第49話 街の買い物、それはトラブルの予感

“ガタガタガタガタ”

ベイレンの街の大通りを西門に向け幌馬車に揺られること暫し。西門から入ってすぐの場所に商業ギルド職員レイブランドに紹介されたテール商会の営む商店が姿を現す。こぢんまりとしたその店は、それていて周囲が整頓され、店主の誠実さが伺える。

シャベルは幌馬車を店前に停めると、御者台から店内に向け声を掛ける。


「すまない、店主はおられるか?馬車を店の前に停めても構わないだろうか?」

だが店内からその問いに対する返答は聞こえず、何やら罵声のような物音がするのみ。シャベルはその様子に訝しみながらも、百聞は一見に如かずとばかりに店内に歩を進める事にするのだった。


「すまない、店主はおられるか?馬車を店の前に停め「だからよ~、お前のところで買った商品が屑物だったって言ってるんだよ、この落とし前をどうつけるってんだ、あん?」・・・」

店の中では店主と従業員らしき人物を複数人で取り囲む冒険者風の男性たち。どうやら商売上のトラブルが発生したらしい。


「落とし前も何もその商品はうちで扱っている物ではないと何度も言っているだろうが。納得出来ないと言うのなら商業ギルドなり衛兵なりを呼んでもらっても構わん、断じてそれは我が商会で取り扱った物ではないわ!!」

店主はきっぱりと言い張り、冒険者風の者たちの言葉を拒絶する。それに対し冒険者風の男たちは更に声を荒げ店主を締め上げようとする。


「まぁ待て待て、それ以上は流石に見過ごす訳にもいかない。その首元を締め上げてる手を放して少し話をしようじゃないか」

背後から掛けられる声に一斉に振り返る冒険者風の男たち。


「なんだ手前は、これはここの店主と俺たちの問題だ、邪魔をするんじゃねえ」

男たちはそう言うと背後の者、シャベルに対し威圧を掛ける。


「ハハハ、まぁそんなに凄むなよ、同業者じゃないか。で、一体何があったんだ?屑商品を掴まされたって聞こえたんだが。

俺は商業ギルドの紹介でこの店に買い物に来たところでな、その話はちょっと聞き逃せないんだよ」

シャベルはそう言うと男たちと商店主らしき者の間にグイッと顔を覗かせる。


「お、おう、その通りだ。この店で買った商品が屑物だったんだよ!」

男はシャベルの行動に一瞬身をたじろがせるも、先程からの主張を繰り返す。


「で、一体何を掴まされたってんだ?ちょっと見せてくれよ?」

「お、おう、これだよ」

それは麻の袋に入った小麦粉であった。だがよく見ると何やら黒っぽい粒が混じって見える。


「混ぜ物入り、おそらく底の方に砂でも詰まってるって感じか?お宅らはこの小麦粉の袋をいくらで買ったって言うんだ?」

「おう、銀貨一枚銅貨五十枚のところを値切りに値切って銅貨九十枚よ」

男はなぜか誇らしげにそう語り、周囲の者もそれに頷きを示す。


「ふ~ん、銀貨一枚銅貨五十枚を銅貨九十枚にね。あんた中々やるじゃないか。

それをこの店でやったと、ここの店主はそれだけ印象に残る取引を知らないと言ってると、そりゃ怒鳴るのも仕方がないよな。

なぁ店主」

「だから俺はそんな取引なんざ知らんと言ってるだろが、大体この連中がこの店に来たことだって初めてだ!!」

シャベルの言葉に声を上げて反論する店主。シャベルはそんな店主から目を逸らし、男たちに向かい声を掛ける。


「なぁあんたら、こんな悪質な話って無いよな。あんたらはこの店で商品を買った、わざわざ冒険者ギルドから離れた街の反対にあるこの店に足を運んで重い小麦の袋を買って持ち帰ってのこの所業だ、怒るのは当たり前だよな。

よし、俺が西門の門兵に話を付けて来てやろう。その上で俺にこの店を紹介した商業ギルドの職員レイブランドを呼んで来てやるよ。

なに、商業ギルドと言えば街の商品に不正がないのかを監視するのも役割ってものだろう?きっと良い様にしてくれるさ。

お前たちも許せないよな?遠くよその街からやって来てこんな事されちゃ。これは冒険者全体の問題だってんだ。冒険者ギルドにも話を付けてやる、他の連中が同じ目に遭わされちゃ堪らないもんな。あんたらは冒険者仲間を守ってるんだ、英雄だよ。

門兵にはいくつか質問されると思うけど嘘偽りなく答えてくれれば問題ないから、この店に来て商品を買ったら酷い屑を掴まされたって言えば門兵も協力してくれるって。

ここは西門のすぐ傍にある店だし、お前らが見事な交渉術を繰り広げていたところを目撃してるはずだ。

まったくこんな悪徳な店をよく野放しにしてたって話だよな?」


シャベルは男たち一人一人の目を見て俺に任せろとばかりに声を掛ける。だが男たちはなぜか視線を横に逸らし挙動がおかしくなる。


「そ、そこまでする必要はないさ、うん。お前の気持ちは嬉しいが俺たちは代金の返還をしてもらえれば「何弱腰なこと言ってんだ、冒険者は嘗められたら終わりなんだよ、しっかりしろよ!ちょっと待ってろ、今門兵を連れてくるから。なに、こんな勝ちの見えた勝負逃すような馬鹿はいねえって、引き摺ってでも連れて来てやるからよ。

店主、逃げるんじゃねえぞ!おい、お前がリーダーなんだろう、一緒に行くぞ!!」

うるせえな俺はいいって言ってるんだよ、まったく訳分かんねえ奴だな!

どこか行けよ!」

途端シャベルに対し怒鳴り出す男、周囲の男たちも何やら妙な動きを見せ始める。


「怒鳴るなよ、同業者だろうが。冒険者は助け合いだぞ?それじゃ店主、お前を逃がす訳にはいかないからな、俺が捕まえておく。

で、この道具だ。これは警笛って言って簡単にえばよく響く笛だな。ここから大きな音を出せば何事かと門兵が飛んでくる。これでお前もお仕舞って奴だ」


“ピーーーーーーーーーーーーッ!!”

店内に鳴り響く笛の音、それはこの小さな店何処か周囲一帯に広がり、通りを歩く旅人や商人が何事かと顔を向ける。


「この馬鹿野郎!!お前ら、行くぞ!!」

そう言い急ぎ店から飛び出す冒険者風の男たち。シャベルはそんな彼らには目もくれず笛を吹き続ける。


“ドタドタドタドタ”

聞こえる足音、店のすぐ傍の西門から駆け付けたであろう複数の門兵たち。


「どうした、一体何の騒ぎだ!!」

門兵の一人が大きな声を上げる。


「お勤めご苦労様です門兵様。実はよそ者冒険者がこの店の店主相手に強請りを行っていまして、とっさに手元にあったこの警笛を使わせていただいたんです。

お陰様で連中は走って逃げて行きました。これもすぐ傍で街を守ってくださっている門兵様方のお陰様でございます。本当にありがとうございます」

店主から手を離したシャベルは門兵にそう答えると、深々と頭を下げ騒ぎを起こしたことを謝罪し、感謝の言葉を述べるのであった。



「これは日頃から街を守ってくださっている門兵様方に対するほんの感謝の気持ち、どうかこれからも私たちの事をお守りくださいます様お願い申し上げます」

「そうか、今の時期は色んなよそ者がやって来て物騒だからな、お前たちも十分気を付けるんだぞ」

シャベルは代表格の門兵に銀貨二枚を握らせ、感謝の言葉を述べる。気を良くした門兵は、仲間の門兵に声を掛けるとそのまま西門へと帰って行くのであった。



「「どうもありがとうございました」」

テール商会商会長サルバドール・テールと丁稚の少年は、急な事態に驚きつつもシャベルが機転を利かせ自分たちを救ってくれたことに感謝し、礼の言葉を述べる。

シャベルはそんな彼らに苦笑いを浮かべながら、言葉を返す。


「いえいえ、俺は大した事はしていませんし出来ませんから。多勢に無勢、いかに後腐れのない様に立ち回るか。弱い俺に出来るのはそれくらいですので。

連中から見て俺はお調子者の正義馬鹿に映ったでしょうし向こうから絡んでくる事もないでしょう。それにこの店に西門の門兵様方がやって来ていたところは見ていたはず、変な気を起こして再び同じ真似をする事もないと思います。

ですが馬鹿はどこにでもいる、念の為に警笛を購入することをお勧めしますよ。

折角すぐ傍に門兵詰め所があるんです、時々付け届けでもして仲良くしておくのもいいのではないですか?それだけでも馬鹿が寄って来ることを防げるかもしれませんから。

っとそうじゃないです、俺は買い物に来たんですよ。先程商業ギルドのレイブランドさんの紹介と言いましたが、そのレイブランドさんからこの店なら質の良い商品を取り扱っていると聞きまして。小麦粉と豆を大袋でいただけますか?店の前に停めてある幌馬車に積み込んでくれると助かります。

あぁ、幌馬車には大蛇の従魔が二匹載ってますが、人を襲う事はありませんのでご安心ください。自分、こう見えてテイマーなんですよ」


シャベルの言葉に店主サルバドールは暫し口をぽかんと開けて固まってしまう。冒険者にしては丁寧な言葉使い、さりとて先ほど見せたような相手に会わせつつ状況を誘導する様な話術、一触即発の危険な状況をその機転により誰も傷つく事なく解決した判断力。だがその実態はテイマー冒険者と言う矛盾。

この人物は一体何者なんだ?と。


「あぁ、申し遅れました。俺は銀級冒険者でテイマーのシャベルと申します。普段はベイレンとは別の場所を拠点としています。ですので今回の件でこちらに負い目を感じる必要はございませんのでご安心ください。

それよりもご主人の方です、あの手の馬鹿は変なところでしつこく逆恨みしたりしますから、先程も申しましたが西門の門兵さんを味方に付ける様にして上手く立ち回ってください。

連中は冬越しの為にベイレンにやって来た様な冒険者です。ベイレンで何をしようとも離れてしまえば問題ないと考える様な犯罪者予備軍です。

自分たちの身は自分たちで守るしかない、その手段は多いに越したことはないんですから」

冒険者の街で商売をする以上この手の危険は避ける事が出来ない、店主サルバドールはシャベルの忠告に素直に頷く事しか出来ないのであった。


「どうもありがとうございました、大変良い取引でした。岩塩の上物は中々手に入りませんから。本当に良い出会いに恵まれたと女神様に感謝申し上げたい。

次に街に訪れた際にも必ず立ち寄らせていただきます」

シャベルは満面の笑みで感謝を伝える。小麦粉にしろ豆類にしろ、ご主人が拘りを持って選び抜いた商品はどれも上質のものであった。当たりどころか大当たり、確かにその辺の商会で購入する物の倍近くする商品ばかりではあるが、素直に安いと感じる事の出来る品質であった。


「こちらこそ良い取引をありがとうございました。また私どもを助けていただきありがとうございました。こちらはほんのお礼の品です、どうぞお受け取りください」

そう言い渡されたのは琥珀色をした何かが入った小瓶であった。


「これは懇意にしている養蜂場から仕入れたフォレストビーの蜂蜜になります。

パミル子爵領とサンタール伯爵領の領境周辺では盛んに養蜂が行われているんですよ。もし南に向かう事がおありでしたら是非立ち寄ってみてください」

テール商会商会長サルバドール・テールが齎した嬉しい情報。フォレストビーの養蜂と言えば名著「スライム使いの手記」の著者ジニー・フォレストビー氏が現在営まれている職業。

これは是非とも見学させていただきたい。

シャベルは店主サルバドールに次回必ず立ち寄うる事を誓い、その時に懇意にしている養蜂家の方への紹介状を書いていただける様にお願いするのであった。

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