第二章 旅、それは人生 ーミゲール王国放浪編ー

第45話 幌馬車の旅、それは新たなる世界との出会い

雲が流れる、草木が揺れる。広い草原の道を、森を抜ける街道の木漏れ日の中を、一台の幌馬車がガタガタ音を立てて進んで行く。

目指すは南の地サンタール伯爵領。ミゲール王国の南東部に位置するそこは、温暖な気候と豊富な水資源により通年を通して農作物の生産が行われているミゲール王国の台所。隣国テール農業国と国境を接する土地ではあるものの、両国は友好な関係を結んでおり、政治軍事共に安定した平和な土地であると言われている。


だが意外にも冒険者の依頼は多く、温暖な南部地域と言う事もあり冬期期間であっても魔物の活動が収まる事はない。また同地域は酪農も盛んにおこなわれており、家畜を狙った魔物や農産物の魔物被害は後を絶たない。

これは農産物や家畜を目当てに魔物が集まったと言うよりも、魔力豊富な土地を開墾し農業地帯が作られたと言う事に起因する。

魔力の豊富な土地、所謂魔の森と呼ばれる地域は多くの魔物を惹き付けるばかりか多くの魔物が生まれる場所でもある。そこには人々にとって有用な植物が育つばかりか、通常の植物の生育も良く、木材や癒し草、トガリヤの採取地として広く利用されて来た。

また魔物は何も人にとっての害獣としての側面ばかりでなく、その肉や皮は生活の場において大変役に立つものでもあった。

人々は魔の森を危険地帯としながらもそこに寄り添い、その恵みを享受し続けた。


魔力豊富な土地は植物の生育が良い、その事は野菜や穀物の生育にも言える事であり、魔の森ほど危険でない場所であればそこを開発しようと言う事は何ら不思議ではない発想であった。

隣国テール農業国然り、サンタール伯爵領然り、魔力が通常の土地よりも濃く尚且つ魔の森程ではないそこは多くの冒険者たちにより魔物が間引かれ、農地の開発が行われて来た。

そうして出来上がった農業生産地帯は国内の食糧生産を支える土地に、諸外国の台所を支える農業国にと発展して行ったのである。


だがそこは元々魔物が多く住み着いていた土地であり、魔物の生育には比較的適した場所である。その為魔物の発生件数はそれなりに多く、農産物被害は止める事が出来ない。

そこで多くの冒険者が農業関係者の依頼を受け仕事を熟す。需要と供給、冒険者にとっては活動のし易い土地になって行ったと言う訳である。



「次、身分と目的を告げよ」

「はい、私は銀級冒険者のシャベル、テイマーの職を授かっています。目的地はサンタール伯爵領です、あそこは冬場でも魔物の活動が活発で依頼が多いと聞いていますので」


スコッピー男爵領からサンタール伯爵領に向かうには幾つかの貴族領を通過する事となる。スコッピー男爵をはじめとした男爵領や子爵領ではそうでもないが、伯爵領以上の貴族領の主要街道沿いには領境に門が設置されている場所もあり、自領への人の出入りを監視している。これは他国との国境沿いでも同様であり、資格の無い者の不法入領を固く禁じている。

領民は各貴族領の財産であり、許可のない移動は許されない。これは領内の生産性維持、治安の維持と言った観点からも必要な措置であり、国の安定的発展にとって重要な要素であった。

冒険者が銀級以上でなければ他領に移動出来ないと言う事も、そうした意味合いが強い規則であった。


「ふむ、テイマーと言う事は従魔を連れていると言う事か?」

「はい、こちらのスライムとビッグワームになります。ただテイム魔物としてのビッグワームですのでその大きさは通常のものよりも大きく、周囲の者との間に余計な軋轢を生まない様に幌馬車の荷台に載せての移動を行っております」


検閲を行う門兵はシャベルの言葉に訝しみの視線を送るも、「中を検める」と言って後方の幌を捲るのだった。


「うわー--!!」

門兵の叫びに周囲にいた他の門兵たちが集まる。シャベルはその光景に、「やっぱりそうなるよな~」と諦めの呟きを漏らす。


“ズォー、クネクネクネクネ”

鎌首をもたげクネクネと自身をアピールするフォレストビッグワーム達、その姿に後ずさりながら腰の得物に手を掛ける門兵たち。


「はい、皆、嬉しいのは分かるけど大人しくしようか。すみません、門兵様方。こいつら以前住んでた街で門兵様方に良くして貰ってたもので、門兵様の姿を見ると自分の姿を見て貰おうと張り切っちゃうんですよ。

えっとどうしましょう、一体出してみますか?」


シャベルの声掛けに顔を引き攣らせる門兵たち。


「い、いや、問題が無いのなら出さなくていい、と言うか外に出すなよ?

ここライド伯爵領ではヘイゼル男爵領の様に従魔の街への滞在を禁止すると言った措置は取られていない。我が領には東に魔の森の中に存在する城塞都市ゲルバスや冒険者の集まるダンジョン都市カッセルがあるからな、冒険者の活動を抑制するような政策は取られてはいない。

ではあるが貴殿の従魔はその、見た目と数がな。あまり住民を怯えさせない様に配慮をお願いしたい」


「あ、はい、御助言ありがとうございます。それとこれは些少でございますが皆さんでエールでもいただいて下さい。

お仕事ご苦労様でございます」


シャベルは言葉を掛けてくれた門兵に銀貨を二枚そっと差し出した。


「うむ、何かすまんな。だがテイマーのテイム魔物に対して住民が怯えると言う事は本当だ。先ほど言ったダンジョン都市や城塞都市ではテイマーも数多くいるためそうでもないが、他の場所では気を付けて貰いたい。

通って良し」


門兵の掛け声に幌馬車を走らせるシャベル、彼の耳には先ほど門兵が言った言葉が木霊する。


「テイマーが数多くいる都市、ダンジョン都市と城塞都市。魔物と戦いたいとかって気持ちはないけど、どんな所かは気になるよな」


テイマーの需要のある都市はそれほど多くない、だが必要とされる場所にはそれなりの施設や住民の理解がある。シャベルはその事を銀級冒険者昇格試験の際に、リデリア子爵領の中心都市ジフテリアで学んだ。従魔預かり所の存在はシャベルにとっての驚きであり、街中を従魔と共に歩いていても咎められないと言う事は、非常にありがたい事であった。

テイマーの多い街、テイマーの需要のある街であれば自身の知らない何かを学ぶ事が出来るのではないか。ジニー・フォレストビー氏の著書<スライム使いの手記>然り、自身の知らない事は沢山ある。

シャベルはその目的地に若干の修正を加え、次の街の冒険者ギルドで詳しい話を聞こうと心に決めるのであった。



ヘイゼル男爵領から入って街道を南下すること暫し、その街は草原と森の合間に姿を現した。


「冒険者ギルドミューリ支部へようこそ。本日はどう言ったご用件でしょうか?」

冒険者ギルド受付ホールに顔を出したシャベルはその場にいた多くの冒険者の視線を受けるも、その足を緩めることなく受付カウンターに座るギルド受付職員の下に向かった。


「俺は銀級冒険者のシャベル、職業はテイマーだ。ライド伯爵領内の街道地図と城塞都市ゲルバス、ダンジョン都市ラッセル、領都セルロイドの情報。それと街道の危険情報を貰いたい」


「はい、領内の街道地図が銀貨二枚、各都市の情報が銀貨一枚、街道の危険情報が銀貨一枚の計銀貨四枚になりますがよろしいでしょうか?」


冒険者ギルドは冒険者の支援組織である。それは何も魔物の買取や依頼の受注だけを行うに及ばず、冒険者に必要な物品の販売や情報のやり取りにも及ぶ。この事は銀級冒険者昇格試験の際にドット教官より教わった。


「本来ならばその様子も見せるはずだったんだが、リンデルじゃテイム魔物を連れた状態ではギルド受付に入る事が出来ないんだ、すまないな」

ドット教官の教えは、シャベルにとって宝のように輝いているのであった。


「あぁ、よろしく頼む」

冒険者は嘗められたらお仕舞、それが旅の冒険者であるのなら尚の事。シャベルは務めて言葉使いをぶっきらぼうにし、旅に手慣れたいっぱしの冒険者を装う。

その姿はドット教官をモデルとしたものであったが、本人が見たのなら恥ずかしいから止めてくれと言わんばかりの再現具合であった事だろう。


「こちらがライド伯爵領内の街道地図となります。それとこちらがご要望のありました領都とダンジョン都市と城塞都市の詳細となります。

シャベルさんはテイマーとの事ですので、補足情報として従魔預かり所、従魔の宿泊出来る宿、従魔の各種用品を備えた商会の情報を加えさせて頂きました」


「あぁ、助かるよ、ありがとう」

シャベルは情報料の支払いを済ませるとその場を後にする。受付ホールにいた冒険者も特に絡むことなく、その場には普段通りの空気が流れる。

場に即した雰囲気、場に即した喋り方。シャベルはドット教官から受けた教えの有効性と大切さを改めて感じると共に、マルセリオでの日々に感謝するのであった。


ミューリの街を過ぎること暫し、地図上に示された街道沿いの野営地の一つに幌馬車を止めたシャベルは、この旅何度目かの野営の準備を始める。

温暖なこの地域では冬場の野営も珍しくはなく、野営地には数組の冒険者パーティーが焚火を囲んで談笑する姿が見受けられた。


「やぁ、すまない。ちょっといいかな?」

その声はシャベルが簡易竈の準備を終え、引き馬の日向に水と飼葉を与えている時に掛けられた。


「突然声を掛けて済まないね。俺は冒険者パーティ銀の鈴のリーダージェイドと言う。今夜の野営の夜番の件で相談にね。

今のところこの野営地には君のところを含めて四組のパーティーが揃っていてね、それぞれ交代で夜番をしようと相談していたところだったんだがどうだろうか?」


野営地での冒険者同士の助け合い、食料の譲り合いや薪の融通、夜番の協力などはその代表的なものである。シャベルはソロの冒険者でありテイマーである為そうした経験がなかったが、こうした野営地での冒険者あるあるも、ドット教官から聞かされていた事の一つであった。


「あぁ、それは構わない。順番はどうなっているんだ?

それと俺はテイマーだ、夜番には俺だけじゃなくテイム魔物も加わるが構わないか?」

シャベルはそう言うと幌馬車に向け「闇、来てくれ」と声を掛ける。

すると後方の幌の下からズルズルと這い出てくるフォレストビッグワームの闇。

銀の鈴のリーダージェイドはその威容にギョッと顔を引き攣らせるも、「あぁ、それで構わない。今から他の者に紹介しよう」とシャベルを野営地にいる他の冒険者たちの下に案内するのであった。


“パチンッ、パチンッ”

簡易竈の焚火にくべた薪が爆ぜる。竈に載せた鉄鍋がグツグツと音を立て、夜空に向け白い蒸気を立ち昇らせる。

シャベルはよく煮立ったそれをお玉で掬い、煮出し汁をコップに注ぐ。


「すまない、いただこう」

コップを手渡した相手は共に夜番に当たる事になった冒険者パーティー銀の鈴のメンバー、名をグリーンと言ったか。


「気にしなくていい、夜は長い。煮出し茶でも飲まないとやってられないからな。

それにうちの従魔は優秀でね、何かあればすぐに知らせてくれる。何もないのが一番だがな」

シャベルが受け持ったのは三巡目、真夜中の一番中途半端な時間帯であった。

それぞれの交代時間をどうやって判断するのか気になるところではあるが、「大体分かるだろう?」との回答に乾いた笑いを浮かべるしかなかったのは秘密だ。


「ほう、大したものだな。ところであれは何という魔物なんだ?俺はスネーク系の魔物には詳しくなくてな。大森林や大魔境にはジャイアントスネークとか言うオークを丸吞みにするような奴もいると聞くが」

グリーンは焚火の明かりに淡く照らされる闇の威容に顔を引き攣らせながら問い掛ける。


「闇の事か?種族はフォレストビッグワーム、皆がよく知るビッグワームの進化体だな。特に秘密にしている訳じゃないから言うが、ビッグワームはその食性により個体の大きさが異なる。これは冒険者ギルドの魔物図鑑にも記載されている事だから調べてみるといい。

闇はそうした大型に育ったビッグワームが何らかの条件により進化した個体だな。俺は学者じゃないんでな、流石にそれが何なのかはまでは分からんがな」


シャベルの言葉に“へ~”と感心した声を上げるグリーン。


“ガバッ、トントントントンッ”

突然鎌首をもたげ地面を四回叩く闇。その行動にシャベルはしばらく考えた後、「念の為土と風も連れて行ってくれ」と言葉を返す。


“クネクネクネクネ♪”

闇は嬉しそうにクネクネと身体を揺らした後、幌馬車に向かい静かに進んでいく。


「なぁ、突然従魔が動き出したみたいだが、一体どうしたんだ?」

シャベルと従魔の不自然な行動に慌てて言葉を掛けるグリーン。

シャベルはその質問になんという事もない様に返事をする。


「あぁ、どうやら魔物が近寄ってきていたようでな、仕留めに行ってもらったんだ。

俺の索敵範囲外だから皆を起こす事もないと思ってな」

「いや、それってまずいだろう。従魔が感知したって事はすぐに接敵するって事だろう?」

グリーンが真剣な顔で反論するも、シャベルは苦笑いを浮かべ言葉を返す。


「いや、しかしな、流石に一キロを超える距離にいる魔物の事で起こしたら怒られるだろう?闇の索敵範囲は半径で五キロはあるからな~。闇が動いたって事は多少なりとも危険と判断したからだと思うが、本当にまずいとなったら他の従魔が知らせてくれるから大丈夫だぞ?」

シャベルの言葉に疑問符を浮かべるグリーン。


「なぁ、これって聞いていい事か分からないんだが、シャベルの従魔って何体いるんだ?」

「ん?あぁ、闇と同じようなフォレストビッグワームが全部で十体、他にスライムが一体だな。スライムは色々な汚れをきれいにしてくれるから助かってるんだ」

シャベルの「ちゃんと従魔登録もしてるんだぞ?」との声に再び顔を引き攣らせるグリーン。


“お掃除スライムを従魔登録って、こいつ勇者病<仮性>の重症患者か?”


静かな真夜中の野営地、焚火に照らされたそこではただ時間だけが過ぎて行く。


“ズルズルズルズル、ドサッドサッドサッドサッ”

闇夜から姿を現した三体のフォレストビッグワーム。彼らは背中に背負ったグラスウルフを次々と地面に置くと再び闇の中に姿を消して行く。


「どうやら仕留め終わった様だな、これでしばらくは大丈夫だろう。

それより煮出し茶のお代わりはどうだ?」

何事もなかった様に煮出し茶のお代わりを勧めるシャベル、これが銀級冒険者テイマーシャベルの実力。

冒険者パーティー銀の鈴のメンバーグリーンは、目の前のテイマーの底知れない力にゾクリと身を震わせるのであった。


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