第61話 テイマーにとっての魔物、それは武器

冒険者ギルドゲルバス支部、その二階に併設された資料室には数多くの書籍や資料が並び、日々魔物討伐に向かう冒険者たちの必要とする情報の提供に寄与している。

城塞都市の冒険者たちの思考はシンプルである。使えるものは何でも使う、知識や知恵、経験や情報と言った手荷物にならず自らの生存率を上げる為に役に立つものを彼らが軽視するはずもない。


城塞都市は分かり易い、弱い者は死ぬ。

他人の足を引っ張り自らを高く見せようとする様な弱い考え、徒党を組み他者を脅かし利益を得ようとする様な弱い考え。

そんな人間社会でしか通用しないものの捉え方に固執する者が生き残れる程、この場所の魔の森は甘くない。

魔物達による数の暴力、力の暴力。単純明快で分かり易い脅威が、冒険者たちに選択を迫る。“貴様らは生き残れるのか?”と。

城塞都市に英雄はいらない。この街の価値基準は魔の森に入り生きて戻って来る事、より多くの魔物を納品する事。

彼らは皆狩人、その在り様に拘っていては冒険者の最前線である城塞都市では生き残れない。


生き残る事、稼ぐ事に貪欲な彼らはその準備も怠らない。必要な道具は何か、魔物の特性は、注意すべき点は、森の地形や特徴は。

事前に調べ用意出来る事は全て行う。その上で細心の注意を払い漸くスタートラインに立てると言う事を、“城塞都市の洗礼”を受け生き延びた者たちは身をもって知っている。

彼らは慎重である、彼らは勤勉である。それはおよそ世間が思う冒険者の最前線と言う場所の姿からは掛け離れているものの、厳しい現実は人を選別し、磨き上げ、その環境に適応した者だけを受け入れるのだ。


そんな城塞都市の資料室にはスキルに関する資料も多く存在し、その中にはテイマースキルの関係書籍も当然の様に並べられている。それはシャベルがこれまで求めて止まなかった知識であり、その全てが自身にとって掛け替えのない宝であった。


「しかし、テイマースキルの<魔物鑑定>がただ魔物の健康状態を知るだけのスキルじゃなくて、魔物の持つスキルの内容も知る事が出来たとはな。

二重鑑定なんて全く思い付かなかった。やっぱり知識ってのは重要だな」

活かしてこその知識、活かしてこそのスキル。その使い方を知らなければ幾ら有用なスキルであろうと何の役にも立たない。

その事はシャベル自身がスキル<魔物の友>の真実に気が付く事で、身をもって知る事となった事実であった。


「でもやはり魔物は基本攻撃性が強いのか。ウルフ種がテイムスキルが無くともテイム出来ると言った話も、予めテイムされたウルフ種同士の親から生まれた子供を育てる事で可能って事だし、野生の状態の魔物を<魔物の友>持ちのテイマーがテイムするのは相当に難しい様だ。

そうなると比較的温厚な魔物、スライム・ビッグワーム・キャタピラー・フォレストビーくらいしかテイム出来ないと言う事になる。

魔馬もテイム出来ると言う事は日向と言う実例があるから分かっているけど、これは周りの人の感情的に難しいか?

一般的に魔馬は貴重、俺が魔馬である日向を手に入れられたのは、偶然以外の何者でもないからな」


スキル<魔物の友>、これは魔物との交流を深め、より親密になる程その効果が発揮されるスキル。それはビッグワーム進化体と言う普通では考えられない様な魔物を使役するに至った自身のこれまでを振り返ってみれば明らか、この事が広く世間に知られたところでその評価が上がるかどうかは分からないが、少なくとも生活面で有効なスキルである事は理解して貰えるだろう。

その事は<スライム使いの手記>の著者であるジニー・フォレストビー氏が様々なスライムの有効性を示し、尚且つフォレストビーを使った養蜂家として大成なさっておられる事からも明らかであり、シャベル自身が提案したビッグワームとスライムにより街のごみ処理や、ビッグワームを使った畑管理、ビッグワームの排泄物を肥料とした癒し草の育成の経験から言える事であった。


「キャタピラーだって、多くのキャタピラーをテイムして飼育すれば攻撃糸繊維農家に成れるんじゃないのか?そうした事が記載された資料ははないが、試す価値のある考察だと思うんだが」


城塞都市での学習は、シャベルに多くの気付きを齎し、自身の持つに至った“テイムスキル<魔物の友>は決して外れスキルなどではなく寧ろ有用なスキルである”と言う考えを裏付ける事になったのである。

そしてそれはシャベルに自身に対する肯定感と言う新しい感情を芽生えさせ、無意識に行っていた自己否定を徐々に打ち消して行く結果を齎して行くのであった。



「はじめまして、銀級冒険者のシャベルだ。今日はこの集まりに誘ってくれてありがとう」

それはこの城塞都市に来てから一度は顔を出したいと望んでいたテイマーの集まりであった。

シャベルはこれ迄生活基盤の構築やマジックバッグの支払い、ポーションの作製を最優先にしていた為、テイマーに関する事は比較的時間に都合の付き易い資料室での学習を主体として行っていた。

この日は週に一度行われているテイマーの会合と自身の学習日の予定が合った為、顔を出す事が出来たのであった。


「へ~、アンタがシャベルって言うのか。噂は聞いてるよ。何でも強力なスネーク系魔物を何体も引き連れてるって事じゃないか。

そりゃ一体どんなカラクリなのか是非とも話を聞かせて欲しいもんだ。

俺は銀級冒険者のクラック、フォレストウルフをテイムしている」


「私もそれは知りたいわ。

私はメアリー、同じく銀級ね。バトルホークを二体テイムしてるわ。

って言うかこの場に集まったテイマーは皆銀級よ。

この城塞都市のテイマーで金級に迄上り詰めたのは“剛拳のヘイド”だけよ。

でも彼をテイマーと言っていいのか。彼ってテイム魔物に索敵をさせて獲物に自ら突っ込んで行くのよ。後は只管魔物を殴り倒すだけ。

彼のテイム魔物の役割って索敵と獲物の回収なの、だから基本戦闘には参加しないのよ。

テイマー冒険者としてそれってどうなの?って思うんだけど、城塞都市は結果が全て。それで金級になって魔の森の深部に到達してるんだから、誰も文句は言えないわ。

こないだもオーガと殴り合いをして勝ったとか言ってたかしら?

アイツ頭おかしいから」


メアリーの言葉にその場に集うテイマーが全員頷きを返す。“剛拳のヘイド”はそれ程までに有名で、そして異質な冒険者であった。

この場に集まったテイマーの多くがフォレストウルフやグラスウルフと言ったウルフ系魔物を使役し、少数ではあるがマッドモンキーを使役するテイマーも見られた。


「まぁ私がバトルホークをテイム出来たのはほとんど偶然ね。私の故郷の森にバトルホークが巣を作っていたのよ。うちの子はそこで育った雛だったの。

理由は分からないんだけどその親が帰って来なくなっちゃってね、巣に残された雛をテイムして育てたのが私って訳。

ウチの子は優秀よ?索敵から戦闘まで熟すんだもの。でもこの城塞都市だとその良さはそこまで発揮できないんですけどね、獲物は向こうから迫って来るから。

深部にまで行けば役に立つんだけど、あの辺は私には荷が勝ち過ぎるのよね。

オークソルジャーやオークジェネラルがゴロゴロいるのよ?

その上オーガが闊歩している。しかもそんな魔物をブラックウルフが狙ってるってどんな地獄よ。

やっぱり深部を主な狩場にしている連中って頭おかしいのしかいないと思うの」


バトルホークと言う魔物は上空からの急降下と言った必殺技やその飛行性能から、銀級上位であっても油断出来ないと危険視される魔物である。その様な魔物であっても厳しいとされる魔の森深部とはどれ程過酷な環境なのであろうか。

シャベルはメアリーの話にブルッと身を震わせるのであった。


「それでシャベル、あなたの事よ。今日ここに集まったテイマーは皆あなたがどうして複数体の魔物をテイム出来ているのかを知りたがっているのよ。

冒険者に詮索は禁物、あなたが秘密にしたいって言うんなら無理にとは言わないわ。でもこの場はテイマー同士の情報交換の場なの。あなたが良かったらその話を聞かせてくれないかしら?」

そう言いその判断をシャベルに託すメアリー。

テイマーたちは皆真剣な顔付きでシャベルの言葉を待つ。


「いや、別に秘密って程の事はないぞ?と言うかみんなが知ってる事だ。

テイマーで複数の魔物を使役出来る。この条件に合うスキルがあるだろう?」

そういい肩を竦めて見せるシャベル。

そんなシャベルの言葉にざわつくテイマーたち。皆一様にとあるスキルを思い浮かべるも、直ぐにそれを否定する。あのスキルの持ち主が生き残れるほどこの城塞都市は甘くないし、シャベルが引き連れている様な強力なスネーク系魔物を使役出来る訳がない。


「あぁ、その顔は気が付いたみたいだな。それで正解だ。

俺は<魔物の友>のスキルを持つテイマーだ」

シャベルの言葉にざわめきは一層大きくなる。曰く「あり得ない、それじゃあのいかにも強そうなスネーク系魔物は一体なんだと言うのか」と。


「お前たち、皆勘違いしてないか?お前たちが言うスネーク系魔物、あれ、ビッグワームだぞ?正確にはビッグワームの進化体、フォレストビッグワーム。

俺が授けの儀を受けた十二歳の頃から飼育している個体だな。あの頃は自身のスキルの事が全く分からなくて苦労したよ。

テイマーと言う事で忌避感を持たれる上に外れスキルだからな、毎日が必死だったさ。それでも俺には他に道が無かったからな、根気よく愛情を持って育てた結果があいつらって訳さ。

疑問は解消出来たか?」


シャベルの言葉にガックリと肩を落とす面々。彼らは皆シャベルが誰も知らない様な方法で複数の魔物を使役する事の成功したのかと期待していたからであった。


「なんだよそれは。いや、凄い話だとは思うぞ?これまで外れスキルだと言われていた<魔物の友>が使えるスキルなのかもしれないって言う事なんだからな?

でもそうじゃねえんだよ、俺らが知りたかったのは自身の戦力強化、いかに多くの魔物を使役するのかって話なんだっての」

そう言いがっくりとテーブルに突っ伏すクラック。

他のテイマーたちもほとんど者が彼と似た様な反応を示し、メアリーはそんなテイマーたちに苦笑いを浮かべるのであった。


「ん?クラックは魔物の頭数を増やしたいのか?確かフォレストウルフをテイムしてるんだよな、だったら出来るだろう?」

シャベルはいかにも分からないと言った風に首を傾げる。そんなシャベルに飽きれた様な顔で言葉を返すクラック。


「あのな、普通のテイマーはお前さんと違って複数体の魔物をテイム出来ないんだよ。出来ても三体迄、それ以上はどんなに頑張ってもテイムする事は出来ない。

これは種類とか大きさ、強さとは関係ないんだよ。

この事は冒険者ギルドでテイマーの協力の下検証された事実だ。

その魔物がスライムやビッグワーム、フォレストビーであったとしても三体迄しかテイム出来なかった。これはテイマーに成り立ての新人からベテランと言われる者であっても変わらなかったそうだ。

冒険者ギルドではこれをテイムスキルの制約と呼んでいる。ここの資料室にある<テイマーの基礎知識>って本にもしっかり明記されている筈だから後で見て来ればいいさ」

そういい呆れ顔になるクラックにシャベルは言葉を返す。


「あぁ、あれはいい本だったよ。まさか魔物鑑定を二重に掛ける事で、テイム魔物のスキルの内容を知る事が出来るとは思わなかった。

それを知れただけでもあの本を読んだ甲斐があったよ。

で、俺が言いたいのは資料室にあった本、<今、ウルフ種が熱い。男の価値を高める人気ウルフ種とは>って言う貴族向けの冊子に記載があった“なぜ今ウルフ種なのか?テイマーでなくとも使役できるウルフ種の魅力”っていう記事の内容だな。

アンタ等なら既に知ってると思うがウルフ種は子供の頃から育てる事でテイマーでなくとも使役する事は可能だ。時間は掛かるが訓練次第ではテイム魔物として立派に狩の役に立つ。

そしてもう一つ、ウルフ種が群れの生き物と言う点だ。自身のテイム魔物を頂点とした群れを形成出来ればそれは立派なテイム魔物と言えるんじゃないのか?

まぁ通常のテイム魔物と違いスキルによる強制はない分その接し方には細心の注意を払う必要があるし、きちんとした調教が行えなければ人に害を与える可能性もある。

それはすなわちテイマーの罪ともなる。

ま、これは方法論の一つだけどな。試してみる価値はあるんじゃないのか?」


シャベルの提案した方法、それは目から鱗、これまでの知識を違った視点から見たと言うだけのもの。だが・・・。


「いや、それは難しいだろうな。特にこの城塞都市では厳しいと言わざるを得ない。

何で俺たちの多くがウルフ種の魔物をテイムしているのか分かるか?

それは単純に戦力になるってのも一つなんだが、入手のし易さってのもあるんだよ。

正直城塞都市での戦闘は過酷だ、その中で自身のテイム魔物が死ぬってのは割とよくある話だ。

だからテイマーは魔物に深入りしない。愛情が強ければ強いほどそんな魔物を戦いに参加させたくはなくなるだろう?そう言う事だ。

テイマーにとって魔物とは他の冒険者が使う剣や槍と同じ、替えの効く道具でしかないんだよ。

確かにシャベルの言う通り、お貴族様の魔物飼育法を真似れば群れを作る事も可能かもしれないが、街に出て暴れずこちらの言う事を正確に聞くくらいに確りと育てた魔物を戦いに投入出来るかと聞かれると、時間と労力に見合わないと言わざるを得ない。

出来るか出来ないかって話じゃないんだわ、これは」


そう言いどこか寂し気に肩を竦めるクラックに、テイマーとテイム魔物の現実を知り口を噤むシャベルなのであった。


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