第59話 魔の森、それは冒険者たちの仕事場です

「みんな、集まって。今日から冒険者のお仕事を開始します。

先ずは城塞都市周辺の魔の森を回りたいと思います。ただ聞いた話だと東門を出て真っ直ぐ行った方向はかなりの冒険者で溢れてるみたいなんだよね。

魔物って基本東の森に近付くほど増えるみたいで、安全に最短の距離を取る為に直線方向に進む冒険者が多いんだって。

逆に南北方面は冒険者の数も減るみたい。ですので今日は北側に向かいたいと思います。

人員は春・冬・風・土・闇・天多。天多は基本戦闘には参加せず魔物の回収係をお願い。雫は暫くお留守番ね、森の様子が分かってきたら連れて行ってあげるね。

それじゃ皆さん、よろしくお願いします」


“““クネクネクネクネ”””

“ポヨンポヨンポヨンポヨン”


城塞都市ゲルバスに到着して暫く、クラック精肉店のヤコブ氏のお陰で住居を手に入れたシャベルは、ベイレンの商業ギルド職員レイブランドやテール商会のザルバドールから聞いた城塞都市における信用の置ける商会を回り、必要な小物や食料品を買い集めて行った。そして一通りの生活基盤が出来上がったところで本格的な冒険者活動を開始したのである。


ゲルバスの街は冒険者の街、大通りには多くの冒険者が行き交い、その流れは東門に近付くにつれ多くなる。

その中には複数のウルフ系魔物を引き連れた者や肩にバード系魔物を載せた者など、テイマーと呼ばれる者たちの姿も多数見られる様になる。

そんな普段から魔獣を見慣れ、また魔獣に慣れ親しんでいる筈のベイレンの冒険者たちが、その光景に一瞬足を止める。


「なぁ、あれって一体なんて魔物なんだ?見た目スネーク系ってのは分かるんだけどよ」

「さぁ、俺もテイム魔物については詳しくないからな。少なくともこの辺の魔の森じゃお目に掛かれない魔物なんじゃないのか?でもデカイな、あんなのに締め付けられたら一溜りも無いんじゃないのか?」


その光景はある種異様であった。先ずスネーク系の魔物を従魔にするテイマーと言うものを聞いた事がない。

一定の街に住み着くのならいざ知らず、移動する事も多い冒険者にとって、移動に不向きなスネーク系魔物を選択する事はまずありえない。同様の理由で水生系の魔物をテイムする者も少ないが、これは住み暮らす環境によるとしか言えないだろう。

次にその頭数。一般にテイマーが使役する魔物は二体から三体と言われている。これは単純に複数の魔物をテイムする事が出来ないからだ。

だが目の前のテイマーは五体のスネーク系魔物を引き連れている。これは一体どういうことなのか。


ざわざわと騒ぎが広がる中、そのテイマーは冒険者ギルドに寄る事もなく真っ直ぐ東門に向かい、ギルドカードの提示を行うとそのまま魔の森へと向かっていくのであった。


「なぁ、また凄い新人が現れたんじゃないのか?あの魔物たちの雰囲気もただ者じゃない様だし、こりゃテイマー連中が活気づくんじゃねえのか?」

「だろうな。一人じゃ戦う事も出来ない役立たずとか言ってる連中も、今のテイマーには喧嘩を売りたくないだろうさ。

まぁ変な騒ぎさえ起こさなけりゃどうでもいいんだがな。それより仕事だ、今日の依頼はフレアバードの納品だ。南の森に行けば見つかるとは思うがただ倒すんじゃない、フレアバードは羽根の状態が重要だからな、細心の注意を払って挑むぞ!」

「「「応!」」」


冒険者は自己責任、いくら変わった新人が登場したからと言って、そんな事よりも自分の稼ぎが最優先。

冒険者の最前線城塞都市はある意味冒険者らしい冒険者が集う場所でもあった。



「春・冬は前方に、風と土は左右、闇は後方に展開。進路は北、春と冬は魔物を感知し次第そちらに向かって。

他の子は基本周囲の警戒、魔物が近付いて来たら随時対応で」


城塞都市ゲルバス周辺の魔の森は季節を問わず豊富な魔物資源に溢れた土地。その為冒険者が必死になって魔物を探さなくとも、比較的容易に魔物に遭遇出来ると言われている。


“ズダンッ、バゴンッ”

森に響く打撃音。


“キキ~ッ、ワラワラワラワラ”

上空より飛び掛かるマッドモンキーの群れ。


“ハッハッハッハッ、ガ~~ッ”

地面を駆け抜け飛び掛かるグラスウルフ達。


“ブンッ、ズバズバズバッ”

振るわれる棍棒、長めの棒と言った形状のそれは、獲物を正確に捉え弾き飛ばす。

自身の役目は獲物を仕留める事ではなく懐に入れない事。シャベルは己の役割を理解し与えられた仕事を淡々と熟す。


“ドカンッ、ドゴンッ、バシンッ、ズバンッ”

終わる事の無い魔物の襲撃、これが冒険者の最前線城塞都市の現実。

シャベルは改めてこの街の冒険者の凄さを感じ、自身がいかに未熟な存在であるのかを思い知るのであった。


“クネクネクネクネ”

「ん?次の獲物が来るぞ、周辺警戒。魔物をマジックバッグに仕舞う時間を稼いでくれ。

天多、予定変更。天多も獲物を仕舞ってくれる?ちょっとゆっくりしてる余裕はないみたい」


“ドドドドドドドドッ”

地面を駆け地響きを鳴らす魔物。


「マッドボアだ、取り敢えず横に弾いて。アイツら何度でも突っ込んで来るから、ある程度弱らせてから仕留めて」


“ドガ~ン、ヨロヨロヨロ、バタンッ”

「・・・えっと止めは刺してね、魔物って死んだふりとかするらしいし、油断しない様に」

“クネクネクネクネ♪”

了解とばかりに倒れたマッドボアに近付くフォレストビッグワームの風。

牽制の為に振るわれた横薙ぎは、風切り音を立ててマッドボアの側頭部を直撃。

打たれ強い事で定評のあるマッドボアを一撃で倒すその威力に、暫し呆然とするシャベル。


“クネクネクネクネ”

「・・・はい、まだまだ来るよ~。各自警戒を忘れない様に。マッドモンキー来ます、迎撃開始!!」

“ドガドガドガドガドガッ”


獲物豊富な魔の森に積み上がる戦果。次々と増える獲物を急ぎマジックバッグに仕舞い、警戒に加わるシャベル。


“これ、思ったよりも早く一杯になっちゃうんだろうな~”

シャベルは想定していたよりも激しい魔物の攻勢に動揺しつつ、高位冒険者が中型マジックバッグを求めるのも当然と、城塞都市の洗礼に引き攣った笑顔を浮かべるのであった。



「なぁ、聞いたか、例のテイマーの話」

「ん?例のテイマーって言うとスネーク系魔物を引き連れたあの?」


城塞都市の酒場は多くの冒険者が集いその日の疲れを慰める。魔の森は常に命懸けであり、緊張を緩めることが出来ない。その為無事に帰って来た冒険者たちは酒場に繰り出し、飲んで騒ぐ事で日常を取り戻すのだ。


「なんかさっき戻って来たらしいんだがよ、解体所受付で魔物を卸してたんだよ」

「まぁそうだろうな。で、話題に出すくらいだからなんか変わった魔獣でも狩って来たのか?」


そんな多くの冒険者が集まる場所は、ただ騒ぐだけではなく多くの情報も飛び交う。

憶測や噂話と言った物も含まれはするもののそれはそれ、冒険者にとって最新の情報を掴む事は、己の利益と命を守る為に非常に重要な仕事であると言えた。


「いや、獲物自体はごくありふれたものだったらしい。マッドモンキーやフォレストウルフ、グラスウルフ、マッドボアと言った物だったな」

「だったなってお前見て来たのかよ、暇人だな」


「偶々だよ、俺の納品が終わった辺りで奴が入って来たんだからよ。問題は獲物の種類じゃないんだよ」

「だったらなんだってんだよ。マッドモンキーはちと厄介だがこの城塞都市の連中なら普通に倒すし、フォレストウルフやグラスウルフ、マッドボアなんてただの飯のタネだぜ」

摘みのマッドボアのステーキにフォークを突き刺し、言葉の続きを促す男性冒険者。

ナイフで切り分けその分厚い肉を口いっぱいに頬張る。

噛むたびに広がる肉の旨味が、今日の仕事の成果を物語る。


「ハハハ、そうだよな、普通はそんな事じゃ騒がねえよな。縦八メート横八メート高さ三メートのマジックバッグにパンパンに詰まった量じゃなければな」

「ブフッ、えっ、はぁ!?あのテイマー、東門を出たのって今朝だったよな?どこかに数日遠征に行ったとかじゃねえよな?何だってそんな事になってるんだよ」


驚きに噴き出す男性冒険者、そんな彼の様子に周囲の者は声を潜め、二人の会話に耳をそばだたせる。


「何でもこの街は初めてだから様子見がてら狩に向かったんだと。ただテイム魔物がテイム魔物だし、あまり人が多い場所に行って獲物の取り合いになっても嫌だからって北に向かって進んで行ったらしい。

この辺の冒険者は大概東、もしくは商品価値のあるバード系魔物の多い南に向かうからな。北なんか数ばかり多くて危ないだけだからまずいかない。

聞いたら只管戦闘で魔物を収納するのが大変だったらしい。

で、どんどん魔物を出して行くもんだからそのマジックバッグはどれくらいの容量なんだって聞いたらさっきの答えを教えてくれたんだよ。

しかも魔物収納専門、他には何も入れていないって徹底ぶり、アイツただ者じゃねえわ。

マッドモンキーは大した値段は付かないだろうけどそれでもあれだけだ、今日だけで金貨二枚は堅いんじゃないのか?」


大型新人の登場。多くの魔物を求め人の少ない場所に行き痛い目を見る、中にはそのまま命を落とす者もいる、それが城塞都市の洗礼。

だがその洗礼をものともせず利益を上げる者がいる。

最前線と呼ばれるこの場所でもその最先端、金級や銀級上位と呼ばれる者たちは得てしてそうした規格外。

スネーク系魔物を連れたテイマー、今後注目される事間違いないその者の噂は、瞬く間に城塞都市中の冒険者の間に広がって行くのであった。



「こんにちは、買取をお願いしたいのですが」


城塞都市に長年店を構えるクラック精肉店。その店裏にある買取カウンターには、今日も冒険者が冒険者ギルドの解体所受付に降ろさなかった商品価値の低い獲物を売りに来る。


「はい、いらっしゃい。ってシャベルさんじゃないですか。どうですか、城塞都市の生活にはだいぶ慣れましたか?」


だが今日はそうした冒険者とは一線を画す者が買い取りを求め訪れていた。


「いや~、まだ中々。漸く生活基盤が整ったと言った所でしょうか。

それで今日は初めて東門の向こう側に行って来たんですが、やはり冒険者の最前線と呼ばれる場所は違いますね、魔物が引っ切り無しでまいりました。

戦闘に次ぐ戦闘で、いかに自分が未熟であるのかを教えられた思いですよ」


そう言い頭を掻くシャベルに、“この人は城塞都市の洗礼を受けたのか”と優しい目になる買取カウンターの男性店員。

城塞都市に来た冒険者はだれしも必ずこの洗礼を受ける。ここは冒険者の最前線、その名の通り、周辺の魔の森は多くの魔獣に溢れ、少しでも道を外れればまるでスタンビードの如く魔物に襲われ続けると言う。

そうして多くの冒険者が傷付き、その命を儚くする。その洗礼を乗り越えた者こそが真の意味でゲルバスの冒険者となり得るのだ。


「それで本当なら家でマジックバッグに移し替えて来たかったんですけど、その、量が。今お客さんはいないですかね?急いで取り出しちゃってもいいでしょうか?」


それは意外な言葉、てっきりくず肉を出してくると思っていたのだが・・・。


“ポヨンポヨンポヨンポヨン”

がさごそと物音を立て肩掛けカバンから飛び出したスライムの天多。

天多はそのまま買取カウンターを飛び越えると、ポヨンポヨンと跳ね回りながら以前獲物を並べて行った店裏の広場に移動していく。

そして。


“ドサドサドサドサドサドサドサドサ”

積み上げられて行く獲物たち、それはマッドモンキーやフォレストウルフ、グラスウルフ、マッドボアと言ったこの都市ではごくありふれた魔物たち。だが・・・。


「シャベルさん、一体どれだけ狩って来たんですか!?いや、嬉しいですよ?頭部の打撃の一撃、状態もいいですし、これなら肉質も期待出来る。

でも初日から飛ばし過ぎでしょ~~~!!」

この後男性店員の叫びに表の店先から顔を出した店主のヤコブ氏が、裏庭の惨状を目に額に手を当て苦笑いを浮かべるのだが、それは致し方の無い事であろう。

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