第55話 城塞都市ゲルバス、そこは冒険者の最前線

“ガタゴトガタゴトガタゴト”

幌馬車は進む、土の街道をガタゴト音を立てて。

周囲にはそんな幌馬車を守る様に巨大なフォレストビッグワームが展開し、魔物の襲撃に備える。


“!?クネクネクネクネ”

「ん?焚火、ありがとう。周りを囲んで来てるみたいだね、フォレストウルフかな?

街道は狭いから不意打ちにだけ気を付けて、離れて行く奴や近付かない奴は放置で、深追いする必要はないから。

天多は幌の上で周囲の警戒、樹上からまたマッドモンキーが来るかもしれないからね」


ベイレンの街を出て数日、幌馬車は途中街道沿いの村々を通過し城塞都市ゲルバスへと向かう主要街道へと合流した。

主要街道と言っても馬車一台がすれ違えるかどうかといった道幅ではあるのだが、そこから先は魔の森深部へと続く一本道。鬱蒼とした木々に覆われたその場所の危険度合いは、魔の森の外縁部を進んで来たこれまでの比ではない。

自然シャベルの警戒度も上がり、荷台に待機していたフォレストビッグワーム達総動員で警戒に当たるような状態になっていた。


“ドガドガドガドガドガドガッ”

気配を消し、ゆっくりと幌馬車を取り囲んだ襲撃者たちは、いざこれからと言う時になって狩る側から狩られる側へと変わる。

獲物を追い詰めていたはずのフォレストウルフ達は、いつの間にか気配を消し側に立っていたフォレストビッグワーム達の餌食となるのであった。


「これで三回目の襲撃か、結構多いよね。倒した獲物は荷台に積み込んでいたんだけど、これって後なん回ぐらい襲われるんだろう。

天多、悪いんだけど荷台の獲物を仕舞っちゃってくれる?街に入る時フォレストビッグワーム達の乗る所がなくなっちゃいそうだからさ」


シャベルの声に幌の上で警戒に当たっていたスライムの天多は、“任せて~♪”とばかりに喜びの感情を伝えながらポヨンポヨンと荷台へと飛び込んで行く。


“トントン、クイックイッ”

御者台にいるシャベルに合図を送って来たのは幌馬車後方で警戒に当たっていたフォレストビッグワームの風。周囲のビッグワーム達も上げた鎌首を一斉に街道後方に向ける。


“ガタガタガタガタ”

耳をすませば遠くから馬車が走ってくる音が聞こえて来る。かなりの速度を出し必死に走って来るところを見ると、魔獣に襲われていると言った所か。


「みんな~、巻き込まれない様に端に避けるよ~。日向、幌馬車を街道の端に寄せてくれる?衝突でもされたら堪らないから。

風、土、闇。魔獣が襲って来る様なら仕留めちゃって、こちらからちょっかいは出さなくていいから。他の子も警戒しつつ待機で」


シャベルの指示に急ぎ幌馬車を街道脇に避ける引き馬の日向、フォレストビッグワームもそれに倣い街道脇に身を寄せる。



“ガタガタガタガタガタガタガタガタ”

「ハッ!ハッ!」

引き馬に鞭を打ち土の街道を猛スピードで進む幌馬車、その後方からは何匹ものグラスウルフが大きな口を開け襲い掛かる。


“ガタンッ”

“キャーーーー!!”

跳ね上がる幌馬車、中の積み荷は崩れ、荷台からは女性の悲鳴が響く。


「クソッ、もっと急げ、追い付かれるぞ!!」

「そんなの分かってますよ、それよりも旦那方が戦ってくださいよ、その為の冒険者でしょうが!!」


「馬鹿野郎、いくらなんでもあんな大群相手に勝てるか!!

くそ真面目に退治してた連中は今頃連中の腹の中だろうさ。冒険者はな、生き残ってなんぼなんだよ。

ん?前方に幌馬車がいねえか?・・・よし、ケイティー、お前はこの時点で冒険者パーティー“栄光の翼”を追放する。これまでご苦労さん、ほら立てや!」

「キャー!!レッセルさん、一体何を!?」


「いやなに、折角仲間にしてやったのに敵前逃亡をするとは情けない奴だ、だから手前は追放って訳だ。

運良く街道脇に停まってる幌馬車が居やがる、そこにでも逃げ込むんだな!」

“ブンッ”


宙に浮く身体、ケイティーと呼ばれた少女は訳も分からないまま高速で走る幌馬車より街道へと投げ出される。


“ドカッ、キャイ~ン”

その身体は後方から幌馬車に追いすがろうと飛び上がったグラスウルフの鼻頭に直撃、更に後ろから迫っていた数頭のグラスウルフを巻き込みながら街道へと転がって行くのだった。


「ハッハッハッ、最後の最後にいい仕事をしてくれたじゃねえか。尊い犠牲ありがとうよ」

幌馬車はガタガタと音を響かせ街道を去って行く。その後を十数頭のグラスウルフ達が追い掛ける。


街道に残されたのは気を失った少女と、衝突事故に巻き込まれた数頭のグラスウルフ。グラスウルフ達はよろめく身体を持ち上げ、頭を揺すってから獲物に目を向ける。

収穫はあった、止めを刺すべく獲物に近付く狩人たち。


「う~わ、やっぱり冒険者ってとんでもないわ。普通やる?

いや、そりゃ自分たちの命が一番ってのは分からなくもないけど、グラスウルフを擦り付ける為に仲間を犠牲にって・・・。

無いわ~、考えられないわ~。

やっぱり俺は薬師だね、冒険者は向かないかもしれない」


そんな戦場に響く闖入者の声、グラスウルフ達は後は止めを刺すだけの弱った獲物よりも、突如現れた獲物に警戒心を向ける。


「うん、君たちには申し訳ないけど見捨てるって訳にもね。だから全力で当たらさせてもらうね」

その獲物はグラスウルフ達に対し長い棒を構えると、その一頭一頭に油断なく視線を送る。

高まる緊張、この獲物は強い。グラスウルフ達がじりじりと間合いを詰めようとした時であった。


“ドカドカドカドカドカッ”

「光、水、夏、秋、冬。皆お疲れ~。馬車も行っちゃったみたいだし、俺たちも進もうか?天多は獲物を仕舞ってくれる?

この子は・・・生きてるみたいだね。取り敢えずポーションを飲ませてゲルバスまで連れて行こうか」


シャベルは腰のマジックポーチからポーション瓶を取り出すと、少女の口を開き薬師ギルドで購入した特殊な形状の漏斗を挿入してからポーションを注ぎ入れるのでした。


「いくらポーションがあってもそれを飲めない様じゃ意味がないからね。切り傷みたいな外傷なら傷口に直接掛けるって手も使えるけど、怪我ってものは何も表面的なものばかりじゃない。

内臓損傷に頭部の損傷、上手く治療できるかどうかは運次第、薬師なんざ無力なもんさ。しかも気を失っていたんじゃ肝心のポーションも飲んでもらえない。

この特殊漏斗はポーション作製レシピで有名なミランダ氏のお弟子さんが考案されたものでね、少しでも多くの人を救って欲しいと言って薬師ギルドに特許を委譲した品なんだよ。

このちょっとした工夫でどれだけ多くのケガ人が救われたか。それを普及の為と言って薬師ギルドに引き渡す、その高潔な心。

ミランダ氏は人を育てる事も一流だったって事なんだろうね」


薬師ギルドマルセリオ支部の買取カウンターで、買取職員のキャロラインから勧められ購入した治療道具。意識の無い相手にポーションを飲ませることは難しい、この道具の登場は、数々の医療現場で患者に接する者にとっての福音となる物であったのである。


“ガタゴトガタゴトガタゴト”

幌馬車は進む、土の街道を城塞都市ゲルバスに向かって。

進むこと暫し、街道に横たわる幌馬車、その周りを取り囲む十数頭のグラスウルフ。

横たわる引き馬には数頭のグラスウルフが食らい付き、幌馬車に積まれていたであろう荷物は街道上に散乱している。

路上に横たわる冒険者だったもの、御者だったであろうもの。

これがこの世の現実、魔物が恐れられ、テイマーが忌み嫌われる要因。

人は魔物を殺し、その肉を喰らい、その皮を身に纏う。だがそれは魔物にとっても同じ事、魔物にとって人とはただの食糧に他ならない。

この世界において、人も魔物も命を運ぶ船に過ぎないのだ。


“ガルルル”

魔獣たちは唸りを上げ、警戒を強める。シャベルは馬車を止め、フォレストビッグワーム達に指示を出す。


「警戒状態維持、威圧を高めて。余計な戦闘はしなくてもいいよ」

シャベルの言葉にこれまで抑えていた気配を一気に高める従魔たち。


“ガウッ”

群れのリーダーらしき一際大きな一体が咆哮を上げ、じりじりと後退りするグラスウルフ達。


「幌馬車が邪魔だな。天多、どう、行けそう?」

シャベルの問い掛けにポヨンポヨンと跳ね、余裕をアピールする天多。


「あっ、死体はいらないから。人と馬の死体は森に放り投げてくれる?どうせグラスウルフ達が食べちゃうから」

身体を大きくして幌馬車を飲み込んでいた天多は一度全部を仕舞い込むと、おずおずと森に向かい移動し何かを排出する。

それは馬の死体と人であったであろう肉の塊。


「天多、どうもありがとうね。それじゃ先に進もうか」

通常サイズに戻りポヨンポヨンと跳ねながら幌馬車に戻って来た天多に労いの言葉を掛けると、先に進む指示を出すシャベル。

弱肉強食、そこに悪意も恨みもない。シャベルは目の前の現実を素直に受け入れ、幌馬車を走らせる。

向かうは冒険者の最前線、城塞都市ゲルバス。テイマーとしての自身を高めると言う目標に向かって。



「次、身分と目的を告げよ」


深い森を抜けた先、忽然と広がる草原とその中心に聳える城壁。それは周囲の森から人々を守り、多くの利益を生み出す欲望の砦。

城塞都市ゲルバス、魔の森の中に作られた人の領域にして冒険者の最前線。

強き力を持つ戦士たちは、この地を根城にさらに奥地へと進んで行く。

オーガやミノタウロスと言った強敵を求めて。


「銀級冒険者シャベル、テイマーだ。冒険者カードと従魔鑑札になる。目的はテイマーの事を学びに来たって所だな。

他所だとテイマーは嫌われているからな、冒険者ギルドに行っても碌な情報が手に入らない。その点城塞都市は多くのテイマーが集まっていると聞いてな、ここなら知らない事も学べると思ったってだけだ」


シャベルの言葉に“なる程”と納得顔になる門兵。テイマーの地位は低い、それは恐るべき魔物を付き従える者に対する嫌悪。

人々の恐れの感情は、それが戦う為の魔物であったとしても拭い去る事など出来ないのだから。


「それで肝心の従魔は何処だ?まさかそこのスライムとか言うんじゃないだろうな?」


「ん?あぁ、こいつらも俺の従魔だぞ?スライムは中々に便利でな、旅に連れ歩くのにこれほど頼もしい相棒はいないんじゃないのか?

まぁ戦闘は別の従魔が担ってるんだがな。

スネーク系の魔物で数が多いんでな、普段は荷台に載せて移動している。

それと途中で魔物に襲われてる幌馬車に擦り付け行為に遭ってな、その時囮として幌馬車から投げ出された女性冒険者を保護しているんだが、これはどうしたらいいんだ?

手持ちのポーションを与えておいたから死んではいないが、医者に見てもらった方がいいだろう」


シャベルは御者台から降りると幌馬車の後ろに回り幌を捲る。その荷台にはウネウネと蠢くフォレストビッグワームと横たわる女性冒険者の姿。


「ウッ、わ、分かった。だからその従魔を外に出すなよ?騒ぎになるからな。

それと冒険者は冒険者ギルドの診療所に運んでくれ。

こんな街だ、冒険者のケガ人なんざ日常だからな。冒険者ギルドにはその為の対策として診療所が併設されているのさ。

場所は街の大通りを進んだ先、東門の手前になる。

魔物討伐の最前線、城塞都市ゲルバスへようこそ。

君の活躍を期待する、通って良し」


シャベルは門兵に銀貨を渡し礼を言うと、肉屋の場所を聞いてから御者台に戻る。

幌馬車は街の大通りを進む、冒険者ギルドを目指して。

テイマーとして多くの学びを得る為に。

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