第63話 一月の成果、それはけじめ

多くの馬車や冒険者たちが行き交う活気溢れる街の大通り、普段は数体の従魔と共に歩くその場所を、両肩に小振りのスライムを乗せて進む青年。

目指す建物は魔法レンガにより重厚に造られ、大きな板ガラスの嵌められたこの街でも屈指の魔道具店。そのような場所に大型の従魔を連れての来店ははばかられると言うもの。

シャベルはその立派な外観の店舗の前に到着すると、店前の警備に軽く会釈をし扉を開ける。


「いらっしゃいませ、シャベル様。ご活躍のお噂は方々から聞き及んでおります。

ささ、どうぞこちらへ」

出迎えてくれたのはここパルムドール魔道具店の店主スコルビッチ・パルムドール。パリッとしたチョッキ姿のスコルビッチは、職人としても経営者としても一流と言った風格を漂わせる。


「お久しぶりです、スコルビッチさん。中々顔を見せる事が出来ず申し訳ありません。今日は以前よりお約束していたマジックバッグの件についてお話がありまして、お伺いさせていただきました」

シャベルの言葉に「ここではなんですから」と奥の商談室へと案内するスコルビッチ。店の者に言い飲み物を用意させると、「まずはどうぞ」と言って喉を潤す様に勧める。


「ありがとうございます。ほう、これは中々すっきりとした味わい。爽やかな風味が広がりますね」

「ハハハ、実は妻がハーブティー作りに嵌まっていましてね?

これはカモネールとミントのブレンドティーになります。このさっぱりとした味わいが気分を落ち着けてくれる様な気がするんですよ。

それでマジックバッグの件でお話があるとの事でしたが」


「はい、少々失礼します」

スコルビッチの言葉にシャベルは両肩に乗る小型のスライムをテーブルに置き、背中のカバンを降ろすと中から革袋を取り出してテーブルに置くのだった。


“ズシャ”

テーブルに当たった革袋から聞こえる重量感のある響き、それは中身の多さを容易に想像させるもの。


「これは・・・」

戸惑い気味に呟くスコルビッチ。その中身は言われなくても分かる、シャベルの来店理由も中型マジックバッグの支払いに関する事であろうことは容易に想像出来る事。

だが早い、あまりにも早過ぎる。

シャベルがパルムドール魔道具店で貸し出した小型でも容量が比較的大きいマジックバッグを使い、数多くの魔物を納品していることは、この狭い街では直ぐに噂になった。

“蛇使いシャベル”、数体のスネーク系魔物を引き連れたシャベルの威容は、その成果と共にあっという間に城塞都市中の冒険者に知れ渡ったのであった。


店主であるスコルビッチは当初シャベルがこれ程の実力の持ち主であるとは思ってはいなかった。ただその実直な姿勢と慎重な思考、そしてこの城塞都市に来る前に既に金貨二十枚の予算を用意出来る計画性に、支払い能力の高さと将来性を感じ、長い付き合いになるだろうと踏んで今回の取引を持ち掛けたのであった。

スコルビッチの目算では早くて四か月、遅くとも五か月以内に完済するだろうと読んでいたのだが・・・。


「はい、長いことお待たせしてしまい申し訳ありませんでした。今日はお約束の中型マジックバッグの代金、金貨五十枚の支払い目処が付きましたのでお伺いさせていただきました。

こちらの袋には現在借りている小型マジックバッグの保証金金貨二十枚を差し引いた金貨三十枚が入っています」

そう言い中身を取り出して五枚ずつの山にしていくシャベル。

「どうぞお確かめください」との声に自分でも数を数え、「確かに」と返事をするスコルビッチ。


「いやしかし驚きました、シャベル様がお支払いを終えるのはもう少し先になると思っていたものですから。

何か動揺してしまい申し訳ありません」

そう言い頭を下げるスコルビッチに、イエイエと手を振りこうべを上げるように促すシャベル。


「ハハハ、スコルビッチさんがそう思われるのは致し方ありません。私が魔物解体所に納品出来る魔物の量は普通に考えればこの小型マジックバッグの容量分のみ、しかも大概の場合マジックバッグの中に様々な道具類を仕舞い込み、万全の態勢で魔の森に挑む為その収納量は限られる。

その点私はテイマーです、必要な道具もパーティーで活動する冒険者に比べ遥かに少ない。戦闘の大半は従魔任せですしね。

お陰でマジックバッグの容量一杯に獲物を持ち込む事が出来た、これが一つ。

それとこれは内密にして頂きたいのですが、私の従魔にはマジックバッグと似たようなスキルを持つものがいるんですよ。ですので実際に狩った獲物はもう少し多いんです。

そちらの獲物は秘かにクラック精肉店で買い取っていただいていたんですよ」


そう言いニコリと悪戯そうな笑みを浮かべるシャベルに、口が空いたまま塞がらなくなるスコルビッチ。

マジックバッグと同じようなスキルを有する魔物?そんなもの見た事も聞いた事もない。

だが実際に目の前のシャベル氏は自身の想像を遥かに上回る早さで支払いを済ませようとしている、それはシャベル氏の発言が真実であることの証左。


「ハハハ、信じられませんよね?私も初めはそんな魔物がいるだなんて信じられませんでしたから。

ですが実際にはいるんです。皆さんが知ってる魔物ですと、シャドーウルフなんかがそうしたたぐいでしょうか。

これは冒険者ギルドにある魔物図鑑に載っている魔物なんですが、シャドーウルフは影に潜み突然襲い掛かって来る大変危険なウルフ系魔物だとか。この影に潜むと言うのは物陰に隠れると言った意味ではなく、文字通り影の中に潜り込む魔物なんだとか。

また狩った獲物を影に引き摺り込む習性があると言う記述もありました。でもこれって要はマジックバッグですよね?

その影の中がどうなっているのかは分かりませんが、影空間とでも呼ぶべき場所が存在する。そしてそこに物を仕舞う。

他にも明らかにその体形に見合わない量の食事をする魔物も存在する。そうした魔物に食べられた物はどこに消えてしまうんでしょうか?

要はそう言う事です。


これはあくまで私見となりますが、魔物のスキルによる収納はマジックバッグの下位互換ではないかと思われます。

マジックバッグには時間停止機能付きの物や大型倉庫が丸々入る程のものもあるとか、流石にそんな量の保存を必要とする様な魔物はいないでしょうし、時間停止をさせる様な事が出来る魔物がいたら大変ですからね?」


そう言い顔を引き攣らせるシャベルに、確かにそんな魔物がいたらシャレにならないだろうと乾いた笑みを浮かべるスコルビッチ。


「話は逸れましたが、この支払はそうした経緯もあってお持ちする事が出来たものだったんです。

それとこれはご相談になるのですが、スコルビッチさんは魔道竈と言う魔道具をご存じでしょうか?

ご存じかと思いますが、私はテイマー冒険者ですが薬師ギルド所属の職外調薬師でもあります。この職外調薬師と言うものはスキルに拠らず技術によりポーションを作製する者になります。

これは十数年前に隣国オーランド王国にて調薬師ミランダ氏により発表されたポーション作成レシピに端を発しており、これにより薬師ギルドの門戸が職業スキルに関わらず開かれたと言われています。

これまで調薬師がいない地域において、調薬スキルを必要としない生活薬と呼ばれるものの調薬を行ってきた所謂“見習い薬師”と呼ばれる人達にも、薬師ギルドの正規会員になる機会が与えられる様になったのです。


ただこのポーションの作製は火力の管理が非常に難しい、通常の竈での微調整は大変神経を使う作業となるんです。

大きな都市の調薬工房には魔道竈と言うものがあり、一定の火力での調薬が可能だとか。ですので是非そうした物があれば手に入れたいと常々思っていたんです」


シャベルの言葉、それは調薬師としての心からの願い、より精密な火力の調整が出来ればより高品質なポーションを作り出せるのではないか?

これはシャベルなりの挑戦であり、魔道竈の購入はその為の第一歩。


「ふむ、魔道竈ですか。それでしたら当店でも取り扱っておりますが、通常の魔道竈は使用するために魔石を燃料としています。

この魔石と言うものはダンジョンの魔物を倒した際に現れるドロップアイテムと呼ばれるもので、王都や大きな都市部では非常に良く出回っている鉱物資源となります。

ですがシャベル様は冒険者、一所ひとところに住まわれるのでしたら別ですが、移動しながらとなりますと魔石の補充が困難になる場合があるやもしれません。

おい、ちょっとあの魔道竈を持ってきてくれ」

スコルビッチの言葉に急ぎ部屋を出る店員、暫くの後店員が運んで来たのは、両手で抱えるくらいの大きさの長方形の箱の様な物。


「これは簡易式魔道竈と呼ばれるものです。元々は旅の商隊向けに開発された商品でして、そこそこの大きさはありますがマジックバッグの容量を圧迫する程のものではない為、発売当初はかなりの人気商品となったものです。

旅の商隊用という事もあり魔力補充方式を採用、この丸い水晶球に手を触れる事で魔力補充を行って使用すると言うものでした。

これは鍛冶工房などで使われる鍛冶炉の仕組みを応用したものとなります。

金額も抑えめの金貨二十枚、中々の商品であったと自負していたのですが、こうした物は直ぐに真似をされてしまうと申しますか、この商品を真似て作られた簡易式魔道竈が発売されるや全ての人気をそちらに持って行かれてしまいまして。


そちらは魔石方式を採用する事により製造費用を抑え、低価格での販売を実現。金貨七枚で売り出されたそれは、現在簡易式竈の主流とも言われる様になっているんです。

お客様の要望を叶え値段も抑えたその商品に、私どもは完敗した訳です。

こちらは現在値段を下げ、金貨十二枚で販売させていただいております。

シャベル様が魔石方式の方がいいと仰るのでしたらそちらもご用意できますが「いえ、こちらの品でお願いします」

・・・本当によろしいのですか?私から紹介しておいてなんですが、魔石方式でしたら金貨五枚からご用意出来ますが?」


スコルビッチは自身の言葉に即決で購入を決めるシャベルに、戸惑いを覚える。確かに魔力補充方式の簡易魔道竈はどこに出しても恥ずかしくない商品である。ではあるもののその使用感が魔石方式とどれほど違うのかと聞かれれば、大差ないと答える事しか出来ない程度のものである。

思い入れもあり処分も出来ない商品ではあったものの、何か不良在庫を押し付けてしまっているのではないかと言う罪悪感を感じるスコルビッチ。


「スコルビッチさん、そんなお顔はなさらないでください。

要は考え方なのですよ。

私は基本旅の多い冒険者、そんな身では常に魔石の購入を求められる様な商品は少々都合が悪い。それに先々の魔石の減りを気にする商品と魔力を注ぐだけでよい商品とでは使用する際の気軽さが違う。

差額の金貨でどれほどの魔石が購入出来るのかは知りませんが、いずれ無くなってしまう事を考えればこちらの商品を大事に使っていた方がお得ではないですか。

私の様な根無し草には、その気軽さとお得さが重要なのですよ。

ただ、今は手持ちが少々足りません。

この小型マジックバッグの貸し出し料がまだひと月分残っていたと思いますが、そちらと新たに金貨五枚を支払わせていただくことでお取り置き願いませんでしょうか?

商品の引き渡しは残り金貨六枚の支払いが済んだ後という事でいかがでしょう?」


シャベルの提案はスコルビッチにとっては願ってもないものであった。

こうしてシャベルは支払い契約書を作成しサインを交わしたのち、新たに手に入れた中型マジックバッグを背負い、両肩にスライムの天多と水精霊の雫を乗せてパルムドール魔道具店を後にするのであった。



「すまない、俺は銀級冒険者のシャベルと言う。

ここに治癒術師のケイティーと言う女性がいるはずだが、シャベルが面会に来たと伝えて貰ってもいいだろうか?」

シャベルが次に向かった先、そこは冒険者ギルドの通りを挟んだ先にある診療所であった。


「ん?あぁ、いつかのお人好しかい。まったく姿を見せないからどうしたものかと思ったよ。

ケイティーも随分と心配していたんだよ?まったく釣れない男だね~。

まぁいいさ、今呼んでくるからそこで待ってな」

受付にいたのは前に世話になった女性職員であった様で、シャベルの事を良く憶えており、直ぐにケイティーと面会出来る事となった。


「あっ、シャベルさん、あの時は大変お世話になりありがとうございました。お陰様で生活も安定し、診療所の皆さんにもとても良くしてもらっているんですよ」

シャベルの顔を見るや花の咲いたような笑顔になるケイティー。それは心の底からの言葉であり、現在の幸運の全ての始まりであるシャベルに対する感謝の想いでもあった。


「別にもう気にしなくてもいい、感謝の言葉はすでに貰ってるしな。ケイティーさんが順調に城塞都市での生活に馴染んだのならそれに越したことはない。

それと悪いのだが・・・」

「はい、ご用意させていただいています。でも本当にこの金額でいいんでしょうか?これは借りていたお金とポーション代だけ、これじゃシャベルさんに何の恩返しも・・・」


そう言い申し訳なさそうな顔をするケイティー。

シャベルはそんな彼女に首を振り「構わない」と答える。


「あれはたまたまだ。こっちが勝手にやったと言われればそれまでの事。

俺に対して何か申し訳ないと感じるのだったら、診療所に来る患者を無理のない範囲で診てやって欲しい。

俺だっていつここのお世話になるとも限らない。診療所は俺たち冒険者にとって命綱であり心の支えなんだからな」


そう言い受け取ったばかりの銀貨十八枚を皮袋に仕舞い、懐に入れるシャベル。

「それじゃ」と声を掛け用は済んだとばかりに踵を返した、その時であった。


「おい貴様、何女性に金の無心してやがる。貴様も城塞都市の冒険者だろう、恥ずかしくないのか!

今すぐ彼女から奪った金を返すんだ!」


それは受付の長椅子から立ち上がった男性冒険者から掛けられた言葉。

その場にいたシャベルとケイティー、そして女性職員の三人は、そのとんだ勘違い野郎の登場に唯々呆然とする事しか出来ないのであった。

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