第52話 冒険者ギルド、そこは暇人たちの溜まり場 (2)

“ガヤガヤガヤガヤ”

ライド伯爵領の北西部に位置する街ベイレン。街の東側に広大な魔の森を擁するそこは冒険者の街と呼ばれ、ミゲール王国の中でも比較的温暖で通年を通し魔物が活発に活動することから冬季期間になると多くの冒険者で賑わう、そんな街。


冒険者は戦う事を生業とした者たちであり、街の人間に比べると気性が荒く喧嘩っ早い。これが地元の人間たちやある一定の固定化された者たちであればそこまででもないのだろう、だが毎年の様に代わる代わるやって来るよそ者によって構成された様な街であれば、諍いごとは日常。


「なんだと手前、もう一遍言ってみろ!!」

「あん?何度でも言ってやるよ、この腰抜け野郎が。手前の臆病風のせいで獲物を逃がしちまったって言ってんだよ!この腑抜け野郎」

突如上げられる怒鳴り声、冒険者ギルドベイレン支部の受付ホールに併設された酒場では多くの冒険者が騒ぎを耳にするも、まるで日常の一コマでも見るかのように誰も気に留めようともしない。


「んだと貴様、こうなったらこれで決着を付けようじゃねえか、模擬戦だ模擬戦!」

一人の冒険者が席を立ち、腰に下げた剣の鞘を叩きながら勝負を吹き掛ける。


「はん、面白れぇ。前々から手前の事は気に入らねかったんだよ。口では達者な事を言いながら実力がまるで伴わねえ。ここは一つこの俺が冒険者ってのはどういうものなのかを教えてやるよ」

挑まれた者はそう言うや席を立ち、ギルド受付けホール脇から訓練場へと続く階段に向かい歩を進める。


「おい、どっちが勝つと思う?俺はあの威勢がいいあんちゃんだと思うんだがな」

「あん?あんなヒョロヒョロした奴がか?それだったらあの太々ふてぶてしい野郎の方がましだろうよ。

どうする、賭けるか?エールと摘まみでどうよ」


「乗った!それじゃ早速見に行こうぜ。頑張れよあんちゃん、俺のエールの為に」

「フッ、甘いな。摘まみはホーンラビットの香草焼きな。ごちになります!」


冒険者同士の諍いなど日常、ならばどうするか。街での乱闘はご法度、抜剣なんかした日には衛兵により捕縛の上下手をすれば斬首。だが荒くれ者たちは止まらない、止められない。

だったら名目を付ければいい、場所を限定すればいい。

冒険者ギルドの訓練場での模擬戦は冒険者たちの暗黙の了解であり力比べの場、力こそ正義の彼らにとって己の意見を通す事は己の実力を示す事に他ならないのだから。


“コツコツコツコツ”

冒険者ギルドの入り口は基本開きっぱなしである。これは乱暴な彼らにより扉を壊され続けたギルドマスターが「だったら扉なんぞ要らん!!」と言って取り外してしまったのが切っ掛けとされている。

そして今日もまた、見知らぬよそ者がギルド受付ホールに顔を出す。

ここ冒険者ギルドベイレン支部においてよそ者の登場など日常、普段であればちらっと一瞥するかまったく気にも留めないいつもの出来事。

だが今日ばかりはそこにちょっとしたアクセントが加わっていた。


「なぁ、なんであいつスライムなんか抱えてるんだ?それに肩に乗っかってるの、あれも小ぶりのスライムだよな?」

「はぁ?本当だ、あの若造、スライムなんか抱えてやがって、そんな納品依頼なんてあったか?」


冒険者にとってスライムは最弱魔物であり最下層魔物。そんなものを小脇に抱えて現れればそれは注目も集めると言うものだろう。

その若者はギルド受付の列に並ぶとそのまま順番を待つ。周囲の冒険者たちは奇異の視線を向け、若者の動向を観察する。


「次の方どうぞ。本日はどういったご用件でしょうか?」

ギルド受付カウンターの受付嬢は窓口に現れたシャベルに目を向けると、いつも通りの口調で淡々と要件を問い質す。対してシャベルは手に持つ従魔登録審査書類をカウンターに差し出し一言、「従魔登録手続きを頼む」と言葉を掛ける。


「従魔登録ですね、それで肝心の従魔は・・・はぁ?スライム・・・ですか?」

受付嬢は書類に目を通し、従魔の種族のところで疑問を口にする。

スライム、それは最下層魔物でありそこいら中にいるありふれた生き物。魔物と分類されてはいるものの、人に対する危害と言った危険性皆無の環境改善生物。唯一の被害としては王都や領都と言った都市部の地下下水道で増え過ぎて、その流れを塞いでしまうと言ったところであろうか。


「ん?見るか?天多、ちょっとここにいてくれ」

シャベルは小脇に抱えたスライム、天多をカウンターに載せると開いた手を反対側の肩に乗るもう一体の水まんじゅうに向ける。


「雫、お出で」

シャベルの声はテイマーの職業スキル<テイム>を通じ意志として謎生物“雫”へと伝わり、雫はその身をプルプルと振るわせた後コロコロとシャベルの掌の上に移動する。


「こいつが今回従魔登録をする雫だな。雫、ご挨拶を」

カウンターの上に置かれた水まんじゅうは一度ブルリと震えたかと思うと懸命に身体を伸ばし、まるでお辞儀でもするかの様に受付嬢に向かいクネっと身を倒す。

天多はそんな雫の様子にプルプルと身を震わせ、“良く出来ました!!”と言わんばかりに喜びを伝え、シャベルは優しく微笑みながら雫の頭をそっと撫でる。


「ハウッ」

突如胸を押さえる受付嬢、その様子を見ていた両隣の受付嬢も「キャー、可愛い~❤」と声を上げる。


「従魔登録手続きを頼む」

シャベルはそんな周囲の様子など関係ないとばかりに事務手続きの進行を促すも、目の前の受付嬢はそんな声など聞こえないとばかりにキラキラした瞳で雫を見詰め続ける。


「あの、この子をください!!」

「はぁ?何を訳の分からない事を、駄目に決まってるだろうが。それよりも従魔登録手続きを頼む」


「そこをなんとか、私に癒しを!!」

「馬鹿な事を言ってないで早くしてくれ、と言うか別の窓口に行くから書類を返してくれないか?」

雫を譲ってくれと縋るような瞳で見つめる受付嬢、周りのいかつい顔の冒険者たちは受付嬢が初めて見せる我が儘な態度に、ちょっとした混乱に陥る。


「おいおい、ベティーちゃんどうしちゃったんだよ、普段は絶対あんなこと言わないだろうが」

「俺、こないだ花束を持って行ったんだけど、“きれいなお花ですね”って言っただけで相手にもされなかったんだが?ベティーちゃんってスライム好き!?どういう趣味してんだ?」

戦う事を生業とし、魔物は獲物としか見れない男たちには分からないだろう。可愛いとはどう言うことなのかを。

その小さな身体から繰り出されるあどけない仕草は、日頃がさつな冒険者たちの相手をし続け荒み切った受付嬢たちの心を鷲掴みにし、一瞬にして魅了してしまったのである。


“ガッツガッツガッツ”

冒険者ギルド受付ホールに併設された酒場から大きな足音を立てて近付く一人の男性冒険者、彼はシャベルの肩に手を回すとニヤニヤと笑いながら声を上げる。


「おいおい、ベティーちゃんがここまで言ってるんだ、スライムの一匹や二匹くらい上げちまえばいいだろうが。お前も冒険者だろうが、ケチ臭いこと言ってんじゃねえよ」


「はぁ?お前は何を言ってるんだ?俺はここに従魔登録をしに来ているんだぞ?

ベイレンの冒険者ギルドは人の従魔を奪おうって言うのか?

だったら登録は無しだ、よそでやればいいだけだしな。邪魔をしたな」

シャベルはそう言うやカウンターの上の天多と雫を掴み上げその場を後にしようとする。


「そこをどいてくれないか?俺はもうここに用などないんだが?」

受付カウンターを後にしようとするシャベルを取り囲む数人の男たち、彼らは皆ニヤニヤとした表情でシャベルに対し見下したような視線を送る。


「あん?俺らは街に入り込んだ魔物を捕らえようとしているだけだが?

そこにいるスライムは従魔でも何でもないんだろう?だったらただの魔物だよな。冒険者が魔物を捕まえるのに何の問題があるって言うんだ?

なぁ、お前らもそう思うよな?」


「そうだな、街に魔物を持ち込んじゃいけねえよな。とらえた魔物は冒険者ギルドに管理してもらうとして、ベティーちゃんにお渡しするか?」


「イヤイヤ、そこは受付主任のマリンダさんだろう。俺、マリンダさんの花の咲くような表情初めて見ました。普段の凛としたお顔との落差、堪りません!」


それぞれが好き勝手な事を言い始める冒険者たち。シャベルは思う、“こいつら一体何を言ってるんだ?”と。


「あぁ~、兄貴、こいつあの時のガキですよ。どこかで見た事がある奴だと思ったら、今頃のこのこと顔を出しやがって」

「ん?あぁ、あの時の正義馬鹿か。まったくあの時は余計な事をしやがって。あれ以来街中の商会が警笛を常備しやがって、やり難いったらありゃしねぇ。

手前には色々とその補填もしてもらわねえとな」

シャベルは冒険者から掛けられた言葉に何の事かと首を捻る。暫くの後、警笛と言う言葉から西門の一件かと思いが至る。


「あぁ、あの時の。なんでお前らはの場を後にしちまったんだ?せっかく西門から門兵たちが来てくれたってのに、自分たちの正当性を主張するだけでよかったんだぞ?

証拠の品はお前らが持ち込んでたんだろう?

あの後門兵に捕まるわ、商会からは文句を言われるわで大変だったんだからな?

最終的に始めから門兵が仲裁に入っっていればよかったんじゃないかって事になって例の警笛を広めるって事になったんだがな?

ある意味お前たちのお手柄って話だ、これで冒険者たちが食い物にされることも無くなったぞ。

お~い、皆、聞いてくれ。ここにいる連中のお陰で冒険者たちが悪徳商会の食い物にされる危険が減ったんだ。

最近街の商会で警笛を鳴らして領兵を呼ぶことがあるだろう?その切っ掛けを作ってくれたのがこいつらだ、皆で褒め称えようじゃないか」

シャベルの上げた声にざわつく受付ホール。


「チッ、あいつらかよ、余計な真似をしやがって」

「俺こないだ警笛鳴らされたんだよ。本当にやり難いったらありゃしねえ」

そこいら中から上がる怒声に動揺する男性冒険者。


「クッ、この正義馬鹿が!手前はさっさとそのスライムを寄こせばいいんだよ、模擬戦だ模擬戦、ただで済むと思うなよ!!」

「おい手前、逃げんじゃねえぞ。俺たちが勝ったら手前の財産全部寄こしてもらうからな」

恫喝をするかの様に大声で圧を掛ける冒険者たち、そんな彼らを冷めた目で見つめるシャベル。シャベルは再びギルド受付の方を向くと受付嬢に質問する。


「教えて欲しいんだが、こいつらの言う全財産を寄こしてもらうとはどう言う事なんだ?模擬戦と言うモノ自体は分かるが、その辺がよく分からないんだが」


「は、はい。そちらの方々が言われているのは冒険者同士が勝負を行う際の取り決めです。互いに何を賭けるのか?それが主張であったり財産であったり。

今回の場合は財産を賭けた勝負となっているものかと」

シャベルはその言葉を聞き、“ふ~ん”と声を漏らす。


「冒険者は嘗められたらお仕舞、言いたいことがあるなら実力を示せだったか?

お前らは当然ながらその腰の物を使うんだろう?俺は見ての通りテイマーだ、武器は棍棒とテイム魔物、模擬戦だったらそれを使っても構わないんだよな?」


「はん?テイマーだと?テイム魔物がスライム・・・手前“外れテイマー”か?」


「よく分かったな。確かに俺は<魔物の友>持ちの所謂“外れテイマー”だ。幸い<棒術>のスキル持ちでな、何とか冒険者をやれてるよ。

で、どうする?それと俺は誰と模擬戦をするって事になってるんだ?」

シャベルは自身を取り囲む男たちを見回す。男たちはクスクスと侮蔑の笑いを漏らしながら自分たちが相手をすると名乗りを上げる。


「それじゃ、模擬戦の審判は冒険者ギルドベイレン支部武術教官のゲインが務めさせてもらう。

賭けるものは互いの全財産、それとそこのスライム?なんでそんなものを賭けるんだ?意味分からん。

まぁ相手を殺すなよ、いくら模擬戦でも殺しは処罰の対象だからな。それと前もってポーションの代金はもらっておくぞ、後から金を貸してくれって言われても困るからな」

冒険者ギルドに併設された訓練場、そこには多くの冒険者達が集まりこの勝負を見守っている。彼らにとって模擬戦とは娯楽、その結果対戦者同士がどうなろうと関係ない。

シャベルは思う、“ジフテリアの冒険者ギルドの模擬戦もこんな感じであったな”と。

あの時の勝負は犯罪者の引き渡しが原因であったか。


「始め!!」

武術教官ゲインから掛けられた開始の合図。対戦相手は五人、いつか西門のテール商会で難癖を付けていた者が三人、雫を奪って受付嬢に良い顔をしようとする者が二名。


「クックックッ、残念だったな正義馬鹿、人数指定を怠ったお前が悪いんだよ。これも冒険者の洗礼って奴だ、もっともそこから這い上がれるかどうかは分かんねえけどな。お前ら、行くぞ!!」

「「「おう!!」」」

腰の剣を抜き突っ込んでくる男たち、対してシャベルは訓練場から借りた棍棒を手に構えを取り声を上げる。


「行け、天多!!」

“ポヨンポヨンポヨンポヨン”

シャベルの足元にいた天多がポヨンポヨンと跳ね、男たちの前に躍り出る。そして次の瞬間。

“ボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコ”


一気に分裂を始めその数を増やす天多、その光景に身じろぎ動きを止める男たち。


「ビビってんじゃねえ、たかがスライムだ、叩っ切れば問題ねえ!」

「「「お、おぉ!」」」

自らを鼓舞し剣を振るう男たち、だが・・・

“ズザァ~~~~~~~”

「「「うわ~~~~~~」」」


領都や王都において地下下水道で大量発生したスライムがその流れを塞ぎ大問題を起こす事があると言う。だがそのスライムたちは意志を持たずただプルプルと震える無害な最下層魔物たち、その処分は只管に時間の掛かるただの作業。

では目の前のスライムの山はどうか?彼らは一つの意思の元動く群れ、それは主人に仇成す敵を倒す、その一点。

一斉に襲い掛かるスライムの波は土砂崩れの様に男たちを飲み込みその一切の動きを止める。人が砂の中で動きが取れない様に、スライムに埋もれる事は水の中に入るのとは話が違う、全方位からの圧力に抗う事など人の身には不可能なのだ。


静まりかえる訓練場、目の前の惨状に言葉を失う冒険者たち。

訓練場に立つのは最下層魔物しかテイム出来ない外れテイマー。多くの魔物を使役席る代わりにその使役魔物を最下層魔物に限定された冒険者の底辺。


「勝負あり、勝者、テイマーシャベル」

審判のゲイルから告げられた勝敗に文句を言う者など誰もいない。それほどまでに衝撃的な戦いを見せられたのだから。


「さて、それじゃこの馬鹿たちの全財産をひん剥いて勝者に渡さんとな。それとこいつらの武器と防具はどうする?」

「そうだな、冒険者ギルドで買い取ってくれないか?持っていてもしょうがないしな。それと手続きが終わるまでに雫の従魔登録をお願いしたいんだが?」


「あぁ、今回の騒ぎの大本だな。うちの受付が本当に済まなかった。詫びじゃないが従魔登録手数料はこちらで持たせてもらう。受付の連中には今頃ギルド長からお𠮟りが入っているはずだ、すぐに従魔鑑札をもって来よう」


分裂した身体を統合し一体のスライムに戻る天多。訓練場に転がり白目をむく冒険者の男たち。

シャベルはそんな男たちを一瞥する事もなく、褒めて褒めてと近付いてくる天多を抱え上げ、「よくやった」と声を掛けるのであった。

内心の“天多~、やり過ぎ~、って言うか怖過ぎなんだけど~”と言う思いをぐっと押し殺して。

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