第47話 家族との約束、それは新しい生活の始まり

“ガタガタガタガタ”

ライド伯爵領内に広がる村と村、街と街とを繋ぐ街道。

冒険者ギルドで購入した領内の街道地図にはそれらの内大まかな主要街道が書き込まれており、領内の移動に支障がない様になっている他、大体の魔の森の領域も危険地帯として記されていた。

冒険者にとって魔の森とは言わば狩場であり仕事場、その情報が抜ける事は日々の飯のタネに直結する片手落ちでは済まない問題。また行商人や旅人にとっては避けるべき、注意すべき危険区域、知っているいないではその生存率に関わる問題。

冒険者ギルドのこうした情報は、魔物蔓延るミゲール王国で無事に土地の移動をする為に欠かす事の出来ないものなのである。


「う~ん、地図に載っている様な大きな川は南の方でこの辺にはないな~。

これだけ大きな森が広がってるんだから川くらいあってもいいと思うんだけど。やっぱりさっき村の人に聞いた魔の森の中にあるって言う水辺を目指すしかないのかな~」

幌馬車に揺られること暫し、シャベルの移動速度は徒歩に比べると早く、既に幾つかの村を通過し魔の森が多く点在する地点に差し掛かろうとしていた。

シャベルの住み暮らしていたスコッピー男爵領マルセリオの街は周辺に大きな河川を擁しており、大きな街や村は水辺の傍に作られるという事を身を以て学んでいた。

その為ある程度街道を進めばそこそこの川や水辺に当たると期待していたのだが、単に地図に記されていないのではなく実際に川が無いという事態に愕然とする羽目になっていたのである。


「まぁ約束だしな~、その辺の森や草原じゃ生活魔法で出せる水にも限度があるんだよね」

シャベルはこれまでの魔の森の生活の中で生活魔法<ウォーター>を集中的に鍛え続けて来た。その結果この<ウォーター>の魔法が水を作り出す魔法ではなく、周囲の水分を集め水にする魔法である事をよくよく理解していた。

その事は「生活魔法と応用」と言う書籍に掲載されていた生活魔法<ウォーター>を応用した薪作りの技術や洗濯物の乾燥と言う技術からも明らかであり、シャベル自身その応用法として溝浚いにおける汚水の排水方法を提案した程であった。

従魔たちのシャベルの作り出した魔力水を気が済むまで飲みたいという要望を叶える為には水分の豊富な場所、水辺が絶対的に必要であり、これから城塞都市に向かって色々と手助けしてもらう予定の家族の要望を叶える事はシャベルにとって最重要課題であると言えた。


「まぁこれまでも魔の森で暮らして来たんだし今更かな?でも森の水辺なんて言ったら魔物が寄ってこない?

・・・よし、逆に考えよう。城塞都市ほどの危険な場所って訳じゃないし、肩慣らし。来る獲物は皮なめしの練習台という事で。

みんな、魔物は任せた、俺は頑張って魔力水を作るから」


“ポヨンポヨンポヨン”

““““クネクネクネクネ””””

“ヒヒ~ン”

シャベルからのお願いに、“任された~♪”と返事をする従魔たち。

シャベルの心配をよそに幌馬車は水辺を求め、途中の村で教わった魔の森の中の水場へと続く道へと進んで行くのであった。


そこは神秘的な場所であった。深い魔の森の木々がパッと開け、日の光が差し込むそんな場所。透き通った水面はどこまでも深く、立ち枯れた大木が腐る事なく沈んでいる。

何がどうなってこんな光景が出来上がっているのかは分からないが、自然の作り出す雄大な美しさに思わず時の流れを忘れ見入るシャベル。


「うん、これだけ水が豊富なら何も問題ないかな?幌馬車を停める場所もあるみたいだし、周辺に癒し草も群生してるみたいだね。手持ちの資金も大分減って来たからポーションを作れるだけ作る?

でもな~、ポーション瓶が・・・、そうだ、いつかみたいにブロックの魔法で代わりの容器を作って保存しておけばいいんじゃん。このマジックポーチなら時間停止機能が利いてるからどの容器でも問題ないし、街に着いたら薬師ギルドでポーション瓶を買えるだけ買って、容器を移し替えてから売る様にすれば問題なし?

それじゃまずマジックポーチの入っている大型容器を取り出してそれを真似て容器の作製をしないと」


方針が決まれば即行動、シャベルは幌馬車の荷台から降りて水辺で遊んでいるフォレストビッグワームたちに声を掛け、大量の粘土を作る為の土を掘り返す事にしたのであった。


「それじゃ少しそこの粘土を練っておいて~」

フォレストビッグワームたちが掘り返した土にシャベルが魔力水を掛け、それをフォレストビッグワームたちがこねくり回す。そうして出来上がった粘土を使いシャベルは一人容器作りを始める。

見本の大型容器をよく観察しながら作っては作り直してと繰り返し、何とか納得のいく容器が出来たシャベルは生活魔法<ブロック>を唱え固定化、叩いても落としても割れない丈夫な容器を作る事に成功するのであった。


「うん、いい感じ。後はこれをいくつか作って行けば大丈夫かな。

ん?どうしたの?土と風も容器作りに興味があるの?

う~ん、でも二人には手がないし容器を作るのは・・・」


““クネクネクネクネ、クネ””

“ボトッ、ボトッ”


「・・・はぁ!?」

地面に転がるそれはまごう事なき土で作ったポーションの容器、先程シャベル自身が作り上げたものに酷似したものが二つ。


““クネクネクネクネ~♪””

驚きに固まるシャベルの脇では“どう?凄いでしょ♪”と喜びの舞を踊る二体のフォレストビッグワーム。


「えっ、これって一体・・・。何度も俺が生活魔法<ブロック>を使ってるところを見てたら覚えたの?でも形を整えるって、土の操作は自分たちの領域って噓でしょ!?」


魔物の中には魔法を使い戦うものがいる。ゴブリンマジシャン然り、炎のブレスを噴くドラゴン然り。リッチと言う魔物は様々な闇属性魔法を使うと言う事で有名である。

そういう意味で魔物が魔法を使うこと自体は何ら不思議な事ではない、不思議な事ではないのだが。


「土と風、凄いよ。えっ、これって何度でも出来るの?本当に?それって俺なんかよりよっぽど凄いよ、太刀打ち出来ないよ」

ビッグワームが魔法を使う事の異常性、最下層魔物であるビッグワームの環境適応能力とテイム魔物と言う特殊な環境下で発達した知能は、魔法を使うビッグワームと言う普通では考えられない進化を土と風に齎したのである。


“ボトッ、ボトボトボトボトッ”

そんなシャベルと二体の従魔の様子を眺めていた他のフォレストビッグワームたちは、“それなら僕らも出来るよ~”とばかりに次々と容器を作り出す。

その光景に開いた口が塞がらなくなるシャベル。


「えっと、もしかして全員ブロックの魔法で容器の形成が出来るとか?」

““““クネクネクネクネ♪””””

大きく体を揺すり自分たちの功績をアピールするフォレストビッグワームたち。

その感情は“どう?僕たち凄いでしょう♪”と言う喜びに溢れるものであった。


「それじゃ光と闇と焚火と水は土の掘り返しと粘土作り、春と夏と秋と冬と土と風は容器の作製をお願いします。俺は魔力水の補充と出来上がった容器の収納係ね。必要個数はどうしようかな、取り敢えず百個で。それを越えたら声を掛けるね」


シャベルはスキル<カウンター>を容器百個とセットし、作業を開始する。

「便利なモノは何でも使う、それが冒険者だ。下手なこだわりは何の利益も生まないからな」

脳裏に蘇るのは銀級冒険者昇格試験の時にドット教官に教えてもらった冒険者としての心構え。

あるがままを受け入れる。物事はシンプルに考える。

そうした冒険者達が長い年月を掛けて編み出して来た生き残る為の心構えは、突然の事態に混乱したシャベルの心を落ち着かせ、今一番必要とされる“多くの容器を作り出す”と言う目的のための行動を促すのであった。


「はい、これで百個。みんなお疲れ、とりあえず目標数に達したから作業を終了して。それじゃ今度は癒し草の採取かな。光と闇は護衛に就いてくれる?他の皆は幌馬車の周りで警戒をお願い。天多はってどうしたの?水遊びはもういいの?」

シャベルたちが容器作りに励んでいる間目の前に広がる泉に飛び込みプカプカと浮いていた天多は、同様に水面に浮かぶスライムたちと一緒に楽しげに遊んでいたはずだったのだが。


“ポヨンポヨンポヨン、ポヨ~ン”

「ん?暫くここに滞在するのか?そうだね、これほどきれいな水場はそうそうないしね。さっき作った百個の容器が全部一杯になるまでここでポーション作りをしようかなと思ってるんだけど。それがどうかしたの?」


シャベルの答えを聞き、“ポヨンポヨン”と飛び跳ねて何やらフォレストビッグワームたちに指示を飛ばす天多。

天多の指示を受け一斉に動き出したフォレストビッグワームたちは、森寄りの一角をきれいに地ならしし始める。


“ポヨンポヨンポヨン”

地ならしされた土地の上を飛び跳ねた天多は、何かの確認が終わったとでも言うかのようにその土地の中心で静止し、次の瞬間。


“ボコボコボコボコボコ”

まるで風船の様に勢い良く膨らみ始めた天多は幌馬車と同じくらいの大きさになったかと思うと、その体内に以前スコッピー男爵領の魔の森で身体に取り込んだはずの森の小屋を出現させ、一気に身体を縮小させると小屋の屋根の上でポヨンポヨント飛び跳ねるのであった。


「・・・・・」

人間本当に驚くと何も言葉が出なくなるとの言葉の通り、口を開けたまま無言で立ち竦むシャベル。


“ポヨンポヨンポヨン”

““““クネクネクネクネ♪””””

従魔たちはそんなシャベルの心を知ってか知らでか、それぞれの役割分担を決め小屋の土台の周りに魔法レンガによる補強を施し始める。それはまさに石工による集団作業、シャベルはそのあり得ない光景をただ呆然と眺めながら、“マルセリオの作業現場でお世話になった親方は今頃どうしてるのだろう”と現実逃避に走るのであった。


「えっと、みんなどうもありがとう。立派な小屋が出来たからポーション作りも捗るよ。そうだな、今日はみんな頑張ってくれたし癒し草の採集は明日にして魔力水をふるまわさせてもらおうかな?ちょうどいい具合にくぼみが出来たからここにブロックの魔法をかけて。

“大いなる神よ、我に大地の力を示せ、ブロック”、これで水が溜まるね。

“盥一杯、ウォーター”、うん、大丈夫そうだね。

それじゃここに魔力水を作るね。

魔力を多く籠める事を意識して、水辺の水から“樽一杯、ウォーター”」


“ザバーーーッ”

窪みに溢れる魔力水。クネクネと喜ぶフォレストビッグワームたち。


「それじゃ今度は天多だね、身体を大きくして窪みを作ってくれる?

魔力を意識しながら“樽一杯、ウォーター”」

“ザバーーーッ”


「最後は日向だね、今日もお疲れ様。それじゃ何時もの桶に魔力水を入れるね。

“桶一杯、ウォーター”

皆足りなかったら言ってね、水はまだまだたくさん作れるから」


““““クネクネクネ””””

“ポヨンポヨンポヨン”

“ヒヒ~ン”

早速お代わりを要求する従魔たちに“ただいま~”とばかりに魔力水を追加していくシャベル。


魔の森の奥、人里離れた水辺での従魔と過ごす生活は、思わぬ驚きの連続から幕を開けるのであった。

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