第64話 人の出会い、人の想い、それはとても難しい

「話を聞いているのか?今すぐその懐の金を彼女に返しとっとと診療所から出て行け。

ここは俺たち冒険者の命を救ってくれる神聖な場所、彼女は俺たち冒険者の為に懸命に働く天使。

そんな素晴らしい女性から金を毟り取ろうだなんて、一体何を考えてるんだ。この恥知らずが!」


ざわつく受付ホール、ひそひそと噂する冒険者たち。


「待ってください、あなたは一体何なんですか!シャベルさんは私の「君は騙されているんだ!君のような素晴らしい女性がこんな薄汚い男と。大丈夫、今すぐ俺が救い出してあげるから」


全く人の話を聞こうともしない勘違い男に、成す術なく黙らさせられるケイティー。


「すまん、この診療所にあの手の症状を治療出来る治癒術師はいないか?」

「う~ん、難しいね。昔から馬鹿は死んでも治らないっていうしね。あの感じからするとこの男は勇者病かもしれないね、あの妄言と妙な自信、<極み>と呼ばれる症状かもしれないね~。

そうなったらしつこいよ~、ここは関わり合いにならないに限るんじゃないかい?」


女性職員からの助言、それは的を得るものであった。

もし仮にこの場でシャベルが冷静に話をしようと言って説明をしたところでこの男の耳には全てが戯言と聞こえるだろう。

逆に喧嘩を売ってるとして模擬戦に持ち込み勝利を収めたとしても、それを切っ掛けにしつこく粘着し、最終的に命の取り合いになるは必定。この男の中でそれは正義の行いであり自身が間違っているなどと言う思考は不可能なのであった。


「女性職員さん、名前を伺っても?」

「ん?私かい?テルミンって言うんだが名のって無かったかい?」


「テルミンさん、すまないが届け物をお願い出来ないだろうか?場所はクラック精肉店、店舗裏の買取カウンターにシャベルに頼まれたと言って届けてもらえれば分かるはずだ。

手間賃はポーション一本でどうかな?

俺としては怪我無く済めばそれでも安いと思うんだが」

シャベルの言葉に大きくため息を吐きながら「それが無難かもしれないね」と言って了承の意を示すテルミン。


シャベルは腰のマジックポーチからポーションを取り出すと「騒がせて悪かった」と言ってテルミンに手渡し、懐から銀貨の入った革袋を取り出すとそれをケイティーに手渡しウインクを一つするのだった。


「なんかすまなかったな、こんな事になるとは思わなかったんだ。いい先輩に恵まれ周りの優しい冒険者に見守られて、ケイティーはもう大丈夫な様だな。

なぁアンタ、アンタの言った通りだよ。

ここは冒険者の命を救う場、そして傷ついた冒険者の希望。

俺の様な元気な者がいつまでも居座っていい場所じゃなかったな。

アンタもどこか怪我をしたからここにいるんだろう?

それはさぞ大変な冒険だったんだろうな、でもこの診療所で身体を治しまた魔物に挑もうとしている、アンタはすげえな。

俺は行くよ、ケイティーはこの場の皆が見守ってくれている。

そうだろう、皆!」


「「おう」」

ノリのいい冒険者がシャベルの呼び掛けに応える。


「ケイティーはこの通り性格もいいし器量もいい。勘違い野郎が俺が守ってやるとか言って粘着するかもしれない。

そんな時守ってやってくれよな!」

「「「「おう、任せとけ!!」」」」


シャベルの言葉に状況を理解した冒険者たちが満面の笑みで返事をする。

そんな状況にあって未だよく分かっていない様子の男性冒険者。


「じゃあな、英雄。仲間を大事にして、守ってやれよ。

それが出来るのは俺みたいなはみ出し者じゃない、お前みたいなリーダーなんだからよ」

そう言い男性冒険者の肩をポンと叩き診療所を後にするシャベル。その背後では俺はいい事をしたとして胸を張る男性冒険者と、シャベルの皮肉に笑い出しそうになるのを必死に我慢し、肩を震わせる観客だけが残されるのであった。



「皆さん、本日はお忙しい所をお集まりいただきましてありがとうございます。

この城塞都市においてごみ処理の問題がどれほど深刻であるのか、それは私から改めて述べるまでもないでしょう。

周囲を深い魔の森に囲まれるこの場所は周辺にごみを捨てに行くだけでも命懸けであり、他の都市の様に街より離れた場所に集積場を造る事など実質的に不可能と言ってもいいでしょう。

かと言って冒険者に頼むにも彼らが積極的にごみ処理に協力することも考え難い。

彼らはこう考えるはずです、“ごみ捨てに行って死にそうになったなんて恥ずかしい事を言えるはずがない”と。

かと言って街壁周辺にごみを捨てて魔物を引き寄せる訳にもいかない、それではいつ街が危険に晒されるのか分かったものではない。


これから行いますのはあくまで一つの提案です。

まずはビッグワームとスライムによるごみ処理は可能であるのかと言った点をご覧いただきたい」


そこは城塞都市内にある小さな広場であった。集まった者は城塞都市内の小商会を取り仕切る者、各ギルドを取り仕切る者、都市の管理を行う監督官配下の者。

彼ら皆一様にシャベルの従魔であるフォレストビッグワームたちの威容に目を見開く。“これがビッグワーム?どう見ても別物の魔物だろう”と。

十体のビッグワームたちは、シャベルの合図に一斉に用意されたごみの山に顔を突っ込む。それらは各店舗から出る食品廃棄物であり、日々止める事の出来ない城塞都市のもう一つの顔。

人が集まれば産業が生まれる。人々の営みは様々な商品を生み出し、それと比例するかの様に不要物を生み出す。

それは日々集積され状態を悪化させ臭いを発生させる。それは腐敗臭であり逃れようのない状態変化。中には貴重なマジックバッグをごみで一杯にしてしまっていると言う商会主もいる程に、城塞都市におけるごみ処理問題は深刻なものであった。


“これは中々の酸味と苦み、熟成された年代物と見た!”

“わ~い、新鮮なご飯だ~。食堂からの余り物だから複雑な味が絡まってとっても美味!食べ放題最高♪”


スキル悪食を持つフォレストビッグワームたちの食の祭典、その光景を背後で待ち受けるのは既に分裂を終えた何十匹ものスライムの群れ。


街の運営に関わる者たちはその光景に唯々唖然とし、みるみる内に消えて行くごみの山に言葉を失う。


「フォレストビッグワームたち、交代をお願いします。

スライムの皆さん、残り滓の除去をお願いします」


シャベルの言葉にウゾウゾとその場を退くフォレストビッグワームたち、代わりに現れたのはモゾモゾと移動するスライムの集団。

彼らはみるみる間に広場を覆い尽くし、その場にあるごみの残りを吸収していく。

待つこと暫し、その場には臭いもなくキレイに片付けられた土の地面が広がっているだけなのであった。


「はい、以上の様にビッグワームとスライムによるごみ処理は理論上可能であるという事がお分かりいただけたかと思います。

ですがこれはあくまで訓練され進化を遂げたテイム魔物によるごみ処理であって、通常の個体がこの領域に達するには長い年月を要すると思われます。

では最後に通常の個体が先程のごみ処理を行った場合、一体どうなるのかをご覧いただきたいと思います」


シャベルがそう言い合図を送る。すると盥桶に食品廃棄物の詰められたものが広場中央に運ばれて来る。

次に運ばれて来たものは水桶、それをひっくり返すと何匹かのビッグワームが盥桶のごみの山に落とされる。


待つこと暫し、未だにムシャムシャとごみの山にとりつくビッグワームたち。ある程度量は減ったのだろう、だが先程の衝撃的な光景を目の前にした後では、その違いが些事にしか感じられない。

次にシャベルは別の水桶を運び込み、ごみ山のビッグワームたちを一体一体空の水桶に移してから、中身をごみ山に流し掛ける。

それは数匹のスライム、スライムたちはプルプルと震えながら、ごみ山の表面に身体を伸ばす。

何か半透明なものに包まれたごみ山、そこに確たる変化を窺い知ることは難しい。


「ご覧いただいて分かる様に、通常のごみ処理はかなりの時間を要する作業となります。出来れば少量ずつ、それこそ木箱の様な物を用意しその中でのごみ処理を行う事を推奨いたします。

この街に住む住民一人一人が協力し合ってごみ問題に取り組めば必ずやこの問題は解決するでしょう。

ですが現実はそうそう上手くは行かない、集積し処分するのがせいぜいでしょう。


これは私見となりますが、ビッグワームの成長はその環境と食事により変わるものと思われます。

魔の森の奥に存在する城塞都市は通常の街に比べ魔力が濃いはず、そうした場所で安全に豊富な餌を食べたビッグワームは、短期間で大きく成長する可能性があります。

そうした場合、初めに見たフォレストビッグワームの様に多くの餌を食べる魔物に成長する可能性があると思われます。


繰り返しになりますがこれはあくまで提案の一つです。

一つの方法論としてお考えいただければ幸いです」


シャベルの言葉に考え込む街の重鎮たち、ここから先は彼らの仕事であり、更なる方策を見出せるか否かは彼ら次第。

シャベルは城塞都市のごみ問題がより良い方向に進むことを祈りつつ、その場を後にするのであった。


「シャベルさん、いらっしゃい。診療所のテルミンさんから革袋を預かってるよ。

それと伝言で、“あれからも馬鹿が自慢げにケイティーに絡みに行っては撃沈していて笑える。はっきり駄目出しされてるのにそれに気が付かないあの男はいっそ哀れですらある。

他の冒険者たちが協力して守ってるから安心してくれ”だってさ。

なんか診療所に行くと馬鹿の一人演劇が見れるって噂になってるらしいよ?

あとヤコブさんから畑の許可が下りたって伝えて欲しいって言われてる。街壁直ぐはダメだけど森の手前ぐらいだったらいいって事らしいよ?」


クラック精肉店の買取カウンターに買取に訪れたシャベルは、いつもの男性店員に声を掛け買取をお願いしていた。

中型マジックバッグを手に入れた事で解体所に持ち込む魔物の量を気にしなくてもよくなったシャベルではあったが、バッグに収納した分は解体所へ、天多が収納した分は買取カウンターへと言った棲み分けをすることで、クラック精肉店との関係を維持し続ける事にしたのである。

男性店員も慣れたもので、シャベルが来た際は裏庭が覗けない様に扉を閉め、天多の事が外部に漏れないように気を使ってくれているのであった。


「いつもすみません。こちらの革袋は確かに受け取りました。

それと畑の件ですが、ある程度結果が出次第お知らせしますとお伝えください。

あまり期待させて失敗でしたでは目も当てられませんので」


そう言い頭をポリポリ掻くシャベルに、「あまり無理しないでくださいね、シャベルさんはすでに十分街の為にお役に立ってるんですから」と言葉を向ける男性店員。

そんな彼の言葉に、どこか心の温かくなるシャベルなのであった。


「なぁ天多、ここはいい街だな」

クラック精肉店の帰り道、簡単な買い物を大通り沿いの店で済ませ家路に就くシャベル。

城塞都市のごみ問題は未だ話し合いが行われているものの、実験的に二か所のごみ処理施設が作られる事となった。

そこは三方をレンガで覆い、ごみを集め処理すると言った方法を取るらしい。これは農家で行われているたい肥の作り方を参考にしており、たい肥所と呼ばれる場所がこうした造りになっているとの話であった。その際使われるビッグワームとスライムの収集にはシャベルも協力する事となっている。


時刻は夕刻、季節はすっかり春となり、夕日に照らされる街並みをこうしてそぞろ歩くのもどこか心が弾む。


「シャベルさん?シャベルさんじゃないですか」

不意に掛けられた声にそちらを向けば、手持ちバッグに食材を詰めたケイティーの姿。


「やぁケイティー、買い物帰りかい?」

「はい、シャベルさんもですか?」


「あぁ、少し足りないものがあってね。それと野菜の種になりそうなものがないかとね。今度実験的に畑を作る事になってね、それでいろいろと買い出しをね」

夕暮れの中家路へ急ぐ人の流れ。そんな街並みを何気ない日常について語り合うシャベルとケイティー。


「貴様、まだケイティーさんに付き纏っていたのか!

ケイティーさん、この俺が来たからにはもう大丈夫ですよ?

貴様は今すぐ彼女から離れろ!!」


大きな声が穏やかな大通りに響く。

それはいつぞやの勘違い男性冒険者。

シャベルはその声に盛大な溜息を吐き、ケイティーは感情を失った様な冷め切った目を向ける。


「すみませんシャベルさん、少しこの荷物を持っていてくれませんか?」

「あぁ、構わないが。・・・大丈夫か?」

ケイティーはシャベルの言葉ににっこりと微笑みで答えると、スタスタと男性冒険者の元に向かい、「ケイティーさん、アナタのケスガがお守り“ドゴンッ、ドザッ”」


「お待たせしました、それでテルミンさんなんですが実はぬいぐるみを集める趣味があるそうでして・・・」


日が沈み、夜の帳が落ちる。

心優しい街の住民により通りの端に寄せられた男性冒険者、ここは冒険者の最前線城塞都市、多くの冒険者が命を懸け戦いに挑む、そんな場所。

城塞都市での日常、そんな一幕に秘かに戦慄するシャベルなのであった。

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