第57話 職業、それは使いよう

“ガチャガチャガチャ、ガラガラガラ”

開かれた横開きの扉、暫く使っていなかったであろうそこは薄っすらと土埃が積もり、淀んだ空気が漂う。


「すまないな、ここは以前倉庫として使ってた建物でな。二階に寝泊まりの出来る部屋も用意してはあるんだが、従業員用の休憩部屋と言った所だったんだ。

ちょっとした庭もあるし幌馬車を止めておく事も出来る。

従魔舎に泊めるよりかは広く使えると思うぞ」


建物の扉を開き中を紹介するヤコブ。

土地の余り自由にならない城塞都市において、土地付きの倉庫を眠らせておける程の信用と実績があるのかと逆に感心するシャベル。そこそこの庭に従魔を置いておける建物、これ以上ない条件に満足気に頷く。


「ヤコブさん、本当にありがとうございます。ヤコブさんがおられなかったら、俺みたいなよそ者がこれ程好条件の建物を借りる事は出来ませんでしたよ」

そう言い手を握るシャベルに、ヤコブは満更でもない笑みを向ける。


事はシャベルがフォレストビッグワームたちとスライムの天多によりクラック精肉店の食品廃棄物を処理した時に遡る。


「おい見て見ろよ、樽の中が綺麗さっぱり肉片どころか血の後すら無くなってるよ」「本当かよ、俺何時も冒険者が中身を捨てて持って帰って来た樽を洗ってたんだけど、臭いが落ちなくて大変だったんだぜ?

・・・すげえな。あの血肉の腐った臭いが全然しねぇ、スライムってこんなに使える魔物だったのかよ」


天多が綺麗に食べ残し処理をした樽を取り囲み意見を交わす従業員たち。店主ヤコブも、洗い立ての様に綺麗になった樽に驚きの目を向ける。


「これはスライムの特性です。皆さんもトイレスライムと言うものをご存じだと思います。人の排泄物を処理してくれるアレです。

皆さんはトイレに行かれた時臭いと思った事はありますか?トイレに糞尿の滓がこびりついていた事は?

全てはトイレスライムのお陰、これはスライムの専門書<スライム使いの手記>に記載されている事ですが、トイレスライムは殺菌消臭効果のあるスライム液を排出する事が出来るらしいのです。

それと同様にこの天多は樽にこびり付いた血液成分を吸い取り、スライム液で消臭したと言う訳です。


天多は様々な経験を積んだ従魔ですので特殊な部類と言えなくもありませんが、通常のスライムであっても樽の中身を綺麗にする事は可能です。通常の個体であれば、一樽に五匹ほど放り込んでおけば一晩で綺麗にしてくれるかと。

それ以外にも食肉処理の終わった作業場の清掃などにも使う事が出来ますので、とても便利なんですよ」


「はぁ、最下層魔物の有効活用。考えてみればゴブリンや他の魔物の死骸を森に放置しておいても、最終的に処分してくれるのはスライムやビッグワーム。

食品廃棄物なんかは尚更だ。

それを塀の内側で出来れば安全な事に違いない。

その為の用地確保であれば監督官様に掛け合う価値もあるか。

シャベルさん、本当にありがとう。これだけの素晴らしい提案をしていただいたって言うのに、シャベルさんの希望に応える事が出来ず本当に申し訳ない」


そう言い深々と頭を下げ謝罪するヤコブ。

齎された知識はここ城塞都市にとっては値千金の提案、それに対し返せるものが無いと言うのはヤコブにとっても心苦しい事であったのだ。


「いえいえ、頭をお上げください。先程も申しましたがこれはあくまで提案、これを検討しこの城塞都市に合った形で利用するのは皆さんです。

様々な問題が

起こるでしょうが、諦めず頑張ってください。

それにここは冒険者の最前線城塞都市、へたな例外を作る事は今後の街運営に支障を生み出しかねません。

因みにこの街で土地や建物を借りる為の条件がどうなっているのか御存じでしょうか?」


「あぁ、冒険者であればその納品物だな。オーガであれば二十体、ミノタウロスで五体、オークジェネラルで二体、オークキングは一体だったかな?

パーティーでも構わないんだが年間にこの頭数を納品すれば推薦状を貰える。

それだけ厳しい条件って事でもあるが、それを達成する様なパーティーも複数存在するのがここ城塞都市でもあるんだ。

ただまぁこれが調薬師や治癒術師、治癒魔法使いであれば話は変わって来る。

調薬師はポーションを月に二十本納品、治癒術師、治癒魔法使いは冒険者ギルドの診療所に週三日以上の勤務を三か月だったかな?

兎に角この街はケガ人が多いからな、その辺は優遇されているのさ」


ヤコブの説明に“ふむ”と考える素振りをするシャベル。シャベルは懐から一枚のカードを取り出しヤコブに言葉を向ける。


「実は俺、薬師ギルドの正規会員でして。手持ちのポーションがございますので先ほどの条件は達成可能なんですが、その申請は薬師ギルドに向かえば行えるのでしょうか?」


シャベルの言葉に口を開けたまま固まるヤコブ。


「いやいやいや、銀級冒険者でテイマー、それで外れスキルと呼ばれる<魔物の友>を持っていて薬師ギルドの正規会員。

よく分からないんだが、何をどうしたらそんな事になるんだ?

大体なんでテイマーが薬師ギルドの正規会員になれるんだ?」


シャベルの話に意味が分からないと言った顔のヤコブ、そんな彼に“まぁ仕方が無いよね”と事の経緯を説明するシャベルなのであった。



「場所が場所なんで家賃はどうしても高くなる。こんな倉庫でも年間金貨二枚、シャベルさんは半年借りたいと言っていたから金貨一枚だ。

これは城塞都市によって定められていてな、それに対する税金もあって負けてやることが出来ないんだ、申し訳ない」

「本当はタダで使って貰ってもいいんだが」と言って頭を下げるヤコブに、頭を上げるように促すシャベル。


「いえいえ、先程も申しましたがこの様な物件をご紹介いただけたのは全てヤコブさんのお陰、どうか頭をお上げください。

家賃の方は前払いいたしますので、書類提出の方をお願いします」


シャベルが薬師ギルドの正規会員であると分かった後のヤコブの行動は早かった。

シャベルを伴い薬師ギルドに赴くや買取カウンターで事情を説明、ポーションの買取手続きと賃貸許可証の申請を行い、その足で自身の持つ物件へと連れて来たのである。


「おう、役所の手続きの方は任せておいてくれ。それと定期的な獲物の納品も頼むよ、シャベルさんの持ち込む魔獣はどれも状態がいいからな」


ヤコブは店に持ち込まれた獲物を思い出し腕組みをする。全て頭部の打撃による撲殺、傷による出血も無い為鮮度は良好、あれほどの獲物を定期的に扱えるなど、これ程おいしい話はない。


「はい、食品廃棄物処理の依頼と合わせてお任せいただければと思います。

それとお願いがあるのですが、城塞都市の魔道具店に伝手がある様でしたらご紹介願いたいのですが。

実は俺、マジックバッグを持っていないものでして、多くの魔獣を持ち込むと他の冒険者に見られた際に騒ぎになってしまうものですから」


シャベルの言葉に「そう言えば店の者が騒いでいた様な」と呟くヤコブ。


「あまり大きな声では言えないんですが、このスライムの天多はモノを自身の中に溜め込む事の出来るスキルを持っていまして、マジックバッグの様に仕舞い込む事が出来るんですよ。

精肉店に持ち込ませていただいた魔獣がそれです。まぁ容量は中型マジックバッグ程かと思いますが、それでも騒ぎになるのは確実、出来れば自身でマジックバッグを確保しておきたいものでして」


ヤコブはシャベルの言葉に“今日は一体何度驚かされるのだろう”と頭を抱える。

マジックバッグはこの街の中堅冒険者にとっては必須装備であり、誰もがその入手の為に金を貯め仕事を熟す。

冒険者最前線と呼ばれる城塞都市ゲルバスにおいて冒険者同士の模擬戦が少ないのも、そんなもので怪我をしていられるほど暇ではないと言う冒険者側の事情があるからなのであった。

稼ぐ為には獲物を多く持ち帰ることが必要、獲物を多く持ち帰るには高額なマジックバッグを買う必要がある、その為には地道に働く必要がある。

一見矛盾している様な話だが、その事が冒険者たちの意識を向上させ、結果街の治安と利益を上げているのだから人の欲とは馬鹿に出来ない。


だがそんなマジックバッグの代わりをするスライムがいると知ったら。

騒ぎはシャベルの勧誘どころかスライム争奪戦に発展する事は必定、ここゲルバスにおいても一段下に見られるテイマーであるシャベルに、有無を言わさず迫る冒険者は後を絶たないだろう。


「そうだな、少なくとも小型マジックバッグのやや容量の大きいものを購入した方がいいだろう。天多君だったか?スライムの件はあまり知られない方がいい。

人の欲に際限はないからな」


いくら自身が悪くないとは言え、手持ちをひけらかして他人の欲を刺激しては意味がない。

「魔道具店の件は任せておけ」と快諾してくれたヤコブの言葉に、“本当にいい人に出会えた”と女神様に感謝するシャベルなのであった。



「天多~、家の中の掃除をお願い出来る?俺は日向の世話をして来るから。

焚火たちは天多の掃除が終わるまで庭で土いじりしていていいからね。でも隣の家に入ったり塀の側を掘って崩れやすくしたりしちゃ駄目だからね、その辺は気を付けて?」


“““クネクネクネクネ”””

暫く振りの土いじりに楽し気に庭に向かうフォレストビッグワームたち。

天多は建物の中に飛び込むと分裂して部屋を覆い尽くす。床や壁、梁の上に至るまで、あらゆる場所に貼り付いて汚れを綺麗に出来るのは、スライムならではであろう。


「日向、お疲れ様。暫くはこの街でゆっくり出来るね。

城塞都市周辺はこれまでみたいにちょっと散歩って訳にはいかないけど、街の大通りを歩く事は出来るから、それで勘弁してね」

日向の前に飼葉を置き水桶に生活魔法<ウォーター>で水を汲む。以前リンデルの街で購入したブラシで背中を摩ると、“ブルルル”と嬉しそうに嘶きを上げる。


城塞都市での拠点は望み以上のものを手にする事が出来た。最悪城壁の外に小屋を出そうかとも思っていたシャベルは、精肉店での交渉が思いのほか上手く行った事にほっと胸を撫で下ろす。


「なんにしてもお金が必要だよね。天多が色々モノを仕舞い込めることは凄く便利だけど、これが知られたら大騒ぎになる事は間違いないし、誤魔化す為にもマジックバッグは絶対にいるし。

本当は中型マジックバッグって言いたいけど値段がいくらぐらいするのか。前に薬師ギルドで聞いた話だと小型マジックバッグが金貨十五枚くらいからって言ってたから手持ちじゃ絶対足らないよね。

ヤコブさんの話じゃないけど、小型の容量の大きいものを買ってそれで誤魔化す?

家の中で入れ替えればバレないしヤコブさんの所なら事情を知ってるから詮索もしないし、それでお金を貯めるって方向で」


今後の方針が決まり笑顔になるシャベル。


「テイマーの勉強の為にも冒険者ギルドには行かないといけないし、マジックバッグ分はギルドに納品して、天多の分をヤコブさんの所に納品すればいいかな?

容量の大きなマジックバッグが手に入ったら資料室に籠る事にしよう」


冒険者の最前線城塞都市ゲルバス、テイマーとして、テイマーとは。

これから始まる学びと出会いに、期待を膨らませるシャベルなのであった。

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