第53話 トラブルは冒険者の嗜み、若者は次なる町へ
“コトッ”
落ち着いた調度品、飴色のローテーブルに差し出されたティーカップからはハーブティーの爽やかな香りが仄かに広がる。
シックな革張りのソファーに座るシャベルは、配膳してくれたギルド職員に礼をすると、カップを手に持ち唇を付ける。
温かな飲み物はそれだけで気持ちを落ち着けてくれると言うが、この香り、カモネールが配合されているのか?
カモネールは気持ちを鎮め心を穏やかにしてくれる薬草である。不眠症薬の原材料としても使われる割りとポピュラーな薬草であり、ミゲール王国内には広く自生していると言われている。
シャベルも魔の森で暮らしている時には、何度か自作のハーブティーを作っては楽しんでいた。カモネールはその時よく使用していた薬草の一つであった。
「シャベルと言ったか、この度は冒険者ギルドベイレン支部の受付嬢たちが大変失礼した。ギルドを預かる者として謝罪しよう。大変申し訳なかった」
ローテーブルの向かいに座る者、冒険者ギルドベイレン支部ギルド長ロンダート・マイヤーは、今回ギルド受付嬢たちが行った銀級冒険者シャベルに対する不適切行為について深く謝罪し頭を下げた。
ギルド受付嬢たちの行った不適切行為、それは従魔登録を行いに来たテイマーから従魔を奪い取ろうとした事。たとえそれがお願いと言う形を取っていたとしても、それはギルド職員として行ってはいけない行為でありあってはならない事。
もしそれが平然と行われるようなギルドであれば、それは冒険者ギルドと言う立場と権力を使った
高がスライムを欲した行為と簡単に見逃す事の出来ない重大事、冒険者ギルド全体の信用を損なう大失態であった。
“ハァ~~“
シャベルは大きな溜息を一つ吐いた後、言葉を発した。
「謝罪の言葉は受け取りました。俺は冒険者ギルドベイレン支部に対し遺恨を残さない、これでいいでしょうか?
俺もテイマーです。テイマーが冒険者の中では下に見られていると言う事は知っていますし、民衆の間であまり良く思われていない事も知っています。
今回のような事態でもへたをすれば俺の方が悪い事にされていたのかもしれない、テイマーは本当に立場が弱いですから。
更に言えば俺は外れスキル<魔物の友>の所持者、これまでも底辺テイマーと蔑まれて来たし、その事を一々気にしていたんでは銀級冒険者などになれるはずもなかった。
従魔を信じ、自身を高める。俺に出来るのはそれだけですから。
ですから自身の家族とも言うべき従魔を奪われる訳にはいかない、その事で突っ掛かってきた冒険者に背を向ける訳には行かなかった。
冒険者は嘗められたらお仕舞でしたっけ?
ギルド職員の問題はギルド長の問題、ギルド職員の教育の徹底と綱紀粛正をお願いします」
シャベルはそう言うとローテーブルにカップを置き深々と頭を下げる。だがそれはこの問題を軽く済ませるつもりはないと言う意思の表れ、全てをギルド長に任せ遺恨を残さない代わりに、ギルド長の責任において冒険者ギルドベイレン支部の内部見直しを約束しろと迫る強い思いであった。
「う、うむ、ギルド職員の質の向上はベイレン支部にとっても利益のある話、この問題を機に、ギルド職員の再教育を行う事を約束しよう。
それとこれは当ギルドからの詫びとなる。謝罪金として大銀貨八枚を支払わせて頂く。
またこちらは先程の模擬戦の掛け金だな、賭けの内容は相手の全財産だったか、連中の手持ちの品は全て回収、ギルド口座のある者はその口座の預け入れ金も回収させてもらった。
武器防具に関してはすべて売却と言う話しだったがあまり状態は良くなかった為大した
シャベルはロンダートギルド長の言葉に暫し考えを巡らせるも、「全て売却でお願いします」と返事をするのであった。
「そうか、まぁ賭けの景品とはいえ人から奪ったものを使うと言うのもあまり気分のいいものではないからな。では全て売却と言う事で手続きを行おう。
それでこれがその明細と合計金額になる。金貨十二枚と銀貨六十四枚、五人分の財産としては少ない様に思うかもしれないが、冒険者と言う連中は先々の事を考える者が少なくてな。ギルドとしても怪我や老化で働けなくなる事を考えて金を残せとは言っているんだが中々。
それで街の経済が潤っている事も否定出来んし、痛し痒しと言った所だな。
それと今回の様な全財産を掛けろとか言った馬鹿な事も平気で言う。自分が負けた時の事など考えもしないで、その自信は何処から来るのか呆れ果てて物も言えん。
シャベルは避けられない勝負だったから仕方がないとしても、こう言った模擬戦は避けれる様なら避けるべきだ、後々遺恨が残る事もある。
特に今回のような一方的なやられ方、尚且つ自身の身体にこれと言った怪我もない場合は自分に都合のいい様に考えてしまうのが冒険者と言った人種だ。
シャベルも十分気を付けてくれ」
ロンダートギルド長の言葉は、嘗て銀級冒険者昇格試験の際にドット教官が示してくれた教えに通ずるものであった。
常に自身の言動、行動に注意を払い、自身を殺して命を繋ぐ。それは嘗てスコッピー男爵邸で行って来た生き方であり、マルセリオの街で行って来た身を守る
シャベルは賭けの報酬と謝罪金を皮袋に仕舞うと腰のマジックポーチに入れ、ギルド長に一礼をしてからギルド長執務室を後にするのであった。
「大変申し訳ありませんでした。こちらが雫ちゃんの従魔鑑札となります」
ギルド受付ホールに戻ったシャベルは、そこで件の受付嬢から謝罪の言葉と共に従魔鑑札を受け取った。受付ホールでは他の受付嬢も一緒になって頭を下げていた為、シャベルは事情を知らない冒険者たちから白い目で見られる事となってしまった。
そんな状況に“いい加減にしてくれ”と言いたくなるところをグッと堪え、気にしていないとばかりに手を振りその場を後にするシャベル。
“ベイレンの街自体はとても良かったんだがこの冒険者ギルドは。と言うか俺って冒険者ギルドとの相性が悪いんだろうか?上の人はまともな人が多いんだけどな~、なんかいつも変な目に遭ってる気がする。
やっぱりギルドは薬師ギルドだね、俺は薬師のシャベル、街ではそう名乗ろう。
でもそうなるとテイマーの事が勉強できないじゃん。テイマーの薬師なんて聞いた事ないし、暫くは冒険者も続けないといけない感じ?
旅の薬師ってのもあまり聞いた事がないんだよな~、稼ぎのいい都会に向かう薬師の話はよく聞くけど、職外の俺じゃそう言う訳にもいかないし、家族の事もあるんだよな~。
本当に生きるのって大変だよな~”
難しい方向性、自身の信念の為にはこれからも冒険者ギルドと関わって行かなければならないジレンマ。シャベルは次の目的地城塞都市ゲルバスの冒険者ギルドでは何事もありませんようにと、祈らずにはいられないのであった。
“ガタガタガタガタガタガタ”
幌馬車は走る、ガタガタと音を立てて。ベイレンの街を出たのは結局日が傾いてから、東街門から街道を進みゲルバスに向かう道すがらに村は少なく、途中魔の森を抜ける街道は冒険者にとっても難所と呼ばれる危険地帯であった。
街道沿いには幾つかの野営地が設けられてはいるものの、そこは最低限草の刈られた広場であり、戦闘の際に周囲から飛び掛かられる事を防ぐ為の工夫であった。
この街道において基本的に野営地で夜を過ごす様な冒険者は少なく、野営を予定するような場合は複数のパーティーが協力して移動を行う。いくら幌馬車での旅であるとは言え、シャベルの様なソロ冒険者が野営地で夜を明かす事は危険極まりない、悪く言えば自殺行為とも言える様な無謀な行動であった。
「日向、今日もお疲れ。明日もよろしく頼むな」
そんな危険極まりない街道の野営地であれば、他の冒険者がいないと言った状況も珍しくはなく、シャベルはいつもの様に一人引き馬である日向の労を労い世話を始める。
焚火の準備、釜の準備はいつもの事、途中良さ気な雑木を適当に切り束にしておいたものを生活魔法<ウォーター>で乾燥させ薪に変える。
簡易竈に鍋を掛け、マジックポーチから取り出したグラスウルフ肉を適当の大きさに刻んで煮立った鍋に放り込む。具材はマジックポーチに仕舞い込んである癒し草、岩塩で味を調えた後、深皿に瓶詰めの小麦粉を取り出し水を注いでダマがなくなるまでよく捏ねたらスープにそっと流し入れる。
今夜のメニューはグラスウルフの小麦粉スープ、モチモチした食感が堪らない一品である。
「天多、雫、お待たせ~。熱いからね、気を付けて食べるんだよ。
雫は少し冷めてからの方がいいかな?すぐに冷めるからもう少し待っててね。
天多は・・・もう食べてるのね。お代わりもあるからゆっくり食べるんだよ」
家族との夕餉、楽しい語らい。シャベルからの言葉にプルプルポヨンポヨン応える従魔たち。
そんな温かな食卓を遠くからじっと見詰める悪意の目。
夜は深まる、人々の思惑を包み込む様に。
新月の晩、星空広がる野営地の暗闇は、全ての思いを平等に覆い隠す。
“パチンッ、パチンッ、パチンッ”
ゆらゆらと揺れる炎の明かり。人の気配のない野営地で一人薪をくべる若者。
相棒の従魔は幌馬車の御者台の上に乗り、二体揃ってジッとしている。
若者は時折従魔に顔を向けると、優し気な笑みを浮かべる。
そんな穏やかに流れる野営地の一時、招かれざる客の訪れは、時と場所を選ばない。
「よう、随分と楽しそうじゃねえか。優雅に幌馬車で一人旅、いいね~、俺もいつかそんな旅をしてみたいもんだわ」
その声は暗闇の向こう、ベイレンの街から続く街道方面から齎された。
「誰だ!こんな暗がりの野営地で明かりも付けずに近寄って来る、とてもまともな冒険者のする事とは思えないんだが?」
シャベルの言葉に暗がりからは複数の笑い声が木霊する。
「いやなにね、ちょいと全財産を失っちまってな、明かりになる物を買う事も出来なかったもんでよ。
ベイレンの街は稼ぐには悪くなかったんだが、スライムにも負ける冒険者なんて不名誉な二つ名を貰っちまって居心地が悪いったりゃありゃしねえ。
旅をするにも足が無いと何かと不便だしな~。
まぁ兄さんにはそんな貧しい俺たちに寄付をお願い出来ないかと思ってお声掛けしたって訳よ。
なに、ほんの全財産でいいからよ、命はまぁ、おまけで貰っておこうかな?
へたに他所の街でベラベラしゃべられても困るしな」
「「「ギャッハッハッハッハッハッ」」」
暗闇に下卑た笑い声が木霊する。
シャベルは脇に置いた棍棒を掴むと、相手がいるであろう暗がりから目を離さずゆっくりと立ち上がる。
前方は無論後方にも注意を向け、小さな物音一つ逃すまいと意識を集中する。
「クックックックッ、怖い怖い。兄さんは中々の手練れと言った所かい?まあそんな手練れの兄さんに棍棒を向けられて睨まれたんじゃ、怖くて近寄る事も出来やしねえ。
だったら近寄らなければいいってだけなんだけどな」
“キリキリキリ”
暗がりから聞こえる幾つもの弓を絞る音、油断した訳ではなかった、だが多勢に無勢、こちらの情報が知られている以上準備を来なう事は当然であった。
「後方から二人、正面から一人、それ以外は剣を持ってるって事か。全部で七名、随分な大所帯じゃないか」
「ほう、気配察知か索敵か。結構スキルを鍛えてるじゃないか。でもまぁこの期に及んで人数が分かったところでどうにもなりはしないんだけどな」
「そうか?まぁ俺も死にたい訳じゃないんでな、一縷の望みを掛けて抗わせてもらうとするよ。<盥五杯、ウォーター>」
“ザバ~~~~”
突如焚火の上から降り注ぐ水、瞬間に消える明かり。
「くそっ、奴を逃がすな。弓は止めろ、同士討ちになる、声を出して剣で戦え!」
“ドカッ、ドカッ、ドカッ、ドカッ、ドカッ、ドカッ”
「おい、手前ら聞いてんのか、返事をし“ドカッ”」
“ドザッ”
大きな何かが倒れ伏す音が暗闇に響く。
「“大いなる神よ、その慈悲に寄りて我に
闇夜に灯る仄かな明かり、その僅かな灯を頼りに地面から起き上がる若者。
「春、夏、秋、冬、焚火、土、風、水、光、闇、皆ご苦労様。他に生き残りは・・・いないみたいだね。それじゃ悪いんだけどこの盗賊たちを幌馬車の脇に並べておいてくれる?荷物の検査とかは明るくなってからしようか。
暗がりじゃ危ないからね。それと明日は一度ベイレンに戻るから、付き添いは闇と土でいいかな、他の皆は暫くこの野営地で隠れててもらえる?
流石に七体の死体を草むらに投げちゃうと街道沿いに魔物をおびき寄せる事になっちゃうからね。街の衛兵か冒険者ギルドに引き取ってもらって来るよ。
面倒だけどしようが無いよね。
それじゃ俺は休ませてもらうね、夜番の方、よろしくお願いします」
若者は、シャベルは従魔のフォレストビッグワーム達に声を掛けると、幌馬車の中に潜り込み眠りに就く。
城塞都市ゲルバスではよい出会いがあります様にと、女神様に祈りながら。
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