第68話 戦いの終結、戻る日常
「東門前中央、未だ勢いは止まらず。北部隊は上手く抑え込んでいますが南部隊がかなり押され気味です。多数の負傷者が出ているものと思われます」
城塞都市東門方向の魔の森から始まったスタンピードは、発生から十時間が経過した時点でその勢いを衰えさせるどころか更なる攻勢を掛けて来るのであった。
「くそ、草原の風が忠告した通りの展開じゃねえか。各部隊のリーダーに通達、前線を下げる。
徐々に後退し守備範囲の密度を上げるんだ。集中が乱れたら一気に持って行かれるぞ、各自注意を怠るなと伝えろ!」
「「「了解しました、ギルド長!」」」
長時間にわたる戦闘は、冒険者の最前線と謳われる城塞都市の冒険者たちの精神を確実に削って行った。
「ケスガ、ギルドからの通達だ、前線を下げる!」
「ワカーバ、了解した。みんな、聞いての通りだ、少しづつ後退するぞ!互いの戦闘範囲に気を付けろ。
‟ドワーフの鉄槌”は一旦下がれ、疲労が目に見えてるぞ。まだまだスタンピードは終わっていない、今は休んで後から疲れた俺たちを助けてくれ。
直ぐに行動開始だ!」
「「「おう!!」」」
南側の部隊を指揮する銀級冒険者パーティー‟ワインの雫”リーダーケスガの指示の下、後退を始める冒険者たち。
普段見せる阿呆な姿とは打って変わって、周りに目を行き届かせ的確な指示を飛ばすケスガに、頼もしさを感じる彼ら。
「この周りを気遣う対応が何で普段から出来ないんだよ、戦場を離れた途端馬鹿になるって意味が解んねえよ」
「どうしたワカーバ、何か心配事か?
そう言えば魔物どもの動きが少し変だな?まるで慌てている様な・・・。状況に変化があるかもしれん、十分気を付けろ」
冒険者の勘、数多くの討伐の中で磨かれた感性は訪れた変化を敏感に察知する。ケスガが銀級冒険者パーティー‟ワインの雫”リーダーとして南側部隊を任されたのには、数多くの修羅場を潜り抜けることで磨かれた勘によるところが大きかった。
「おい、アレなんだよ」
気が付いたのは南側部隊の冒険者であった。
「チッ、オークキングだと!?上等じゃねえか!!
ワカーバ、ネオン、ルーシー、ここが正念場だ!俺たちでオークキングを討つ!
他の者はこの場を頼む、奴を倒せば魔物どもの圧力が一気に減るはずだ、俺たちに時間をくれ!!」
勝負時、戦場の潮目を見極めたケスガは決断を下す。
「ケスガ、短期決戦だ!!オークジェネラルも数体居やがる、一気に討ち取るぞ!!」
その判断は金級冒険者パーティー‟ドラゴンの咆哮”も同じであった。
この場にいる冒険者たちは思う、勝負の時が来たのだと。
「オークキングの首は俺たち‟ワインの雫”がいただく!邪魔するなよー!!」
「ハンッ、好きにしろ!その代わり一発で仕留めろよ、ぐずぐずしてたら横から
城塞都市の切り札たる高位冒険者パーティーが魔物の群れの中を突き進む。スタンビードの元凶、オークキングを仕留めんが為に。
「闇、フォレストビッグワームたちに通達、前線を徐々に下げる。互いの間隔に注意して後退」
北側の部隊を任されたシャベルも冒険者ギルドの指示に従い前線の後退を行っていた。
元々サポートとしての役割の多いテイマーたちにとって、今回の作戦は無謀とも言えるものであった。だがシャベルの指示がそんな状況をひっくり返し、スタンピードの戦場でも立派に戦える姿を示し続けた。
だが前衛の冒険者に比べ彼らが体力で劣ることは否めない。そんな彼らを支えたのは、意外にもシャベルの用意した蜂蜜スライムゼリーであった。
口に入れた瞬間口腔に広がるフォレストビー蜂蜜の優しい甘さ、飲み込む事で身体の奥から力が湧いて来る。
十時間にも及ぶ戦闘において彼らがいまだに戦えているのは、シャベルの影の支えがあったからに他ならなかった。
「前線を下げる!周囲の警戒を怠るな。ケガ人はすぐに後退しろ、戦闘領域が狭くなる分接敵回数が増える、無理せず交代を繰り返すんだ。
戦況は変わった、もう少しの辛抱だ!」
シャベルの呼び掛けに返事をする事も出来ない状態のテイマーたち。蜂蜜スライムゼリーは既にない。気力を振り絞り意地で身体を動かし続ける。積み重なった疲労は疾うに限界を超えていた。
「危ない!!」
回収班の冒険者に襲い掛かろうとしたグラスウルフを咄嗟に棍棒で殴り倒すシャベル。
油断したつもりはなかった。だが慣れない集団の指揮と初めてのスタンピード、気を配り、戦況を見極め。十時間にも及ぶ戦いは、シャベルの精神を限界まで削っていた。
‟ゴンッ”
それはマッドモンキーの投擲、側頭部に当たった石礫は、されどシャベルの意識を刈り取るに余りあるものであった。
‟ドサッ”
薄れ行く意識の中でシャベルが強く思った事、それは家族に対する願い。
‟後を頼む”
その思念を最後に断たれるシャベルとの繋がり。
‟誰か僕を載せて!!”
それはシャベルに付き従っていた雫からのものであった。
その声に応えたのはフォレストビッグワームの闇。雫はその身を懸命に飛び跳ねさせ闇の頭部に取り付くと、意識をシャベルに投擲をしたマッドモンキーへと向けた。
「いいかい雫、これは‟放水”と言って水を持続的に放出するやり方なんだ。畑の水遣りにはこの方が便利なんだよ」
それはシャベルと共に過ごした楽しい日々。
「でね、こうやって生み出す水を細くしてあげると勢いよく放水する事も出来るんだ」
初めて見る物、初めて聞く事、<テイム>と言う繋がりを通じてシャベルは多くの事を教えてくれた。
「凄い凄い、まさか放水で石に穴を開ける事が出来るだなんて。
雫は天才だね。
でもこれを放水って言うのもなんだし・・・。そうだ、
雫の必殺技、<穿水>の誕生だね」
僕の事を自分の事のように喜んでくれた。
‟<穿水>”
‟ピシュンッ”
‟ギィッ、ドサッ”
闇は思った、シャベルは最後に何と言ったのかと。
<テイム>スキルを通じて託された思い、それはこの場の皆を守って欲しいと言う願い。
‟ボコボコボコボコボコボコ”
何も言わずとも分裂を始める天多、増えたスライム達はポヨンポヨンと跳ねフォレストビッグワームたちの身体に張り付いて行く。
‟ズズズズズズッ、パォンッ”
それは闇が放った合図、決意の<穿水>。
‟シャベルの思いは受け取った。我々に出来る事はただ一つ、殲滅である!!
一匹たりとも残すな、蹂躙せよ!!”
‟‟‟‟‟ズズズズズズズズズッ”””””
それは大海原を走り抜ける巡洋艦であった。
‟ピシュピシュピシュピシュピシュピシュピシュピシュ”
撃ち出される無数の水弾は獲物を正確に撃ち抜いて行く。
成す術無く倒れ伏す魔獣たち、そんな蹂躙を行う十体の戦鬼。
冒険者たちは目の前の草原で繰り広げられる惨劇をただ茫然と見詰め続ける事しか出来ないのであった。
‟クネクネクネ”
‟ポヨンポヨンポヨン”
‟ガサッ、ガサッ、ガサッ”
森の木々を掻き分け現れた者達は、目の前の光景を意外そうな目で見詰めた。
雑魚を追い立て獲物たちにぶつける。弱ったところで自分たちで叩きのめす。
獲物が作った城塞は自分たちの塒に丁度いい、豚と組むのは癪だが用が済めば叩き潰せばいい、何事も有効利用だ。
スタンピードの元凶、オーガたちにとっていまだに人間が集団で立っている事は意外であり驚きであった。
‟ガァーーーーーーー!!”
上げられた咆哮、それはこの先行部隊を任されたオーガジェネラルのもの。
厄介で強力な人間は本隊が抑えている。この場に残っているであろう強者は上手い事豚が引き付けている筈だ。
後は雑魚ばかり、さぁ、狩りの時間だ、蹂躙せよ!
城塞都市最大の危機、二十数体にも及ぶオーガの侵攻が、今開始されようとしていた。
‟ブンッブンッブンッブンッ”
太い綱の様なものが振り回される。風切り音が草原に響く。
‟‟‟‟ガァーーーーー””””
咆哮を上げ、棍棒を振るい突進してくるオーガたち、だがそれは彼らにとってただの獲物に過ぎない。
‟ビユンッ、ドゴンッ”
激しい衝突音と共に吹き飛ぶオーガ。
‟ビユッ、グルンッ、ドガンッ”
振るわれた棍棒に絡みつき、その勢いをも利用して周囲のオーガを吹き飛ばす。
‟ポヨンポヨンポヨンポヨンポヨンポヨン”
倒れるオーガの口を塞ぎ息の根を止める。耳孔から穿水を打ち込み脳を破壊する。口の中から、鼻孔から、その不定形な身体を活かし生命活動を停止させる。
オーガたちは理解出来ない、己が最も強いと自覚するが故に。
最下層魔物と呼ばれた者たちが手を組み、己を高め合った結果、自分たちに比肩する力を身に付けるに至ったと言う事に。
多くの冒険者が自分たちの死を悟った絶望的な状況で、その悉くを圧倒的な力でねじ伏せたシャベルの家族たち。
その異様な光景に、冒険者たちはただ茫然と立ちすくむ事しか出来ないのであった。
「ウッ、ウウッ」
ゆっくりと覚醒する意識。身体中の重怠さを感じながらも、何とか身体を起こし周囲に目を向ける。
「ここは・・・、診療所か。俺は助かったのか」
ボツリと漏れた呟き、初めて経験する戦場は、それ程までに過酷で恐ろしい場所であった。
「失礼しま、シャベルさん、起きられたんですか?先生、シャベルさんが目を覚まされました」
掛けられた声、それは診療所の女性職員のもの。
未だ覚めぬ意識を起こそうと腰のポーチに手を伸ばすが、そこにあるはずのものが見つからない。
「あっ、そうだった、蜂蜜スライムゼリーは使い切ってたんだった」
いまの怠い身体にはもってこいの食べ物だと思ったが、無いものはない。
取り敢えずマジックポーチの行方を捜し周辺を見回すシャベル。
「どうした、何か探し物かな?」
声をした方を向けば、それは初老の男性であった。
「ん?あぁ、君は診療所は初めての口かな?この城塞都市でここを利用していないとは珍しい、よほど慎重な討伐を行っていたと言う証拠だな、結構結構。
私はここの所長でタイムと言う。
君は現状を理解しているかな?」
タイムの問い掛けに頷きで返すシャベル。
「スタンピード制圧任務中に頭に衝撃を受け倒れました。
疲労で身体も限界を超えていた、いつ倒れてもおかしくない状況に止めを刺されたと言った所かと」
「ふむ、自身の状態をよく把握している様だな。結論から言えばその通りだ。幸い頭のケガは命に関わる程のものではなかった、当たりどころが良かったのだろうな。
だが如何せん溜まりに溜まった疲労が限界を超えていた。いくらポーションで傷を癒しても失った血や蓄積された疲労を回復させる事は出来ない。
特に今回はスタンピードの現場、精神疲労も余程であったんだろう。よく頑張ったと言って置こう。
費用はポーション代と診察代込みで銀貨十四枚になるがどうする?預入金から出しておくかい?」
「いえ、現金で支払います。それと腰に下げていたポーチを知りませんか?小銭が仕舞ってあるんですよ」
タイム所長の問い掛けに、肩を竦めおどけて返すシャベル。
「今持って来させよう」
簡単な診察を行い問題が無いと判断したタイム所長に礼を言い、支払いの為に受付ホールへと向かう。
そこは大勢の冒険者でごった返すも、皆大人しく診察の順番を待っているのであった。
「テルミンさん、支払いを行いたいんだがいいだろうか?」
シャベルの問い掛けに受付書類から顔を上げたテルミン。
「シャベル、アンタ無事だったのかい?運び込まれたと聞いた時はどうなるものかと思ったよ。
何にしても良かった。今はこんな様で手を空けられないが、落ち着いたら一度顔を出しとくれ、ケイティーも心配していたんだ」
テルミンの言葉に心配をお掛けしたと礼を述べるシャベル。
自身の心配をしてくれる人がいる、その事に心の中が温かくなる。
「それでこの後どうするんだい、街じゃ無事にスタンピードを押さえられたってお祭り騒ぎだがあんたは病み上がりなんだ、家で大人しくしてなきゃ駄目だからね?」
「ハハハ、分かってますよ。この後は従魔達の下に行きたいと思います。俺は気を失っていたんで一度冒険者ギルドで従魔達の事を聞いてから向かおうかと」
「あぁ、あの英雄さん達かい。それならまだ東門前にいるんじゃないかい?
聞いた話じゃ魔獣どもがやって来ない様に、凄い迫力でにらみを利かせてるらしいよ?」
シャベルはテルミンの言葉に、家族の無事が知れてほっと胸を撫で下ろす。
「ありがとうございます、早速行ってみます」
支払いを済ませたシャベルは、礼の言葉を残し診療所を後にする。
向かった先の東門で家族たちの蹂躙劇を聞かされ、「大丈夫なの!!無茶しないで~~!!」と言って皆に飛び付くのは、この後すぐの事であった。
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