第46話 次なる目的地、そこは魔物との最前線
“パチンッ、パチンッ”
簡易竈に掛けた鉄鍋がクツクツと音を立て、周囲に旨そうなスープの香りを漂わせる。
その香りに誘われるように目を覚まし始めた冒険者たちは、白み始めた空の下それぞれのパーティーで朝食の準備に取り掛かる。
「いよ、昨夜は世話になったな。でも良かったのか?あの獲物は全部お前さんの従魔が仕留めた物だって言うのに」
食事の準備を行っていたシャベルに声を掛けて来た者、それは昨晩共に夜番を行った冒険者パーティー銀の鈴のメンバー、グリーンであった。
「あぁ、グリーンか。構わないぞ、あれは夜番の際に仕留めた獲物、言わば俺たちが臨時のパーティーを組んで仕留めた物だからな。
それにグリーンには皮なめしの生活魔法を教えて貰ったからな、どちらかと言えばこっちが貰い過ぎなくらいだ」
皮なめしの生活魔法は一般にはあまり知られていないものであり、シャベルもそう言った生活魔法がある事自体は知っていたものの、使う事が出来ない魔法であった。
従魔と共に旅をするシャベルにとって獲物から剥ぎ取った皮をなめす事が出来ると言う事は、収入の確保に繋がり、生活を支える一助となる大変重要な問題であったのである。
「イヤイヤ、あれは俺の育った村では子供の頃からやらされていた事だからそれ程ってもんでもよ。だがまぁシャベルがそれでいいって言うんならありがたく貰っておくわ。
打撃による一撃、あの状態ならいい金になる。次に寄る街の冒険者ギルドか肉屋で売り払う事にするよ」
「ふむ、今の時期なら肉屋がお勧めだな、いくら温暖な地域とは言え夏場よりも獲物の頭数は減っている筈だ、状態さえよければ多少の色は付けてくれる。
冒険者ギルドは状態の
シャベルはマルセリオの街のバルザン精肉店で食品廃棄物処理の仕事を請け負っていた際に、魔物肉の状態による買取価格の変動、冒険者ギルドと肉屋との買取価格の違いについて詳しく教わっていた。
又冬場にホーンラビットを冒険者ギルドに納品していた際には、解体所受付で季節による買取価格の変動についてよくよく話を聞いていたのであった。
「へ~、それは良い事を聞いた、早速リーダーに話してみよう。それとシャベルはソロだって言ってただろう?これから先どうするんだ?
俺たちはこの後ダンジョン都市カッセルに向かう予定なんだが」
それは思わぬ同行の誘い、冒険者は自身の目的の為に互いに協力し合い旅をする。それは魔物蔓延るこの世界で少しでも安全に移動をしようとする旅人たちの知恵。
旅の動向の誘いは、少なくとも一緒に旅をしたいと思う程には信頼と信用を得られた証、それはこれ迄周囲から排斥され続けて来たシャベルにとって、得難い喜びでもあった。
「そうか、それは嬉しい申し出なんだが申し訳ない。俺は先に城塞都市ゲルバスに向かう予定でな。
知っての通り俺はテイマーだ、これまで周囲に同じ職業の冒険者を見た事がなくてな。唯一遠目で見たのは貴族の馬番だが、何か偉そうにしていて話すらして貰えなかったよ。
要はテイマーの実体を何も知らないって事だ。
城塞都市には結構な数のテイマーがいると聞いた、ダンジョン都市も同様だろうがダンジョンはかなり特殊だろう?まずは城塞都市で色々と勉強したいと思ってな」
シャベルの言葉に納得と言った顔になるグリーン。
テイマーと言う職業は広く知られた戦闘系職業である。戦闘職ではあるが、魔物の力で戦うテイマーはかなり特殊な部類となる。
一般では恐ろしい魔物を引き連れた危険な者と言う印象が強く、あまり良い待遇を受けれずにいる。
その為テイマーはその技能が必要とされる場所、冒険者にとっての最前線である城塞都市やダンジョン都市を目指す傾向にある。
逆に言えばテイマーの何たるかを学びたいのならそうした都市に向かう必要があり、旅を主体にするシャベルにとってはフィールドでの活動の多い城塞都市での戦闘経験の方がダンジョンという特殊な環境よりも余程為になると言えるのだ。
「そうか、残念だが仕方がない。俺たち銀の鈴は当面はカッセルを活動拠点とするつもりだ、もしカッセルに来る事があったら声を掛けて欲しい」
「そうだな、その時は一緒に食事でもしようか。酒はあまり得意ではないから付き合えるか分からんがな」
そう言い苦笑いを浮かべるシャベルに、意外そうな顔をするグリーン。
「なんだ、シャベルは下戸なのか?勿体無い。酒を楽しめないのは人生の半分を損している様なもんだぞ?」
「あぁ、中々安全に酒の飲める状況になかったもんだからな。グリーンには昨夜話しただろう?俺が住んでたのは魔の森だって」
シャベルは仕方がないと言った顔をするも、グリーンはしまったと言った表情になる。
「そうだった、すまねえ。シャベルは外れスキル持ちだったんだよな、お前の従魔があまりに強いものだからすっかり忘れてたわ」
「いいさ、その事は気にしていない。どんなスキルだろうが必ず有用性はある、俺はその事をあの森で教わったからな。今じゃ感謝しているぐらいだ」
そう言い幌馬車の傍で戯れる数体のフォレストビッグワームに目を向けるシャベル。
そんな彼に「確かにあれは反則だわ」と呟き、グリーンは苦笑いを浮かべる。
「それじゃ元気でな、気を付けて行けよ」
「あぁ、お互いにな。いずれカッセルで会おう」
野営地での共闘は終わった。人との出会いは一期一会、冒険者たちはそれぞれの目的地に向け旅立って行く。
シャベルはこの出会いの妙に感謝しつつ、“いつかまたどこかで”と一夜の友との再会を願うのであった。
幌馬車は進む、街道沿いの最初の街ビンゴに向かって。
ダンジョン都市カッセルを目指す冒険者パーティー銀の鈴の面々はこのまま街道を領都セルロイドを目指し南へ進む事になるが、城塞都市を目指すシャベルは主要街道を逸れ西の森林地帯を目指す事となる。
シャベルは銀の鈴のパーティーメンバーたちに軽く手を振ると、向きを変え新たな進路に思いを馳せる。
「途中大きな街は二つ、後は村と小さな街だけか。どこか人の少ない場所でグラスウルフの解体もしたいよな。折角教わった皮なめしの生活魔法、使わないのは損だもんね。
でもずっとドット教官のしゃべり方を意識してたから疲れちゃった。天多、俺の態度っておかしくなかった?」
“ポヨンポヨンポヨン”
天多から伝わる想いは“大丈夫だったよ~、よく似合ってた~”と言うもの。
幌馬車の荷台から“格好付け過ぎじゃなかった?”と言う光の思いが伝わって来た様ではあったが、敢えて聞かなかった事にするシャベル。
「そっか、大丈夫だったんならいいや。でも大勢の人と一緒の野営で緊張しちゃった。今夜の夜番は皆にお願いしていい?ちょっとゆっくり寝たい」
従魔達はシャベルのお願いに、“任せろ~”とばかりにクネクネポヨンポヨン応えるのであった。
“パチンッ、パチンッ”
周辺の林で伐採して来た雑木を生活魔法<ウォーター>で乾燥させ薪の束を作る。
いくら幌馬車での移動であるとは言っても余計な荷物は無いに越した事はなく、こうした生活に直結する技術の有無は、快適な旅を送る上で大きなアドバンテージとなる。
簡易竈で湯を沸かし癒し草とグラスウルフのスープを作る。解体したてのグラスウルフは残存魔力が多いためか通常の干し肉よりも旨味が深い。
「でも天多が血抜きを手伝ってくれて助かったよ。いくら野営地での解体とは言っても血の臭いは周囲の魔物を引き寄せるからね。首筋を切ったグラスウルフに突然飛び掛かった時は驚いたけど、天多って何でも出来るんだね」
スライムの天多は以前から食肉廃棄物の処理などで樽に染み付いた魔物の血液を吸い取って樽をきれいにしたりしていた。そんな彼にとっては獲物の体内に残る血液を吸い出す事など造作もない事なのだろう。だがそれは野外での解体を余儀なくされるシャベルにとっては大変ありがたい事であった。
更に言えば解体の際の血抜きは血抜き台の様な所に獲物を吊るし、首筋に傷を付け時間を掛けて抜き取る方法が一般的であり、スライムによる短時間での血抜きはある意味発明と言ってもよい画期的な方法であった。
グラスウルフの解体に関しては春先にマルセリオの冒険者ギルド解体所にて手解きを受けていたので、上手に熟す事が出来た。魔の森の小屋で何度か練習した事も、十分生かされていると言えた。
取り出した肉は可食部位を小分けにし時間停止機能付きマジックポーチに仕舞い込み、残りの内臓と骨はフォレストビッグワームたちに分け与えるのであった。
剥ぎ取った皮の処理は、まずこびり付いていた脂身を天多に食べてもらい、盥桶に入れてそこに魔力水を注ぎ入れる。
グリーン曰く、この魔力水と言うモノは生活魔法<ウォーター>で水を出す際に多くの魔力を込めることを意識すると作る事が出来るものらしい。
シャベルはその話を聞き、自分がこれまで天多やフォレストビッグワームたちに与えていた物が魔力水と呼ばれるものだと言う事を初めて知ったのであった。
魔力水を張った盥桶にグラスウルフの脳漿を混ぜ込みよく馴染ませる。
暫く置いて全体が落ち着いたところで皮なめしの生活魔法<タンニング>を唱え、なめし処理は終了、魔物の皮が長持ちする革へと姿を変える。
「“大いなる神よ、その御業を以て我に身を包む衣を与えたまえ、タンニング”
よし、後はこれを魔力水で
今迄使っていたただ剥ぎ取っただけの皮と違って滑らかだし臭くない。前まではガチガチに硬いうえに悪くなっちゃうし、駄目になったらフォレストビッグワームたちのおやつになっちゃってたんだよな~。
これは本当にいいことを教わったよな、これでグラスウルフ二体じゃ俺の方が貰い過ぎだよ、全くグリーンさんには感謝しかないわ」
出来上がったスープを深皿によそいスプーンを伸ばす。新鮮なグラスウルフ肉の野性味あふれる旨味が口一杯に広がり、さらに食欲を刺激する。
良き出会い、良き食事、これまで抱えていた旅に対する不安が徐々に和らぎ、ある種の自信に変わって行く事を感じる。
「これも天多や日向、フォレストビッグワームたちのお陰なんだろうな。俺もみんなに恩返しが出来るように頑張らないと。
でも一体どんな事をしたらみんなが喜んでくれるんだろう?」
シャベルはスープを飲みながら一人考える。焚火の炎がそんな彼の頬を明るく染める。
“ツンツンツン”
そうしてシャベルが物思いに
「ん?光?どうしたの?」
“クネクネクネクネ”
「えっと、お水が欲しいの?」
“クネ、クネクネクネクネ♪”
「“盥一杯の水を、ウォーター”」
皮なめしが終わり片付けてあった盥にいつもの様に“魔力水”を注ぎ入れると、それをおいしそうに飲み始める光。
““““サササササッ、クネクネクネクネ””””
“ポヨンポヨンポヨン”
“ヒヒ~ン、ブルルル”
一斉に集まりシャベルに熱い視線を送る残りの従魔たち。
「・・・えっと、みんなも欲しいのかな?」
““““クネクネクネクネ””””
“ポヨンポヨンポヨン”
“ブルルル、ブフュ”
「う、うん、分かったよ。でもここだとそんなに沢山出せないから、明日はどこか水場を目指そうか?暫く生活魔法の修行も出来なかったし」
““““クネクネクネクネ♪””””
“ポヨンポヨンポヨン♪”
“ヒヒ~ン♪”
“旅の予定は水物。グリーンとの再会は当面先になりそうだな”
シャベルは従魔たちの思わぬ反応に困惑しつつ、“家族が喜ぶのならそれもいいか”と今後の予定に変更を加えるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます