーがいないことが好ましかったからに過ぎません。
冒険者としての力は十分かと」
「そうですな、それにシャベル氏には監督官様より推薦状が届いている。何でも街のごみ処理問題に多大な貢献をしたとか。
それと薬師ギルドからの情報では癒し草の栽培に成功したとか。
今後癒し草をゲルバスの産業に加えるといった動きが始まるだろうと言っていましたよ。
少なくとも城塞都市ゲルバスとしてはシャベルを表彰する動きが進んでいるそうです」
ここに来て判明する銀級冒険者シャベルの実績、それは魔物討伐に留まらず城塞都市全体に影響するものとなっていたのであった。
「それで肝心のシャベルは今どうしているんだ?」
ギルド長バラニムは悩むのをいったん保留し、シャベル本人の事について尋ねる。
「あぁ、彼でしたら戦場の後処理に向かっています。それと解体所の廃棄物の処分ですね。
シャベルの従魔、スライムの天多ですか?あれは凄いですよ。
溜まりに溜まった魔獣の内臓やらを全部食べ切っちゃうんですから。
解体所の所長が譲ってくれって迫って、シャベルの従魔のフォレストビッグワームに抑え込まれてましたよ。
あの人考え無しに暴走する所がありますからね」
その言葉に現場の様子を想像し乾いた笑いを浮かべる役員たち。
「よし、決めた。シャベルは金級冒険者に昇格だ。
登録から二年ちょっと、早いと言えば早いがそんな奴はゴロゴロいる。
問題は金級冒険者に昇格する事で“蛇使い”に不利益が生じないかって所だったんだが、今の話じゃ常に奴の従魔が付いてるみたいだしな。
あれだけ優秀な男だ、いずれ金級にはなるだろうし、遅かれ早かれだ。本人には追って伝えよう、今はごみ処理の仕事を優先して貰う。
金級冒険者にさせる仕事じゃないかもしれんが、今の話からじゃごみ処理はどうもあいつの専門みたいだからな」
ギルド長バラニム・タイニングの決定にその場の役員全員が頷きで返す。
銀級冒険者シャベルの金級冒険者への昇格は、冒険者ギルドゲルバス支部において満場一致で決定されるのであった。
「シャベル~、頼む~、一体でいいんだ、天多を譲ってくれ~」
「ふざけるな、天多は家族だ、他所に譲る訳ないだろうが。
あんまりしつこいと解体所の仕事は受けないぞ!
別にこっちは困ってないんだ、城塞都市の為にやってるんだからな!」
シャベルの言葉に「「「すみませんでした!馬鹿所長はこっちで何とかしますんでそれだけはご勘弁を~!!」」」と言って所長を引き摺って行く解体所職員たち。
シャベルは何時までも懇願するような瞳を向ける所長に大きくため息を吐く。
城塞都市におけるスタンピード、それは多くの冒険者と高位冒険者と呼ばれる者たちの命懸けの献身により無事終息を迎える事となった。
だがそれで目出度しと行くほど現実は甘くはない。
魔物を倒せばそこには死骸が残る、これを放置すれば周囲から魔物が集まり第二第三のスタンピードが発生する。
可及的速やかに魔物を回収し処分する事、これが冒険者たちに任される次の仕事となる。
だが命懸けで戦い心身共に疲れ切った者達や大きな傷を負った者達にそうした仕事を受けようとする者は少ない。
必然的にそうした仕事は後衛職やテイマーと言った者達に回さざるを得なくなる。
「皆聞いて欲しい、俺たちの仕事は確かに後片付けでありゴミ拾いだ。だが俺たちがここで仕事を投げれば直ぐに魔獣どもが集まり再びスタンピードが繰り返されるかもしれない。それは避けなければならない。
俺たちの仕事はただのゴミ拾いなんかじゃない、城塞都市を守る為の命懸けの戦いだ。
あれから二日、スタンピードで森の魔獣の数が減っているとは言え危険である事には変わらない。
パーティーの者は回収班と警戒班に分かれて、ソロの者は班を組み回収班と警戒班の役割分担を作って行動してくれ。
東門前の草原は昨日一日でほぼ片付いた。
今日からは魔の森の探索になる、気合を入れろ!」
「「「応!!」」」
シャベル率いる北側部隊は、一夜明けた翌日からそのまま戦場回収班へと移行していた。
身体中筋肉痛に苛まれていた者達もシャベルが新たに用意した蜂蜜スライムゼリーにより復活、何とか身体を動かし魔物回収に向かうのだった。
これには城塞都市監督官が全面協力、パルムドール魔道具店に掛け合いマジックバッグの貸し出しを受けた事も大きかった。
無論クラック精肉店店主ヤコブを通じこの提案を監督官に進言したシャベルの功績もあるのだが。
こうした後衛冒険者たちの働きによりスタンピード発生からわずか五日で魔の森が通常の状態に戻った事は、城塞都市のこれまでの歴史を見ても快挙と言える出来事であった。
「みんな今日もお疲れ~。天多の方はまだしばらく仕事が続きそうだけど、フォレストビッグワームの皆は取り敢えず終了です。
狩りの方はしばらくお休みかな?
街のゴミが相当出たみたいだからそっちの仕事はあるんだけど、どうする?」
“““クネクネクネクネ”””
身体をくねらせ“食べ放題ですね、お任せください!”と伝えるフォレストビッグワーム達。
「それじゃ皆はごみ処理の仕事をお願い。光は俺と一緒にポーション作りね、在庫がなくなっちゃったからね、明日薬師ギルドにポーション瓶を買いにいかないとね」
“クネ!?”
“俺だけ食べ放題はないですか!?”
あからさまに落ち込む光、そんな光を慰める仲間たち。
“うちの家族はみんな優しいな~”
そんな家族の風景にこのところ溜まっていた心の疲れが癒され、ほっこりとした気持ちになるシャベルなのであった。
「あっ、シャベルさん、無事だったんですね。倒れたと聞いたんで心配していたんですよ」
薬師ギルド受付ホール、そこに現れたシャベルに買取職員の女性が声を掛ける。
「ご心配いただきありがとうございます。何とか無事生き残る事が出来ました。
診療所の先生の話ではしばらく経っても特に問題なければ大丈夫との事でしたんで、今日からまたポーション作りに励もうかと。
今回は手持ちをみんな使ってしまいましたから」
そう言い頭を掻くシャベルに「それでも無事が一番ですから」と返す買取職員。
「それと例のポーションの件なんですが」
声を細め言葉を落として話す彼女に何事かと身構えるシャベル。
「実は“ポーションEX:良品質”と出まして。ちょっと聞いた事の無い薬品名だったんです。
それで手元に持っていたんですが診療所に急患が運ばれてきまして、危ない状態だったんで少しでも延命をと思ってそのポーションを使わせてもらったんです・・・」
そこで一旦言葉を切る買取職員に、思わず生唾を飲むシャベル。
何か不具合でも生じたのかとの不安が心を埋め尽くす。
「治っちゃったんです。どう見ても瀕死の患者さんがとても穏やかな顔に代わって。
あの状態だったらポーションじゃ完全に治し切る事は難しかったにも拘らずです。
あのポーション、まだ手持ちがある様でしたらこの街で鑑定に掛けるのは危険です。下手をしなくても大騒ぎになる。
監督官様や薬師ギルド上層部、商業ギルドなんかからも狙われるかもしれません。
鑑定をするのならダンジョン都市、ドロップアイテムか宝箱から見つかったと言って見てもらう事をお勧めします。
あそこはポーションだけでなくハイポーションもドロップしますから然程珍しいとは言われないと思いますので」
買取職員はそれだけを告げるとそれではとその場を離れるのだった。
買取職員の忠告、それはシャベルの作り出したポーションがハイポーションに匹敵するものかもしれないと言うこと。そしてその事で生じる騒動と危険性についての警告。
ダンジョン都市での鑑定はそれらを回避した上でシャベルに新たな武器を与えようと言う彼女のやさしさ。
“俺は本当に多くの出会いに恵まれている”
シャベルは買取職員に軽く礼をすると、ポーション瓶を購入する為販売所へと向かうのであった。
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