第58話 まずは行動、出来る事から少しずつ

ゲルバスの大通り、多くの馬車が冒険者ギルドと商業ギルドの間を行き交い、重厚な馬車が屈強な冒険者に守られながら西門へと向かっていく。

ここ城塞都市ゲルバスで集められた魔物の素材はこうした商隊により領都に運ばれ、そこから近郊主要都市や王都へと送られて行くのだ。

売れてこその利益、流通してこその資源。城塞都市と言う場所にとって最も重要なのはこうした物流を支える者達であると、改めて思い知らされる一幕。

シャベルはそんな街の光景に目を遣りながら目的の店に向かい歩を進める。


そこは立派な外観の店であった。魔法レンガで作られた建物、大きなガラス窓の中には商品見本であろう幾つものカバンが飾られ、店前には厳しい顔をした兵士の様な者が立っている。


「失礼、こちらはパルムドール魔道具店でよろしいでしょうか?

私は調薬師のシャベルと申します。クラック精肉店のヤコブ氏のご紹介で魔道具を見せて頂きにお伺いしたのですが?」


シャベルが店の入り口に立つ男に声を掛けると、その男はシャベルの姿を値踏みするかの様に眺めた後、背後の扉を開き店内に招き入れるのであった。


「いらっしゃいませ、パルムドール魔道具店にようこそ。私が店主のスコルビッチ・パルムドールでございます」

パリッとしたチョッキ姿の男性は、柔和な笑みを浮かべながらシャベルを出迎える。


「こちらの紹介状を拝見させて頂きました。シャベル様は職外調薬師でありながら銀級冒険者でもあるとか。それに大変優秀な魔獣を複数従えるテイマー、まさにここ城塞都市には欠かせない人材であると称賛なさっておられました。

あのクラック精肉店店主ヤコブ・クラック氏にここまでの言葉を言わせるとは、相当に気に入られたと言う事なのでしょう。

それで本日はマジックバッグをお探しであるとか。どの程度の物が必要であるのかお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」


初見の客であるにも関わらず店主自らの丁寧な対応、やはり城塞都市における調薬師の信用と言うものは相当に高いものの様であった。それに付け加えクラック精肉店店主ヤコブ氏から頂いた紹介状が、シャベルの客としての信頼の後ろ盾になっている。

シャベルはヤコブ氏と言う素晴らしい人との出会いに、一層感謝の念を強くするのであった。


「はい、出来れば中型マジックバッグと言いたい所ですが、正直な話そのお値段を知りません。人伝ではありますが、ここゲルバスはマジックバッグの取引も盛んで多くの品がやり取りされているとか。

夢は大きく、目標は高くとも申します。出来ましたら中型マジックバックと言うものを拝見させて頂き、その上で手持ちで賄える現実的な小型マジックバッグを見せていただきましたらと考えております」


シャベルの物言いに、この者は確りと目標を定められるタイプなのだと感心する店主スコルビッチ。


「分かりました。ただ今準備いたしますので少々お待ちください」

スコルビッチはシャベルに断りを入れると、店の者に声を掛け、幾つかのマジックバッグを用意させるのであった。


「ではご説明させて頂きます。こちらがご要望の商品となります」

テーブルに並べられた物は様々なタイプのマジックバッグ。文字通りバッグの様な見た目の物から背負いカバンの様な物まで、その形状は様々。


「先ず初めにシャベル様が目標とされるであろう商品でございます。シャベル様は調薬師でありながら銀級冒険者でもあるとか、であるのなら当然戦闘を考慮した形状のものがよろしいかと。

であればこうした所謂バッグ型のものは不向き、背負いカバンや背負い袋と言った物がより適しているものと思われます。

こちらの品々は金級冒険者の方々にも大変ご好評頂けている品であり、当店が自信を持ってお薦め出来る商品となっております。


お値段ですが、正直素材によるとしか言い様がないのですよ。

こちらの背負いカバン式のものですが素材はミノタウロスの革を使用、その丈夫さ、柔軟性から金級冒険者からお貴族様まで多くの方々から御支持を頂いている人気商品となっております。

内容量も中型マジックバッグとしては破格の縦二十メート横二十メート高さ八メート、中堅から高位冒険者に至るまで幅広い層に御愛用いただける品となっております。


肝心のお値段ですが金貨百五十枚ですね。これはこの城塞都市ゲルバスならではの特別価格、これが王都となりますと金貨二百枚から二百五十枚はする商品となります」


これが目指すべきマジックバッグの最高峰。勧められるがまま手に取るそのバッグ、美しい光沢、滑らかな手触り。その全てがシャベルの心を捉えて離さない逸品。


”フゥ~”

シャベルは大きなため息を吐いた後「大変結構な品をありがとうございました」と礼を言い深々と頭を下げる。

過ぎたるものは身を亡ぼす。この素晴らしい商品を持ち歩くには自分は弱過ぎる。

シャベルは店主スコルビッチに感謝しつつ自らの身の丈を見詰め直す。


スコルビッチはそんなシャベルの態度に益々好感を持つ。目の前の品々に目を眩ませる事無く自らの立場を弁え身を引く事の出来る者がどれほどいると言うのか。

それは欲に負ける事無く冷静な判断を下せると言う事、危険と背中合わせの城塞都市において長く生き残り続ける為の必要不可欠な素養。


「そうですか、ではまずシャベル様の現在のご予算をお聞かせ願ってもよろしいでしょうか?」

「はい、先程も申しましたが小型マジックバッグのなるべく容量の多い物をと考え、金貨二十枚を用意して来ました。

ここ城塞都市であればそれくらいの金額を稼ぎ出す事は容易、多くの魔物を持ち帰ることが出来れば直ぐに費用の回収も可能でしょうから。


あとはそのマジックバッグを使い多くの魔物を討伐回収しと言った形でしょうか。予算が貯まり次第目標である中型マジックバッグに買い替えと言った所ですかね」


シャベルの言葉にふむと考えこむ素振りを見せる店主スコルビッチ。

暫く後何かを思いついたのか店の者に声を掛け黒い背負いカバンを持って来させる。


「シャベル様、先程のシャベル様のお話ですとシャベル様は小型マジックバッグを足掛かりに中型マジックバッグの購入をお考えのご様子。

でしたら当店から一つご提案がございます。

こちらのマジックバッグは小型マジックバッグではありますが内容量は比較的大きく、縦八メート横八メート高さ三メート、城塞都市周辺で活動する分には十分な容量のものとなっているものかと。

こちらの品を金貨二十枚を保証金としお貸しいたしましょう。貸出料金は月額金貨一枚で如何でしょう?

その代わりと申しては何ですが、当店の中型マジックバッグを購入予約して頂く事を条件といたします。


お勧めはこちらのオーガ革製の背負いカバン型のものでしょうか。ミノタウロス革製の物に比べ柔軟性耐久性には欠けますが、オーガ革は革鎧の素材など幅広く使われる素材。

背負い紐の部分と背中に当たる部分に関しましては柔らかさのある部位を使用し、身体の負担にならない様に作られております。

容量は縦十五メート横十五メート高さ八メートとシャベル様がお求めになられている理想の大きさではないかと。

肝心のお値段ですが、金貨五十枚で如何でしょうか?」


店主スコルビッチの提案、それはシャベルにとっては破格の条件であった。だが逆になぜそれほどまでの好条件で商品を紹介してくれるのかが疑問でならなかった。


「そのお顔はどうしてこれほどの好条件でと言った所でしょうか?

その疑問は尤も、答えは簡単です、高額商品は中々売れないからですよ。


確かにこの街には多くの冒険者がいるし、日々マジックバッグを求め仕事を熟している。

ですがそのお求めになられる商品の中心は、先程シャベル様にお貸しすると言った小型マジックバッグになってしまうんです。

そしてそのマジックバッグで満足されてしまう、逆に中型マジックバッグ迄を購入しようとなさるお客様はそれなりの実力を兼ね備えた高位冒険者、そんな方々は最初にお薦めさせて頂いた高級品をお求めになられる。

商品帯が二極化しているんです。


シャベル様にお勧めしたオーガ革製のマジックバッグは耐久性を兼ね備えた中堅から高位にかけての冒険者様を対象にした商品だったのですが中々。

お値段も元々は金貨七十五枚だった商品なのですよ。

シャベル様は慎重な冒険を主体とされた御方とお見受けいたしました。であるのならこちらの商品を確実にご購入いただけるのではないかと。

あくまでこれは私からの提案でございますが」


「よろしくお願いします。保証金と二月分の貸出料をお支払いいたしましょう」

シャベルはそう言い腰のマジックポーチから金貨の入った皮袋を取り出す。

即断即決、スコルビッチはそんなシャベルの態度に笑顔を見せると、店の者を呼び契約書の作成を行うのであった。



ざわざわと騒がしい建物、パルムドール魔道具店を後にしたシャベルが次に向かった先、それはゲルバスの東門手前にある冒険者ギルドゲルバス支部であった。


「次の方どうぞ。本日はどの様なご用件でしょうか」

受付カウンターの女性は大勢の冒険者を捌く為必要最小限の会話で話を進める。それは人によっては味気ないだの人情味に欠けるだのと感じるかもしれないが、マルセリオの冒険者ギルドにおいてまともに相手にして貰っていなかったシャベルにとっては、余計な詮索も無いこの対応は話が早くて良いとさえ思えるものであった。


「俺は銀級冒険者シャベル、これがギルドカードだ。東門を出るにはここで治療費の先払いが必要と聞いてな、その手続きを頼みたい」

「畏まりました。どなたかパーティーメンバーの方はおられますか?

よろしければ一緒に手続きを行いますが?」

受付嬢の言葉にシャベルは首を横に振る。


「俺はテイマーでな、複数体の従魔を使役している。まだ街に来たばかりで慣れていない、暫くは城塞都市周辺の森を主体にしようと思っている。

パーティー云々は街に慣れてからじっくり考える事にするよ。

命を預けるんだ、焦っても良い事はないからな」

シャベルの言葉に納得と言った表情になる受付嬢。


「畏まりました。パーティー参加をご検討の際は依頼ボードの隣、パーティーメンバー募集欄を利用されるか、受付に斡旋を申し込んでください。

またテイマーの方々の集まりもありますので宜しければ情報交換などにご利用ください。

ではこちらにサインをお願いします。はい、結構です。

治療費の預入金は大銀貨五枚となります」

シャベルは受付嬢に言われるがまま腰のマジックポーチから銀貨の入った皮袋を取り出し支払いを行う。


「銀貨五十枚ですね、確かに確認させて頂きました。

こちらの支払いはあくまで保証金となりますので、城塞都市を離れる際に申請いただければ払い戻しを受ける事が出来ます。

ではお気を付けて、良い冒険を」

受付嬢から返却されたギルドカードには補償金を預けた旨が分かる刻印がなされていた。実際に治療を受けた際の治療費はこの保証金からなされ、足りない分に関しては後から請求されるらしい。

またその場で治療費が支払われれば、保証は継続されるとの事であった。


冒険者ギルド受付ホールからは、特に絡まれる様なトラブルも無く出る事が出来た。前日にクラック精肉店店主のヤコブ氏が言っていた様に、ゲルバスの冒険者ギルドでは模擬戦なんかするよりも怪我無く稼ぐ事を優先する冒険者が多いと言った事が事実である証左なのだろう。


「済まない、昨日窺ったシャベルと言う者だが・・・」

次にシャベルが向かった先、それは冒険者ギルドの向かい側の建物である診療所であった。


「ん?あぁ、昨日のお人好しじゃないか。ちょっとまってな、今呼んで来る」

診療所の受付にいた女性は、昨日シャベルの対応をしてくれた者であった。

待つこと暫し、彼女が連れて来たのはシャベルが診療所に運び入れた女性冒険者であった。


「あっ、あの、危ない所を助けていただき、本当にありがとうございました」

そう言い深々と頭を下げる女性冒険者、シャベルは「偶々だ、気にするな」と答え頭を上げるように促す。


「それで助かったばかりのアンタにこんな事を言うのは申し訳ないが、俺とアンタは何の関係も無いただの他人だ。勝手に助けたと言われればそれまでだが、命の恩人である事には違いない。少なくともその分の支払いはして貰いたい。

具体的には治療に使ったポーションの代金とこの診療所での支払いだ。

受付さん、すまないが治療に幾ら掛かったか教えてくれるか?」


シャベルの言葉に受付職員の女性は予め用意していたであろう書類を手渡す。


「なに、具体的にどうのってのは無かったんだけどね。怪我自体はアンタがすぐにポーションで治療したから回復していたみたいだね、元々それほど大きな傷なんかも無かったんだろうさ。費用は診察料と宿泊代だね。


それで一応話は聞いておいたんだが、この子、ケイティーって言うんだが城塞都市に向かう商隊の護衛をしていた冒険者パーティー“栄光の翼”の治癒術師をしていたらしい。

ただその冒険者パーティーを含め商隊メンバー全員が初めての城塞都市遠征だったらしくてね、グラスウルフの群れに襲われてあわやって所でパーティーリーダーが幌馬車の商人に言って逃げ出したらしい。

ただ相当に大きな群れだったらしくその後もしつこく追い掛け回されて、あんたが昨日言ってた魔物の擦り付けの為に囮として荷台から放り出されたって事らしい。


そう言う訳で身分証明になるギルドカード以外これと言った持ち物も無くって感じだったんでね、アンタには了解を得てはいないんだが、ウチで働いて貰う事にしたんだよ」


女性職員の言葉に「あぁ、なるほど」と納得顔になるシャベル。


「城塞都市では調薬師と治癒術師は優遇されてるだったか?ケイティーさんだったか、良かったじゃないか。

まぁパーティーの仲間から殺されそうになったんだ、気落ちするなとは言わないが少なくともここの診療所ではあんたは必要とされている。それだけでも良しとして気持ちを切り替えてくれ。


それで掛かった費用はポーション代を含めると銀貨十二枚、ここで働けば直ぐに支払えるだろうさ。

えっと受付さん?」


「あぁ、ウチは月末締めだから支払いは来月の頭になるね。それでお釣りの銀貨六枚だが」

「それはケイティーさんに貸しておこう。だから来月は銀貨十八枚の支払いって事で頼む。

折角拾った命、無一文で住む場所も食べる物も無くそのまま倒れでもされたら目も当てられない。それにちょっとした小物もいるだろうしな」


シャベルの言葉に額に手をやる女性職員。


「あんたね、本当にお人好しが過ぎるよ?よく今まで冒険者なんてやって来れたね。

住む場所と食べる物は安心しておきな、この診療所には寮があるからね。

さっきあんたも言ってただろう?城塞都市は調薬師と治癒術師が優遇されてるって。

治癒術師の確保は街にとっても死活問題なのさ。

まぁいいさ、ケイティー、ちゃんとお礼を言いな。こんなお人好し、滅多に出会えるもんじゃないんだからね?あんたは本当に運が良かったって事なんだから」


「は、はい。えっと、お名前は?」

「あぁ、名乗りがまだだったな。俺は銀級冒険者のシャベル、テイマーだ。

これから世話になるかもしれないが、その時はよろしく頼む」


「はい。私は治癒術師のケイティーって言います。この度は命を助けていただき本当にありがとうございました」

そう言い深々と頭を下げるケイティー。

シャベルに対し真っ直ぐに向けられた感謝の言葉。産まれて初めての経験に、何かむず痒くなるシャベル。

袖触れ合うも他生の縁、どの様な行いもいつかは自身に返る。

シャベルは意図せぬ人との出会いに、心のどこかが温かくなるのを感じるのであった。



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