第50話 水辺での日々の終わり、次なる街へ

「これで二百本っと、漸く終わった。やっぱり職業スキル無しでのポーション作製は時間が掛かるんだよな。結局三ヶ月以上掛かっちゃったし」


“フゥ~”

シャベルは作業場でもある魔の森の水辺に佇む小屋の中で大きなため息を吐く。

職外薬師の仕事は只管に根気との戦いである。

竈に掛けた調薬鍋に注ぐ魔力水の魔力濃度、竈にくべる薪の調節、乾燥スライムの欠片の量の調節、煮出し時間をスキル<カウンター>のお陰で気にしなくてよくなったことは本当に助かると心の底から思う。

それでも近頃は煮出し時間が何となく体感で分かる様になって来ているのだから、何事も訓練次第だと思うのではあるのだが。


この魔の森の水辺はシャベルにとってとても過ごしやすい場所であった。ポーション作製の薪に使う枝が周辺で簡単に手に入る点、生活魔法<ウォーター>の訓練を何度も行える豊富な水がある点、家族たちにとって過ごしやすい魔力豊富な土地である点。

幌馬車を走らせれば一日も経たずに街に辿り着き、必要な生活物資の購入や獲物の販売を行えると言ったところもシャベルが三ヶ月以上もこの地に留まってしまった理由でもあった。


「でもやっぱり陶芸は難しいよな~。生活魔法<ブロック>で作った魔法レンガはそこそこの値段で引き取ってもらえたけど、お皿は売れなかったもんな。甕はそれなりに需要はありそうだったけど、俺が不器用なのか上手く作れないし。

生活魔法<ブロック>の練習って言うよりも陶器作りの練習なんだもんな。

まずは魔法レンガの作製だけを行った方がいいのかもしれないな」


並行して行っていた生活魔法<ブロック>の訓練は中々目に見える形での成果を得るには至らなかった。だが訓練、修行とは得てしてそうしたものである。

スコッピー男爵家屋敷にて幼少期より無能と呼ばれ、それでも腐ることなく日々武術の研鑽に取り組んだシャベルにとって、先の見えない生活魔法<ブロック>の訓練も決して苦ではなく、寧ろ研鑽の先の僅かな可能性を求めるぐらいしか自分に残された道はないと思っているのであった。


「でも大量に作った保存用の容器の使い道を思い付いてよかったよ。こんな簡単な事に思いが至らないなんって本当俺ってバカだよな。

時間停止機能付きマジックポーチの有用性もこれでまた一段と上がったよね」

シャベルの思い付き、それは作製済みポーションの保存用にと作った大量の大型瓶サイズの陶器に小麦粉や豆を入れるという事であった。特に小麦粉は暑い季節には悪くなりやすく、旅の身であるシャベルにとっても魔物肉に次いでその保存に頭を悩ませる食材であったのである。


「フォレストビッグワームたちのお陰で数ヶ月分の肉の補充は済んでるし、なめし革の納品で資金に余裕も出来た、ポーションの売り上げもあるし城塞都市に行く為の準備は整ったかな?」

シャベルは初めてベイレンの街に出向いてからこれまでに二回街を訪れ、商業ギルド職員レイブランドの下へフォレストウルフ、フォレストディア、ホーンラビットのなめし皮の納品、薬師ギルドへポーション百本の納品を行っていた。

その二度の納品で銀貨六百二十枚、金貨に直すと金貨六枚分を超える資金を調達していたのである。


「この泉ともお別れか。長いことお世話になりました」

シャベルは小屋の建つ水辺の泉に対し深々と頭を下げる。泉に向かい何度も何度も生活魔法<ウォーター>の訓練を行う事によりシャベルの魔力量は増大し、今では樽三杯分の水を作り出せる様になっていた。また<放水>もフォレストウルフを吹き飛ばすほどの威力を出せる様になり、放水量を絞る事で魔物に嫌がらせを行う事の出来る使い方も身に着ける事が出来た。


「結局スライム一匹倒す事は出来なかったんだよな~。むしろあいつら大喜びで寄って来るんだもん、俺ってやっぱり才能ないよな~」

シャベルの見詰める泉の水面には、今も多くのスライムが浮き上がり“水遊びの時間だ~”とでも言いたげにスイスイ泳ぎまわっている。


「みんなありがとうね、おかげで放水も随分上達したよ。俺たちはもう行くけど元気に暮らせよ」

シャベルはスライムたちにそう言葉を掛けると、天多に小屋を仕舞ってもらえるように声を掛ける。

天多は小屋の屋根に上るとその身を伸ばし小屋全体を土台の魔法レンガごと包み込む。それはまるで小屋を飲み込む様でありいまだに慣れない光景であるが、便利であることには違いない。


「“大いなる神よ、我に慈悲をもって真理を教えたまえ、魔物鑑定”」


名前 天多

種族 群体スライム

年齢 不明

状態 良好

スキル

悪食 統合 分裂 学習 巨大胃袋

魔法適正


「う~ん、多分この<巨大胃袋>って言うのが<収納>のスキルと同じような役割を果たしていると思うんだけど詳細が分からないんだよな~。

そう言う事って他のテイマーに聞けば知ってるのかな?城塞都市の冒険者ギルドならそう言う資料もあると思うんだけど、マルセリオ支部の資料室にはなかったからな~。ジニー・フォレストビーさんもスライムの事を調べるのに苦労したようなことを書いてたしな」

テイマーは冒険者の中でも不遇とされる職業の一つである。他の戦闘職の様に職業による個人戦闘力の補正を受ける事が出来ず、そうした技術を地道に鍛えるしかないからである。

余程優秀な魔物をテイムしているのならいざ知らず、大概の場合お荷物扱いされパーティーに加わることが難しい。自然ソロ冒険者の道を選ばざるをえず、他者との間に一定の距離を置く様になる。

テイマー関連の書籍が少ないのにはそうしたテイマーの気質も起因しているのかもしれない。


“ポヨン、ポヨン、ポヨン”

小屋を仕舞い込んだ天多はなぜかそのまま泉に向かい飛び跳ねる。そしてテイムの繋がりを通しシャベルに何かを訴え掛ける。

それは泉に浮かぶスライムたちも同様で、ブルブルと身を震わせシャベルに何かを伝えようとする。


「・・・えっと、テイムして欲しいって事なのかな?もしかして魔力水がもっと飲みたいとか?」


“““プルプルプルプル”””

水面に浮かぶスライムたちが一斉に震えだし、水面に小波が生まれる。シャベルはその光景に呆れた様な乾いた笑いを浮かべる。


「魔物は魔力が大好き、“スライム使いの手記”にも書いてあったけど、君たちって本当に欲望に真っすぐだよね。でも俺のテイム魔物になると天多と一体化しちゃうけど大丈夫?なんか天多の種族がスライム(群体)から群体スライムに変わっちゃってたから一つの存在になっちゃうんだと思うんだけど?」


“ポヨンポヨンポヨン♪”

天多から“みんなそれでいいって言ってるよ~♪”と言う思いが伝わってくる。スライム同士ですでに話はついているのだろう。

シャベルは泉に向かいおもむろに手をかざすと、テイマーの職業スキルを唱えるのであった。


「“範囲、泉全体。<テイム>”」

“ポヨンポヨンポヨン~~~♪”


水辺で嬉しそうに跳ね回っていた天多が勢いよく泉に飛び込むと、その天多に向かい重なり合う様に群がるスライムたち。

暫くのち、全てのスライムと統合した天多はスイスイと水面を泳いで岸に上がると、元気よくピョンピョン跳ねながら幌馬車へと跳んで行くのであった。


“スイスイスイスイ、コロコロコロコロ、プルプルプル”

そんな天多の様子を呆れ顔で眺めていたシャベルは、不意に足元から感じる繋がりに目線を落とす。それは掌に乗るくらいの水色をした小ぶりなスライムであった。


「えっと、君は天多と統合しなかったの?と言うか普通のスライムよりも小さいんだけど、特殊進化したスライムだったのかな?」

ジニー・フォレストビーの著書<スライム使いの手記>にも様々なスライムが紹介されていた。それは環境に合わせ特殊進化した個体であり、岩のように固いスライムから火の魔法や水の魔法を使うスライムなど、スライムには無限の可能性があると述べられていた。

この足元にいるスライムもそうした進化体の一体であり、方向性が確立してしまっていたため天多とは統合する事が出来なかったのであろう。


「そうか、お前はすでに独り立ちしていたんだね、凄いな。それじゃちゃんと名前を付けてあげないといけないよね。

そうだな、“しずく”でどうかな?見た目から付けた名前だからまんまだけど」

“プルプルプルプル♪”

雫から伝わる想い、それは喜び。シャベルはかわいい同行者をそっと掌に載せると、「これからよろしくね、雫」と声を掛けるのであった。



“ガタガタガタガタ”

幌馬車は進むガタガタ音を立てて。魔の森の道を抜け、街道を走り、一路冒険者の街ベイレンを目指して。

唯一気掛かりだった自身の作った出来損ない陶器やフォレストビッグワームたちが調子に乗って作り続けた大量の魔法レンガは全て天多が<巨大胃袋>の中に仕舞い込んでくれた。

シャベルは思う、“その<巨大胃袋>って一体どれくらいの大きさなの?出し入れ自在なの?何が入ってるかってちゃんと分ってる?”と。

一見するとマジックバッグのような機能にも思えなくもないが、マジックバッグとは小屋を丸々仕舞い込むようなものなのだろうか?

解体前の大物魔獣を収納するくらいだからそうした使い方も出来るのか?

自身の知らない事は知っている事よりも遥かに多い。改めて世の中知らない事ばかりなのだと教えられたシャベルなのであった。



「次、身分と目的を告げよ」

ベイレンの街の西街門、多くの冒険者が仕事を求め訪れるそこは、多くの商人が集う街でもある。

魔物の素材や魔の森の素材は、ここライド伯爵領ばかりでなく、広く周辺都市、遠く王都からも求められる商材なのであった。


「銀級冒険者シャベル、テイマーだ。これが従魔鑑札になる。目的は城塞都市に向かう道すがらと言ったところだな。

従魔はスネーク系の魔物なんで幌馬車の中に乗せているんだが、見てみるか?」

シャベルの言葉に幌馬車の荷台を覗いた門兵は、ギョッとした顔で後退りする。


「従魔が問題を起こせばテイマーの責任になる、この街で余計な真似をするなよ。よし、通れ」

門兵の言葉に礼をし街門を通過する。

幌馬車はガタゴト音を立てて街の大通りを進んでいくのであった。



「こんにちは、シャベルです。サルバドールさんはおられますでしょうか?」

シャベルが幌馬車を停めた先、それは西街門からすぐの所に店を開くテール商会の店舗であった。


「いらっしゃいませ。あぁ、シャベルさん、いつもありがとうございます。今日はどう言った品をお求めで」

テール商会商会長ザルバドール・テールにとって毎回大袋での買い物をしてくれるシャベルはお得意様であり、その冒険者とは思えない柔らかい物腰に好感を持っていた。


「はい、今日は保存の効く食糧と豆類を。それとこれから城塞都市に向かおうと思いまして、お世話になったザルバドールさんにはちゃんとご挨拶をしたかったものですから」

冒険者とは自由の民、ザルバドールはこの青年も旅立つ時が来たのかと、寂しくも“頑張れよ”と応援する気持ちが湧いてくるのを感じていた。


「そうですか、シャベルさんにはこちらの方こそお世話になりました。例の警笛、あれから周りの商店主とも話し合いまして、西門の門兵様方と協力してよそ者冒険者の問題に取り組もうと言うことになったんてすよ。

お陰様でこのところ西門周辺はすっかり平和になりました。何かあればすぐに警笛の知らせに西門から門兵様が飛んで来て下さいますからね。

これもシャベルさんの御助言のお陰です」


「いえいえ、自分は大した事は。それよりもサルバドールさんが自ら行動し皆を説得した努力の賜物でしょう。以前も申しましたが誠実な商売をしてくださる商会は貴重なんです。大変だとは思いますが頑張ってください。

それと城塞都市でお勧めの商会などがありましたら教えていただきたいのですが」

安心して買い物が出来る商会は貴重である。その事を身をもって知っているシャベルにとって、テール商会の存在はとてもありがたかった。

そしてそんなテール商会が勧める商会なら信用出来る。シャベルはこれから向かう城塞都市の情報収集も確りと行う強かさを身に付け始めていたのであった。


「それでは皆さんもお元気で」

幌馬車は進む、ガタガタと音を立てて。テール商会の人達に見送られ街の大通りを東門に向かって。


「この後は商業ギルドのレイブランドさんのところになめし革を納品して、冒険者ギルドで雫の従魔登録をして。

冒険者ギルド、絶対絡まれそうだよな。でもちゃんと従魔登録しておかないと何かあったら嫌だし」

シャベルが座る御者台の隣には初めて見る街の光景に楽し気にフルフル身を震わせる雫の姿。その隣では一回り大きい天多が、先輩風を吹かせ何やらプルプルと話し掛けている姿が微笑ましい。


幌馬車は進む、ガタガタ音を立てて。シャベルはこの先向かう冒険者ギルドで問題が起きませんようにと、女神様に祈りを捧げるのであった。





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