第60話 底辺テイマーの日常、それは場所が変わろうとも変わらない

“パチンッ、パチンッ、パチンッ”

竈に薪をくべ、炎の明かりをじっと見詰める。

掛けられた調薬鍋がコトコト音を立て、浸された癒し草が湯の中に踊る。

乾燥スライムの欠片は、そんな煮出し汁から出る灰汁を吸い取り、より純粋な薬液を作り出す。

シャベルは耳を澄まし薪の爆ぜる音を聞き、炎の色から火の強さを知る。

勢いがあり過ぎてもなさ過ぎても癒し草の煮出しは上手く行かない。

焦らず、じっくり。ポーション作りとは、己と向き合う鍛錬にどこか似ている。


“!?”

身体の中を何かが走る。スキル<カウンター>が、予め登録していた自身の心臓の鼓動回数一万三千回を数え終わったサインを送ったのだろう。

シャベルは調薬鍋の煮出し汁の状態をそっと覗く。美しく透き通った緑色の液体は、水面に浮かぶ癒し草をゆらゆらと揺らす。


窯から調薬鍋を引き上げ、漉し布を掛けた大型ポーション瓶へ煮出し汁をゆっくりと注ぎ入れる。慌てず、焦らず、決して煮詰めた癒し草を押し潰さない様に細心の注意を払って。

ここで下手に癒し草を押し潰してしまえば、せっかく作り上げたポーション原液の質を落としかねない。


待つこと暫し、漉し布から煮出し汁が確り落ち切ったのを確認したら、大型ポーション瓶の蓋を閉じ部屋の棚に仕舞う。

後はこの状態で一晩置き、中の成分が分離したところで上澄みをポーション瓶へと移せばポーションの完成である。


「フゥ~」

シャベルは一連の作業を終えると、大きく息を吐き身体の緊張を緩める。

ポーションの作製は根気のいる作業、火加減、煮出し時間、注意すべき点は数多く、こればかりは何度繰り返しても慣れるという事はない。


城塞都市に来て早三週間、初めの週こそ生活基盤の準備や初めての討伐やらでバタバタした日々を過ごしてはいたが、次第にその生活リズムはシャベルがこれまで行っていた“一日調薬、二日空ける”と言うものに落ち着いて行った。

もっとも空いた二日も一日が冒険者ギルドや薬師ギルドでの調べもの、残りの一日が街の外での狩りとなる為休みらしい休みなど一日としてないのではあるが、そこは勤勉が服を着て歩いている様なシャベルの事、全く気が付いてはいないのであった。


「光、焚火、水、夏、秋、癒し草と薪を取りに行くから付き合って。雫~、森にお散歩に行くよ~」

“““クネクネクネクネ♪”””

“ポテポテポテポテ”


声を掛けられたフォレストビッグワームたちは身をくねらせ喜びを伝え、身体の小さな雫は最近ようやく移動速度が上がってきたスライムボディーを器用に使い、のっそりとシャベルの下へと近寄って行くのであった。

シャベルはそんな可愛らしい仕草を見せる雫を両手で掴み上げると、そっとコートに着いたフードの中に入れ、留守番役のフォレストビッグワームたちやスライムの天多に声を掛け家を後にするのであった。


「おい、あれって蛇使いのシャベルじゃないか?あの従魔たち、相変わらずデカいな」

「あれ、お前知らなかったのか?あの従魔、実はスネーク系の魔物じゃないって話」


シャベルが大通りを進む光景は、最初の頃こそ物珍しそうに目を向ける者も多かったが、そこは冒険者の最前線城塞都市。次第にその威容にも慣れ、今では街のテイマーの一人として数えられるだけに収まっていた。


「はぁ?何言ってんだ?ありゃどこをどう見てもスネーク系魔物だろうが。

他にあんな形状の魔物なんかあり得ないだろうが」

シャベルたちの様子を眺めていた男性冒険者が、仲間の言葉に訝しみの視線を送る。


「いや、俺もそう思ってたんだがな、あんな魔物見た事ないだろう?

だから気になって本人に聞いてみたんだよ」

その言葉に呆れ顔になるも、そうやっていつも有益な情報を仕入れて来る仲間の存在に頼もしさを感じる男性冒険者。


「お前は相変わらず度胸があると言うかなんと言うか。

で、教えてもらったと。一体なんて魔物なんだよ、あれは」


「あぁ、フォレストビッグワームって言ったかな?なんでもビッグワームの進化体らしい」

「・・・はぁ~~~!?いやいやいや、ビッグワームって言ったらその辺にいるデカいミミズだろうがよ。あれのどこがビッグワームだってんだよ、デカ過ぎるだろうが!?」


仲間の言葉に、思わず去り行くシャベルたち一行に顔を向け大声を上げる男性冒険者。


「まぁまぁ落ち着けって。俺も信じられなかったからその気持ちは分かるけどよ、これが事実なんだから仕方がないっての。

それとあいつが複数の魔物を使役出来ている理由も教えて貰えたよ。

あいつ、テイマーの外れスキル<魔物の友>持ちなんだと」

「はぁ~!?馬鹿野郎、<魔物の友>って言ったらグラスウルフどころかホーンラビットも使役出来なくなるって言う超外れスキルじゃねえか。

そんなもんテイマーとして終わったも同然、なんでそんな奴がこの冒険者の最前線に来れるんだよ。普通に死ぬぞ!?」


「だよな、普通はそう思うよな。やっぱ城塞都市で注目されるような連中ってどこか頭がおかしいんだって」

「いや、問題はそこじゃねえだろう。なんでそんな外れスキル野郎があんな化け物を・・・」


「気付いたみたいだな。あれ、ビッグワームなんだわ。

後はスライムも使役してるって言ってたかな?と言うかその二種類しかテイム出来なかったんだと。

で、そんな奴が今やこの最前線で戦っている。

な、頭おかしいだろう?」

そう言い何か眩しいものでも見るかのようにシャベルを見送る仲間の冒険者。


「くそっ、格好いいじゃねぇか。おい、訓練場に行くぞ。連携の確認と緊急時の陣形の練習だ。今日もちょっと危ない場面があったからな、動きの見直しを行っておくのに越したことはねえ、指導教官に見てもらうぞ」

「おいおい、さっきまで飲みに行くって言ってたのにいいのかよ?って行っちゃったよ。まぁその気持ちは分かるけどな。

俺らも負けちゃいられねえってな」

男達は進む、それぞれの道をそれぞれの目標を掲げて。

獲物は潤沢、互いに刺激し合い高みを目指す、それがこの冒険者の最前線城塞都市ゲルバスなのだから。



ここ城塞都市ゲルバスは魔の森の深い場所に作られた魔物の討伐拠点である。

周囲を深い森に囲まれたそこは、襲い来る魔物の脅威を退ける為、街壁周辺から五百メート程の幅の草原が作られ、街が森に覆い尽くされない様に魔法職の人間により定期的な下草刈りが行われていた。

そうした状況であるにも拘わらずこうして緑豊かなくさむらが出来上がっているのは、それだけ魔の森と言う環境が植物の育成に適していると言う証左なのであろう。


「・・・ねぇ雫、俺いつも思うんだけど、これだけ草の伸びが早いって事は野菜の種を植えたらそれだけ早く育つって事なのかな?

この草原の一角を耕して野菜を植えたらどうなるんだろう?凄い気になるんだけど。

それと癒し草も結構いい状態のがそこら中にあるじゃん?

これって一か所に植え替えたら癒し草畑が作れるような気がするんだよね?

勝手に実験しちゃダメなのかな?うちには畑作りの専門家が揃ってるんだし、ちょっと実験してみたい気もするんだよね。

それで草食系魔物のホーンラビットが集まってきちゃっても、城塞都市の冒険者だったら嬉々として狩りに行きそうだし、その辺は流石城塞都市って感じだよね」


シャベルが何気に口にした言葉、だがその言葉に激しく反応した者がいた。


“クネクネクネクネクネ!!”

「えっ、光、どうしたの?・・・癒し草がお腹いっぱい食べたいんだね。

えっと癒し草の畑を作って欲しいって事でいいのかな?」


“!?クネクネクネクネ、ドタバタドタバタ♪”

草むらの上で暴れまわり喜びを表す光に、そんなに嬉しいのかと引き攣り顔になるシャベル。


「一応勝手にやったら怒られそうだからクラック精肉店のヤコブさん経由で街の方にも話を通してもらおうか?そこで様子を見て問題がなさそうなら皆にも手伝って貰って畑を作ろう。野菜の種は売ってるか分からないけど、一応幾つかお店を回ってみようか」


シャベルの言葉に久々に存分に土いじりが出来そうだと喜びを露にするフォレストビッグワームたち、シャベルたち一行はこうして楽しいおしゃべりをしながら、城塞都市周辺の叢を癒し草を求めて彷徨い歩くのでした。


「癒し草の畑を作りたい・・・ですか?」


必要十分量の癒し草の採取を終えたシャベルは、途中何度か襲われた時に倒したホーンラビットやフォレストウルフをクラック精肉店の買取カウンターに持ち込み、その際に店主ヤコブ氏に先程思い付いた癒し草畑の件について相談を持ち掛けたのであった。


「はい。これは私の経験からとなりますが、癒し草は比較的魔の森に近い場所ではその生育がとても良く、良質な物が採取出来るんです。

私は前にもお話しした様に外れスキル<魔物の友>持ちのテイマーです。その使役出来る魔物はビッグワームとスライムと言う俗に言う最下層魔物に限られていました。

その為現在の様に巨大ビッグワームを従える事となったのですが、これが他所の地域では良くなかった様でして。街の排水路の清掃依頼を切っ掛けに全ての宿泊施設飲食店、果ては道具屋に至るまで来店拒否を食らってしまいまして。

結果的に魔の森の中に小屋を作り住み暮らしていたことがあったんですよ。

その時分かったんですが、魔の森の植物は魔の森と言う魔力豊富な土地のお陰か一般的な土地に比べ生育がいい。また癒し草をはじめとした有用植物の多くが魔の森で採取出来るという事でした。


そしてこれは偶然ではあるのですが、排水路清掃の際にビッグワームたちが出した排泄物を魔の森と草原との境に撒いたところ、その場所では通年を通して大変状態の良い癒し草を採取出来るようになったんです。

これは言葉を変えれば条件さえ整えてやれば癒し草は栽培出来るという事になりませんか?

まぁ、あくまで私個人の思い付きですので実際はやってみなければ分からないのですが、城塞都市周辺の叢の癒し草の状態を見るに、この考察はあながち間違ってはいない様に思えるんですよ。

根拠としては城塞都市周辺では偽癒し草が無いという事です。

普通癒し草採取を行う場合、どんなに気を付けていても偽癒し草の一本くらい混じるものです。その為調薬の前に必ず確認を行う様にするのですから。

だがこの街に来てから俺は偽癒し草を見た事がない。叢で見つかるのは必ず癒し草なんです。


ですので少し実験を。なに、失敗してもすぐに元の叢に戻るだけですし、何か特別な事をすると言う訳でもない。

普段魔法使いの方が行っている草刈と何ら変わりません。

ただこうした事を勝手に行うのは何かと問題になるかと。どなたかの許可をもらうのにも、冒険者ギルドや薬師ギルド経由では話が大きくなり過ぎるし面子の問題もあるかと。

ヤコブさんのところなら例のごみ処理問題の延長上で話を持って行けると思いましてね?

ビッグワームたちが出す排泄物、これは畑の有用な肥料になります。

この事は授けの儀が終わりテイマーとして試行錯誤を行っていた際に、畑仕事の中で学んだことです。

あのビッグワームたち、今ではあんな状態ですが、最初は畑仕事の手伝いの為に飼育していたんですよ。土を耕したり草を取ったり、結構器用なんですよ?」


そう言いどこか懐かしそうな表情になるシャベル。対して突然の話の展開に唯々呆然とするヤコブ。

癒し草の栽培、これは過去様々な組織で行われ上手く行く事のなかった夢の事業であった。癒し草の安定供給、これが実現すればこの城塞都市の重要性は一気に跳ね上がる。

城塞都市は多くの魔物資源を供給する冒険者の最前線と言う側面だけでなく、国の医療を支えるポーション資源の生産拠点にもなりうるのだから。


「シャベルさん、この話はちょっと私の一存では判断が付きかねる。街の上役に相談させてもらってもいいだろうか?

その上であくまで実験という事でシャベルさんには負担が掛からない様に取り計らおう。

それと例のごみ処理の話、うまく纏まりそうなんだが、やはり懐疑的な者も多くてね。一度シャベルさんの従魔たちの食事風景を見させてもらってもいいだろうか?

その、こう言っては何だが、街のごみを食べるビッグワームの姿と言うものを見せてあげて欲しいんだよ」


店主ヤコブの言葉に暫く考え込むシャベル。


「分かりました、その件は引き受けましょう。ですが私の従魔はあくまで成長し進化した姿、一般的なビッグワームが同じような状態になるには少々時間が掛かるかと。

それと専門の飼育担当者ですね、これは私見にはなりますが、魔物に対して愛情を持って接する者に対し、魔物は結果を持って答えます。

いい加減な飼育では望むべき結果も得られない。

街のごみ問題に対し真剣に取り組む者、魔物飼育に対し忌避感のない者を選定していただける様、お願いいたします」


シャベルの思い付きと提案、それはこれまでの彼の人生から滲み出た何気ない発想。だがそれはここ城塞都市ゲルバスに思い掛けない変化を齎そうとしていた。

その変化がシャベルにとって吉と出るか凶と出るか、この時の彼には知る由もないのであった。

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