第56話 冒険者、それは自己責任の職業
“ガタガタガタガタ”
ゲルバスの大通りを走ること暫し、正面に見える街門の姿が大きくなった所でその建物は姿を現した。冒険者ギルドゲルバス支部、ここ城塞都市ゲルバスの主役であり存在意義。多くの冒険者が集うそこは通常の冒険者ギルドよりも大きく、入り口は建物二階ではなく一階に作られている。
では魔物解体所受付は何処かと見回せば東門を入ってすぐのところに別棟が建てられており、東門から戻って来た多くの冒険者たちが、それぞれの獲物を手に建物内に消えて行く光景が見て取れる。
「門兵の話では診療所があると言う事なんだが・・・」
周囲を見回してもそれらしき建物が見当たらず、まるで田舎から出て来たよそ者の様な状態になるシャベル。
「よう、あんちゃん。ゲルバスは初めてかい?」
声を掛けて来たのは丁度冒険者ギルドから出て来たばかりの男性冒険者。
余程今日の稼ぎが良かったのであろう、パーティーメンバーと共に陽気に談笑しながら酒場にでも繰り出そうかと言ったところで、辺りを見回すシャベルの姿が目に付き思わず声を掛けたのであった。
「あぁ、今到着したところなんだが街道でケガ人を拾ってな。門兵に冒険者ギルドに行けば診療所があると聞いて連れて来たんだが・・・」
「それだったらこっちじゃねえよ。向かい側にポーション瓶を
ここは冒険者の最前線だからな、当然ケガ人も多い。解体所受付もそうだが、ギルド受付ホールと別にしておかないと業務に支障が出るってんで離されてるのさ」
男性冒険者が指差す方向には、確かに言われた通りの看板を掲げた建物が建っている。そして見るからにケガ人らしき者を連れた冒険者が、その建物の中に吸い込まれる様に入って行く。
「助かった、礼を言う。これはほんの気持ちだ、エール代の足しにしてくれ」
シャベルは男性冒険者に銀貨を投げると、軽く手を振って診療所へと向かうのであった。
「すまん、門兵よりここが冒険者ギルドの診療所と聞いて来たのだが。
ゲルバスに来る街道でケガ人を拾ってな、冒険者らしいんだが診てもらえるか?」
診療所に入って直ぐ、受付らしき場所に座る女性職員に声を掛ける。
「ふむ、これと言って出血は見られない様だけど、状況は分かるかい?」
「あぁ。何か魔獣に追われている幌馬車が後方から迫って来ていてな、巻き込まれたら敵わないと街道脇に避けていたらこの女性が馬車から放り出された。
連中は魔獣を少しでも減らしたかったんだろうさ、こっちに擦り付けようとしたんだよ。
まぁその魔物はこっちで始末したからいいんだが問題はこいつだ、あの速度の幌馬車から放り出されたんだ、どんな怪我をしてるのか分からん。
一応手持ちのポーションは飲ませておいたんだが医者に診せた方がいいと思ってな」
シャベルの話に意外と言った顔をする受付職員。
「あんたお人好しだね~。魔物の擦り付けはご法度、この子は囮にされた被害者とは言え元はそいつらの仲間、普通はそのまま放置だろうにポーションまで飲ませてやるとはね。
でもそうなると治療代はどうするんだい?
パーティーメンバーでも何でも無いんだったらあんたに払う筋合いはない、かと言ってこちらも慈善事業じゃないんでね、貰う物を貰わないと診てやることは出来ないよ?
例外はスタンピードだが、あれはご領主様持ちってだけだからね、ただって訳じゃないんだ。
この街の冒険者はそう言った事も考えて事前に治療費分を冒険者ギルドに納めている、東門を出るにはこの事前支払いが絶対条件になってるのさ。
ただこの子は街道を来たってんだろう?そうなるとね~。
この街に来る冒険者がそれだけの金を持ってるかと聞かれるとちょっとね」
冒険者とは命懸けの仕事である。魔物の命を狩り糧とする、当然魔物も必死に抵抗する。命と命のやり取り、ケガをするのは当然で自らの命が儚くなる事など最初から織り込まなければ魔の森になど入れるはずもない。
ケガをすれば働けない、働けなければ食事も出来ない。
冒険者ギルドが提唱する治療費事前支払いに素直に応じるのも、城塞都市の危険性を理解する者であれば当然の事と言えるだろう。
「はぁ~」
思わず漏れるため息。冒険者は自己責任、その事はよく理解しているつもりではあった、だが人として見過ごせないと差し伸べた手が、その重みに引っ張られる。
命を拾う事、命を救う事は決して容易い事ではない。
シャベルは図らずも世の世知辛さを身を以て知る事となったのであった。
「分かった、これも勉強代だ、今回は俺が立て替えよう。その代わり明細を頼む、その分は確りこいつに支払わせる。
実際取り立てるってのも面倒なんだが、筋を通さないってのも余計な面倒を生み出しかねない。
冒険者ギルドではそうした治療費の立て替えはやってないのか?」
シャベルの問い掛けに肩を竦める女性職員。
「以前はそんな事もしていたんだけどね、相手は冒険者だろう?
宵越しの金は持たない、困ったときは追いすがるが治ってしまえばあとは知らないって連中が多くてね。
領主様が多少の援助をして下さっていたんだが、結局今の形に収まったって訳さ。
こればかりは自業自得としか言い様がないさね」
何とも情けない話にため息しか出ない二人。
シャベルは仕方がなく腰のマジックポーチから革袋を取り出すと前金として銀貨十枚を支払い、未だ意識を失っている女性冒険者を預けその場を後にするのであった。
「すまない、買取を頼みたい」
次にシャベルが向かった先、それは冒険者ギルドの解体所受付・・・ではなく街の北側に建つ食肉加工商会であった。
「はい、いらっしゃい。お宅さんはうちは初めてかな?
買取は裏の買取カウンターで行っていてね、悪いんだけどそっちに向かってもらえるかい?」
「すまない、今日到着したばかりでな。手間を掛けた」
食肉店の正面店舗で声を掛けたシャベルは、店員の言葉に従い店裏の買取カウンターに向かう。
「はい、いらっしゃい。どんな獲物を持ってきたんだい?」
買取カウンターにいたのは若い男性店員、シャベルは「マジックバッグの様なモノに入れてあるから」と言い、店員に獲物を広げてもよい場所に案内してくれる様に頼むのだった。
「ここなら問題ないよ。でも珍しいね、マジックバッグ持ちは大概冒険者ギルドの解体受付に持ち込むのに」
男性店員はやや訝しみの視線を向けながら、シャベルに声を掛ける。
「ハハハ、俺の場合そのマジックバッグの様なモノって言うのが問題でな。
天多、仕舞ってる獲物を出してくれるか?」
シャベルの掛ける声に、後ろからポヨンポヨン跳ねて付いて来ていたスライムの天多が、嬉し気に広間の中央に移動する。そして・・・。
“モゴモゴモゴ、ドサドサドサドサドサ”
突然大きくなったスライムは、その身体から吐き出すかの様に次々と獲物を並べて行くのであった。
「えっ、えっ、えっ、え~~~~~~~!?」
驚きのあまり大きな叫び声を上げる男性店員、その声に釣られ集まって来る肉屋の従業員たち。
「どうした、何騒いでやがるって結構な数の魔獣だな。これはお宅さんが持ち込んだのかい?」
表の店舗から回って来たのだろう壮年の店員が、広間に並べられた獲物を見ながら声を掛ける。
「あぁ、ここ城塞都市に来る際にな。流石冒険者の最前線と呼ばれるだけの事はあったよ、次々に襲われてな。
正確には数えていなかったが、それなりの数になってたようだ」
あっさりと答えるシャベルに、「やるな兄ちゃん」と称賛の声を送る男性。
「ふむ、全部撲殺か、これは状態が期待出来るぞ。お前らさっさと査定してやれ。
いやなに、これだけいい状態の魔獣がうちに回ってくることは少なくてな。大概の魔獣は東門脇の冒険者ギルドに持ち込まれて、そこで毛皮を剝かれてからうちに送られて来る。
冒険者の持ち込みもあるんだが、うちに持ち込まれる様な獲物は切り傷が多く商品価値が低いものばかりなんだよ。
皮の価値が付かない、食肉にしか利用法がない獲物は冒険者ギルドの査定価格も低いからな。
この辺は獲物も多い、より商品価値の高い獲物に高値を付けるのは当然だが利用価値の低い獲物の査定価格は低くなる。ならばギルドではなく肉屋にと考えるんだろうな。
だがそうした獲物は食肉としての価値も低いって事が冒険者には分からないみたいでな。
この状態ならいい値を付けてやれそうだよ」
そう言いにかっと笑う男性、この店員は店の中でも高い地位のものなのであろう。
シャベルはここぞとばかりにこの男性店員にある提案をするのであった。
「ところでこの店では食品廃棄物の処理はどうしてるんだ?場所柄冒険者は多そうだがここは冒険者の最前線、そうした仕事は嫌がって中々受注してもらえないんじゃないのか?」
シャベルの言葉に途端表情を曇らせる男性、やはり冒険者が街の雑用を嫌うと言う風潮はどの街でも一緒の様であった。
「そこでちょっとした提案があるんだが、しばらくの間その仕事を俺が請け負う事にしようじゃないか。その代わりと言っちゃなんだがどこかに土地を紹介してもらえないだろうか?
俺はテイマーなんだがスネーク系の魔物を複数使役していてな、普通の宿屋に寝泊まりするってのも難しい。かといって森に放つと冒険者たちにちょっかいを掛けられかねないんでな。
むろん借地代は払うし獲物もこちらに持ち込むとしよう。互いに悪い取引じゃないと思うんだがな?」
シャベルの提案にしばし考え込むそぶりを見せる男性。シャベルの提案は悪いものではない、長くこの街で商売をする精肉店にとって土地の仲介くらいはさほど難しい事ではないし、冒険者の中には家を借りてパーティーメンバーで住み暮らす者もいる。
それに獲物を店に卸してくれると言う提案も悪くない、これだけ状態のいい獲物なら食肉としても一級品であるばかりか上質の皮として革加工業者に転売する事も出来る。ただし・・・。
「すまん、その提案は是非にお願いしたいところなんだが、この街の決まりで冒険者に対しやたらに土地を貸す事は出来ない事になってるんだよ。
借家及び借地は城塞都市に対する貢献度によると言う決まりがあってな、各ギルドで申請を出して許可が下りない限り借り受けることは出来ないんだ。
お宅の提案はとても魅力的ではあったんだが、力になれず本当に申し訳ない」
そう言い頭を下げる男性に、この人物は信用に値すると顔をほころばせるシャベル。
「いえいえ、頭をお上げください。試すようなことを申しまして申し訳ありません。
改めまして、俺は銀級冒険者のシャベルと申します。それで先程の提案ですが、その目で見ていただければ理解していただけるかと。
お手数とは思いますが食品廃棄物の入った樽のある場所はどちらになりますでしょうか?」
急に口調の変わったシャベルに驚きつつ、庭先の樽を指し示す男性。
シャベルはその数に「どこの街も変わらないんだな」と呟きを漏らす。
「では今回はお近付きの印という事で、あちらの廃棄物処理を行わせていただきます。私はテイマーですので従魔の力を借りますが、庭先に連れてきてもよろしいでしょうか?」
シャベルの言葉に「あ、あぁ」と力なく答える男性。
「春、夏、秋、冬、焚火、水、風、土、光、闇。久しぶりのお肉屋さんのご飯です、行儀よくいただく様に。
がっつき過ぎて樽を壊すなど論外ですからね?」
“““““クネクネクネクネクネ”””””
庭先に現れたのは巨大な大蛇、それも十体いくらここが城塞都市ゲルバスだからと言ってこの光景には驚かざるを得ない。
これまでも多くのテイマーを見て来たがスネーク系の魔物を複数体使役するテイマーなど見た事も聞いた事もない。
“ガツガツガツガツガツ”
食品廃棄物の樽に顔を突っ込み嬉しそうに食事をする大蛇たち。その光景を嬉しそうな表情で見詰めるシャベル。
「あんたシャベルさんと言ったか、申し遅れた。俺はこのクラック精肉店店主ヤコブ・クラックと言う。
食品廃棄物の問題は本当に困っていたんだ。冒険者に頼もうにも中々仕事は受けてもらえない、かといって城壁の周りに捨てる訳にもいかない。
これはウチだけじゃなく町全体の問題でもあったんだ」
そう言いフォレストビッグワームの食事風景から目の離せない店主ヤコブ。
「あぁ、それでしたら一つ提案出来る事がございます。街の中に生ごみの処理施設を作るんです。
先程から元気よく食事をするあちらの魔物、一体何と言う魔物だと思われますか?」
シャベルの言葉に腕組みをして首をひねるヤコブ。スネーク系の魔物と言うことは分かるのだが。
「実はあれ、ビッグワームの進化した姿なんです。ご存じの様にビッグワームは何でも食べるとても役に立つ魔物です。それは多少悪くなっている食品廃棄物でも関係ない。
それとですね、みんな~、粗方食べ終わったら後ろに下がってくれる?
天多~、分裂して樽の中身を綺麗にしちゃってください」
“ズルズルズルズル”
“大満足です!”と言った感情をシャベルに送りながら後ろに下がるフォレストビッグワームたち。そして食べかすの残る樽に向かって飛び込むスライムの天多。
次の瞬間、“ガバガバガバガバガバガバ”一気に増殖し全ての樽をスライムだらけにする天多たち。
「トイレに入れるスライムと一緒です。大まかなものはビッグワームに食べさせ残りはスライムに食べてもらう。そうすれば街の食品廃棄物は城壁内で安全に処分する事が出来るんです。
俺はテイマーの外れスキル<魔物の友>を持っているので複数体のビッグワームやスライムを使役出来ますが、相手は最下層魔物のスライムとビッグワーム、テイムスキルがなくとも管理は容易。
一度街の重役たちと話し合ってみてはいかがですか?」
シャベルの提案に口を開けたまま固まるヤコブ。
不意に齎された生活環境改善の提案とその具体例の提示、店主ヤコブは大量のスライムが食品廃棄物の入った樽に群がる光景を、唯々見続ける事しか出来ないのであった。
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