第54話 漸く出発、目指すは城塞都市ゲルバス

ベイレンの街、早朝の東街門。そこは多くの冒険者が依頼を受け、魔の森を目指し出掛けて行く場所。戻って来るのは昼過ぎか、それとも夕方か。

冒険者たちはその日の糧を得る為に門を潜る。


片や商人たちは冒険者の護衛を付け商隊を組んで旅立つ。

東街門から続く街道は魔の森の外側を舐める様に進み、時に森を突き抜ける様な商人や冒険者にとっての難所。季節に関係なく細心の注意を払って進まなければどんな危険が待っているのか分からない、そんな道。

途中三カ所ある村は、そんな旅人たちにとってホッと気を休める事の出来る数少ない中継地点。

商人たちは村人たちに生活に必要な商品を、村人たちは旅人たちに安全な休息地を。

互いに持ちつ持たれつの関係を築き、この街道を維持している。


そんな東街門であれば早朝に街を出る者はあれ入ってくる者などまずいない。

だがこの日に限ってはそんな珍しいお客がベイレンを訪れる事となった。


「停まれ、ここはベイレン東街門である。身分と目的を告げてもらおうか」

やってきた幌馬車を門前に止め、御者の男を誰何する門兵。

イレギュラーにはそれなりの訳がある。ただでさえ通りの少ない危険な街道を幌馬車一台で移動する、周囲には冒険者の護衛らしい姿も見受けられない、これを怪しまずに門兵など務まるはずもない。


「俺は銀級冒険者シャベル、テイマーだ。昨晩野営地にて冒険者の奇襲を受けた、冒険者ギルドでの模擬戦に対する逆恨みと言う奴だ。全財産を掛けろと言い出したのはむこうだと言うのにな。

仕方がなく返り討ちにした、俺の命とこの幌馬車を奪おうとした連中に慈悲を掛ける義理も無いんでな。

ただ問題はその人数だ。全部で七名、その辺の草むらに放置すれば街道に魔獣をおびき寄せかねない。それで態々ベイレンに戻って来たって訳だ。

死体の検分を行って欲しい、それと誰か冒険者ギルドに行って職員を呼んで来てもらえないか?馬鹿どもの武器防具を引き取ってもらわなければならないし、模擬戦の時より人数が増えていたからな。もしかしたらギルドに口座のある奴がいるかもしれん」


シャベルはそう言うと、声を掛けて来た門兵に銀貨三枚を渡し使いを頼む。


「おい、誰か冒険者ギルドに行って事の詳細を伝え職員を連れて来い。他の者は犯罪者の死体検分だ。

それで肝心の遺体は幌馬車の中か?」


「あぁ、横にして重ねてある。但し俺のテイム魔物が一緒に乗ってるから気を付けて欲しい。スネーク系の魔物で見た目が少しな、大きさもあるから苦手な者は警戒すると思うぞ?」


「そうか、分かったって本当に大きいな。二体いるが噛み付いたりしないんだよな?」

門兵は幌馬車の中で鎌首をもたげる二体の大蛇に驚きつつ、シャベルに問い質す。


「あぁ、問題ない。何なら外に出そうか?」

「いや、止めておこう。これだけの大きさの魔物がいれば騒ぎが大きくなる。

犯罪者の死体を並べるだけでも人だかりだろう、しかも相手は冒険者、騒ぎは免れん。

混乱の材料は少ない方がいい」

確かにフォレストビッグワームの姿は人目を引くだろう。シャベルは門兵の配慮に感謝しつつ、幌馬車より運び出される遺体を無感情に眺めるのであった。


「これはシャベルさん、昨日と言い今日と言い、ベイレンの冒険者が本当に申し訳ない。

昨日も言ったが冒険者はああした模擬戦で逆恨みをする事が往々にしてある。今回はそれが襲撃と言った形で出てしまった。

冒険者ギルドとしてはそうした被害が起きないようにと何度も呼び掛けを行い罰則の説明もしているのだが、一向になくならないのも事実。模擬戦の勝利者に警戒を呼び掛ける事しか出来ていないのが現状だ。

それとこれは謝って済む問題ではないんだが、全財産を失った冒険者を放置していては犯罪者を生む事にしかならない。そこで銀級以上の冒険者に限り武器防具の貸し出しを行っている。これは全ての冒険者ギルドで受ける事の出来る銀級冒険者以上の者に対する特典だ。

国を跨いで移動する事の出来る銀級冒険者とは、それだけ信頼されていると言う証左でもある。

だが今回はそれが裏目に出た。財産没収を受けた冒険者たちが持っていた武器防具は当ベイレン支部からの貸し出し品だ。

重ね重ねお詫びしよう、本当に申し訳なかった」


冒険者ギルドベイレン支部ギルド長ロンダート・マイヤーはそう言うと、シャベルに対し深々と頭を下げる。


“ハァ~~~、これは起こるべくして起きた出来事って訳か”

冒険者ギルドの制度としての欠点。シャベルはロンダートギルド長の説明に、呆れ混じりの深いため息を吐くのであった。



「これが今回の襲撃に対する支払だ。襲撃犯のうち新たに加わった者は四人、模擬戦で受付嬢に好い格好をしようとして財産を失った二人は、今度の襲撃には加わっていなかった様だ。

その四人だがギルドに口座の有った者は二人、合わせて金貨四枚銀貨六十枚になった。それと持ち物だが一人がマジックポーチを持っていて、その中に金貨一枚銀貨四十二枚が入っていた。

あと持ち物と武器防具の買取だったが、貸出用の物はそれ程高価ではないんだ。値段も捨て値となるが了承して貰いたい。

買取価格合計が金貨一枚銀貨十八枚、全ての合計金額が金貨七枚銀貨二十枚となる」


ギルド長ロンダートは支払い明細の書かれた用紙をシャベルに渡すと、ギルド会計職員に支払金の入った皮袋を持って来させる。

皮袋を受け取り中身を確認したシャベルは、ギルド長に「後のことをよろしく頼む」と声を掛け、門兵のところに向かう。


門前に出来上がる人だかり。冒険者たちは口々に「あれは誰だ?」「こいつら昨日のスライム以下じゃねえか。って事はあいつはスライム使いかよ、懲りねえな~」などと噂する。


「門兵殿、世話になった。これは少ないが今夜のエール代の足しにして欲しい。

亡骸の処分、よろしく頼む」

「あぁ、これも仕事だからな。ここからって事は目的地は城塞都市か。この時期魔物の活動も活発になり始めるからな、気を付けて向かえよ」


シャベルは「助言感謝する」と一言礼を言うと、幌馬車の御者台に乗り込み引き馬の日向に進むように指示を出す。

ギシギシと音を立て動き出した幌馬車、多くの冒険者と門兵たちが見守る中、幌馬車は東街門を抜け城塞都市ゲルバスに向かい走り出す。

若者は向かう、夢と希望を乗せて。テイマーの事を学ぶと言う志を胸に。



「みんな~、お待たせ~。お腹空いちゃったよね、今魔力水と癒し草を出すね」

昨夜夜を明かした野営地に到着したシャベルは、すぐに留守番組のフォレストビッグワーム達に声を掛け、食事の準備を始める。

日向には水桶に魔力水とその隣に飼葉を置き、ビッグワーム達は天多に生活魔法<ブロック>で作った大きな水桶を出して貰い、そこに魔力水を入れた。

癒し草は腰のマジックポーチから幾つかの束を取り出し山にして置いておく。喧嘩しない様に注意する事も忘れない、特に光にはよくよく言い聞かせないと独り占めしそうで怖い。

天多は・・・すでに体を引き延ばして“何時でも行けます!!”と言った状態。

手桶に魔力水を注ぎ雫を身体ごと浮かべておく。

シャベルは腰のマジックポーチに手を入れスープの入った容器と堅パンを取り出す。

冷たいものは冷たいまま、温かいものは温かいままで。どう言った原理かは分からないがまったく便利なものだと改めて感心するシャベル。


「天多~、行くよ~。<樽一杯、魔力沢山、ウォーター>」

“ザバ~~~~~~~~”


“プルプルプルプル♪”

シャベルの作り出した濃厚な魔力水を身体一杯で受け止め、身を震わせて喜ぶ天多。

手桶の中では雫が同じ様に身を震わせて、喜びを露にする。


「天多と雫も癒し草を食べるかい?そう、それじゃここに出しておくね。

俺は少し癒し草を補充して来るよ、今出した分で大分量が減っちゃったから。

光、癒し草探し手伝ってくれる?こう言うのは光が一番得意だからね。

それが終わったら出発するよ」

“クネクネクネクネ♪”


魔の森のすぐ脇と言う事もあり、野営地周辺の草むらには多くの癒し草が自生している。やはり魔の森の様に魔力豊富な土地は薬草が育ちやすいのだろう。

“そう言えばマルセリオの薬草の自生地も魔の森のすぐ側だったよな。魔の森の中でも開けた草原には癒し草が多く見つかったし、ついこないだまで居た魔の森の水辺周辺にも癒し草が沢山あったよな。

やっぱり魔の森って薬草の宝庫だよね”

魔物蔓延る危険地帯、資源豊富な豊穣の地、物事は全て見方次第。

シャベルはこんな考えが出来るのも魔物から身を守ってくれる家族のお陰と感謝しつつ、その家族に報いる為にもとせっせと癒し草を集めるのであった。


幌馬車は進む、ガタゴト音を立てて。

途中三カ所ある村々では旅の調薬師としてポーションの販売を行い、街道の危険情報や城塞都市の噂などを集める事も忘れない。

旅の安全が第一、街での安全が第一、情報は安全を手に入れる為に欠かせない宝なのだ。


「日が大分傾いて来たし、今から村を出たら途中の野営地までしか進めないぞ。

シャベルさんは一人旅なんだろう、村で一泊して行った方がいいんじゃないか?」


魔の森の直ぐ側にある村と言う事もあり肝が据わっているのか、スライムの天多やフォレストビッグワームの光にも嫌な顔一つしない村人たち。

旅のよそ者である自身の事を心配して掛けてくれた言葉に、胸が温かくなるのを感じるシャベル。


「ご心配ありがとうございます。ですが明日までに城塞都市手前の村まで進んでおきたいんですよ。

ベイレンの商業ギルドで聞いたのですが、城塞都市は魔の森でもかなり奥に進んだところにあるとか。その為途中の街道で結構な回数魔物に襲われると言う話ですし、そうなると戦闘の回数も多くなる。

俺は従魔達が守ってくれるので大丈夫ですが、それなりに時間が掛かってしまいますから」

シャベルは村人に礼を言い、「これでもテイマーです、魔の森での野営は慣れてるんですよ」と言葉を返し、村を後にするのであった。


「みんな、今夜もよろしくお願いします。襲って来る魔物がいたら倒して馬車の脇に積み上げておいてくれる?明日の朝捌くから。

お肉はまだ沢山あるし、毛皮を剥いだらみんなで食べていいからね。

だからと言って狩に行っちゃ駄目だよ?調子に乗って捕り過ぎるから。特に焚火と光、ちょっとくらい良いよねとか思ってるでしょう?駄目だからね!」


シャベルの言葉にビクッとする焚火と光。そんな二体に、“注意しなかったら絶対やっただろう”と呆れ顔になるシャベル。

野営地の夜は更ける、多くの魔物の気配を残して。

天上を彩る無数の光が、暗闇と共に人の気配のない街道の野営地を包み込む。

シャベルは幌馬車の荷台に上り天多と雫に“お休み”と声を掛けると、布団に潜り込み穏やかな眠りに就くのであった。


「・・・結構いたんだね。取り敢えず五匹ほど捌いて残りは途中の村で売っちゃおうか。バラしてお肉にすれば多分売れるでしょう」

目が覚めて幌馬車の脇に積まれているフォレストウルフの頭数に言葉が詰まるも、“早くお肉をください!”とばかりに迫る焚火と光に圧倒され、解体を始めるシャベル。

昨日出会った村人の話によれば、城塞都市周辺の魔の森にはより多くの魔物が生息していると言う。

果たして自分はそんな場所でやって行けるのか、一抹の不安が脳裏を過ぎる。


“““クネクネクネクネ”””

“ポヨンポヨンポヨンポヨン”

だがそんなシャベルの心の葛藤など知った事ではないとばかりにお肉を求める家族たち。


“・・・みんながいれば大丈夫か”

シャベルは何処か達観した気持ちになりながら、黙々と解体作業に勤しむのであった。

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