第62話 魔物の現状を知る事、それはテイマーの基本

テイマー同士の会合、それはシャベルにとってこれまでにない気付きと学びを与えてくれるものであった。中でも一般的なテイマーのテイム魔物に対する考え方が、自身がこれ迄思い描いていたものと大きく異なると言う話は、冒険者としてのテイマーの在り方を考える大きな切っ掛けとなるのだった。


「そうだよな~、冒険者と言う職業は魔物相手に戦いを挑むものだし、そこでテイム魔物が傷付いたり死んだりするのは当たり前の事。俺はそんな当たり前の事実をこれっぽっちも考えていなかったって事なんだろうな。

いくらフォレストビッグワームたちが強いからって、いや、彼らの強さに依存していた?家族が大事なら本当は城塞都市みたいな危険地帯に来るべきじゃなかった、そう言う事なんだろうか?」


パチパチと爆ぜる薪の音、竈に掛けられた鍋がクツクツと音を立て、スープが湯気を上げる。

クラック精肉店で頂いた食肉加工後に残った肉付きの骨を適当な大きさに砕き、スープの出汁を取る為に良く煮込む。灰汁は乾燥スライムの欠片が吸い取ってくれるので、火加減さえ気を付ければそれほど難しくない調理法だ。

ポーション作製時に使われるこの乾燥スライムの欠片を使ったポーション原液の精製方法も、元は煮物料理の灰汁取り方法を参考にしたものだったとか。

観察と考察、何事も勉強と改めて考えさせられる逸話である。


「ん、よし」

お玉でスープを救い、味見をしてから膨らんだスライムの欠片と肉付きの骨をお皿に取り除く。綺麗に中身を取り除いたスープに癒し草を入れ、暫し煮込んだ後岩塩で味付けをし、そこに魔力水で解いた小麦粉を流し入れる。

水面に浮かぶそれは、ふわふわとした雲の様にスープの中を踊る。

最後に鍋から取り出してあった骨の周りに付いている肉を削ぎ落し、鍋に戻したら完成である。


テーブルに並べられた三枚の深皿からは旨そうな香りが匂い立つ。


「日々の恵みに感謝を」

シャベルは日々様々な恩恵を与えてくれる女神様に感謝の祈りを捧げてから、スープにスプーンを伸ばす。


「うん、旨い」

この骨付き肉の調理方法はいつも世話になっているクラック精肉店の買取カウンターの男性店員から教わったもの。

男性店員曰く、調理人の中にはこの方法でスープを取る者が結構いるのだとか。


「ただ、城塞都市で使用される骨がらの量よりも生み出される骨がらの方が圧倒的に多い。だからそのほとんどは廃棄されてしまうんだよ」

男性店員は苦笑いを浮かべ、そう語るのだった。


「そう言えばビッグスライムによるごみ処理の可能性を示す為に、フォレストビッグワームたちの食事風景を見せて欲しいって頼まれていたんだよな。

要はフォレストビッグワームが街の食品廃棄物を食べる所を見たいって話なんだけど、結構気を使って貰っちゃってるんだろうな」

シャベルは口元を緩めクラック精肉店のヤコブ氏の事を思い浮かべる。

この家を借りれるのもマジックバッグを手に入れられたのも全てヤコブ氏のお陰、少しはその恩に報いたい。

シャベル氏は今回の試みが上手く進む事を心から願うのであった。


“ポヨンポヨンポヨン”

テーブルの上ではスライムの天多が“お代わりをください”とばかりに身体を揺らす。

そのユーモラスな動きに思わずクスリと笑ったシャベルは、「ちょっと待っててね」と言い空いた深皿を持って席を立つ。

その間も雫は一生懸命身体を伸ばしてスープを食べている。


“そう言えば雫のステータスって見てなかったよな?

天多は魔の森の泉で確認したけどそれっきりだし、魔物の健康管理の為にもステータス確認は重要ってメアリーさんが言ってたんだよな”

シャベルはお代わりのスープをよそいながら、テイマーの会合で出会った女性テイマーの事を思い出す。彼女はこの辺では珍しいバトルホークと言う魔物を使役していると言っていた。

中々テイムする事の出来ない貴重な魔物との事で、日頃の健康管理には特に気を使っていると話していた。テイマーの固有スキル<魔物鑑定>はテイム魔物の健康状態を知るのにはとても有効で、少なくとも週に一度は行った方が良いとの助言もくれた程であった。


「はい、お代わりを持って来たよ。それと天多と雫の今の健康状態を知りたいから鑑定を掛けさせてもらうね?」

シャベルの言葉にプルプル身を震わせ、“いいよ~♪”と了承の感情を飛ばす両者。


「“大いなる神よ、我に慈悲をもって真理を教えたまえ、魔物鑑定”」


名前 天多

種族 群体スライム

年齢 不明

状態 良好

スキル

悪食 統合 分裂 学習 巨大胃袋 魔力吸収 液体操作

魔法適正

水 土


「ふむ、健康状態は良好と。それでスキルは<魔力吸収>と<液体操作>ってのが増えてるよね?

確か二重鑑定で行けるんだっけ?

“大いなる神よ、我に慈悲をもって真理を教えたまえ、魔物鑑定:魔力吸収:液体操作”」


<魔力吸収>

魔力を吸収する事が出来る。


<液体操作>

液体を自在に操る事が出来る。操れる液体の量はその者の魔力量による。


「う~ん、<魔力吸収>はいつも魔力水を飲んでるから自然と覚えたとか?それで<液体操作>は魔物の血抜きなんかをしてたから覚えたって感じかな?

序に他のスキルも調べておくか」


<悪食>

どんなものでも食べる事が出来る。


<統合>

一つに纏まる事が出来る。


<分裂>

複数に分かれる事が出来る。


<学習>

多くを学び自分のモノにする事が出来る。


<巨大胃袋>

亜空間に物を取り込む事が出来る。その大きさはその者の魔力量による。


「<悪食>ってのはスライムやビッグワームが必ず持っているスキルって冒険者ギルドの魔物図鑑にも書かれていたけど、他のスキルは図鑑に載って無かったんだよな~。

それと巨大胃袋、これって完全にマジックバッグだよね、絶対に人には言えない奴だよね。本当に気を付けないと。

えっ、魔法適性が増えてる?これってもしかしてフォレストビッグワームたちから<学習>しちゃったって事?魔法適性って増えるの?」

シャベルの言葉に“どう?僕って凄いでしょ?”と言わんばかりにプルプル震える天多。


「う、うん、天多は凄いね。それじゃ次は雫ね。

“大いなる神よ、我に慈悲をもって真理を教えたまえ、魔物鑑定”」


名前 雫

種族 水精霊

年齢 不明

状態 良好

スキル

水生成 液体操作

魔法適正


「ん?えっと、雫ってスライムじゃなかったの?

水精霊とかになってるけど、聞いた事のない種族なんだけど。

それとスキルが<水生成>と<液体操作>。この<水生成>って水魔法とは違うの?

よく分かんないな」


<水生成>

水を作り出す。その量は魔力量による。


「えっと、やっぱり生活魔法の<ウォーター>と同じ?でもそれだったらわざわざスキルって形で出るのかな?

もしかして周りに水気が無くても水が作れるとか?それだったら凄いよね」

シャベルは雫の身体を撫で「凄いな雫は」と声を掛ける。

雫はプルプル震え、喜びを表すのであった。


「みんな、ちょっと集まってくれる?」

食事の後一階に降りたシャベルは、休憩中のフォレストビッグワームたちに声を掛けた。シャベルの呼び掛けに、何事かと一斉に頭を上げるフォレストビッグワームたち。


「ちょっとみんなの健康状態を調べたくってね。ステータスを見せて貰うからこっちに来てくれる?」

シャベルの言葉に“面白そう”と集まるフォレストビッグワームたち。


「その前にまず日向から見せてもらうね。日向、特に痛いとかはないから大人しくしていてね」

“ブルルル”


名前 日向

種族 魔馬

年齢 四歳

状態 良好

スキル

力持ち 体力一杯

魔法適正

なし


「うん、健康状態に問題はなさそうだね。スキルの<力持ち>や<体力一杯>ってのは正に日向にピッタリのスキルだと思うよ?いつもありがとうね」

そう言い日向を優しく撫でるシャベル、日向は嬉しそうに“ブルルル”と嘶きを上げるのであった。


「それじゃフォレストビッグワームの皆さんを、一人一人見て行きましょうか」

シャベルは一体一体のステータスを見て健康状態を確認して行った。

基本的なステータスは皆同じような物であり、健康状態も良好であった。


名前 春

種族 フォレストビッグワーム

年齢 五歳

状態 良好

スキル

悪食 振動感知 無音動作 気配遮断 頑強精強 

魔法適正 

水 土


<悪食>

どんなものでも食べる事が出来る。


<振動感知>

小さな振動でも感知し、遠く離れた場所の状態をも知る事が出来る。


<無音動作>

音を立てずに移動する事が出来る。


<気配遮断>

気配を消す事が出来る。


<頑強精強>

丈夫で力強い。


春・夏・秋・冬・焚火・風・水・土の八体は皆同じステータスであり、健康状態にも違いはないのであった。だが・・・。


「次は闇の番ね。“大いなる神よ、我に慈悲をもって真理を教えたまえ、魔物鑑定”」


名前 闇

種族 フォレストビッグワーム

年齢 五歳

状態 良好

スキル

悪食 振動感知 無音動作 気配遮断 頑強精強 影魔法

魔法適正 

水 土 闇


「<影魔法>ってなに?属性にも闇って付いてるんだけど?名前が悪かったのかな?

でも他の子はそんな事ないし、闇が特別って事なんだろうか。

“大いなる神よ、我に慈悲をもって真理を教えたまえ、魔物鑑定:影魔法”」


<影魔法>

影を操り影に潜む。影空間を作り出す事が出来る。


「・・・えっと、闇って影空間ってのが作れるみたいなんだけど。それで影に潜む?

これって影の中に入れるって事なのかな?」

“クネクネクネ”

“任せろ!”とばかりにクネクネと踊る闇。次の瞬間その身体をズブズブと自らの影に沈め、完全に姿を消してしまう。


「はぁ~~!?えっ、闇が消えた?どう言う事?」

混乱するシャベル。だがそんな彼の足下、シャベルの影からひょっこり顔を覗かせる闇。


「うわっ、ビックリした。えっ、さっきそっちで消えたよね?影の中を移動して来たって事?それって凄くない?」

驚きに腰を抜かすシャベルに、闇は叩き込む様に影魔法を披露する。


「えっ、何?俺の身体が地面に沈んで行くんだけど!?ちょっと、闇、止めて~、死んじゃうから~!!」

“トプンッ”

そのまま自分の影に沈んでしまったシャベル。その様子に驚いた周囲のフォレストビッグワームたちが一斉に闇の下に迫る。

闇はそんなフォレストビッグワームたちを“まぁまぁ落ち着け”と制し、一体一体影魔法で作り出した影空間へと誘うのであった。


「えっと、ここは・・・」

そこは不思議な部屋であった。周囲の壁や床は全て黒く染まった部屋、縦横十メートくらい、天上は高くおよそ四メート程はあろうかと言うそんな場所。

天井に様々な形の窓があり、そこから薄っすらとした明かりが降り注いでいる。見えているのは外の景色か、よく見れば星の輝きが見て取れる窓もある。

まるで地下室から外の景色を見せられている様な、不思議な場所。


“““ウニョウニョウニョ”””

黒い壁の向こうから身体をくねらせて現れたフォレストビッグワームたちの姿に、“どうやら他の子たちも闇の影魔法でこの部屋にやって来たらしい”とどこか安堵するシャベル。

フォレストビッグワームたちは部屋の中をキョロキョロと動き回った後、“面白い!!”と喜びの舞を踊り出すのだった。


「なんか凄く疲れちゃったけど、最後光のステータスを確認するね」

シャベルは“これで終わりだ、今日は早く寝よう”と最後の気力を振り絞る。


名前 光

種族 フォレストビッグワーム

年齢 五歳

状態 良好

スキル

悪食 振動感知 無音動作 気配遮断 頑強精強 ポーション生成

魔法適正 

水 土


「・・・<ポーション生成>?

えっと、これってポーションが作れるって事なのかな?

“大いなる神よ、我に慈悲をもって真理を教えたまえ、魔物鑑定:ポーション生成”」


<ポーション生成>

ポーションの原材料である癒し草を濃縮精製し、ポーション液を作り出す事が出来る。


シャベルは無言で腰のマジックポーチから癒し草と大型ポーション瓶を取り出すと、癒し草を光に差し出した。


「・・・光、チョットこの癒し草からポーション液を作ってみてもらえる?出来たポーション液はこの大型ポーション瓶の中に入れて欲しいんだけど」

“!?クネクネクネ♪”


シャベルの申し出に喜び勇んで癒し草に食らい付く光。

待つこと暫し、おもむろに大型ポーション瓶に顔を向けたかと思うと、“ピュ~~~”と何やら液状のものを吐き出す光。


“出来た~♪”

光から送られる喜びの感情。大型ポーション瓶の中に揺れる濁りの無い緑色をした液体は、まごう事なきポーション。

“どう?凄いでしょ?”と全身をくねらせ喜びを表現する光。

それは喜ばしい事、家族として祝福すべき事、だが・・・。

シャベルは何とも言えない敗北感に苛まれ、がっくりと膝から崩れ落ちるのであった。

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