第48話 水辺での日常、それは家族と過ごす憩いの時

冬の柔らかな日差しが森の水辺に差し込む。泉の脇に建つ小屋の扉が開き、一人の若者が姿を現す。

若者は壁に立て掛けてある盥桶を地面に置くと、その上に手をかざす。


“ドバドバドバ”

勢いよく注がれる水、まるで蛇口から流れ込む様に翳した掌から溢れ出した水は、盥桶を満たすとピタリと放水を止める。


“ザバザバザバ”

若者は手桶を作り顔を洗うと、“フゥ~”と息を吐き顔を上げる。若者の、シャベルの毎日は、こうして始まるのであった。


泉の脇に小屋を建ててから暫く、シャベルは毎日の棒術の訓練、生活魔法<ウォーター>の訓練、ポーションの作製を一日の流れとして行う生活をしていた。

特に生活魔法<ウォーター>の訓練は、水辺という事もありいくらでも豊富な水を生み出す事が出来る為、久方ぶりに魔力枯渇を体験する程に充実したものであった。

生み出せる水の量も一回で樽二杯分出せるようになり、また掌から放水を行うかのように無詠唱で水を生み出し続ける事も出来る様になった。

それは水辺と言う限定的な環境ではあるものの、疑似的に水属性魔法使いの様な魔力の運用が出来る事を意味していた。


シャベルはこの訓練を通じ、普段身体を使う時に意識している魔力とは性質の違う魔力、言うなれば水属性魔力の様なものがあるという事を感じ取ることが出来るようになっていった。

その為普段使う魔力を基礎となる魔力、基礎魔力とし、水に関する生活魔法を操る魔力を水属性魔力と分類することにしたのであった。

そうなると他にも各属性魔力が存在するのではと考えられる。そこでシャベルはフォレストビッグワームたちに協力してもらい大量の粘土を作製、魔法レンガや陶器の器や甕を生活魔法<ブロック>によって作り続けたのである。

その結果普段身体を動かすときに意識している基礎魔力や生活魔法<ウォーター>を作り出す際の水属性魔力とは違う性質の魔力、いわば土属性魔力と言ったモノを感じるに至ったのである。

そしてそれぞれの生活魔法を使う際にこうした属性魔力を意識することで、効率的な魔力運用を実現化していったのであった。


「天多~、朝のお水だよ~」

シャベルは引き馬の日向の水やり、フォレストビッグワームたちへの水やりを終えると泉に向かって声を掛ける。


“スイーーーーー、ムクムクムクムク”

するとその水面に一匹のスライムが姿を現し、その大きさをどんどん広げ、水面に浮かぶ巨大なお椀の様なものに姿を変えるのであった。


「“魔力多目、樽二杯、ウォーター”」

“ザザザザザ~~~~~~ッ”


中空より現れた大量の水が水面に浮かぶ巨大なお椀に注がれる。天多はシャベルの与えた魔力水をそのまま身体に取り込むと、再び元の小さな身体に戻り、泉を嬉しそうにスイスイと泳ぐのであった。


「<放水>」

シャベルは泉に向かい掌を向け、水を出し続ける。生活魔法<ウォーター>の訓練の一環で始めたこの<放水>であるが、まるで魔法名の様なものを唱えるようになったのはちょっとした気分であった。

元々は<ウォーター>と唱えていたものが無詠唱になり、<放水>と変わって行った。だがこの魔法行為を<放水>と意識するようになってから、<ウォーター>の扱い易さが上がったことは気のせいではないだろう。

その為水量や威力の調整を行う訓練の際には、<放水>と唱えるようになったのである。


“スーーーーーッ”

「ん?今日も来たのか?それじゃ的の方をお願いします」


シャベルが泉で生活魔法<ウォーター>の訓練をするようになって暫く、シャベルの周りにはこの泉に住むスライムたちが寄って来るようになっていた。

天多もそうだがスライムたちはシャベルの出す魔力水が好きなのか、<ウォーター>の水が零れ落ちる場所に群がる様に身を寄せるようになったのである。

そこでシャベルは<放水>訓練をする際の的として、スライムたちを狙うことにしたのであった。


「う~ん、でもこの放水って戦闘には使えないよね。最弱で有名なスライムたちが大喜びって、まったく効いてないって事だもんね。

せめてスライムが怯むくらいの勢いが出せないと、身を守る為には使えないよな~」

シャベルは“魔法って難しい”と魔法適性がない者が魔法を使う事の難しさを実感しながらも、少しでも手札を増やす為と訓練を続けるのであった。



“ドガッ”

ここライド伯爵領はミゲール王国南西部に位置し、比較的温暖な地域と言われている。その為冬場でも魔物の活動が無くなるという事はなく、温かい時期に比べ数は減るものの、通年を通し魔物を狩る事が出来る冒険者にとっては過ごし易い地域でもある。

更に言えば今シャベルが小屋を構えている場所は魔の森の中に存在する泉の畔である。水辺は森に生きるものにとっての憩いの場、のどの渇きを潤すため多くの動物や魔物が訪れるそこに小屋を構えるなど、本来であれば自殺行為に等しい。


「秋、冬、お疲れ様。このフォレストウルフは早速捌いちゃうね。倒すのは襲って来る魔物だけでいいからね、避けて行く魔物や動物は基本放置で。

ここはこの魔の森の皆の水場なんだし、そこにお邪魔してるのは俺たちの方なんだから」


そんな危険地帯にあって、シャベルは呑気に魔法の修行とポーション作りに勤しんでいた。そこには当然のように多くの魔物が襲い掛かってくるのだが、そこは天然の防壁たるフォレストビッグワームたちの領域。無駄な戦闘を避ける為威嚇戦闘態勢ではあるものの、それを押して襲い掛かって来る魔物に対しては集団での打撃を加え仕留めて行く。

そうして倒された魔物はシャベルにより解体され、肉はマジックポーチの中に、血は天多が吸い取り、内臓と骨はフォレストビッグワームたちの餌に、皮は皮なめしの練習にと分けられて行くのであった。


月日は流れる。シャベルのポーション作りの日々は、スコッピー男爵領の魔の森に住み暮らしていた頃と同様に行われていった。

三日作業し一日休む。勤勉なシャベルではあったが一回に作れるポーションの量は決まっており、調子に乗って大量の保存用陶器を作ってしまった結果、長期に渡り森に引き籠る羽目になってしまったのである。

ポーション作りに必要な乾燥スライムは三日に一度の森の散策の時に捕まえたスライムで作る事にしている。流石に普段<放水>の訓練に付き合ってくれている水辺のスライムを捕まえるのは気が引けた為であった。


単発ではあるものの襲って来る魔物が絶えることはなく、マジックポーチの中の魔物肉の量は相当なものになってしまっていた。またなめし革も結構な枚数が貯まって来た事もあり、シャベルは食料の買い出しを兼ねて街の商業ギルドに持ち込むことにしたのであった。


「日向、今日はよろしくね。闇と風も護衛を頼みます」

シャベルの掛け声に“ブルルル”と嘶きで応える日向。フォレストビッグワームの闇と風はクネクネと嬉しそうに幌馬車の荷台に潜り込んでいく。


「それじゃ行ってきます。みんな留守番の方よろしくね」

シャベルがの言葉にフォレストビッグワームたちは“任せろ”とばかりにクネクネと身を捩らせ、小屋の屋根の上では天多がピョンピョン跳ね回る。

そしてなぜか泉のスライムたちも、まるでシャベルを見送るかのように集まってくるのであった。


“ガタガタガタガタ”


「次、身分と目的を告げよ」

魔の森の中の泉の小屋から幌馬車を走らせること半日、途中村を二つほど超えた先にその街、ベイレンはあった。位置的には魔の森に囲まれた様な街ではあるが城塞都市ほど奥地に進んだ場所という事もなく、比較的安全に魔物討伐が出来る場所である為か、冬季期間で獲物を求めてやって来たであろう多くの冒険者で賑わいを見せる街でもあった。


「銀級冒険者シャベル、テイマーだ。これがテイム魔物の従魔鑑札だ。それで目的だが森で仕留めた魔物のなめし革が溜まったんでな、商業ギルドに売りに来た」


「うむ、確かに確認した。それで従魔だが、スネーク系の魔物か?まぁいい、今の時期は冒険者が多くなっている、冒険者同士の問題も多く報告されている。

城塞都市ゲルバスまで行けばそうでもないんだが、ここベイレン辺りだと従魔に余計な難癖をつけるよそ者も多くてな。

お前も十分気を付ける事だ」


「忠告感謝する、これは今日のエール代にでもしてくれ」

「なんかすまんな、馬鹿はどこにでもいるからな。これはこの街の地図だ、商業ギルドなら街道をまっすぐ進めばわかるはずだ。よし、通ってよし」

シャベルは門兵にさりげなく銀貨を握らせると、商業ギルドに向け幌馬車を走らせるのであった。


「すまん、俺は銀級冒険者のシャベルと言う。魔物のなめし革を持ってきたのだがどこに持っていけばいいのか教えてほしい。物は外の幌馬車に積んである」

街道を進むこと暫し、その建物は街の真ん中に大きく構えられていた。商業ギルドベイレン支部、主要な取引は魔物素材と魔の森で取れる採取物、冒険者ギルドの得意先であり、この街の経済を支えていると言ってもいい組織である。


「ほう、冒険者がなめし革を持ち込むのか、珍しいな。冒険者は大概獲物を冒険者ギルドに持ち込むだけで加工まではしないものなのだがな」

声を掛けられた商業ギルド職員らしき人物はやや訝しみつつ、シャベルの事を値踏みするかのように目を向ける。


「あぁ、俺はソロのテイマーなんでな、森に籠って生活し、物が貯まったら街で売ると言う生活をしていたんだ。ここライド伯爵領はそうでもないらしいが、よそではテイマーの立場は弱いからな。

革に加工して持ち込むことは、少しでも収入を増やすための工夫だよ」

シャベルはそう言い肩をすくめて見せる。

商業ギルド職員は「なるほど、それなら納得だ」とギルドの買取カウンターの場所までシャベルを案内するのだった。


「ほう、これはなかなかいいフォレストウルフの毛皮じゃないか。加工もしっかりしている、これは<タンニング>による加工か?基本に忠実ないい仕事だ。

中には脳漿漬けの作業を省略する連中もいてな、革の素材としては問題ないんだが、毛皮の艶と毛並み、革の柔らかさが全然違うんだよ。

ほんの一手間だろうに何故かそれを嫌がる、より良い品物を扱うのが商人だろうに、俺には理解出来ん発想なんだがな」

商業ギルド職員はそのまま査定職員と共にシャベルの持ち込んだなめし革を見分し、感想を述べる。

シャベルはその言葉にホッと胸を撫でおろしつつ、あくまで当然と言った態度を取り続けるのであった。


「それじゃフォレストウルフの毛皮が銀貨一枚銅貨六十枚、グラスウルフが銀貨一枚銅貨二十枚、ホーンラビットが銅貨四十枚。フォレストウルフの毛皮が十二枚、グラスウルフが十六枚、ホーンラビットが十枚。

合計で銀貨四十二枚銅貨四十枚だな」

「あぁ、それで構わない。それと小麦と豆を取り扱ってる真面目な商会の情報が欲しい。森から出てきて屑物を掴まされたんじゃたまらないからな」


シャベルの言葉に「確かにそれは重要だ」と苦笑いを浮かべる商業ギルド職員。


「まぁウチはそうした商品の小売りはしてないからな。商業ギルドを出て左、西門の手前に店を構えるテール商会と言う小さな小売商店がある。品物は他の商会よりもやや高いが、いい品を揃えている。商業ギルド職員レイブランドの紹介と言えば粗雑な扱いは受けないはずだ。

これはシャベルに対する投資だ、またなめし革が貯まったら売りに来てくれ」


「分かった、これは借りとしよう。礼は再び同程度の品を持ち込むことで返させてもらおう。それと薬師ギルドの場所を知りたい。ソロにポーションは不可欠だからな」

商業ギルド職員レイブランドは、シャベルの言葉にさもありなんと頷き、薬師ギルドまでの道を説明するのであった。



「本日はありがとうございました。ポーションが出来上がったらまたお持ちになってください。

でも職外の薬師の方に初めてお会いしましたが、スキルがなくてもあれほどのポーションが作れるんですね。勉強になりました」

薬師ギルド職員の男性は空のポーション瓶二百本の入った木箱を幌馬車に積み上げると、シャベルに対しそう声を掛ける。


「いえいえ、私などまだまだです。調薬師の職業をお持ちの方は、良品質のポーションを大量に作る事が出来る。私は時間を掛けて同程度の仕事が出来るにすぎません。

幸いこのマジックポーチに出会えましたから何とかやって行けてると言うだけですので」

シャベルはそう言うと腰のマジックポーチをポンポンと叩く。

薬師ギルド職員は「あぁ、それが噂の“お荷物”ですか、使用している方を初めて見ました」と興味深げに目を向けるのであった。


“ガタガタガタ”

幌馬車はベイレンの街の大通りを一路西門に向け走り出す。

後は食料品の買い出しを終えて帰るのみ。シャベルはこれと言ったトラブルもなく用事を済ませられることに安堵しつつ、久し振りの街の買い物に心を躍らせるのであった。




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