第67話 訪れた災厄、立ち向かう者たち

「シャベルさん、絶好調ですね、これらの品は皆最高品質ですよ」

薬師ギルドの買取カウンターでポーションの査定を行うギルド職員は、調薬師の職業スキルを持たぬ職外調薬師でありながら安定して最高品質のポーションを納品するシャベルに賞賛の言葉を送る。


「ありがとうございます。ですが薬師ギルドとしては下手に最高品質のポーションを納品されるよりも良品質のポーションを納品してくれた方がいいのではありませんか?

いえ、これは冒険者としての経験なのですが、こちらが良かれと丁寧な仕事を心掛け依頼人の依頼内容以上の仕事をこなしても、それが必ずしも良い結果には繋がらないんですよ。

以前拠点にしていた街ではその事が切っ掛けで街の住民と冒険者との仲が拗れ掛けた事がありまして。

このポーションも品としてはいいのでしょう。ですがこのポーションを使った者は最高品質の物をポーションの最低基準にしてしまう。そうなればそれ以下の良品質の物にすら不満を持ってしまう。可のポーションに至っては文句を言いかねない。

それでは薬師ギルドに納品を行う調薬師は堪ったものではない、結果城塞都市ゲルバスの調薬師不足に拍車が掛かってしまう事になる。

かと言ってポーションはポーション、いくら最高品質であっても高額で売り付ける訳にはいきません。

結論からすれば良品質を安定的に納品する調薬師が一番求められているという事になるんです。


安心して下さい、今回の挑戦で私のポーション作りの腕もかなり上がりました。これからは安定して良品質のポーションを納められると思いますので」


そう言いにっこりと笑うシャベルに、何とも言えない複雑な表情になる買取カウンター職員。

薬師としての思いは最高品質のポーションを作り出すシャベルにもっと頑張って欲しいとも思う。だが薬師ギルド職員としてはシャベルの言う言葉は尤もであり、へたに最高品質のポーションを納品され続けてもその処分に困ると言うのは事実なのであった。


「それとこれは買取ではないんですが個人的に見ていただきたいものがありまして。これは偶然出来上がったもので最初は失敗したのかと思ったんですが、試しに傷を作って使用したところしっかりポーションとしての効能もあるんですよ。

味的にも悪くないので捨てずにとってあるんですが、確証がないんですよね。

私は調薬師スキルの<品質鑑定>が出来ないものですから」


そう言いシャベルが取り出したもの、それはポーション瓶に入った深緑色をした液体。


「分りました、それでは鑑定してみましょう。<品質“バタンッ”「大変だ、魔の森が溢れた、スタンピードだ!職員は急ぎ手順書に従い行動してくれ!」・・・!?」


スタンピード、それは魔物暴走と呼ばれる現象。ここ城塞都市では数年に一度の割合で起きる災害の様な物ではあるが、その事態が緊急性の高いものである事に変わりはない。


「すみませんシャベルさん、査定の途中ですが非常事態です。

緊急時の手順に従い薬師ギルドは非常事態態勢に移行します。

調薬師の皆さんはギルドの指示に従ってください。

あっ、シャベルさんは職外調薬師でしたね。そうなると後方支援という事で荷物の搬送の手伝いになりますが・・・」


「あぁ、すみません。私はこう見えて銀級冒険者でもあるんですよ。ですので冒険者ギルドからの招集で前線に赴かなければなりません。

ですので本日の買取は無かったという事で、これからどれだけ使うのか分かりませんから。

それとそのポーションは置いて行きますので、時間が出来たら鑑定してみてください。

その結果が気になって無事に戻って来れるかもしれませんので」

そう言いウインクを一つして薬師ギルドを後にするシャベル。


「ねぇちょっといい?シャベルさんが冒険者って知ってた?」

「えっ、あなた知らなかったの?シャベルさんって“蛇使い”って呼ばれる名の知れた冒険者よ?

なんでも巨大なスネーク系魔物を何体も従えた凄腕のテイマーなんですって。

毎回相当数の納品を行うソロ冒険者って事で、周りから一目置かれてるんですって」


「えっ、そうだったの!?」

「それだけじゃなくて城塞都市のごみ処理問題に取り組んだり、癒し草の畑を作ったりって、かなり精力的に活動されてるって話よ?こないだ副ギルド長から聞いたから確かよ。

なんでもシャベルさんの作った癒し草の畑を見学に行ったんですって、あまりに見事な癒し草に驚きで固まったって言ってたくらいだから」

買取カウンター職員は同僚の言葉に思わず呆然とする。シャベルはそうした素振りを一切見せない実直な調薬師といった人物であったからだ。

手元に残る深緑色をした液体の入ったポーション瓶。


“絶対無事に帰って来てくださいね”

買取カウンター職員はシャベルの無事を祈りつつ自らの戦いに身を投じるのであった。



“カンカンカンカンカンカンッ”

打ち鳴らされる鐘の音、それは城塞都市に迫る脅威を知らせる合図。


「状況はどうなっている、それと金級及び銀級上位の者を至急会議室に集めろ!」

冒険者ギルドゲルバス支部、冒険者の最前線と呼ばれる城塞都市において荒くれどもを押さえ統率するギルド長バラニム・タイニングは、起きるべくして起きた災害に対応する為、あらかじめ想定された行動指針に則りギルド職員に檄を飛ばす。


「ギルド長、現在城塞都市に残っている金級冒険者パーティーは仲間の治療と休養の為に活動を見合わせていた‟ドラゴンの咆哮”のみとなります。

その他各パーティーは深部で大物を食い止めているものと思われます。スタンピード発生を伝えてきた金級冒険者パーティー“草原の風”の斥候ミゲルによりますと、オーガキングが発生した可能性が非常に高いとのことです。最悪オーガキングとオークキングが共闘して攻めてくることも考えられると。

パーティーリーダーのソルト氏が以前そうした事例を経験したことがあるとのことでした」


職員の報告に苦虫を噛み潰した様な顔になるバラニム。


「チッ、楽はさせちゃくれないって奴か。いないものは仕方がない、いずれにしても会議室に集合だ。全体の指揮系統の確認を行う。

それと“蛇使い”がいるだろう、あいつも呼んでくれ。

あいつにはテイマー連中の指揮を任せようと思う。普段の狩りならいざ知らず、こうした緊急事態においてテイマーは少々使い勝手が難しい。ならば専門家に任せる方がいい。

蛇使いはテイマー連中の中で一番の稼ぎ頭だからな、文句を言う奴もいまい。

時間がない、直ぐに会議を始めるぞ」

「「「はっ、ギルド長」」」


走り出す職員。事態は刻一刻と最悪の方向へ移り変わって行くのであった。


「ワッハッハッハッハッ、ついに俺の出番かな?スタンピードなどこのケスガに任せていただければ直ぐにでも制圧して見せましょう」

「やかましいこの馬鹿!皆さんすみません、こいつ馬鹿なんです、気にしないでやってください」


「なんだワカーバ、俺様の格好良さに見惚れたか?

だがすまん、俺の胸元は女性専用なんだ」

「は~、なんだって俺はこんなバカの仲間になっちまったんだか。これで戦闘時は冷静なリーダーなんだから質が悪い。

ネオンとルーシーはケスガの言う事なら何でも正しいと思ってるし、本当勘弁してくれ」


「ではまず俺がリーダーとして挨拶を」

「大人しく座ってろ~!!」


「分かった、分かったから首を絞めるなワカーバ、意識が遠のく」

「お前ら静かにしろ!今から全体会議を行う!」


騒がしい会議室にギルド長バラニムの一喝が走る。


「知っての通りスタンピードが発生した。これはすでに数日前から予測されていた事態だからよっぽど呑気な奴以外覚悟していたと思う。

だがその規模が予測を大分上回る見込みだ。

現在深部の最前線で本隊の動きを抑えている金級冒険者パーティー“草原の風”のソルトによればオーガキングの発生が予測されるとの事だ。最悪オークキングと共闘している可能性すらあるとの事らしい。

その場合押し出されて来る各魔物の数が桁違いになる。お前らにはそれを殲滅し城塞都市を守ってもらう。

配置は東門を中心に扇状に展開、中心を金級冒険者パーティー“ドラゴンの咆哮”をリーダーとした部隊、南寄りを銀級冒険者パーティー“ワインの雫”を中心とした部隊、北側を“蛇使い”、お前に率いてもらう。

各パーティーの配置は職員が張り出すからそれに従え。

お前たちの使命は城塞都市を守る事だ、決して深追いはするなよ、生きて帰って来い!」


「「「「おう!!」」」」

賽は投げられた。城塞都市の冒険者によるスタンピード制圧作戦が、今始まろうとしていた。


「では作戦を説明する。この部隊はテイマーや採取に重きを置いた後衛職寄りの者たちを中心に集められていると聞いているが、その認識に間違いはないか?」

東門前の草原、それぞれ作戦行動範囲に移動した冒険者たちは自分たちのリーダーとなる人物から作戦行動について説明を受けていた。


「そうか、それじゃああまり攻撃力は強くないと想定して話を進める。

まず俺のテイム魔物、フォレストビッグワーム十体を担当範囲に等間隔に配置する。こいつらにはやって来た魔物に取り敢えず一撃を与えろと指示してある。

初撃を与えられた魔物の勢いはその時点でかなり削がれるはずだ、皆にはその魔物を倒してもらう。焦る必要はない、一体に対し必ず二人から三人で掛かる事、その方が結果的に効率よく獲物を仕留める事が出来る。

それと回収部隊は戦闘に参加しないとしても十分周囲に気を配る事、実は君たちが一番危険な役割を負っている事を自覚して欲しい。

回収部隊が戦場を整理することで戦闘部隊がより安全に効率的に戦う事が出来る。勝利の鍵は回収部隊に掛かっていると言ってもいい。

だから無理だけはするな、マジックバッグ一杯に回収しようなどと思わずある程度溜まったら後方の集積所に戻って欲しい。

繰り返すが今回の戦いは長期戦だ、功を焦るな、ケガをしたら声を出してすぐに後方に下がり治療を受けろ。その為の交代要員なんだからな、分かったか!!」

「「「了解しました、リーダー!!」」」


各部隊ではそれぞれのリーダーたちによる鼓舞が行われている。

魔の森から迫り来る魔獣の咆哮、戦いの時は刻一刻と迫って来ているのであった。


“ドガンッ、バゴンッ、ズドンッ”

フォレストビッグワームたちの巨体が縦横に振られ、草原を駆ける魔獣たちが後方へと弾き飛ばされる。


「飛んで来る獲物に気を付けろ。狙うのは頭部だ、しっかり息の根を止めろ。どんどん来るからな、気を抜くなよ」

「「「「はい、リーダー」」」」


“ガルルル”

テイマーに操られたグラスウルフが飛ばされてきたマッドモンキーの手足に噛み付きその身を固定する。


「フンッ!」

大きく棍棒を振るい獲物を仕留めるテイマー。

これまで戦闘はテイム魔物に行わせ自身は魔物の襲撃に備え防御一辺倒だった彼は、自身が戦闘に参加するなど思ってもみなかった。

そしてシャベルが示したこれまで考えた事もなかった戦闘スタイルに、唯々驚きの声を上げたのであった。


「アハハハ、まさか私達がスタンピードで役に立つ機会が来るなんてね。

今まで散々馬鹿にされて来たのが嘘みたい」

バトルホークに指示を飛ばしフォレストウルフの気を逸らしてから棍棒でとどめを刺したメアリーは、今こうして戦っている自身の姿が信じられないとばかりに声を弾ませる。


「まぁそれもこれも全体の壁役になって魔物の動きを弱らせてくれているシャベルのテイム魔物たちのお陰なんだけどな。

って言うかあのフォレストビッグワームたち強過ぎるだろう。

あれだけの魔物の群れを相手にして疲れた素振り一つ見せていやがらねえ」

自身を囮にし、フォレストウルフに指示を飛ばして止めを刺したクラックは、シャベルの言った“テイマーも共に戦う仲間である”と言う言葉の意味をかみしめる。


テイム魔物とはテイマーにとっての武器であり、替えの利く道具。クラックがこれまで持ち続けて来た価値観が大きく揺らぐ。

“テイム魔物とテイマーは仲間であり家族、共に戦うパーティーメンバーである”

シャベルの示した新しい価値観は、テイマーの戦いの幅を大きく広げ、より効率的に獲物を倒せる事を証明して見せた。


「俺、今度の戦いが終わったらギルドの武術教官に頼んで棍棒の使い方について習ってみるわ。シャベルの戦い振りを見ると、攻守共に応用範囲が広そうだからな」

「そうね、私も習おうかな。他に弓なんかもいいかも、あの子たちに気を引いてもらって弓で倒す、悪くない選択ね」


新たな戦闘スタイルの模索、城塞都市のテイマーたちはこのスタンピードを機に、確実に変わろうとしているのであった。

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