第66話 魔物との戦い、それは冒険者の義務

多くの冒険者が集まる城塞都市ゲルバス、そこは彼らの欲求を満たすかの様に多くの酒場も軒を連ね、日々賑わいを見せている。

そんな酒場はただ酒を飲み食を満たすだけの場所ではない、彼らにとっての社交の場、貴重な情報を集める為の情報源でもあるのだ。


「なぁ、聞いたか?金級冒険者の‟ドラゴンの咆哮”の連中が深部から逃げ帰ったって話」

「あぁ、何でもオーガとミノタウロスの挟み撃ちに遭ったって奴だろう?盾役のガンダロフと遊撃のミーシャが結構なケガをしたって言う」


冒険者にとって最新の情報を集める事は非常に重要である。

その物事を知っているかいないかで大きな利益に関わるだけでなく、自身の命すらも失いかねないからだ。


「そう言えば最近中部の獲物の動きも活発じゃないか?ウチらのパーティーなんかも普段よりもポーションの減りが早くなってる感じだ。

その分マジックバッグが一杯になるのも早いが、あれだけ気力体力の消耗が激しいと、一度城塞都市に持ち込んでもう一度とはならないな。

今はまだいいが、これってもしかしたら溢れるんじゃないのか?」

「「・・・」」


黙り込み互いにその可能性について考え込む彼ら。

ここは魔の森の奥深く、そんな場所で語られる‟溢れる”と言う言葉が何を意味するのか。

その重さを理解しない者など、この場には誰一人としていない。


「おいおい、大の男が雁首並べて何辛気臭い顔をしてるんだよ。

ここは酒場だぞ?陽気に飲み食いしないでどうするってんだよ。」


だが場の空気を読まない奴と言うものは何処にでもいる。そうした者は嫌われる事もあれば人々を鼓舞し、力を与える事もある。


「お前らもあれだろ、スタンピードがどうのって心配してる口だろう。

なに余計な事に頭を回してんだよ、ここは冒険者の最前線城塞都市だぞ?そんなもんしょっちゅうじゃないか。

大体他の都市ならいざ知らず、周囲を魔の森に囲まれたここで騒いでどうするって話だろうが。

スタンピード?上等じゃねえか。そんなもんこのケスガ様が吹き飛ばしてやるっての。

そうなったら俺もいよいよ金級冒険者の仲間入りって奴か?

金級冒険者ケスガ、女の子が放っておかないってか?

診療所のケイティーちゃんに冒険者ギルド受付のマリアンヌちゃん、モテる男は大変だな~」


ワッハッハと笑い男性冒険者の背中をバシバシ叩くケスガ。

そんな彼にこの場にいる者全員が「イヤイヤ、お前全然相手にされてないじゃん。こないだケイティーちゃんに腹パンでのされてたじゃん。マリアンヌちゃん完全に営業スマイルじゃん」と言うツッコミを入れるが、馬耳東風とばかりにこの男には響かない。


場に漂うどこか暗い雰囲気は何処へやら。いつもの騒がしさを取り戻した酒場には明るい笑い声が広がる。

冒険者とは戦う戦士、彼らはこうして憂さを晴らし気持ちを切り替え、明日の戦場に備えるのだ。



「どうですか?」

薬師ギルドの買取カウンター。そこでは一人の職外調薬師が自身の作ったポーションを持ち込み、査定を行っていた。


「<品質鑑定>、・・・シャベルさん、ついにやりましたね。

こちらのポーション、六本とも全て最高品質です」

「よっしゃ~~~!!」

薬師ギルド買取カウンターに響くシャベルの叫び。そんな行き成りの奇行にも関わらず、その場にはシャベルを祝福するように拍手が鳴り響く。

職外調薬師であるシャベルが最高品質のポーションを作り出す事がどれ程困難な事であるのか、その事は長年調薬に関わって来た者程よく理解出来る事であり、調薬師ギルド職員たちは皆シャベルの偉業とそこに至る努力に惜しみない称賛を送るのであった。


「フンフンフ~ン♪今日の夕食はミノタウロスの煮込み~、オークの窯焼きも付けちゃおう~♪

パンは柔らか麴パン~、サッと茹でた癒し草を添えたら、出~来上~が~り~♪」


薬師ギルドの帰り道、評判の食堂に立ち寄りミノタウロスの煮込み三人前を持ち込んだ鍋で購入、オークの窯焼きも塊で、パンは普段買う事の無い高級パン。

家に帰りテーブルに料理を並べるシャベルはこれまでにないほど上機嫌であった。


「う~ん、評判なだけあってミノタウロスの煮込みは絶品だね。

ちょっと値段的に躊躇してたけど、今日はお祝いだからいいよね。

天多と雫も食べて食べて♪」

今日はシャベルにとって記念すべき祝いの日、天多と雫ばかりでなく日向やフォレストビッグワームたちにもいつもより濃厚な魔力水と癒し草の束が振る舞われる程、今日のシャベルは上機嫌であった。


「やっぱり魔道竈を購入した事は正解だったよね。火の調整にそこまでの気を割かなくて良くなった分、鍋の状態に集中出来るようになったからね。パルムドール魔道具店のスコルビッチさんには感謝の言葉しかないよ~」


シャベルはこの城塞都市に来て多くの事を学んだ。冒険者として、薬師として、テイマーとして。

その中で知った自身のテイム魔物との交流とスキルチェックの重要性。家族を守る為に健康状態やスキルの有無を知ることがテイマーとしていかに重要であるのか。

そして改めて確認する事で知った家族のスキル、それは驚きの連続であった。


「光がポーションを作っちゃった時は、正直落ち込んだよな~。俺って一体何なんだろうって思ったもん。

光には悪い事をしたよな、アイツは何も悪くないって言うのに素直にお祝いしてあげる事も出来なくて。

全部俺の我が儘、俺が自分を守りたかったってだけなんだよな。

ポーション作製は俺にとってそれほど大きな精神的支えになってたんだろうな。

でも遂に最高品質のポーションを作る事が出来た。これでもう思い残す事はない、俺に出来る精一杯は達成された。

光の事も素直にお祝いしてあげる事も出来る、本当に良かった」


フォレストビッグワームの光るがスキルポーション生成でポーションを作って見せてから二月、畑作りと並行してのポーション作りは決して順調なものではなかった。


試行錯誤の繰り返しの中購入を決めた魔道竈、資金を貯め購入に漕ぎ着けるも、だからと言ってそう簡単にポーションの品質が上がる事はなかった。

調薬師の職業ではないシャベルは職業スキルである<品質鑑定>を行う事は出来ない。その色合い、その臭い、これまでの経験から出来の良し悪しを類推するしか方法のないシャベルにとって、毎回の作製が挑戦であり真剣勝負であった。

そんな中で辿り着いた答え、それは水魔法によるポーション原液の操作。魔道竈に掛けられた調薬鍋、その中身を水属性魔力を操作しゆっくりと対流させる事。

掛けられた水属性魔力の効果か、はたまたゆっくりとした対流の効果か、それともその両方か。

幾度かの失敗の末、遂に安定して最高品質のポーションを作り上げる事の出来たシャベル。その努力と結果は、シャベルを更に大きく成長させる事となったのであった。


「でもそんな俺の作った最高品質のポーションを飲んだ光が直ぐにスキルで同じ様なものを作った時は乾いた笑いしか出なかったけど、もうそれはどうしようもないよね。

そう言うものだって言う諦めもついたし」

それぞれの小皿に切り分けたオークの窯焼きを、ナイフとフォークで食べやすい大きさにして口に運ぶ。岩塩だけのシンプルな味わい、だがそのシンプルさが逆にオーク肉から溢れる肉汁の旨味を引き立てる。


「問題はあのポーションなんだよな。最初は失敗作だと思って光にあげたんだけど、あの喜び様は尋常じゃなかったし、試しに軽く傷を作ってその上から垂らしたら傷口が完全に塞がっちゃったんだよな。

って事は失敗作ではないんだけど、こんな濃い色のポーションって見た事ないんだよな」


それはほんの戯れだった。

ポーション作製時に毎回出る干しスライムの欠片のゴミ。灰汁取りに使うのだから当たり前なのだが、それを喜んで食べる光を見て‟これってそんなにおいしいのかな?”と思ってしまった。

鍋から上げた膨らんだスライムの欠片を一つ口に運ぶ。口腔全体に広がう青臭さと何とも言えないえぐみ、とてもではないが食べられたものではなかった。なかったのだが、身体がポカポカして何故か心地良さを感じる。これは一体何なのか?

鍋に入っているものは癒し草と魔力水、乾燥スライムは鍋の灰汁を吸い取り膨らんでいる。であるのならそこに含まれるのは魔力水?


癒し草は魔力豊富な土地であればあるほど元気に成長する。これは魔の森で暮らして来たシャベルの経験則。

であるのならこの灰汁取り済みのスライムの欠片をフォレストビッグワームの肥料と共に土に混ぜればより元気に成長するのでは?

畑作りに行き詰まっていたシャベルは、考え即検証の精神で庭先の土を耕し、そこにフォレストビッグワームの肥料とスライムのごみを混ぜ合わせて畝を作り癒し草を植えてみる事にした。

植え付けてから二週間、毎日濃厚な魔力水を散水していたとはいえ癒し草はとんでもなく元気に成長する事となった。

この癒し草ならもしかしたら最高品質のポーションを作れるかもしれない。シャベルは期待を込めてポーションを作り上げたのだが、出来上がったポーションはこれまでのどのポーションよりも色の濃い、緑色のやや透き通った液体であった。


「これってどうみても失敗作にしか見えないんだけど、味は確りポーションだし、変なえぐみも無いんだよな~。

でも見た目がな~。一応効果はあるみたいだし、個人的に使う?味も悪くないし。

それよりも今日はお祝いお祝い、天多と雫も十分味わってね。

オーク肉最高!!」


効果がさほど変わらないのなら味がいいに越した事はない。個人使いなら見た目が多少変でも問題はないだろう。

シャベルは庭先の癒し草は個人的に使うポーション作製用とし、薬師ギルドに卸す用のポーションは畑の癒し草を使おうと心に決めるのだった。



「これは発明じゃないだろうか」

最高品質ポーション作製記念のお祝いをした翌日、シャベルはその日一日をお休みとし、前からずっと心に残っていたとある実験を行う事とした。


「このプルンとした歯ごたえ、口腔に広がる優しい甘さ、身体中に巡る活力。俺、この料理だけで食べて行けるかもしれない」


それは乾燥スライムの欠片。あの青臭さとえぐみだらけでとてもじゃないが食べられたものではなかったスライムのごみ。

だが何故かポカポカとした心地よさが身体中に広がった。


‟だったらえぐみを無くせばいいんじゃないのか?”

シャベルの発想は単純だった。スライムの欠片はえぐみを吸い取る、要するに魔力水とそこに含まれる成分を吸い取る。

だったら魔力水に味を付けて同じ様に煮込めば美味しくなるのではないのか?

手持ちで美味しくなりそうな何か、その時思い出されたのがベイレンの街テール商会商会長ザルバドール・テール氏に貰ったフォレストビー蜂蜜の小瓶。

魔力多めの魔力水に蜂蜜を流し入れ、弱火でよく混ぜ溶かし切る。そこに乾燥スライムの欠片を入れ煮込むこと暫し、ぷっくりと膨らんだ乾燥スライムは採れたてのスライムの様。


スプーンで一つ掬い、口へと運ぶ。当然の様にえぐみは無くフォレストビー蜂蜜の優しい甘さが口いっぱいに広がる。柔らかい噛み応え、プルプルとした食感が心地よい。

そして身体中に巡る何とも言えぬ心地よさ。

旨い、その一言に尽きる味わい。


‟‟プルプルプルプル””

そんな感動に浸っているシャベルの側で、‟僕たちにも下さい!!”と言わんばかりにプルプルと震える天多と雫。


「・・・えっと、君たちスライム食べても大丈夫なの?共食いにならない?

・・・大丈夫なんだ、ならいいけど」

シャベルは何とも言えない罪悪感を感じつつ、小皿に蜂蜜スライムを載せ、それぞれに差し出すのであった。


‟‟!?ポヨンポヨンポヨンポヨンポヨンポヨン””

‟美味しい~~~!!”

大絶賛の天多と雫。ならばフォレストビッグワームたちや日向にもあげようと一階に下り皆を集めて振る舞うも、皆して賛辞の嵐。

そのご家族の要望もあり、蜂蜜の買い出しをさせられる羽目になったのだが、それも致し方のない事なのであった。

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