第65話 好奇心、それは人生を豊かにするスパイス

草食系魔物と呼ばれるものは、草を食べ木々の若葉を食む。

肉食系魔物と呼ばれるものはそんな草食系魔物を食べる。

彼らの出した排泄物は森や草原の各所にばら撒かれ、自然分解され野に帰る。木々や草花はそれらを肥料とし新たな芽を芽吹かせる。

最下層魔物と呼ばれるビッグワームやスライムは、この循環が滞りなく行われる手助けをする生き物と思われている。

彼らは基本なんでも食べる、魔物の亡骸だろうが糞だろうが。森が荒れず大地が腐敗しないのは、こうした最下層魔物の活動が活発に行われているからと言うのが定説となっている。


ビッグワームの排泄物は他の生き物が出すモノと違い、そのまま土地の栄養となる最高の肥料であると言われている。豊かな森には多くのビッグワームが棲むと言われる所以は、ビッグワームと森とが共栄関係にある証左とも言われている。


ではその点スライムはどうであろうか。彼らもまたビッグワーム同様に森に生き森の不要物を吸収分解する。

但し彼らは排泄物らしい排泄物を出す事がない。水辺で、森で、草原で、街の中で。

スライムはありとあらゆる場所に生息し周囲の不要物と思われる物を吸収分解し己のものとする。ではその取り込まれた物はどうなるのか?一説では大気中の魔力はスライムが排泄したものであるとか。

その真偽は分からないものの、これもスライムの神秘的な一面であると言えるのではないだろうか。


(「スライム使いの手記」 著者:ジニー・フォレストビー)


シャベルがクラック精肉店店主ヤコブ・クラックより城塞都市周辺での畑実験の許可が下りたとの伝言を受け、早いもので一月半の歳月が過ぎた。

始めの頃は中々上手く行かない事の連続であった。

畑の用地を耕す事、畑の体裁を作る事自体は十体のビッグワーム達の協力もあり直ぐに行う事が出来た。

場所は城塞都市周辺の草原の北側、余り冒険者が寄り付かず尚且つ日当たりの良い場所と言う事で、魔の森よりもやや離れた所に畑を作り上げたのである。


畑作りは土作り、シャベルは城塞都市のごみ処理の依頼を積極的に受け、それらをマジックバッグに詰め畑脇に持ち込み、ビッグワーム達の餌とした。

ビッグワーム達は交代制で畑用地に棲み付き、土を起こしてはその中に糞をばら撒き、順調に土作りを行って行った。


最初に植えたのはマメ科の植物。種が比較的容易に手に入ると言うのが理由であった。

だがこれは種を植えた翌日には全て荒らされてしまうと言う結果を迎える。

何処で見ていたのか、バード系魔物によって食べ散らかされてしまったのである。


魔の森の鳥は目敏めざとい。直接の種蒔きに不安を感じたシャベルは庭先で苗を作る事とし、畑には暫く癒し草を植えて様子見をする事とした。

この試みは思いのほか上手く行き、周辺の叢より移植した癒し草はすくすくと成長し大きな葉を茂らせる様になって行った。


だがこの大きく育った癒し草は、ある日無残に荒らされる事となった。ホーンラビットとマッドボアである。

雑食と呼ばれるこれらの魔物は癒し草を好んで食べる。大きく葉を茂らせた畑の癒し草は、彼らにとってご馳走以外の何物でもなかった。


この出来事により畑への魔物の侵入に対する対策が甘かったことを痛感したシャベルは、畑周辺に腰程の高さの魔法レンガによる塀を作る事を決意、日々レンガ作りと塀作りに勤しむ事となった。

これにはフォレストビッグワームたちが魔法レンガを作る事が出来ると言う特技を持つことが、大いに役に立つ事となった。


畑の周囲をレンガで覆う作業を開始して六日、一応の完成を見た畑に次に植えたもの、それは庭先で作っていた野菜の苗。

マメ科は勿論、果菜類や根菜類と言った様々な野菜の苗をプランターで作り持ち込んだシャベル。魔力豊富な土地柄とビッグワームの作った肥料を混ぜた土、シャベルの魔力豊富な水の供給により力強く成長した苗たちの姿は、この土地での野菜作りの成功を確信するに余りあるものであった。


植え付けから二十日、大きく育った野菜たち。果菜類は実を揺らし、根菜は畝に頭を見せる。

魔の森の深くにある城塞都市、その豊富な魔力は植物の成長を助け、多くの幸を齎す。シャベルの考えが実証されると思われた、そんな矢先であった。


無残に荒らされた畑、引き抜かれ食べ散らかされた野菜たち。

そして畑の周りの塀沿いに転がるマッドモンキーの死骸。

前回ホーンラビット達に畑を荒らされた反省を受け、二体ずつ、フォレストビッグワームたちに交代制で見張りを頼んでいたシャベル。

その予感は見事的中、最初の収穫がそろそろ行えそうと言うタイミングでの襲撃となったのである。

多勢に無勢、畑を守り切れなかったと落ち込む土と風の身体をよくやってくれたと撫でるシャベル。

これは自らの失態、魔の森の魔物たちを甘く見ていた事の結果。


魔の森での作物栽培の可能性、その片鱗は垣間見ることが出来た。だがそこに必要なのは押し寄せる魔物に対する備え。

城塞都市がなぜあれ程高い街壁に覆われてるのか、周囲の森を切り開き草原地帯を作り上げ、定期的に魔法使いによる除草作業を行うのは何故なのか。

現在の畑の惨状は、その理由を明確に表す結果、ただそれだけであったのだ。


シャベルは再び畑を耕し直し、周辺の叢から癒し草を集め植え直しを行った。畑にはビッグワームの肥料を混ぜ、追肥として周囲に肥料を混ぜた土を撒いた。

畑の周りの塀も改良を行った。マッドボアの突進を受けても壊れない様に厚みを半メート程にし、周囲に掘を掘ってホーンラビットの対策とした。

天多に頼み堀から三メート程の幅で叢を食べ尽くして貰い、冒険者が落ちてケガをしない様にと対策も行った。


畑作りを始めて一月半、目の前には大きな葉を揺らす癒し草たち。

“クネクネクネクネ”

フォレストビッグワームの秋が掘の脇で身体を揺らす。見ればそこには堀に落ちたホーンラビットの姿。

棍棒を振るい頭部に一撃、絶命した獲物を回収しマジックバッグに入れる。


「以上が畑の栽培実験の詳細となります。畑で採れた癒し草で作ったポーションは薬師ギルドに持ち込み鑑定を行って貰いましたが、いずれも良品質の品であったとの鑑定結果を頂きました。

こちらが薬師ギルドの鑑定書とポーションになります。

ヤコブさんから畑実験の許可が下りたとの知らせを頂いて二月、漸く報告らしい報告を来なう事が出来ました。


いや~、しかし魔の森は流石に厳しいですね。野菜の栽培にはちょっと。

これは城塞都市と言う土地柄が大きく関係しているのでしょうが、あれ程魔物の襲撃に遭う様では野菜を育てるなんて不可能でしょう。

それこそ街壁の中の空いた土地に畑を作る方が現実的です。それくらいの備えが無ければ作物の栽培など夢のまた夢でしょう。


ですが癒し草は違う。元々その辺に生えている草です、要は群生地を作ったに過ぎない。

その様なものは一部の魔物を除いて興味を示さない。

必要なのはホーンラビットとマッドボアに対する備え、その対策としては周囲を厚みのある塀で覆い、堀を掘る事。

大規模に行おうとすれば時間と労力が掛かりますが、小規模であれば管理もし易い。

そしてこの試みはゴミ対策で生まれる廃棄物、ビッグワームたちが出す排泄物の有効利用にも繋がります。


集まる魔物がホーンラビットやビッグボアであれば、この城塞都市の冒険者にとっては美味しい獲物です。喜んで狩り取ってくれるでしょう。

であるのなら街壁の南側に塀で囲いを作り、そこで栽培を行う事も可能では?その辺であれば比較的危険も少ない上に街壁からロープを垂らして荷物の出し入れも可能でしょう。

そこまでしなくても冒険者の護衛も容易に見つかるはずですし。


ここから先は一介の冒険者が考える事ではありませんね、その資料はお渡ししますので畑実験の許可をくださった方々にお渡しください」


クラック精肉店店主ヤコブ・クラックは手元の資料を食い入る様に見詰め、その内容に息を飲む。

切っ掛けは目の前の青年のちょっとした思い付き。

“刈っても刈っても伸びる叢、であるのなら野菜を植えたらよく育つのでは?”

そんな思い付いても鼻で笑って忘れてしまう様な試み。

ここは城塞都市、深い魔の森に囲まれ常に魔物の脅威に晒される様な場所。そんな危険地帯で畑作り?

酔狂にも程があると一笑に付しそうになるそんな提案。だが続けられた言葉がその思いを留める事となる。


「癒し草の畑を作りたい・・・ですか?」

癒し草の栽培、それはこれまで多くの国やギルドが試み旨く行く事の無かった一大事業。それがもしこの城塞都市ゲルバスで行われるとしたら。


「なに、失敗してもすぐに元の叢に戻るだけですし、何か特別な事をすると言う訳でもない。

普段魔法使いの方が行っている草刈と何ら変わりません」

そんなシャベルの言葉がヤコブの心を軽くし、ただの実験であると言う事で監督官からの許可を取り付けるに至った。


そして齎された実験結果、シャベルがこの二月色々と動いている事は知っていた。だがそれでもこれまで程頻繁ではないものの獲物の搬入は行っていたし、薬師ギルドへのポーション納品も行っていたと聞いている。

そんな状況にも関わらずこれ程詳細な実験結果を齎したシャベルに、ヤコブは唯々驚愕するのであった。


「シャベルさん、これは凄い事ですよ?この城塞都市に新たな産業を作る切っ掛けを作った。しかもそれは城塞都市のごみ処理問題の対策にもなっている。

これ程の業績をこの短期間に上げて、私達はシャベルさんに一体どうやって恩を返せばいいのか・・・」

話しながらも言葉の詰まるヤコブ。それ程までにシャベルの功績は大きなものであったのだから。

だがシャベルはそんなヤコブに首を振り言葉を返す。


「いえいえ、これは前にもお話ししましたが私の話はあくまで提案です。その提案をどう生かすのか、土地に合わせ工夫し更に使い勝手の良い物に変えて行く。

それは全てこの城塞都市の人々の問題。

私は必ず上手く行くと言って商談を持ちかけているのではないし、名誉を求めている訳でもない。

ただこう言った方法もありますと示しただけ。

そこから更なる問題点を洗い出し街の環境整備や事業に発展させる事のどれ程困難な事か。

仮にこの提案を形に出来たとしたのなら、それはその状態にまで持って行ったこの城塞都市の人々の功績だと思うのです。


もう一度言います。ここから先は一介の冒険者が考える様な事ではありません。

皆さんが何らかの成功を掴み、その事が耳に入ったのなら、こっそりと祝杯を上げさせてもらいますよ」


シャベルはそう言い悪戯そうな笑みを浮かべると、クラック精肉店を後にするのであった。


城塞都市内の自宅に戻ったシャベルは、一階の広間に家族を集め彼らの働きを労うのだった。


「皆お疲れ様。この二月よく頑張ってくれました。お陰様で癒し草を定期的に収穫出来る目処が立ちました。

皆にも沢山癒し草を食べさせてあげれる様になったからね。

今日はそのお祝いです。マジックバッグに収穫してきた癒し草をみんなで食べたいと思います」


‟‟‟クネクネクネクネ♪”””

‟ポヨンポヨンポヨンポヨンポヨンポヨン♪”

‟ヒヒ~ン、ブルルルルル♪”

‟プルプルプルプルプルプル♪”


家族たちから寄せられる喜びの感情に、自然顔のほころぶシャベル。

‟畑の癒し草はかなり成長が早かったからな。ちゃんと追肥を行えば二週間で収穫出来そうだし、これからはたまにこうしてみんなの労を労ってもいいかもね”


癒し草栽培実験の成功、それにより齎された家族の喜ぶ姿に、これまでの苦労が報われたと笑顔になるシャベルなのであった。

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