第51話 冒険者ギルド、そこは暇人たちの溜まり場

“ガタガタガタ”

幌馬車は進む、ベイレンの街の大通りを一路東街門手前の冒険者ギルドを目指して。

街の中央、商業ギルドでは世話になった商業ギルド職員レイブランドに挨拶をし、最後のなめし革の納品を行った。


「いい取引相手がいなくなるのは惜しいが仕方がない。自由を求め旅をする、それも冒険者の本質だからな。だが再びこのベイレンに来ることがあったらまたなめし革の納品を頼む、シャベルの持ち込む品は皆丁寧な仕上がりで、扱っていて気分がよかったからな。

城塞都市に行っても頑張れよ」

冒険者とは移ろう者、それは季節により、目的によりと様々。これまで多くの出会いと別れを経験して来たであろうレイブランドは、この若者もまた旅立つのかと寂しさと共にどこか晴れやかな気持ちが沸き起こる。

基本に忠実、丁寧な仕事を熟すこの若者ならきっと大丈夫。多くの商人、多くの冒険者を見て来たレイブランドには、確信めいた思いがあった。

旅立ちの餞別、レイブランドはシャベルに別れの言葉を掛けると、こっそりと城塞都市での信用の置ける商会の情報を教えるのであった。


「シャベルさん、本当に行かれてしまうんですか?あの、良かったらこのままベイレンに残りません?シャベルさんのポーションでしたら大歓迎ですので」

薬師ギルドベイレン支部に赴いたシャベルは、ギルド買取職員の思わぬ引き留めに目を見開く。

これまでシャベルは自身が人々に迷惑を掛けない様に、人々に喜ばれる様にと心を込めて仕事をすることに注視して来た。それはスコッピー男爵家で長年にわたり無能である自身の才能の無さを思い知らされてきたこと、人より多くの努力を重ねやっと半人前であることを骨身に染みて理解しての事であった。

その丁寧な仕事ぶりや依頼人を思う心は時にトラブルを生み、マルセリオの街では冒険者達との間に溝を作り、街の住民と冒険者たちとの関係を崩す結果を生んでしまったことは反省すべき点であろう。

依頼とそれに伴う対価の正当性、シャベルは多くの痛みを伴いながらも社会の仕組み、経済の仕組みを肌で感じ、学んで来た。マルセリオの街はシャベルにとって良くも悪くも故郷と呼ぶべき学びの場でもあったのだ。


「えっと、それはどう言った事でしょうか?俺は知っての通り職外薬師ですし、他のギルド会員の方の様に大量のポーションの納品も出来ませんよ?」

そう、シャベルは職外薬師である。調薬系の職業もスキルも持たない彼の様な存在は、オーランド王国の調薬師ミランダが齎した“ポーション作成レシピ”に基づいて手間と時間を掛けコツコツと調薬を行うしか方法はなく、スキルを用いた調薬の様に一日に何十本ものポーションを作る事など出来ない。

いてもいなくても問題ないおまけ調薬師、それが自身の立場であるはずだったからだ。


「いえいえ、そんなことはありません。ご存じの様にここベイレンは冒険者の街です。ミゲール王国南西部に位置するライド伯爵領は比較的温暖で冬季期間も魔物の活動が盛ん、その為この時期は多くの冒険者が獲物を求めてやって来る。

慣れない土地での狩りは熟練ならともかく成り立ての銀級冒険者には荷が重いのかケガなど日常です。多くの冒険者が集まるという事はその分街周辺の獲物はすぐに狩り尽くされると言う事、不意に奥地に入ったよそ者冒険者がどうなるのかなど火を見るより明らか。

ポーションの需要は高く、正直な話あればあるだけ欲しいと言うのが本音です。

ですが肝心の調薬師が。いくら街周辺の魔物が狩り尽くされているとはいえここは殆ど魔の森の中ですから。危険であることは否定出来ない。

調薬師であれば食べるには困らない、結果調薬師たちは安全な領都や他領へと出て行ってしまう。彼らの作るポーションを最も必要としているのはこうした冒険者の街であるにも関わらずです。

薬師ギルドベイレン支部では領都の薬師ギルドに頭を下げポーションを融通してもらっていると言うのが現状なんですよ。


それと冒険者も冒険者で、癒し草の納品量がですね。彼らにとっては実入りの少ない癒し草よりも魔獣を狩った方が金になる。材料を提供しないのにポーションだけ寄こせと言われましても。

街の調薬師は仕方なく自分たちで癒し草を取りに森へ入り、調薬しポーションを収め。そんな生活をしていれば危険な目にも合う、結果他所に出て行ってしまう。

冒険者たちはなぜか薬草採取をしている者を馬鹿にする傾向がありますからね、それが自分たちの命を救うポーションを作る為の作業であることなど考えもしないで。

そんな中現れたのがシャベルさんです。

シャベルさんはおそらくですが材料である癒し草をご自分で集められポーション作製をなさっておいでなのではないですか?その上品質の良いポーションを定期的にお持ちくださる。

安定した品質と安定的な納品、これほど優良なギルド会員を欲しがらない薬師ギルド支部はないはずです。

あの、本当に良かったらベイレンの専属になりませんか?住居のご紹介も致しますので」


ギルド職員の熱烈な勧誘、これまでこれほどに自身が求められたことがあっただろうか?

確かにこの状況はここベイレンの薬師ギルドの現状が慢性的な調薬師不足に陥っているからに過ぎない事など明白であり、数名の調薬師が揃えば自分などすぐにお払い箱になってしまう事は想像に難くない。

であるとしても、必要とされ惜しまれる。これまで経験した事のない感情に何とも言えない表情になるシャベル。


「大変申し訳ありません。引き留めていただけたことは大変光栄なのですが、俺は薬師であると共に冒険者でありテイマーなのですよ。

街に暮らす事はテイマーである以上不可能、かといってテイム魔物たちを、家族をどこかに捨てる事など始めから出来ないししたくもない。

薬師ギルドベイレン支部の皆さんには大変お世話になっておきながらご期待に沿えず本当にすみません。

またこちらによる事がありましたら、どうかよろしくお願いします。

これまで本当にありがとうございました」


買取受付職員は「そうですか、残念です」と言いながらポーション二十本分の買い取り代金銀貨百枚をカウンターテーブルに差し出すと、「これまでありがとうございました。どうかお元気で」と言って頭を下げるのであった。


幌馬車は進む、ガタゴトと音を立てて。

シャベルは思う、ここベイレンの街は悪くなかったと。基本的な生活は魔の森の水辺であり、その毎日は家族との語らいの日々。ポーションの作製になめし革の作製、生活魔法の訓練にフォレストビッグワームたちとの戦闘訓練。

食料は潤沢、癒し草も魔の森の中ではそこいら中に生えている。

穏やかな生活、穏やかな日々。だが思ってしまう、もっといろんな土地に行ってみたいと。

自身は知らない、スコッピー男爵家と言う狭い世界で己を殺しただ生き残る事だけを考えて来た。スコッピー男爵領マルセリオと言う狭い街で日々の糧を得る事、きちんとした身分を手に入れる事を目標に、淡々と仕事をこなして来た。

自身は世の中を知らない、この国を知らない、人々の事も、テイマーと言う職業の事も。

シャベルの中に芽生えた想い、それは好奇心。これまでの人生で一度も感じた事の無かった感情。


ベイレンの街では多くの素晴らしい出会いがあった。それは商業ギルド職員レイブランドであり、テール商会商会長サルバドール・テールであり、薬師ギルドベイレン支部の職員さん方であった。

“素晴らしき出会いをお与えくださった女神様に感謝を”

幌馬車の上、御者台に座り手綱を握るシャベルは、出会いの幸運に感謝し女神様に祈りを捧げる。そんなシャベルの隣では雫と天多がプルプルと楽し気に身を振るわせる。


「フフッ、一番の出会いは新たに天多に加わったスライムたちと雫だったね。

もうすぐ冒険者ギルドに着くから、従魔登録が済んだらお昼にしようか?

なんやかんやで時間が掛かっちゃったから昼の時間を大分過ぎちゃってるけどね」

シャベルは“そう言えば冒険者ギルドの食堂って利用した事がなかったよな。天多はしょっちゅう何か貰って食べてたけど”と、マルセリオの冒険者ギルドの日々を思い出す。そんなシャベルの思いを知ってか知らでか、天多はプルプルポヨンポヨンと隣の雫に語り掛ける。それはまるで“おいしいご飯を貰うにはこうかわいらしくプルプルしたり、ポヨンポヨン飛び跳ねたりするといいんだよ♪”と、生活の知恵をレクチャーする先輩のようであった。



「すまない、従魔登録の為の審査を頼みたいんだが」

冒険者ギルド一階建物脇にある解体所受付、そこでは冒険者たちから持ち込まれる獲物を仕分けし、血抜きを行い解体する為に忙しなく働く解体所職員の姿があった。


「あぁ、ちょっと待ってくれ、今向かう」

返事をしたのは熊の様にガタイの大きな男性職員。


「それで従魔登録って話だったな、肝心の従魔はどいつなんだ?」

男性職員は受付で待つシャベルに声を掛け周りを見渡す。

ここは冒険者の街ベイレン、多くの冒険者が魔物を求め集まる街。当然の様に彼らは魔物と戦う為の力を求め、日々研鑽を行う。

そんな街で従魔登録を行う、それはウルフ種か、それとも別の何かか。

だが視線を彷徨わせた先にそれらしき魔獣の姿を見つける事は出来ない。


「あぁ、今回登録するのはこいつだ」

そう言いシャベルが向けた視線の先、それは受付カウンターに乗る水色の水まんじゅう。


「はぁ?何を言ってるんだ?こっちは忙しいんだ、冗談ならよそでやってくれるか?」

男性職員は苛立たし気な態度を隠すことなくシャベルを睨みつける。


「ん?あぁ、お前はあれか?俺が雫を戦闘で使うとでも思ってるのか?

こんなかわいらしい家族にそんな真似をさせるわけないだろうが。お前ら力のある者はスライムの可能性なんて考えた事もないだろうけどな、スライムは実際凄いんだぞ?

そうだな、これは実際見せた方は早いな。

まだ血抜きが終わっていないグラスウルフかなんかはいるか?」


シャベルの言葉に一体こいつは何を言ってるんだと言った顔になる男性職員。シャベルは“いいから一体持ってこい”と言って男性職員に獲物を持ってくるように促す。


「まぁこれはどんなスライムでも出来るって話じゃないんだが、基本的にスライムであれば可能性のある姿だと思ってくれて構わない。

天多、このグラスウルフの血抜きを頼む」

シャベルはそう言うとグラスウルフの首筋をナイフで切り裂き、その場をスライムの天多に譲る。天多はグラスウルフの首筋に張り付くや体内に残る血液を吸い上げその身に吸収して行く。

その様子を口をぽかんと開けたまま見詰める男性職員。


“ポヨンポヨンポヨンポヨン”

“終わったよ~♪”とばかりに跳ねる天多。シャベルはそんな天多の頭を撫でながら「ご苦労さん」と言って労を労う。


「見ての様にスライムは結構使える。俺はテイマーでソロ冒険者だからな、狩りの現場では世話になりっぱなしだよ。で、新たに加わった仲間がこっちの雫だな。

こいつはまだまだこれからと言ったところだが見込みはあると思ってる。

こんななりでも魔物だからな、街じゃうるさく言う奴もいるだろう?

従魔登録は必須って訳だよ。

従魔は何も戦闘だけで使うものじゃない。田舎の方じゃ引退したテイマーが畑仕事に使ってるって話もあるじゃないか、なんでも使い様なんだよ」


そう言い肩を竦めるシャベルに口をぽかんと開けたままの男性職員。


「で、何をすればいい?見ての通り他人を害するなんてことはないんだが?」

「あっ、あぁ。目視検査は問題ない。後は行動検査だな」


「分かった。雫、俺の方においで」

“コロコロコロコロ”


「今度は俺から一メート程離れてから右に曲がって一メート進んで止まる」

“コロコロコロコロ、クルッ、コロコロコロコロ、ピタッ”


「跳ねる・・・は、出来るか?」

“・・・ポヨン、ポヨン”


「お~、良く出来ました。雫は凄いな~。こんな感じだが?何か問題あるか?」


シャベルから投げられた問い掛けに頭を抱える男性職員。問題はない、問題はないんだが、問題がないことが問題と言うか。これまで培ってきた“テイマーとは魔物を使役し魔獣と戦う。従魔とは戦う為の道具”という常識が、がくがくと音を立て揺さぶられる。

男性職員は思う、“なんだこのかわいい生き物は、こんなかわいい生き物なんか見たことないんだが!?”と。

これまでの人生で感じたことのない胸の締め付けられる思い、あのかわいい生き物に触れたい、頭を撫で撫でしてあげたい。


「問題はないな、行動検査も合格だ。・・・なんだ、その。さっきは悪かったな、睨みつける様な真似をして。

それとそのスライムの雫ちゃんなんだが、・・・触らせてもらってもいいだろうか?」


「ん?あぁ、構わんが。雫、職員さんのところに向かってくれ」

“コロコロコロコロ、ジ~~~~~~~ッ”


カウンターテーブルの上を転がり男性職員の前まで移動した雫は、そのまま下から見上げる様に男性職員に向け身を固める。

そろりと延ばされる男性職員の大きな手、その手が触れた瞬間プルプルと身を震わせる雫。

男性職員の表情がだらしなく崩れ、口元がニヘラと歪む。


「全てのスライムがそうではないようだが、中には頭のいい個体もいるらしい。俺の場合はテイムと言う繋がりがあるからあれだが、そんな繋がりがなくとも魔力豊富な食材や魔力水を与える事で、スライムは人に懐く事がある。

これは以前読んだスライムの専門書、“スライム使いの手記”と言う本にも記されていた事だ。

魔力水は生活魔法<ウォーター>で水を出す際に魔力を多く込める事を意識すれば作れるし、何よりここは魔物の解体所、スライムが大好きな魔物の血液やら内臓やらが豊富にある。

どうせ冒険者に頼んで破棄するんだろう?だったら少しくらいスライムにやっても誰も咎めやしないよ。上手く行けば天多みたいに血抜きを覚えるかもしれないしな。そこは育て方次第だろうが、まぁ頑張れ」


シャベルはそう言うと男性職員から雫と従魔審査証明書類を受け取り、従魔登録を行う為に二階の冒険者ギルド受付に向かうのであった。

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