第44話 いってきます、いってらっしゃい

「いよいよ出発か。長かった様な短かった様な。

まぁシャベルなら何処に行ってもやって行ける、自信を持って行って来い」


スコッピー男爵領マルセリオ街門、多くの人が訪れ旅立つそこは、人生の交差点。行き交う人々の思いは様々、希望に胸膨らませる者あり、夢破れ悲しみに暮れる者あり。


今また一人、まだ見ぬ世界に希望と夢を膨らませた若者がその門をくぐる。


「ありがとうございます。門兵様方には本当にお世話になりました」

「礼はもう確り貰ったよ。全く無駄使いばかりしやがって、あの酒は後で皆で楽しませて貰う、ありがとうよ。

身体にだけは気を付けるんだぞ?」


門兵はそんなドラマを何時も見続けて来た。最初に出迎える者、そして最後に見送る者、それが彼らの役割なのだから。


「はい、皆さんも何時までもお元気で」


一礼の後、視線を街道に向け一歩を踏み出す。

若者は旅立つ。それは門出であり離別。


「シャベルの奴行きましたね」

「あぁ。あいつはあれだけの目に遭いながら曲がる事なく自分を貫いた、本当に凄い奴だよ。

シャベルなら何処に行こうがシャベルであり続けるだろうさ。それがあの男だからな」


「幸せになって欲しいですね」

「そうだな。この街はシャベルに厳し過ぎた、いつかシャベルがあいつの従魔と共に笑って暮らせる、そんな場所が見付かると良いんだがな。

それより仕事だ、俺たちの仕事は何だ?」


「はい、マルセリオの街を守り、犯罪を未然に防ぐ事です」

「分かってるならいい、俺たちもシャベルに負けないように確り役割を果たすぞ」


旅立つ者、残る者、人生の分かれ道。

門兵は後輩の背中をバンと叩くと、自らの職務に戻るのであった。


「次、身分と目的を告げよ!」



「さてと、お世話になった人達に挨拶も出来たし、ここともお別れか」


マルセリオ郊外、魔物蔓延るそこは、魔の森と呼ばれる危険地帯。

街を追われ、住む所を失ったシャベルが辿り着いた安住の地。そこが人々から恐れられる危険地帯であると言うことは、何とも皮肉な話であった。


シャベルが見詰める先、それは魔の森にひっそりと佇む小さな小屋。

ここは魔の森である。行き場を失いこの地で寝泊まりを始めた頃は野営用のテント暮らし、いくら頼りになる家族に守られていたとは言え、身を震わせ眠れぬ夜もあった。

冬が近付きいよいよ不味いとなって、家族の協力のもと作り上げた初めての我が家。

辛い事も苦しい事も、嬉しい事も楽しい事も。思い出される数々の出来事。


「ありがとうございました!!」


自然と下がるこうべ

シャベルは深々と下げた頭を上げると、踵を返しその場を後にしようとする。


“ポヨン、ポヨン、ポヨン、ポヨン”

そんなシャベルの心を知ってか知らでか、スライムの天多はその身をポヨンポヨン跳ねさせ、小屋の上に飛び乗った。それはまるで“この小屋はどうするの?”とでも聞いて来るかの様であった。

そこでシャベルはハッと気付かされる。それは魔の森に山小屋を残す事の危険性。

マルセリオの郊外、魔の森にひっそりと佇む森の小屋。盗賊の隠れ家、ゴブリンの棲み処、決してそのまま放置して良いものではない。

マルセリオの街は自分に生きる為の全てを教えてくれた。生きる事の厳しさ、辛さ、悲しさ。人々の優しさ、温かさ。

人は決して単純な一面だけで出来ている訳ではない。複雑で多様、それが人間。

自分に多くの学びを与えてくれたマルセリオ、そんな街に迷惑を掛ける訳には行かない。


「ありがとう、天多。そうだよね、小屋をそのままにしておく訳には行かないよね」


シャベルは改めて小屋に向き直る。

石工の親方に譲って貰った屋根材、家族と協力して立てた柱、土壁の泥はフォレストビッグワーム達が捏ねてくれた。


「ありがとう、そしてこれまで御苦労様でした」

シャベルが小屋の解体を決意した時であった。

“ポヨン、ポヨン、ポヨン”

“クネクネクネクネ”


小屋の屋根の上で跳ねる天多に応呼するかの様に動き出すフォレストビッグワーム達。彼らは次々に小屋の周りの地面を掘り始めると、あっという間に小屋の周りに深さ一メート程の掘りを作り上げる。


“ポヨン、ポヨン、ビヨ~ン”

小屋の屋根で跳ねていた天多は、フォレストビッグワーム達が作業を終えると見るやその身体を大きく引き延ばし、土台を含めた小屋全体を包み込んでしまうのであった。


「えっと、天多?」

シャベルが突然の事態に呆然としていた、次の瞬間だった。

“バックン”


「・・・えぇ~~~!!食べちゃったの!?」

一瞬の出来事、小屋の消失。先程までの感傷が、力業で吹き飛ばされる。

何とも言えない虚無感に、乾いた笑いしか浮かばない。


ぽっかりと空いた地面から跳び出た天多は、“どう?僕凄いでしょ?”と言わんばかりにシャベルの周りを飛び跳ねる。


「ハハハハ、うん、ありがとう。これで思い残す事は何も無くなったよ」

シャベルはそんな天多の頭を優しく撫でると、地面を掘ってくれたフォレストビッグワーム達にも礼を言いろうねぎらった。

“シャベルの役に立てた~♪”

従魔達から伝わる喜びの気持ちに、自身も嬉しい気持ちになるシャベル。


フォレストビッグワーム達を育んでくれた、スライム達を匿ってくれた。

この森は自身に多くの幸せを与えてくれた。


「ありがとうございました!!」


“ガチャガチャガチャガチャ”

魔馬の日向に牽かれ、幌馬車が動き出す。荷台に十体のフォレストビッグワームを乗せるも、その動きは力強く、決して緩むことはない。


「お母さん、俺、お母さんが望んでいた銀級冒険者として旅立つ事が出来たよ。

これからの旅、どんな事があるのかなんて分からないけど、きっと大丈夫。

なんたって俺には頼りになる家族が付いてるんだから。

だからお母さん、これからも天国で見守っていてください」


シャベルの呟き、それはスコッピー男爵領からの巣立ちの決意。自身の命を脅かすであろうスコッピー男爵家との決別。

シャベルは本当の意味で自由を手に入れた。

幌馬車は進む、シャベルの旅は続く、大好きな家族と共に笑って暮らす事の出来る安住の地を求めて。


木洩れ日が差し込む、風が吹き抜ける、木々が揺れる。

若者が去った後の魔の森はまるで何事も無かったかの様に、ただ穏やかな時間が流れるのであった。



“ガタガタガタガタ”

森を抜ける土の街道を、ガタゴト音を立て幌馬車が走る。そよ風が御者台に座るシャベルの頬を撫でる。御者台の座席では、スライムの天多が楽し気にプルプルと身を震わせる。

今日の目的地は隣領ヘイゼル男爵領の草原の野営地。これまでリンデルに買い出しに行く際に世話になった場所である。

ヘイゼル男爵領はテイマーに厳しい土地である。領内の街や村でのテイム魔物滞在は許されておらず、街道の街リンデルにおいては門兵によりテイマーがちゃんと街を通過するかどうかの監視が行われるほどである。

だが冒険者ギルドのドット教官曰く、こうした措置を取る貴族領は決して珍しくはないらしい。

特にオークやオーガと言った大型の魔物との接点が少ない南部の街や村においては、テイム魔物と言えどもそれは恐怖の象徴であり、忌避の対象であるからだ。


「でもな~、南部地域では農耕用や軍馬としての魔場の育成をしたり放牧にグラスウルフやワイルドドッグっていう品種改良された魔物を使ってるっていうし、そんなに嫌わなくてもいいと思うんだけどな~。

生活の役に立ち自分たちが支配出来る魔物はよくてそれ以外は駄目って事なんだろうか?じゃあスライムなら問題なし?ビッグワームなんて無害だよ?

・・・大きさか、でっかいミミズ、そこがまずかったのか?」


街道沿いにある村々は停まることなく通過、フォレストビッグワームたちも幌馬車の荷台にいる為、村人たちから奇異や恐れの視線を向けられる事なく草原の野営地に到着する事が出来た。

途中好奇心旺盛な光が荷台の外に顔を出そうとして闇と土に怒られていた事はご愛敬であろう。


満天の星空と大きな月が夜空を飾る。日向は時々ブルブルと身を震わせ嘶きながら身体を休め、フォレストビッグワームたちは幌馬車とシャベルを囲むように展開し警戒に当たる。


「これからの季節、北に向かうのは無謀だよね。そうなると南しかないんだけど、テイマーの扱いが。リデリア子爵領みたいな交易都市のある場所ならそれでも比較的ましなのかな?ギルドの資料だとそこまで詳しく載ってなかったんだよな~」


焚火の炎が瞳に移り込む。シャベルは揺らめくそれを見詰めながら考えを巡らせる。

目的はある、でも目的地は決めてない。

これまでずっと準備してきた。スコッピー男爵家屋敷では馬鹿にされ小間使いのように扱われても、己を殺し無害な人物を演じ続けてきた。放逐が本格的に決まり、生活場所を畑脇の作業小屋へと移されても、文句ひとつ言わず冒険者として生きる為の模索を続けた。

マルセリオの全ての冒険者から蔑まれ、街の住民から排斥されようと、ただ己に出来る事を熟し日々を生き抜いてきた。

全ては亡き母の願いを叶える為に。

“どんなに辛くとも生き抜いて、銀級冒険者になって何処か暮らしやすい街を見つけて幸せに暮らして欲しい”

病に倒れ、自身の方がよほど苦しかっただろう。愛する我が子を一人残して逝かねばならないという苦しみと悲しみ、母の思いはいかほどであったのだろう。


「“生きてるだけで儲けもの、生きてるだけでお陰様”

大丈夫、きっと何とかなる。折角解放されたっていうのに俺がうじうじ考えてどうする、しっかりしろ、シャベル」


ずっと目指して来た事を成し遂げた、だがそれによって生まれる不安。

シャベルは勇者の冒険譚に憧れる様な少年時代を過ごしては来なかった。高位冒険者の英雄譚などほとんど知らない、そんな人生だった。

自身が多くの魔物を討ち倒し名を上げるなど考えもしないし、出来るとも思えない。

常に否定され続けたシャベルに肥大化した自尊心など育つはずもなく、無駄なプライドも承認欲求すら持たぬ者、それがシャベルと言う男であった。


「次、身分と目的を告げよ」


リンデルの街の街門、門兵の問い掛けにシャベルは自身の身分を告げる。


「銀級冒険者シャベル、サンタール伯爵領を目指す旅の途中です。

職業がテイマーである為幌馬車内にテイム魔物を待機させています。リンデルの通行許可と南門までの監視をお願い出来ますでしょうか?」


草原の野営地での熟考の末、南に進むことを決意したシャベル。

ここから先の旅に道案内はいない、本当の意味での一人旅がここリンデルから始まる。

シャベルは案内についてくれた門兵に“お手数をお掛けします”と言ってさりげなく銀貨を手渡すと、彼らの案内に従い幌馬車を進めるのであった。

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