第43話 旅立ち、それは粛々と (2)

「いらっしゃい。シャベル、今日は何本持って来たんだい?」


薬師ギルド買取カウンター。シャベルは受付職員であるキャロラインの前に立つと、腰に下げたポーチから紙袋を取り出して告げた。


「いえ、今日はポーションの納品ではなくてご挨拶に。

俺、旅に出ようと思いまして。キャロラインさんには本当にお世話になりました、ありがとうございました。

それでこれ、リンデルで見つけたスカーフです。何年か前に雑貨商のご主人が王都に行った時知り合いから譲って貰った品らしくて、隣国オーランド王国の品らしいです。

聖水布って言って、女性に人気の商品らしいです。

この蜂蜜色がキャロラインさんに似合いそうかなと思いまして」


そう言いはにかむシャベルに、キャロラインは嬉しそうな悲しそうな複雑な表情を浮かべ言葉を返す。


「そうかい、漸く決心がついたんだね。

全くあんたって男は義理堅いんだか馬鹿なんだか。これから旅に出ようって者がこんな無駄使いしてるんじゃないよ。

でもその気持ち、ありがたく受け取っておくよ」

そう言い自身の首にスカーフを巻き付けるキャロラインに、嬉し気に微笑むシャベル。


「よくお似合いですよ。キャロラインさんはお綺麗なんだから、ちょっとしたお洒落でグッと引き立つと思うんですよ。

でも俺ってそう言った事って全く分からなくって、雑貨商のご主人に相談したらそのスカーフを出してくれたんです。その方、アルマさんって言うんですが、アルマさん曰くそのスカーフには女神様の加護が掛かっているらしく女性のお肌を美しく保つ効果があるらしいです。

アルマさんも最初その話を聞いて苦笑いをしたらしいんですけど、結婚記念日に奥さんに贈り物として渡したら、一月後にお肌が嘘のように改善していたそうです。

無論奥さんは美容には気を付けている方だったそうなんですが、その奥さんが変わったって言うんでこれは本物だと確信したんだそうです。

でもそうなると数が。噂の商品を求めて争いになるのは必至、口の堅いお得意さんだけにお譲りして、それが最後の一枚なんだそうです。

そんな貴重な品を譲っていただけて、本当にツイてました」


そんな話を笑顔で話すシャベルに、呆れ顔を向けるキャロライン。


「アンタそんな品だったら尚の事自分で確保しておきな、あたしになんて渡してるんじゃないよ!」

慌てて首からスカーフを外そうとするキャロライン、シャベルはそれを手で制し首を横に振る。


「だからこそキャロラインさんに貰って欲しかったんです。キャロラインさんは俺に希望と切っ掛けを与えてくれた。キャロラインさんは大した事はしていないって言うかもしれないけど、俺にとっては生きる道筋を与えて貰ったも同然なんです。

数々の御助言、本当にありがとうございました。

俺、これからも俺らしく、家族の従魔と共に生きて行きます」


シャベルは礼の言葉を述べると深々と頭を下げた。


「フゥ~、アンタって言う男は本当に。

シャベル、決して挫けるんじゃないよ。あんたは自身が思っているよりもずっと凄い男なんだ。その事はこの買取カウンターで見させてもらったよ。

シャベルの持ち込むポーションは本当に丁寧に作られている事が分かる質のいいものだった。調薬系スキルがなくともここまで出来るんだって事を教えてくれた、それはこの薬師ギルドマルセリオ支部の全職員が思っている事さ、アンタは凄いってね。

シャベル、胸を張って行きな、アンタはマルセリオの街を巣立つんだ。

家族と一緒に幸せになるんだよ」


「はい、ありがとうございます。では、失礼します」


シャベルは一礼をすると、踵を返し薬師ギルド受付ホールを去って行く。

キャロラインは男の旅立ちをまるで息子の門出を見送る様に、優しい眼差しで見詰め続けるのであった。



マルセリオの街の中心部、そこには地方男爵領にしてはやけに立派な大聖堂を備えた教会建物が建っている。そこはかつて授けの儀、旅立ちの儀で訪れた場所、自身の人生の始まりの場所。

シャベルは大聖堂の大きな扉を暫し眺め、一礼をしてからその場を去ろうとした。


「おや、女神様の下に礼拝に来られたのではないのですかな?」

掛けられた声に背後を振り返る。そこにおられたのは自身の各儀式を取り仕切って下さったベリル・ブルーノ司祭。


「これはベリル司祭様、この様な場所で申し訳ございません。すぐに立ち去る事といたしますのでお許しください」

シャベルはそう言うや急ぎその場を後にしようとする。

ベリル司祭はそんなシャベルの態度に慌てて言葉を掛ける。


「どうなさったのです、シャベルさん?何も悪い事をしている訳ではないでしょうに、その様に慌てた態度で」

「いえ、そのご迷惑を掛けてはと。司祭様も街の噂は御存じでしょうが、私はこのマルセリオにおいてある意味有名人でして、あまり好まれる人物ではないのです。

その様な者が神聖な教会の傍にいる事自体、街の者にしてみれば不快となるでしょう。

私は決して街の者と争いたい訳ではない、それに旅立つ身です。

あらぬ諍いの元は少ない方が良いですから」


シャベルの言葉にやや顔をしかめるベリル司祭、シャベルの噂は司祭の耳にも届いていたのだろう。


「あの噂ですか。何度聞いても気分の悪い。シャベルさんはただ街の依頼を熟していただけ、それも誰もが嫌がる溝浚いの仕事を誰にもまねの出来ない程完璧に。

そんな者に対してあの様な。

これは私が言うのは筋違いかもしれませんが、マルセリオの住民が大変申し訳ない事をしました。本当にすみません」

そう言い頭を下げ謝罪の意を示すベリル司祭を、シャベルは慌てて制する。


「おやめください司祭様、司祭様が謝るような問題ではありません。それに原因は私にもあったんです。

私は不器用です、自分に対する自信など微塵も無かった。だから受けた依頼には持てる力の全てを出そうと思っていた。だがそれは間違いだった。

仕事と言うものにはそれ相応の対価が生じる。正当な仕事には正当な対価を、逆に言えば対価以上の仕事はその場はいいかもしれないが次第に周囲との軋轢を生む。

例えば荷物の片付けの仕事をとっても、私は整理整頓から部屋の掃除まですべてを行っていた。そしてそれは依頼人から大変喜ばれ一見良い事をした様に思えた。

でもその後は?依頼人は次に来た冒険者が真面目に片付け物の依頼を熟してもそれを不満に思ってしまう。“この冒険者は掃除はしてくれないのか、部屋が埃一つなくなってこその片付け物だろう”と。

でもそれは依頼に生じる対価を大きく上回る要求となる。その様な要求をする依頼人は冒険者に避けられ、結果依頼人冒険者双方に不利益をもたらす。


更に言えば私のテイム魔物です。

魔物は恐ろしい、これは拭い去る事の出来ない事実。

冒険者とは魔物と戦い魔物の脅威から人々を守る事が仕事、その為テイム魔物に対して然程忌避感は感じない。使えるモノは何でも使い、魔物との戦いに勝利する、それが冒険者です。

でも街の者は違う。街や村、人々が集まって暮らす安全地帯に魔物がやって来たらどう思うか、私にはその思考が足りなかった。

怖れは忌避感を、そしてそんな魔物を連れ込んだ者を排斥するのに理屈は必要ない。

全ては私の至らぬ考えが生んだ結果だったのです。

私は物を知らない、人の心も、人の畏れも。善意も、悪意も、マルセリオと言う街は私に人と言うものを教えてくれた。

だから謝らないでください。私は人を嫌いになった訳ではない、むしろそんな私に多くの者が手を差し伸べてくれた、私は多くの出会いを与えてくださった女神様に感謝申し上げているのです。


私は不器用です、私は人よりも劣る者です。これから先多くの困難もあるでしょう、ですが私には心強い家族がいる、そして人は決して悪意のみで出来上がっている訳ではない。

女神様は常に見守って下さっているのですから」


そう言い静かに微笑むシャベルに、ベリル司祭は優しい目を向ける。

“この青年は自らの不幸を呪うどころかこれほどまでに強く”

ベリルはシャベルの出自を知っていた。シャベルがこれ迄どう言った人生を歩んで来たのか、それは想像に難くないものであった。

だがこの青年は自らの置かれた立場を理解し、必死に抗った。抗って抗って、遂に巣立ちの時を迎えた。


「そうですか、でしたら尚の事女神様に祈りを捧げられてはいかがですかな?」

ベリル司祭はシャベルに大聖堂の女神像への礼拝を勧める。だがシャベルは首を横に振りその申し出を断った。


「ベリル司祭様の申し出は大変ありがたいのですが、実は連れがおりまして」

シャベルはそう言うと背負い袋を降ろし中を開ける。


「天多、出ておいで」

シャベルの言葉に背負い袋から飛び出したモノ、それは従魔のスライム、天多であった。天多は暫くポヨンポヨンとシャベルの周りを跳ねまわると、その肩に飛び乗りベリル司祭に向けお辞儀をするかのように伸ばした身体をクニャリと下げるのだった。


「ほう、これは可愛らしい。私は魔物について詳しくないのですが、スライムと言う魔物はこれほど賢いものなのでしょうか?」

「さぁ、それが何とも。一般的なスライムはそれこそただ草を食んでいたり水辺でプルプル震えているだけですから。

これはテイムスキルが大きく関係しているものと思われます。

ですが天多が優秀かどうかは別として、私にとっては大切な家族、共に生きていく仲間である事には変わりません。

流石に教会に魔物である天多を連れて行く訳には参りませんので、この場から祈りを捧げさせてもらっていたのです。

ベリル司祭様、私の様なものに気を配っていただきありがとうございました。

私は大丈夫です、私の家族は凄いんですから」


シャベルはべリル司祭に大きく微笑むと、天多と共に街の喧騒に向け去って行った。

司祭はそんな若者の後ろ姿をいつまでも見送るのであった。



「シャベル君、いよいよかね」

「はい、キンベルさんには本当にお世話になってしまって。それとドット教官、ドット教官の教えは何時までも忘れません。お二人とも本当にありがとうございました」


冒険者は自由の民である。出会いと別れ、それは冒険者の常である。

今ここに一人の冒険者が旅立ちの時を迎える。冒険者ギルドマルセリオ支部総合受付責任者キンベルは胸に込み上げる熱い思いを感じながら、旅立つ若者、シャベルの事を見詰める。


「キンベルさんも知っての通り俺は訳アリです。そんな俺にキンベルさんはいつも親切にしてくれた。始めの頃は家の者に頼まれたからという事もあったのでしょうが、キンベルさんの存在は俺の中で大きな支えとなっていた。

これまで本当にありがとうございました。

それとドット教官、ドット教官の教えは俺に冒険者としてばかりでなく人として生き残る術を与えてくれた。今こうして旅立ちを迎える事が出来るのも二人のお陰です」


シャベルは感謝の言葉を述べると背負いカバンから二本の酒瓶を取り出した。


「このワインはそれほど高いものではないんですが、“旅立つ若者が恩人に贈るんならこれ”と言って酒屋の主人が選んでくれたものです」

「ほう、“攻城の誓い”か。その店主、中々良い趣味をしているな。

このワインな、これから戦に行く兵士が“必ず戦果を挙げて生きて帰って来る”と家族に向けて贈ったとされるワインなんだ。やや渋みが強い赤ワインなんだが、味わい深い良い酒だ。

旅立つ者の決意を示すには丁度いい。シャベル、お前の決意確かに受け取った、お前ならどこに行っても立派に務まる。自分を信じろ、お前の強さは俺が保証する」


そう言いシャベルの胸をバンッと叩くドット教官。


「シャベル君、これは私から。シャベル君が何時か旅立つときに渡そうと思って用意しておいたナイフだよ。

前に仕事で王都に行った事があっただろう?その時に見つけたものでね、詳しい事は分からないがとてもキレ味がいいナイフとの事だったんだ」


キンベルがそう言い渡したナイフ、それは刃先に幾重にも波紋が浮かび上がったとても美しいナイフであった。


「行商の話では切れ味は良いが衝撃には弱いらしい。鍛造と言う製法で鉄を幾重にも折り曲げて作り出した品との事だった。こまめに手入れすれば切れ味は相当長持ちするとの触れ込みだ、普段使いに使ってくれると嬉しいかな」


そう言い優しく微笑むキンベル。シャベルはその優しさにこれまで堪えていた感情が一気に溢れ出す。


「キンベルさん、俺、本当に何も出来なくて。俺、キンベルさんに何も返せなくって・・・。

本当に・・・俺、」

瞳から溢れ出す熱い思い、シャベルにとってキンベルの存在はとても大きく、精神的な支えとなるものであった。

幼くして母を亡くし、ただ生き残る為に必死に己を殺して来たシャベル。

そんな彼を初めて一人の人間として扱ってくれた人物、シャベルの事を気遣い、何かと声を掛けてくれた恩人。シャベルがマルセリオの全ての商店から拒絶される中、自身に代わり必要な物資を買い集めてくれた。

それが冒険者ギルドの仕事ではなく、キンベルの個人的な好意であったことを知ったのは随分と経ってからの事だった。

辛い時、苦しい時、さり気なく言葉を掛け共に解決策を考えてくれる、そんな存在。

シャベルにとってそれは思い描いていた父親の姿そのものであった。


泣きじゃくるシャベルの肩を優しく撫でるキンベル。

冒険者ギルドマルセリオ支部においてシャベルは既に厄介者ではなくなっていた。

勇者病<仮性>シャベル、彼は共に少年の夢を追い掛ける仲間であった。

若者の旅立ち、恩人に対し涙する仲間。

故郷のあの人は、喧嘩別れして今はもう会う事の無いかつての友は。

冒険者たちの心に様々な思いが去来する。


冒険者シャベルは今旅立つ。

スライムの天多はそんな主人の旅立ちの風景を、テーブルの上で骨付き肉を貰いプルプルと震えながら眺めるのであった。

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